香川大学看護学雑誌
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来日学校保健研修に参加したカンボジア国行政担当者・教員への帰国後セミナーの評価Ⅱ
来日学校保健研修に参加したカンボジア国行政担当者・教員への帰国後セミナーの評価Ⅱ
清水 裕子上原 星奈野村 美加依田 健志山本 麻理奈山口 舞楠川 富子増子 夕夏タイ ソックヘンテリース ブン
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研究報告書・技術報告書 オープンアクセス HTML

2020 年 24 巻 1 号 p. 43-52

詳細
要旨

カンボジアにおいて,学校保健室を中心とした学校保健体制作りのプロジェクトが実施された.このプロジェクトでは日本からの渡航教員がモデル地区学校保健指導者に対して来日研修と来日後の養成セミナーを実施した.学校保健指導者は来日後研修後に予めセミナーへのいくつかの要望を提出した.本研究ではその要望の中から「手洗い,保健室整備,児童の転倒等の講義,けがの手当の演習,校内整備の評価」のセミナーを実施し,成果を検討することを目的とする.

対象はカンダール州カンダルスタン郡学校保健リーダー校9校と行政担当者を含む学校保健指導者19名であった.データ収集は質問紙調査とし,セミナーの前後調査を実施した.分析方法は,Wilcoxsonの符号付き順位検定,けが手当の演習と継続的な校内の取り組み調査は,記述的に検討された.

結果,講義の理解や手洗い,保健室整備は概ね良好な結果であったが,医学的知識を伴うけがの手当ての理解は,医学教育を受けていない教員らには困難さがあった.

今後は,医学的な知識を含む保健テキストやトイレ・手洗い場モデルを活用した学校保健教育の支援と現地での継続的なフォローアップと助言が必要である.

Summary

A project for creating a school health system centered on the school health room was being implemented in Cambodia. In this project, visiting teachers from Japan will conduct certain training seminars for training in Cambodia and the training seminar will be held after visiting Japan for model school health leaders. School health leaders submitted some requests to the seminar in advance the training. The purpose of the present study was to examine the effects of the seminar on “washing hands, maintaining a health room, falling children, exercises for injuries, evaluation of in-school maintenance” on the basis of the requests.

The subjects included nine school health leaders, including Kandal Steung District School of Health Leaders and the administrative staff. Data were collected using a questionnaire survey before and after the seminar. Analysis methods were descriptively examined, including Wilcoxson’s signed rank test, injury allowance exercises, and ongoing in-school efforts.

We found that the understanding of lectures, hand washing, and health room maintenance were generally good. However, the understanding of injury treatment with medical knowledge was difficult for teachers who did not receive medical education.

In the future, support must be provided for school health education using health texts that include medical knowledge and toilet/washroom models along with follow-up and advice.

はじめに

カンボジアの2018年の人口はIMF(International Monetary Fund;国際通貨基金)の推定によれば,約1,630万人,人口成長率は1.6%である.カンボジアでは国の人口統計や学校保健統計が全国的に実施されていないため,国内の標準的な指標が存在せず,現在は国際機関の統計に依存している.

医療の背景にある経済は,2010年から2015年の5年間で,世帯あたりの可処分所得が2倍近くまで拡大したが,都市部,特にプノンペンと農村部との所得格差は大きく,2倍以上の開きがある.生活水準は,2009年から6年間で携帯電話普及率が44%から77%と急増した.2014年の世界子供白書によれば,平均寿命が68.7歳,健康寿命は58.1歳である.5歳以下の乳幼児死亡率は2015年に1,000人あたり28.7人,妊産婦死亡率は10万人あたり161人であった.小学校への就学率は98%だが,出席率は87~98%(2014)と欠席がめだったものの,徐々に改善傾向にある.都市部と農村部では所得格差が大きいことが影響し,衛生設備の利用は都市が76%,農村部が22%,良質の料水源の利用者は都市で90%,農村部で61%と格差が大きく,下痢が34%と高い割合(2014)である.飲料水の問題は,水道の普及率が低いことに加えて,国内を北から南に縦断するメコン河流域周辺は,都市化および工業化,さらに日本など先進国からの農業技術移転に伴う化学物質(農薬および肥料)の使用の増加が顕著である.また,本流上流部に位置する中国側,中流域のラオス側およびタイ側の支流においてダムが建設中または建設計画がある.今後メコン河流域諸国においては,水資源の農業・産業・生活利用の増大に伴う水不足あるいは水質悪化は避けられず,汚染などによる利用可能な水資源の減少やダム建設に伴い生物多様性の減少がおこると予想されている1)

