日本民俗学
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論文
田畑一筆の通称地名の変化と継承
―長崎県平戸島の事例から―
今里 悟之
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2020 年 301 巻 p. 35-66

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抄録

 本稿では、イエの田畑一枚ごとの通称地名である「筆名」について、数十年単位での変化と継承の実態を明らかにした。生業知識であり、民俗語彙にも密接に関わる筆名は、現在までどの程度受け継がれ、どの程度変化してきたのであろうか。この問題は、民俗学の隣接分野も含めて、これまで具体的にはほとんど検討されてこなかった。本稿では、筆名が変化し得る、あるいは継承され得る契機として、耕地の世代間継承や借入などの耕作主体の変化のほか、圃場整備や土地利用転換などの耕地の物的変化にも併せて着目した。

 事例としては長崎県平戸島の三戸の農家を取り上げ、聞き取りと観察を方法の中心としながら、土地台帳・地籍図・空中写真などを援用した。これら各戸の一九七五年と二〇一〇年の両時点での耕作地の筆名を網羅的に把握した上で、どの筆名が従来の呼称を継承したものであり、変化した場合には具体的にどのように変化したのかを明らかにした。その結果、一九七五年では八五例中六七例、二〇一〇年では四七例中一九例が、従来の名称を継承したものであることが判明した。

 筆名が変化せずに継承される場合として、先代から相続した耕地について最も良く該当し、親戚を含む借入先のイエが使用していた筆名を継承した例もある。逆に、筆名が変化する実際の契機として、耕地の売買・貸借・譲渡、地割の改変や再編(圃場整備)、土地利用の転換などを挙げ得る。ただし、命名の基準に関しては、田畑の耕作を受け継いだ相手のものに類似する場合が見られた。

 本稿の事例からは、現在あるイエが使用している田畑一枚ごとの通称地名のうち、半数程度は少なくとも二世代あるいは三世代以上にわたって受け継がれてきたものであり、残りの半数程度は何らかの契機によって変化を経たものであること、また名称自体は継承されていない場合でも、命名の仕方は継承されていることがある、というおおよその全体像を描くことができる。

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© 2020 一般社団法人 日本民俗学会
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