人工呼吸器装着の意思決定とその後の療養生活の継続には家族の存在が大きく影響する.中でも人工呼吸器装着を決定した患者は長期の療養となることが多いため,介護を継続する要因について検討することは重要である.そのため,人工呼吸器装着の意思決定時の経緯をふまえ,本研究の目的は,ALS患者家族のTPPV装着決定に関与した心理的葛藤を明らかにし,今後のTPPV装着後の療養生活に与える影響について示唆を得ることである.
患者の長期間に及ぶ介護を継続している家族らの肯定的/否定的な心情を明らかにすることを目的にインタビューガイドを用いた半構造化面接法によるインタビューを実施した.対象者はALS患者の家族介護者6名であり,呼吸器装着の際の決定者は患者が3名,介護者が3名であった.
その結果,介護者らは【受療アクセスの距離感】,【呼吸器が愛着と義務をつなぐ】,【疲労蓄積から自己拡散に向かう】,【社会から孤立する患者と看護師からのまなざし】,【患者のプレゼンスに繋がる介護者の愛情】と要約されたTPPV装着決定に関与した心理的葛藤を抱きながら介護を行っていた.
人工呼吸器装着の意思決定時に患者と家族の間で装着の同意が得られなかった場合,人工呼吸器装着後の療養生活が,自身の想像していた生活と乖離していることに苦痛を感じていた.人工呼吸器装着の意思決定時に同意が得られていた場合は,介護者である家族はサポートを受けながら,患者と共に生きる意味を見出すことで,それを支えに介護を継続していた.今後,専門職は人工呼吸器装着の意向が,患者-家族間で合意が得られるように支援する必要がある.
The presence of family-caregivers can influence a patient's decision to use a ventilator and undergo subsequent medical treatment. To clarify the positive/negative emotions of family members who continue long-term care for a patient, we employed a semi-structured interview method with an interview guide to conduct a survey. The participants involved six family-caregivers of patients with amyotrophic lateral sclerosis (ALS). Three patients and three caregivers made decisions regarding the patient's use of a ventilator. The interview examined the following factors that may affect family-caregivers' continuance of providing nursing care: poor access to medical and social services, Tracheostomy Positive Pressure Ventilation (TPPV) fostering patient and family attachment and a sense of duty, the family fatigue buildup causing self-diffusion; nurse care for patients isolated from society; and enhancement of patient presence through caregiver affection. The survey results revealed that communication between the patient and the family during the patient's use of a ventilator was positively associated with continuation of nursing care by the family. When they received support, family caregivers continued to provide care while finding meaning in living with the patient. In the future, it will be necessary for healthcare professionals to provide sufficient assistance to help patients' family caregivers come to terms with and find the meaning of living with a patient under medical treatment after they are weaned from a ventilator.
神経難病の一つである筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis;以下,ALSと略す)は,上位・下位運動ニューロンが選択的かつ進行性に変性する神経変性疾患である.病状の進行に伴い平均35.8±31.1ヶ月程度で呼吸筋麻痺による致死的換気不全に陥る1)ため,患者と家族は侵襲的人工呼吸器(Tracheostomy Positive Pressure Ventilation: TPPV;以下,TPPVと略す)装着について意思決定を行うことになる.そのため,TPPV装着の意思決定はALS患者と家族にとって延命の選択と同義である.しかし,人工呼吸器装着によって呼吸状態が安定した後も病状は進行する.長期療養者では,通常は観察されない他覚的感覚障害,膀胱・直腸障害,眼球運動障害が生じることがある.患者と家族は呼吸器装着の意思決定において,その後の療養生活を見据えた自律的な決定が望まれるが,現状では多くの課題がある.