子供の低栄養がユニセフから指摘されているが,同時に肥満の問題も指摘され,特に児童の栄養の問題について海外からの援助が求められている.発育阻害は貧困と関係し,カンボジアでは,上位20パーセントの富裕層では19パーセントなのに対して,下位20パーセントの最貧層では42パーセントの子どもたちが発育阻害に陥っている.栄養不良によるGDP損失の割合が最も大きい国はカンボジアとラオスで,両国とも毎年GDP(Gross Domestic Product;国内総生産)の5パーセントの損失が生じている2)

子供の貧困や栄養の問題が指摘されている中で,カンボジア教育青年スポーツ省は2016年の学校保健方針を政策提案した.しかし,カンボジア国内のリソースには限界があり,現状では自国内での政策の完全な実施は困難が多い.日本の外務省によれば,国民は病気や治療に応じて公立・民間サービスを使い分けているが,医療サービスレベルは依然低く,医療従事者も1万人あたり医師数は2人にも満たない.カンボジアは医療費が生活水準に比べて高額であるが,医療費は基本的には自己負担となっている.そのようなカンボジアの保健省と日本の厚生労働省のMOU(Memorandum of Understanding)締結状況は,2013年11月に,厚生労働省とカンボジア保健省がMOU『日本国厚生労働省とカンボジア王国保健省との医療分野に関する覚書』を締結し,国際協力機構JICAは様々な保健医療支援を実施している.

本研究では,衛生設備の利用が極端に低い水準にある首都郊外の農村部において,学校内に衛生設備のモデルを開設し,衛生教育を普及させる取り組みを,2017年3月から2020年2月まで実施する.このプロジェクトでは,首都プノンペンを取り巻くカンダール州カンダルスタン郡で実施する学校内の保健室を中心とした学校保健体制モデルを通して学校保健指導者の育成と彼らによる衛生教育の向上を目的としている.具体的には,カンダルスタン郡の小学校教員およびその関係行政担当者向けに,日本型学校保健室を中心とした衛生教育方法の技術を移転し,カンダルスタン郡の学校保健モデルをカンダール州内に周知させることである.この介入プロジェクトの実施内容は,次の通りである.

第1フェーズは,カンボジアの感染児童発生状況と予防実態の情報を収集し,現場保健指導者と共に学校訪問指導を行うことであった.具体的には,学校保健の現状,児童の生育就学環境,児童の感染症を取り巻く状況を把握し,改善後の到達点についてプロジェクトチームおよびカンボジア教育省関係者,カンダルスタン郡保健指導関係者と共に学校保健の重要性の共通理解を図ることであった.

第2フェーズは,児童の就学環境の改善を図るために,カンダルスタン郡モデル9校を選定し,児童向け学校保健室,保健教育,保健体制を提案し,日本型学校保健モデルからカンボジア型に改変・機能させる.これは現地の知見を取り入れて日本型技術協力研修を現場保健指導者への指導を行いつつ実施し,カンボジア型教育方法を開発することであった.

第3フェーズは,第2フェーズの就学児童の衛生環境確保に関するモデル校事例を,カンダール州全小学校に各種保健情報等を掲載したニュースレターなどで周知させ,日本との広域支援体制の構築を活用しつつ,学校保健教育方法の国内定着を図ることであった.

期待されるアウトプットは,第1に,カンダルスタン郡モデル学校区を通じて学校保健指導者が育成され,衛生改善の啓発や衛生改善教育のためのツール・手法が確立されることであった.第2は,カンダルスタン郡全小学校において,学校保健指導者が活動するための実施体制が強化されることであった.第3は,カンダール州全小学校にモデル事例や教材が周知されることであり,以上を3年間で実施した.

