日本文学
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絶望の表現としての暴力、という問題 : 松本清張「黒地の絵」(<特集>暴力と文学)
佐藤 泉
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2005 年 54 巻 1 号 p. 71-80

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抄録

松本清張が一九五八年に発表した「黒地の絵」は、暴力をそれに先立つ第一の暴力への反応として描いている。この物語は、北九州の米軍キャンプの近くでおこった黒人兵士の女性に対する性暴力を、それに先行するアメリカ社会内部の人種差別という第一の暴力への反応として描き出す。つまり暴力は絶望の表現として描かれる。しかし、女性に向けられる暴力は反差別とは無関係である。動機と表現との間の関係は拡散している。次の暴力として、被害女性の夫による復讐が描かれるが、復讐を遂げたときすでに犯人の黒人兵士は戦死体となっており、復讐は無意味化され、夫も絶望する。暴力の連鎖を、絶望の連鎖としてとらえるこの作品は、反差別、反暴力を企図しているが、しかし差別的な表象体系にとらわれた表現によってその企図は挫折している。その挫折じたいが暴力の自己内向の一表現となっている点で興味深い。

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