日本近代文学
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論文
  • ――明治四十年代における俳句評価の諸相――
    田部 知季
    2023 年 108 巻 p. 1-16
    発行日: 2023/05/15
    公開日: 2024/05/15
    ジャーナル フリー

    本稿では、明治四十年代における俳句評価を多角的に検証し、実作中心主義的な俳句史の読み替えを図った。日露戦後、国民性論や文学史言説が過熱するなかで、「俳句表現」のみに還元できない「俳句」の諸相が前景化していた。虚子や碧梧桐ら実作者が「古典趣味」の是非をめぐって対立する一方、芳賀矢一のように、「娯楽」としての俳句を「国民の嗜好」や「修養」と関連づける言説も展開している。また、「文学史」に関心を寄せる醒雪は、「古典」に「国民性」特有の「幽かな味」や「淡い趣味」を認めつつ、「普遍性」を欠く狭隘な「趣味」を批判し、広く「国民」が享受できる「文学」を志向していた。他方、瓊音は大日本俳諧講習会を組織し、既存の句会や新聞、俳誌とは異なる俳句受容の場を提供している。

  • ――江戸川乱歩「陰獣」をめぐる言説空間の展開――
    松田 祥平
    2023 年 108 巻 p. 17-30
    発行日: 2023/05/15
    公開日: 2024/05/15
    ジャーナル フリー

    本稿は、江戸川乱歩と「陰獣」を探偵小説史上に定位するために、同作の周辺言説を分析した。まずは「陰獣」が発表当初、本格探偵小説というパッケージングとは裏腹に、謎解きやトリックではなく芸術性ばかりが評価されたことを確認した。続いて、「陰獣」が芸術から猥褻なものへと読み替えられていく過程を、同作の広告表現を追うことによって検証した。最後に、「陰獣」の読み換えは作風の変化ではなく文学的規範の再編によることと、それは乱歩の作家像の更新をも促したことを明らかにし、同作をめぐる言説空間こそは過渡期にあった斯界の文学的潮流を映す唯一のスクリーンであるとともに作家像を書き換えるためのパフォーマティブな場でもあったと結論付けた。

  • ――谷崎潤一郎「春琴抄」における閉塞と開放――
    清水 智史
    2023 年 108 巻 p. 31-45
    発行日: 2023/05/15
    公開日: 2024/05/15
    ジャーナル フリー

    谷崎潤一郎「春琴抄」〔一九三三〕は、閉塞的なイメージが見出され、近代的明晰さへの批評と捉えられてきた。しかし、むしろ閉塞と開放のイメージの往還が作品を形成しており、「陰翳礼讃」〔一九三三~一九三四〕との共通性を確認できる。一方、近代化の端緒と重なる春琴「遭難」以後、閉塞的イメージのみが描かれ、大阪の工業化と煙害の時代相とも接近してしまう。それに対し、『鵙屋春琴伝』は隠蔽と伝達の葛藤によって成り立ち、テクスト上で比喩的に閉塞と開放の往還が呼び返されていた。そして、「私」の語りはその間隙への不断の認識を要請していた。そうした認識の在り方は、日本浪漫派の理念などとは対蹠的でもあったといえる。

  • ――横光利一『旅愁』と「日本科学」――
    加藤 夢三
    2023 年 108 巻 p. 46-61
    発行日: 2023/05/15
    公開日: 2024/05/15
    ジャーナル フリー

    一九四〇年代の論壇では、日本に独自の「知」の存在を前提とした「日本科学」という表象概念が盛んに討議されていた。こうした新しい思惟作法の修得を促す主張の類は、横光利一『旅愁』を読み解くうえで重要な鍵となる。主に一九三〇年代に発表された第一・第二篇では、「知性の民族性」の有無をめぐる認識論的な葛藤が描かれていたが、一九四二年に再開された第三篇以降では、西欧近代とは異なる「論理」の所在が検討されたうえで、前述の葛藤に強引かつ独善的な解決が与えられる。そこには、一九四一年の科学技術新体制確立を基軸とした「日本科学」論の興隆が関わっており、その思想的変転は、同時代の座談会「近代の超克」に見いだされる特有の話法とも共振するものである。