衛生改善教育のためのツール・手法とは,小学校の学校保健室を開設し,その運営を行う保健担当者を配置させて,保健室を中心とした学校保健の体制を構築することである.この際の学校保健指導者の養成は,本プロジェクトでは,「来日研修後の学校保健指導者養成プログラム3ステップ法」として実施する.第1段階は,「来日研修後セミナー」と位置づけし,日本の大学からの渡航教員による新しい知識の講義や技術の提示を行う.第2段階は,この新しい知識と技術を現地の言葉や習慣を考慮しつつ,個人のスキルとして定着するようにモデリングを行い,繰り返して技術を訓練する「リフレクションミーティング」である.第3段階は,学校保健指導者の候補者が,自らの経験や蓄積した技術などをグループ傘下の学校の教員らに伝達講習を行う「公開授業」を実施する.

具体的には,学校保健の指導者の養成は,2017年10月に行政担当者・教員らに日本型学校保健モデルを学ぶための来日研修を8日間行い,その後の現地での活動を支援する現地セミナーを計画した.この現地セミナーのために,まず,2018年1月に来日研修後の課題を抽出するためのミーティングを実施し,現地で必要な研修内容を明らかにした.その内容は,健康教育・保健教育,応急手当,健康に関する知識,食事の安全性,保健室の使用方法,保健室の計画作成方法,保健室物品の使用方法,薬の使い方,医療能力を高める研修であった.

3月には「保健室記録の種類と記録方法」,「保健室の物品」,「感染症」を来日研修後セミナーとして実施した.その後5月にリフレクションセミナーとして現地スタッフによる「救急箱の点検」を実施した.このとき,救急箱の管理表,物品のリストなどを作成し管理方法を説明した.これらのセミナーを実施して,その効果測定を行ったところ,動機づけの高いセミナーであったことから,有効な成果が確認できた(清水他,2019).

保健室の次に,応急手当の技術に関する要望がみられたことから,本研究では,その計画を起案し成果を検討することとした.

目的

本研究では,来日研修参加者が帰国後に必要とした課題から,救急箱の点検,保健室の進捗実地調査,児童の転倒の講義とけがの手当てと包帯法演習を実施し,その成果を検討することであった.

方法

1. 対象者

研究対象者は,カンボジア国教育青年スポーツ省・カンダール州学校保健局行政担当者3名,カンダルスタン郡小学校校長・教員16名,男性13名女性6名合計19名の学校保健指導者であった.平均年齢48.3歳であった.けがの手当の演習後の理解度や継続的な校内の取り組みは,リーダー校9校の学校別の代表値の得点とした.

2. データの収集方法

データは,質問紙調査により収集した.まず,セミナーの評価については実施項目を中心に質問項目を作成した.作成した日本語の質問項目について,日本語の堪能なカンボジア人がクメール語に翻訳し,クメール語によるセミナー前後調査を自記式で実施した.インタビュー調査は質問項目への回答の背景情報を得るためにセミナー実施時とセミナー後3週間頃に実施した.

3. セミナー研修内容

研修の内容は,教育省学校保健局担当者による「救急箱の点検」,現地NGO(non-governmental organizations;非政府組織)職員による「保健室の進捗状況の実地調査」,看護学教授による「児童の転倒等」(図12345678)と演習「けがの手当てと包帯法」(図910)であった.講義の内容は,「児童の転倒の要因となる自律神経失調症の機序,自律神経系統図,起立性調節障害の機序,貧血の機序,低栄養,成長曲線,5つの食品群,栄養成分表クメール語版,けがの手当の方法,手当を行う際の防護などであり,に示した.

継続的な校内の取り組みについては現地スタッフによる現地写真の報告があった.

図1

スライド1 児童の転倒1

自立神経失調症 自律神経は,身体に最適な状態を維持させる命令系統である 小中学校の児童生徒の自律神経は,発達途上にある この時期には睡眠のリズムや,暑さや寒さなど,色んな環境を経験させて,自律神経が機能するよう土台を築く必要がある 睡眠時間の不足,ストレスが原因と言われている 汗をかかない場合も変調する。

図2

スライド3 児童の転倒2

起立性調節障害(自律神経失調症の一つ) 朝起きるのがつらい 食欲がない(特に朝食) 午前中はしんどいことが多い 午後から夕方になると普通に過ごせる 立ちくらみや眩暈を起こしやすい 疲れやすい 運動をすると息切れしやすい 夜は寝付きが悪い 新学期に調子が悪くなる 中学生や高校生に多い,女子が多い(下肢筋力の差による) 横になっている時よりも,立っている時,座っている時に,より強い心臓のポンプ運動が必要になる。立ち上がった時の心拍数や血圧は自律神経によって,最適な状態にコントロールされる。自律神経のバランスが不安定だと,脳へと供給される血液が不十分となり,立ちくらみやめまいが起こりやすくなる。