TPPV装着の意思決定場面では,家族は患者と人工呼吸器装着に関する話題をあえて避けたり2,3),人工呼吸器装着を望まなかった患者が,家族に負担をかけたくないことを理由に挙げ,家族が死後も後悔や自責の念に悩まされたりしたこと4)などが報告されている.また,ALS患者らは介護負担の重さから家族の意向を気にかけたが,家族は患者の意思に沿いたいと考えていた5).このことから,家族は,当事者ではないが,患者の意思決定に影響を与えており,ALS患者は家族の意向を受けて人工呼吸器装着の可否を検討していた.意思決定に向けての話し合いは十分と言えず,双方が人工呼吸器装着の意思決定に対して心理的葛藤を抱いていると考えられる.一方で,難しい決断を迫られる中,人工呼吸器装着の意思決定の際に新たな生きがいや希望を見出して意味づけを行った6,7)患者や介護者がいたことも報告されている.小長谷は5),人工呼吸器装着患者の介護者群と未装着患者の介護者群では介護負担感に差がない一方で介護継続意志は人工呼吸器装着患者の介護者群で有意に高い結果が示されたことを指摘している.人工呼吸器装着の意思決定過程で介護に意味を見出すことの重要性が示唆されている.
これらのことから,人工呼吸器装着の意思決定とその後の療養生活の継続には家族の存在が大きく影響することが分かる.中でも人工呼吸器装着を決定した患者は長期の療養となることが多いため,その後の介護に深くかかわる人工呼吸器装着決定時に焦点を当てることは重要である.そこで本研究では,ALS患者家族のTPPV装着決定に関与した心理的葛藤を明らかにし,今後のTPPV装着後の療養生活に与える影響について示唆を得ることとする.
本研究の目的は,ALS患者家族のTPPV装着決定に関与した心理的葛藤を明らかにし,今後のTPPV装着後の療養生活に与える影響について示唆を得ることである.
本研究では,気管切開を伴う侵襲的人工呼吸器(Tracheostomy Positive Pressure Ventilation: TPPV)のことを示す.
意思決定本研究では,気管切開を伴う侵襲的人工呼吸器(Tracheostomy Positive Pressure Ventilation: TPPV)の装着の是非を患者や家族が決定することを示す.
家族本研究では,ALS患者の介護を主に行う家族員1名のことを示す.
心理的葛藤本研究では,家族がTPPV装着決定に関して感じる要求,精神的緊張のことである.
人工呼吸器を装着し,A県内で療養を行うALS患者の家族6名である.
2. 調査内容及びデータ収集方法インタビューガイドを用いて半構造化面接法によるインタビューを実施した.インタビューでは患者と家族の基本属性と(1)家族について,(2)患者と対象者の疾患の認識,(3)呼吸器装着に至るまでの家族のやり取り,(4)呼吸器装着後の治療経過と印象深い出来事について,(5)現在の対象者と(患者の気持ち)について,(6)今後,呼吸器装着を考える人に教えたいこと,(7)医療者への要望,の7項目を聴取した.
家族から本研究への参加の同意を得るために研究責任者が説明文書を用いて研究の内容等を介護者へ説明し,同意を得た.面接の回数はそれぞれ1回で時間は30分から60分であった.データ収集期間は平成29年4月から平成30年3月である.
3. 分析方法質的記述的研究方法により分析を行った.研究全てのケースの面接内容について逐語録を作成した.各ケースの中で,人工呼吸器装着後の介護継続に関わる心理的葛藤についてデータを抽出し,意味が変わらないように要約した.会話の内容は具体的なレベルから要約を開始し,理解可能な最小単位にまで要約することを繰り返した.その後,コード化し,全ケースからサブカテゴリー,カテゴリーと抽象度を高めた.
倫理的配慮として,対象者は日本ALS協会香川県支部と患者の入院する病棟・外来の医師,看護師に選定を依頼した.選定された対象者に研究者が研究の趣旨・目的・方法・研究協力の任意性と撤回の自由,プライバシーの保護,データの保管と管理および研究終了後のデータの破棄,結果の公表,不利益や利益について研究者が文書を用いて説明し,同意書の署名にて同意が得られた者のみ対象とした.インタビューに際しては万が一,インタビュー中に体調が悪化したり,心理的な負担が大きいと申し出があった場合,もしくは研究者によりインタビューの続行が不可能と判断した場合には直ちにインタビューを中止し,必要時に医療機関の受診をすすめることを説明した.