  • ――野溝七生子「南天屋敷」論――
    菊地 優美
    2023 年 108 巻 p. 62-77
    発行日: 2023/05/15
    公開日: 2024/05/15
    ジャーナル フリー

    野溝七生子「南天屋敷」(一九四〇)は、父と親密な娘が、姦通を犯した母を猟銃で射殺するという事件を描く。本作は、娘による父の暴力への抗いや、母への寄り添いと批判を描いてきた野溝文学のなかでも異色の作と言える。本稿では、十五年戦争の戦時下に発表された「南天屋敷」を、女性のセクシュアリティの管理や暴力への批判性を内在させたテクストとして読み解いた。そして、そのような時局への批判とも読解しうる、戦時体制にとっての本作の危うさが、家庭の妻・母としての〈教養〉を説く掲載誌『むらさき』の言説空間のなかで、戦時において女性たちの姦通を戒める物語として読まれることで、〈教養〉の名目の内に回収された可能性を考察した。

  • 藤原 耕作
    2023 年 108 巻 p. 78-92
    発行日: 2023/05/15
    公開日: 2024/05/15
    ジャーナル フリー

    戦争末期の織田作之助の文章を時代との関わりで見ていくと、表向きには時局を意識し国策に沿う姿勢を明瞭に示しながら、裏ではしたたかな表現戦略によって一定の批評性を文中に潜めていることが確認できる。ここではその一例として、主に「ニコ狆先生」を俎上に載せ、戦時下の状況との関わりにおいてそこで採用されている戦略の内実を分析することを試みた。武と文との対比を鮮明に示した上で、表向きには武芸への志を強調しながら裏ではそれを巧みに茶化し、武が偏重される時代を諷刺していることや、ニコ狆先生の暴力による言葉狩りと、それを恐れて過剰に自粛する人々の姿を通して、戦時下の言論をめぐる状況が諷喩されていることなどが確認できた。

  • ――坂口安吾「青鬼の褌を洗う女」論――
    中尾 志穂子
    2023 年 108 巻 p. 93-108
    発行日: 2023/05/15
    公開日: 2024/05/15
    ジャーナル フリー

    本稿は坂口安吾の「青鬼の褌を洗う女」を、主人公・サチ子が唯一の肉親だった母の喪失を抱えながら生きていく過程を描いた作品として読み替える。サチ子については、安吾が後の妻をモデルに描いた理想の女性という評価が定説となっており、語り手でもある彼女が戦争で母親を亡くした娘である点は等閑に付されてきた。本論では、母への執拗な否定や語りの飛躍を喪失の葛藤の表れ、サチ子の言動の変化を喪失の記憶への反応だと指摘し、彼女が自身を妾にした男性との交流の中でケアの精神を獲得することで、喪失に向き合う生き方を体得していく様相を明らかにした。また、安吾の本作執筆中の後の妻の看護体験と、同時期の自伝的小説群の創作活動を接続し、「青鬼の褌を洗う女」の執筆が安吾のケアの実践の試みである可能性を提示した。

  • ――『風俗小説論』を脱却するために――
    須山 智裕
    2023 年 108 巻 p. 109-121
    発行日: 2023/05/15
    公開日: 2024/05/15
    ジャーナル フリー

    一九四八年に交わされたアルチスト・アルチザン論争において、花田清輝ら戦後派は、丹羽文雄ら風俗派をアルチザンと呼び表し、彼らの小説は批評精神を欠いていると盛んに攻撃を加えた。これには、占領期の風俗小説の中心的な書き手がマルクス主義と距離を置く作家たちだったため、その批評精神が認められなかったという側面がある。

    その後、「芸術家」と「職人」の二項対立図式は、中村光夫が『風俗小説論』で踏襲し、やはり丹羽らを「職人」の側に振り分け、定説化が進んでいく。だが、同書の第四章はそれ以前の風俗小説批判の集積に過ぎず、丹羽の「鬼子母神界隈」のような良質な風俗小説に見られる批評の論述を積み重ねることで、その磁場を切り崩すことが可能となる。

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