図3

スライド7 脱水・熱中症

体の水分 大人は体内の60%が水分。バランスは細胞内40%,細胞外20%。 子供は体内の80%の水分。バランスは細胞内35%,細胞外45%。 症状 喉の渇き,食欲低下,倦怠感,頭痛,嘔気,嘔吐,けいれん,手足の冷え 発熱や下痢の時に脱水になりやすい 観察 指の爪を5秒程度押してから爪の色が戻るまでに2秒以上かかるか(2秒以上かかる場合は脱水の可能性がある)

図4

スライド8 対応と予防

転倒への対応 ケガがないか確認する ふらつく場合は座らせる 外傷があれば止血・洗浄の手当を行う 低血糖では飴などを食べてもらう 腹痛,頭痛などがあればベットでやすませる 自律神経の発達を促す 良質の睡眠をとれるよう入眠前のストレスを少なくする 眠りをさそうメラトニンが分泌されるよう毎日外で運動をする 栄養・運動・生活リズムを整える

図5

スライド9 5つの食品群

5つの食品群から毎日食べる 3つの色の組み合わせで調理

図6

スライド10 FIDR提供のクメール語栄養表示

図7

スライド12 けがの手当

(軽度な擦り傷や切り傷の場合) 流水で傷口を洗う 消毒液に浸した綿球をピンセットで持ち,消毒する 傷口を絆創膏やガーゼ,包帯で保護する 相互の感染予防

図8

スライド13 感染症からの防護

自分と相手の身体を守るために 感染症の中には,血液や体液(精液,唾液など),排泄物を介して,人から人へ流行する事があります そのため,血液や体液,排泄物などに触れると,HIVなどの感染症にかかる可能性があります また,自分の肌に傷があると,自分の血液や体液で相手を危険にさらしてしまう可能性があります 傷の消毒や吐物,排泄物の処理を行う場合は,手洗いをした後に(必要物,エプロン),マスク,手袋を着用し,自分と相手の身体を守るようにしましょう

図9

けがの手当ての演習1

図10

けがの手当て演習2

4. 測定用具

当日の研修前後の調査項目は,セミナーに関する10項目であった.その項目は,「Q1手洗い手順を説明できる」,「Q2手洗いに石けんを使用する理由を説明できる」,「Q3トイレを使用後,水を流さないといけない理由を説明できる」,「Q4手洗いの後,手を拭くことが望ましい理由を説明できる」の手洗いに関する4項目,「Q5保健室の来室者記録を継続している」,「Q6保健室の年間目標・月目標を作成できる」,「Q7保健室の人・物・衛生管理を理解している」,「Q8児童の倒れる理由を説明できる」,「Q9ケガの手当の手順を説明できる」の保健室の管理に関する5項目,「Q10リーダー校の教員として,グループ傘下の学校に伝えたいテーマが特定できた」であった.

評定段階は1:全くそう思わない,2:だいたいそう思わない,3:だいたいそう思う,4:全くそう思う,の4件法であった.それぞれに1~4を付与した.

事後の「けがの手当」演習の9項目調査は,「Q1必要物品の準備ができた」,「Q2手洗い・手袋の装着ができた」,「Q3創の洗浄が正しくできた」,「Q4創の消毒が正しくできた」,「Q5創処置後の保護が正しくできた」,「Q6記録が正しくできた」,「Q7実施者の防護の根拠を説明できる」,「Q8処置後の器具の消毒,廃棄物の処理が適切にできた」,「Q9処置後の指導が適切にできた」であった.評定段階は「1:できた」~「3:できない」の3件法で実施し,結果は得点の逆転処理を行った.

また継続的な評価項目として,「校内の取り組み」について質問した.項目は,「Q1学校の保健室のベッドや物品は整ったか」,「Q2保健室の担当者は準備できたか」,「Q3救急箱は準備できたか」,「Q4保健室の記録は十分か」,「Q5困ったときや必要なときの医療機関,行政機関との連絡は可能か」であった.評定段階は「1:できた」「2:見通しがある」「3:ない」の3件法で実施した.

