日本考古学
Online ISSN : 1883-7026
Print ISSN : 1340-8488
ISSN-L : 1340-8488
近世墓にみる階層性
筑前秋月城下の事例から
時津 裕子
著者情報
ジャーナル フリー

2000 年 7 巻 9 号 p. 97-122

詳細
抄録

本論の目的は近世の秋月城下における墓石の様相に示される階層性について明らかにし,それを通じて墳墓研究一般に寄与することである。徳川家や大名家墓所,民衆の共同墓地など数々の調査例から,近世墓は階層性を反映すると理解されている。しかし階層性の中にはこれまで着目されてきた社会制度上の上下関係のほかに財力,権威,社会的尊敬度など複数のベクトルが含まれている。その中で墳墓に反映されやすいベクトルや強調されるベクトルは一定しているのであろうか。それとも時代や建立者の立場,状況に応じて変化するのか。さらに階層性の各ベクトルと墳墓の諸属性との対応関係など,未解明な点は多い。加えてこれまで1つの藩のような階層化社会全体を対象に研究がなされたことはなかった。
本論では秋月藩を事例として詳細な検討を行った。城下の寺院墓地に所在する墓石,近世の文献,城下の地図を用いた。はじめに形態やサイズ等に代表される墓石自体の属性に基づいて,家々の墓域を単位として被葬者の階層を考古学的に推定し,その後文献記録と照応することで考古学的推定の妥当性を検討すると共に総合的な考察を行った。
墓石の様相には,秋月藩の定める格式や石高など社会システム上の序列が原則的に反映されていた。墳墓に表れた階層構造は秋月城下の空間構成など他の物質文化の様相と連動していることわかり,考古学的推定の妥当性が検証された。墓石1個体内の属性レベルでみれば,形態・サイズ以外の属性では制度上の序列のほかに,個人の社会的貢献度や尊敬度等が加味される可能性が示唆された。形態・サイズという階層差を反映しやすい属性についても,高いものと低いものが1つの墓石にミックスされ,上下関係がやや不明確になるケースが見受けられた。このように複数の属性を組み合わせた墳墓という物質文化の戦略的使用を通して,当時の人々が複雑な社会のあり方に対応していた可能性が指摘できる。

著者関連情報
© 有限責任中間法人日本考古学協会
前の記事 次の記事
feedback
Top