研究の全過程において,抽出した意味内容が変化しないように,著者の表現方法に忠実に分析をすすめ,共同研究者からスーパービジョンを受けた.
本研究は,香川大学医学部倫理委員会の承認(平成26-138)を受けて実施された.
調査時の対象者の年代は40歳代-70歳代であり,性別は男性2名,女性4名であった.平均年齢は61.3歳,患者の平均年齢は66.5歳であった.対象者と患者の関係は5ケースが配偶者,1ケースが親子であった.療養場所は4名が自宅,2名が病院であった.
呼吸器装着後の平均療養期間は9.7年であり,呼吸器装着の際の決定者は患者が3名,家族が3名であった.呼吸器装着の決定者である家族の内2名は,患者との合意が取れぬまま装着を決断していた.患者とのコミュニケーションは,疾患の進行度によって異なるが,透明文字盤,読唇,パソコンの使用などの意思伝達装置,まばたきなどがあった.
ケース | 性別 | 対象者の年齢(年代) | 患者との関係 | 患者の性別 | 患者の年齢(年代) | 呼吸器装着後の療養期間(年) | 療養場所 | 呼吸器装着の決定者 | コミュニケーション手段 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 女性 | 60 | 配偶者 | 男性 | 60 | 5 | 自宅 | 患者 | 透明文字盤,意思伝達装置,読唇,まばたき |
2 | 女性 | 60 | 配偶者 | 男性 | 70 | 26 | 病院 | 介護者 | なし |
3 | 男性 | 70 | 配偶者 | 女性 | 60 | 9 | 自宅 | 介護者 | なし |
4 | 女性 | 60 | 配偶者 | 男性 | 60 | 7 | 自宅 | 患者 | 透明文字盤,意思伝達装置,読唇,まばたき |
5 | 男性 | 60 | 配偶者 | 女性 | 50 | 2 | 自宅 | 患者 | 透明文字盤,読唇 |
6 | 女性 | 40 | 親子 | 女性 | 70 | 9 | 病院 | 主介護者以外の介護者 | 透明文字盤,意思伝達装置,まばたき |
対象とした6ケースから,79のコード,25のサブカテゴリー,5のカテゴリーを抽出した(表2).以下に,カテゴリーを【 】,サブカテゴリーを〈 〉,コードを「 」で示す.
ALS患者家族のTPPV装着決定に関与した心理的葛藤は,【受療アクセスの距離感】,【呼吸器が愛着と義務をつなぐ】,【疲労蓄積から自己拡散に向かう】,【社会から孤立する患者と看護師からのまなざし】,【患者のプレゼンスに繋がる介護者の愛情】であった.
サブカテゴリ | カテゴリ |
---|---|
介護を継続したいが環境が整わないことへの不満 | 受療アクセスの距離感 |
受けられる行政サービスが異なることへの戸惑い | |
呼吸器装着者として介護を継続していく決意 | 呼吸器が愛着と義務をつなぐ |
患者の意向と違っても呼吸器を装着してほしいという願い | |
患者の自由が失われることへの口惜しさ | |
意思疎通が難しく苛立つ | 疲労蓄積から自己拡散に向かう |
患者の言いたいことを受け止められず悩む | |
終わりの見えない介護に疲れる | |
呼吸器装着を計画的に行えなかった後悔 | |
意思疎通が難しい患者への憐憫 | 社会から孤立する患者と看護師からのまなざし |
これまでの経験から患者の意思を代弁する | |
看護師は患者とのやり取りを大切にしてほしい | |
患者とともに意味のある生活を続けていく | 患者のプレゼンスに繋がる介護者の愛情 |
患者の希望を叶えられるように支える決意 |
家族らは,「(一回のレスパイト)以降,その病院のほうからレスパイトの話はなくなった」と〈介護を継続したいが環境が整わないことへの不満〉や,「行政区によってサービス施設がいろいろ違う」ため〈受けられる行政サービスが異なることへの戸惑い〉があり,【受療アクセスの距離感】を感じていた.