図1~8

来日研修後セミナー「児童の転倒と栄養・感染防止」の講義資料

5. 分析方法

分析方法は,セミナー前後の評価はデータの正規性がないためノンパラメトリック検定とし,項目の前後比較はWilcoxsonの符号付き順位検定を行った.統計はSPSSver.25 for windowsを用い,有意水準は5%未満とした.けが手当の演習成果や継続的な校内の取り組みは記述的に検討した.

6. 調査時期

セミナー前の現地スタッフの訪問によるリフレクションセミナーは2018年5月24日に実施した.内容は救急箱の点検とけがの手当ての説明であった.児童の転倒などの講義とけがの手当の演習は2018年6月9日であり,調査はいずれもセミナーの日に実施した.

7. 倫理的配慮

倫理的配慮として,データは現地NGOで調査されたもので,分析者には後日匿名化データの提供を受けて分析を実施した.よって倫理審査を要しないデータであった.

結果

前後調査の分析は対応ある18名,演習の事後調査は8名を対象とした.

今回研修では,けがの手当てに関連して既に研修を終えている手洗いと保健室管理に焦点をあてて調査を行った.「けがの手当の演習成果」と「継続的な校内の取り組み」は,学校ごとの複数名の参加者による合議で成果を評価した.

前後結果の比較から,手洗いの項目では「Q1手洗いの手順」や「Q3トイレを使用後,水を流さないといけない理由を説明できる」がセミナー後に理解が深まった(p<0.05).また,「Q7保健室の人・物・衛生管理を理解している」と講義内容であった「Q8児童の倒れる理由を説明できる」,「Q9ケガの手当の手順を説明できる」は,セミナー後に理解が深まった(p<0.05)(表1).

「けがの手当」の演習成果の項目ごとの代表値(平均値)は,「Q1必要物品の準備ができた」1.44,「Q2手洗い・手袋の装着ができた」1.67,「Q3創の洗浄が正しくできた」1.11,「Q4創の消毒が正しくできた」1.11,「Q5創処置後の保護が正しくできた」1.44,「Q6記録が正しくできた」1.44,「Q7実施者の防護の根拠を説明できる」1.22,「Q8処置後の器具の消毒,廃棄物の処理が適切にできた」2.00,「Q9処置後の指導が適切にできた」1.78であった(表2).

「できた」の項目では「Q8処置後の器具の消毒,廃棄物の処理が適切にできた」は全員が「できた」であった.「できない」の回答があった項目は,「Q4創の消毒ができた」「Q5創処置後の保護が正しくできた」「Q7実施者の防護の根拠を説明できる」に9校の内各1校ずつが「できない」を回答した(表2).

継続的な「校内の取り組み」の結果は,「Q1学校の保健室のベッドや物品は整ったか」は,7校はできたが,2校は見通しのみであった.「Q2保健室の担当者は準備できたか」は,8校ができ1校のみ見通し段階であった.「Q3救急箱は準備できたか」は,すべてできた.「Q4保健室の記録は十分か」は,8校ができ,1校が見通し段階であった.「Q5困ったときや必要なときの医療機関,行政機関との連絡は可能か」は,2校ができ,6校が見通し段階,1校はできなかった.

9つの学校保健指導者の所属学校での校内の保健室整備の取り組みの様子である(図11121314151617181920).

表2

けがの手当演習後の理解度

必要物品が準備できた 手洗い,手袋の装着ができた 創の洗浄が正しくできた 創の消毒が正しくできた 創処置後の保護が正しくできた 記録が正しくできた 実施者の防護の根拠を説明できる 処置後の器具の消毒,廃棄物の処理が適切にできた 処置後の指導が適切にできた

図11

病院から寄付を受けた学校のベッド

図12

壁に身長測定スケールを貼付

図13

プロジェクト配布の衛生処置用具と記録

図14

教員手作りのペットボトルリサイクルボックスとベッド

図15

衛生材料棚と整理された救急箱

図16

保健担当者が記述した保健室来室者記録

図17

図書室内の保健区域(左)と手洗い水用井戸

*井戸は隣接する寺院の僧侶の行水用のため蓋を設置できない.

