戦争末期の織田作之助の文章を時代との関わりで見ていくと、表向きには時局を意識し国策に沿う姿勢を明瞭に示しながら、裏ではしたたかな表現戦略によって一定の批評性を文中に潜めていることが確認できる。ここではその一例として、主に「ニコ狆先生」を俎上に載せ、戦時下の状況との関わりにおいてそこで採用されている戦略の内実を分析することを試みた。武と文との対比を鮮明に示した上で、表向きには武芸への志を強調しながら裏ではそれを巧みに茶化し、武が偏重される時代を諷刺していることや、ニコ狆先生の暴力による言葉狩りと、それを恐れて過剰に自粛する人々の姿を通して、戦時下の言論をめぐる状況が諷喩されていることなどが確認できた。