【呼吸器が愛着と義務をつなぐ】ALS患者の介護では,「お風呂の日は私が担当で義務になっている」「その間,長期に入院するか,在宅介護するかっていうものですから,家族が集まって,どうするって話になって,主に私と娘とで在宅をしよう(と決めた)」と〈呼吸器装着者として介護を継続していく決意〉をしたことや「(患者は人工呼吸器の装着に)賛成ではなかったが私から切開をお願いした」「本人の了解なしに(人工呼吸器を)つけてしまった」といった〈患者の意向と違っても呼吸器を装着してほしいという願い〉ことがあることが語られていた.また,「自分が思うように自由にできるっていうのは,難しいかなー,って言うのもある」や「5か月間入院してたけど,部屋と風呂の行き来だけで,何にもない」と呼吸器装着後に徐々に〈患者の自由が失われることへの口惜しさ〉があることから【呼吸器が愛着と義務をつなぐ】ことについても語っていた.
【疲労蓄積から自己拡散に向かう】家族らは人工呼吸器装着後の療養生活について,「できないとイライラするし,どうしてそこまでしなくはけないのか,と思う」「しゃべれなくなってから,ストレスっていうか」と〈意思疎通が難しく苛立つ〉ことや,「患者は言いたいことを受け止めてもらえないことがしんどいし,歯がゆかったと思う」「(コミュニケーションは)文字盤ですけど,(思っていることは)全然わからないです」など〈患者の言いたいことを受け止められず悩む〉様子がみられた.また,「いつまで続くのかこわい」「(在宅介護を続けるかは)家族とも相談中なんですけれど,どうしようかって,病院のほうからもおいでてくださいっていう,話は受けているんですけれど」など〈終わりの見えない介護に疲れる〉ことや「今後どのようになっていくのか分からなかったら辛い」「大分,本人も苦しそうだったから,どうしてもつけなくてはいけなくなってからするのでは遅いですね」などから〈呼吸器装着を計画的に行えなかった後悔〉と【疲労蓄積から自己拡散に向かう】ことを語っていた.
【社会から孤立する患者と看護師からのまなざし】家族らは,「意思疎通が出来なくなったことが患者にとっては苦しかったかもしれない」や「たまに(文字盤を使ったら),パソコンが打ちたいと言うんですけど,それもできないから,なかなか」と〈意思疎通が難しい患者への憐憫〉を感じており,「コミュニケーションが取れていた頃のケアを続ける」など〈これまでの経験から患者の意思を代弁する〉ようにし,「全て分かるので,本人に確認をして希望を聞いて行って欲しいなあ,と思います」と〈看護師は患者とのやり取りを大切にしてほしい〉ことを【社会から孤立する患者と看護師からのまなざし】では語っていた.
【患者のプレゼンスに繋がる介護者の愛情】家族らは,「できなくなることが多くなるが,生きがいや楽しみとか希望をもって共に生きていきたい」「家で患者のやりたいことをやって自分(患者)の証を作りたいと」など〈患者とともに意味のある生活を続けていく〉ようにしていた.また,「主人の思いを汲み取って,在宅(療養)に入るためには,私も家にいる必要があるということもあって早めに退職したんだけれど」など〈患者の希望を叶えられるように支える決意〉を,【患者のプレゼンスに繋がる介護者の愛情】を語っていた.
家族らは,肯定的な側面と否定的な側面のどちらの心情も持ちながら介護を継続していた.
家族はサポートを受けながら介護を継続していたが,そのサポートは必ずしも十分とは言えず,【受療アクセスの距離感】があることが分かった.本研究で対象とした患者と家族は,すでに人工呼吸器を装着して療養中であり,家族間で療養の継続のために介護員や介護量の調整が行われていた.そのため,家族のサポートに満足感とこれ以上の支援を望めないという限界を感じていると考えられる.療養場所は在宅・入院のどちらも含まれていたが,行政・医療サービスに対しては全員が不満足を感じていた.介護の支えについての調査8)では,被介護者にとって公的サービスが一番の支えになっている.病初期や人工呼吸器装着,胃瘻造設などの意思決定場面において専門職の介入が重要である9)10))11)12)ことは知られているが,意思決定後の療養においても家族は継続的な支援を望んでいることが分かった.