図18

職員室の一角の保健区域と手作りの身長計

図19

保健担当者用机とベッド

表1 セミナー前後質問紙調査結果
セミナー前 セミナー後 Wilcoxsonの順位和符号検定
平均値 標準偏差 代表値 標準偏差
Q1 手洗い手順を説明できる 3.44 0.51 3.89 0.32 p=0.005
Q2 手洗いに石けんを使用する理由を説明できる 3.56 0.51 3.67 0.49 p=0.317
Q3 トイレを使用後水を流さないといけない理由を説明できる 3.39 0.78 3.78 0.43 p=0.020
Q4 手洗いの後,手を拭くことが望ましい理由を説明できる 3.56 0.78 3.61 0.78 p=0.666
Q5 保健室の来室者記録を継続している 3.72 0.46 3.83 0.38 p=0.317
Q6 保健室の年間目標・月目標を作成できる 3.06 0.56 3.28 0.57 p=0.248
Q7 保健室の人・物・衛生管理を理解している 3.17 0.62 3.50 0.51 p=0.014
Q8 児童の倒れる理由を説明できる 2.22 0.73 3.22 0.81 p=0.002
Q9 ケガの手当の手順を説明できる 2.50 0.79 3.56 0.51 p=0.001
Q10 リーダー校の教員として,グループ傘下の学校に伝えたいテーマが特定できた 2.83 0.71 3.06 0.80 p=0.248

考察

手洗いの項目では,「手洗い手順の説明」や「トイレの後に水を流す説明」は講義後に理解が進んだが,「石鹸の使用理由」や「手洗い後の手を拭く理由」は,既にセミナー前の時点で,代表値が3.58と3.53と十分に高く,殆どの教員が衛生行動の説明ができているものと考える.中には来日研修を受けていない異動教員が含まれていたため,それらの研修生の回答が理解度をやや低下させているものと考えられた.今後は,来日研修を受けていないが,退職教員の後に着任した教員らに衛生教育の普及を行っていく必要がある.

保健室管理の項目では,「Q7保健室の人・物・衛生管理を理解している」は,継続的な取り組みの確認を行った項目から,保健室の整備状況を確認し,またその保健室で行われるけがの手当を演習したことで,半数は学校の校長という管理者であることから,保健室の管理を自覚したためではないかと考えられる.

講義で説明した「Q8児童の倒れる理由を説明できる」は,現地スタッフの要望により校内の転倒の課題が指摘されてために実施した内容であった.日本でも小・中学校の児童や生徒は,起立性調節障害により予期しない転倒をおこすことがよく知られている.このことは,発達過程にある児童や生徒の身体の成長に関する知識や集団生活におけるストレス,心理的な脆弱性についての教員の理解が問われる問題である.セミナーでの聞き取りでは,校内での児童の転倒は問題視されてはおらず,児童の訴えが多いとも指摘されていない.しかし,カンボジアの教員養成課程での学習内容や一般家庭における子供の成長に関する知識の普及について課題がある可能性が考えられる.調査時点でのカンボジアの小学校の保護者らは,外国へ出稼ぎにいく家庭が多く,祖父母による養育が多いとの現実がある.また,ユニセフから栄養の不足が指摘されており,これらの影響による転倒も考えられる.起立性調節障害は保健室来室児童の重要な課題であることから,今後の校内安全のために理解を深めた課題であったと考えられる.

「Q9ケガの手当の手順を説明できる」は,来日研修後の課題調査を行った1月に外傷処置の技術を学びたいとの動機が高まっていたことから,洗浄や消毒,包帯法など一連の流れを学んだ成果が反映したものと考えられる.つまり,学校保健指導者らが学んだ2年間のカンボジアの教員養成課程では,けがの手当は90分1コマのみの講義であったことから,技術的な演習が養成課程で不足している現実があった.児童のけがや衛生へ具体的に関わろうとするときに,彼らが技術の必要性を感じたものといえる.この気づきは,他の様々な必要性動機につながる経験である.

また,けがの手当ては,包帯法や消毒物品の消毒や廃棄方法を説明したため,具体的な実技による体験的な知識の獲得が実感できたものと考える.廃棄物処理や処置後の指導を除けば,医療職ではない学校保健指導者らには一度の演習では困難な内容であったといえる.ただ,先だって5月の現地スタッフによって一度手ほどきを行っていることから,初めての経験ではなかった.医療職でない学校保健指導者の衛生技術指導は,医学的知識の根拠とともに継続的な訓練が必要ではないかと考える.

「Q10リーダー校の教員として,グループ傘下の学校に伝えたいテーマが特定できた」では,来日研修からまだ2回目のセミナーであるため,リーダー校としてグループ傘下校への指導意識は十分育成されてはいない可能性があった.リーダー校への指導力を育成する継続的な訪問指導が必要である.

校内の取り組みについては,殆どのリーダー校が保健室もしくは図書室に保健区域を設営できた.9校のリーダー校のなかで,図書館の整備のNGO支援を受けている学校があり,それらの学校は土足ではない,静かで清潔な図書室が整備されており,その一角を保健区域として仕切り,ベッドを設置している学校があった.図書室のない学校では,職員室や倉庫を保健室に改造していた.職員室の一部を保健区域とした学校は盗難等を防止するためであるとの説明もあった.ベッドの他には保健指導者らが手作りで身長計を作成しあるいは,ベッドカバーを使用していた.日本では戦後の進駐軍の影響を受けて,白いベッドシーツが一般的となっているが,カンボジアでは白い布は葬儀を意味するため,健康な人々の間ではむしろ色彩豊かな布を使用することが一般的であるため,白い清潔なイメージのシーツなどを期待することは文化的に困難と考えられる.

救急箱は,調査前に現地スタッフによる訪問指導による管理のリフレクションセミナーを実施し,また現地政府が4年前に一度配置した救急箱が十分管理されていなかったことを受けての配置であったため,地元行政側も管理強化の指導を行っていた.さらに,保健室の記録が整備されつつあることは,3月のセミナーで説明し,5月の訪問指導により現地スタッフが確認を行ったために,継続的に続けられているものと考えられた.このようにセミナーでの研修と現地スタッフによる継続的なフォローアップ,加えて行政側の指導が連携して結果をもたらすものといえ,今後も同様の方法で支援を継続していく必要がある.

図20

確保された静かな保健室と記録

今後の課題

第1回のセミナーでの回答からえられた課題は,3月から6月までに概ね整理することができた.すなわち,3月には保健室の計画を立てる方法,保健室にあるものの使い方,薬の使い方を3月に実施し,5月に現地スタッフの訪問指導により,けがの手当てとともに,これをフォローアップした.健康教育・保健教育・衛生教育,健康に関する知識,感染予防は6月に実施し,また食事の安全性は,日本の企業による国内の大規模な支援事業により政府からの啓発活動やセミナーがしばしば実施されている.しかし,保健指導者らが課題としているのは,健康教育や保健教育など教育技法に関する大きな課題があり,今後は現在,作成している保健テキストの完成をまって保健教育の技法を移転していく計画である.

保健テキストは,保健指導や保健学習の授業を児童に提供できるよう,現地のニーズを収集して現地言語,つまりクメール語と英語で作成し,低学年の指導書として教員用テキストも作成した.これは2019年6月に教育青年スポーツ省・保健省認定副読本として既に刊行した.この保健テキストは先方政府に譲渡され全国的に活用されることになった.

加えて,衛生的な学校環境づくりには,衛生的なトイレや手洗い場が必要であり,これらのモデルを開設することも含まれる.トイレは,32小学校の内3校に,手洗い場は1校にモデルとして設置し,2019年9月に完工した.これらは女子トイレが指定されていないカンボジアにおいて女児のトイレ使用を支援するためにジェンダーモデルのトイレを1校に開設し,2校目には校舎の大局的な位置に誰でも使えるユニバーサルなトイレを建設した.

いずれも強度や水没の危険がないよう床面基礎をあげ,タンクの設計を工夫した.特に,校庭に散見される池や窪地からの距離を確保し,土質や汚染を予防できるよう確認した.井戸水を使用する学校では,井戸の深さを確認し,浅井戸や深井戸の水の使い方も基準表を作成した.このトイレ・手洗い場モデルはカンボジア政府に譲渡され全国のモデルとなった.

結論

帰国後セミナーは新しい知識の導入の位置づけであり,これを継続的に助言,支援し,行動レベルで活用可能な知識とする現地スタッフによる訪問指導を追加している.加えて,日本人による支援は,時限的な支援であり,カンボジアの自国内での政策によって国内への普及,持続的な教育活動が期待される.

謝辞

本プロジェクトは,香川大学が香川県,JICAおよびカンボジア国教育青年スポーツ省と共に実施した.関係各位に御礼を申し上げます.

COI

本研究における企業などとの利益相反はない.

文献
関連文献
 
© 2020,香川大学医学部看護学科

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