【呼吸器が愛着と義務をつなぐ】では,人工呼吸器装着の意思決定時の経緯が義務感を生じさせる要因となっていた.人工呼吸器の装着決定は延命の選択に直結するため,容易ではない.しかし,ALSは病状進行の速さと診断のつきにくさから,呼吸障害が出現してから人工呼吸器装着の可否が検討されることが少なくない.人工呼吸器装着患者の家族の苦悩の中心は,見通しのないことであり13),患者の意向よりも家族の情動的高まりが判断に影響し,患者と家族の間に同意がなければその後の介護継続に影響を及ぼす.本研究では,人工呼吸器の装着に患者と介護者間で合意が得られず,家族が決定した家族がいた.この家族らは,人工呼吸器装着後に患者との関係で不和を生じたり,コミュニケーション困難になったケースも含まれており,患者からのフィードバックが少なく介護に意味や意義を見出すことが難しい.そのため,義務として介護を継続している可能性がある.
【疲労蓄積から自己拡散に向かう】については,長期間に及ぶ介護に疲弊している様子が示されていた.特に,人工呼吸器装着の意思決定時に合意が得られなかった場合,人工呼吸器装着後の療養生活が,自身の想像していた生活と乖離していることに苦痛を感じていた.先述したように,人工呼吸器装着の意思決定時には,情動的な高まりから装着を決定するケースがある.家族らは,意思決定後に長期間に及ぶ介護を継続していく中で患者の人生や生きる意味を問い直すことになる.人工呼吸器装着の意思決定において患者と介護者の意思の折り合いをつけることは重要である5),13)~14).意思決定時に折り合いがつかない場合,新たな生きがいや希望を見出せず,介護に疲弊した結果,消耗感を感じているのではないかと考えた.末益ら15)はALS患者家族の介護肯定感が【介護役割の積極的受容】ができる介護者で高い結果が示されたと述べている.患者の気持ちを十分に尊重し介護役割が尊重できている場合,介護を肯定的に捉え積極的に行うことができるが,本研究で対象とした家族の中には人工呼吸器装着の意思決定時に合意が得られなかった家族が含まれていることも影響していると考えられる.
人工呼吸器装着後の病状進行に伴い,患者とのコミュニケーションはだんだんと困難になる.療養が長期化することによって,通常は生じることのない眼球運動障害が出現し,透明文字盤やまばたき,意思伝達装置を使用したコミュニケーションも困難になっていく.本研究において最も近くにいる家族は患者の人柄やこれまでの介護経験から,患者の伝えることが出来なくなった心理的葛藤を伝えようとしていた.これは,村岡16)の述べた在宅ALS患者の介護者が体験する「関係の濃密化」による「一体化」,山本13)の入院患者の介護者の,患者の苦痛や苦悩をまるで自分が体験したかのように語る現象と同様と推察できる.【社会から孤立する患者と看護師からのまなざし】では,意思疎通困難で社会的に孤立しがちな患者に対して看護師からの援助を求めていると考える.
【患者のプレゼンスに繋がる介護者の愛情】では,家族が患者と共に生きようと介護を肯定的に捉えようとしていた.特に在宅で介護を行う家族らは,患者の意思を尊重し,自己実現を手助けすることに介護を継続することの意味を見出していた.患者の中にも人工呼吸器装着の意思決定時に現状に対する意味づけを行っている者がおり6)~7),今回のケースにも含まれていた.意思決定時に患者と家族が合意できていた場合,患者の意向が家族の介護の礎となっていた.
一方で,意思決定時には患者と家族の間で合意ができなかったケースでも,療養期間中に患者が望む療養生活を手助けすることで,人工呼吸器の装着と介護を継続することに意味を見出す家族もいた.よって,家族は人工呼吸器の意思決定過程で合意できなかった場合でも,その後の療養生活の中で患者と対話する時間を持つことができれば,意思決定の結果に意味を見出すことが出来ることが示唆された.医療者は意思決定過程でなくとも,患者と家族で療養生活に意味を見出せるように関わり,介護を肯定的に捉えられるように援助していく必要がある.
2. 人工呼吸器装着の意思決定時期にある家族の心理的葛藤との比較人工呼吸器装着の意思決定に関わるALS患者家族の心理についての文献検討14)によると,家族らは【患者の生存を渇望する気持ち】,【やむを得ない状況で決断を迫られる苦悩】,【多大な介護負担と延命後の患者の人生への問いから生じる懸念】,【予想外の状況に対する衝撃と後悔】,【患者の意思と自らの意思の間に生じた葛藤】,【患者に専心したことへの肯定的感情】を感じていた.これらの心理は人工呼吸器を装着して延命するか否か,といった事象に焦点があてられている.そのため,人工呼吸器装着後の療養生活が具体的に思い描けていない家族もいた.対象とした論文では人工呼吸器装着を望まなかった患者や家族も含まれており,見通し感が対象によって異なっていた.人工呼吸器装着患者の家族は見通しがないことに苦悩しており13),意思決定時に装着・非装着の決断後にどのような療養生活を送るのかをイメージすることが介護の継続では重要になる.
本研究で対象とした人工呼吸器装着患者の家族は,【受療アクセスの距離感】,【呼吸器が愛着と義務をつなぐ】,【疲労蓄積から自己拡散に向かう】,【社会から孤立する患者と看護師からのまなざし】,【患者のプレゼンスに繋がる介護者の愛情】を持ちながら介護を行っていた.意思決定時に患者と家族の間で合意が得られていたかが,その後の介護継続時に影響を与えていた.人工呼吸器装着の意思決定時に合意が得られなかった場合は,人工呼吸器装着後も葛藤や後悔などの心理的葛藤を抱えながら介護を継続していた.一方で,人工呼吸器装着の意思決定の際に新たな生きがいや希望を見出すことができた家族らは,先行研究6)~7)の患者と同様に人工呼吸器の装着に意味づけを行うことで,介護を継続していると考えられる.また,今回の患者の中には長期の療養生活の中で患者の心境が変化し,患者と療養継続の合意を得た家族がいた.人工呼吸器装着の意思決定時に患者と家族の間で合意が得られ,心理的葛藤が軽減するかどうかは介護継続に大きな影響を与えている.そのため,意思決定までに医療者が介護者を含めて支援することが重要である.加えて人工呼吸器の装着・非装着に関わらず,意思決定時に合意の得られなかった患者と家族に対しても,療養生活に適応していけるように継続的な支援を行う必要がある.
本研究の対象は6ケースであり,調査結果は限定されたものであった.また,人工呼吸器非装着のケースは含まれていいことが本研究の限界である.
今後も家族介護者の調査を継続し,ケースを蓄積していく必要がある.
人工呼吸器装着過程で患者と家族の折り合いをつけることが介護の継続過程を肯定的に認知することに関係していた.介護の継続には肯定的な認知だけではなく,心理的葛藤も影響している.介護者である家族はサポートを受けながら心理的葛藤と向き合い,患者と共に生きる意味を見出すことで,それを支えに介護を継続していた.今後,専門職は人工呼吸器装着後の療養においても家族間で合意が得られ,共に生きる意味を見出すことが出来るような援助が必要である.
本研究を行うにあたりご協力くださいました峠哲男教授,独立行政法人国立病院機構高松医療センター神経内科診療部長の市原典子先生,日本ALS協会香川県支部岩本豊支部長さま,ご協力いただいた患者,配偶者の皆様に深く感謝申し上げます.
本研究は「香川大学医学部平成29年度重点化プロジェクト経費」の助成を受けて実施した.なお本論文に関して,開示すべき利益相反はない.
MYは調査,論文作成を実施した.HSは研究計画,倫理委員会(所属機関および調査機関)受審,カテゴリの命名,論文の指導を担当した.すべての著者は最終原稿を読み承認した.