日本農村医学会学術総会抄録集
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第55回日本農村医学会学術総会
セッションID: 2E22
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一般演題
口腔領域の湿潤療法による創傷治療と従来の治療法の比較検討
杉山 貴敏
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キーワード: 湿潤療法, 創傷
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抄録

<緒言>近年, 傷を消毒しない,傷を湿潤環境下で治療する創傷治療(湿潤療法, Moist Wound Healing)が提唱されている. この療法は生体の細胞成長因子を積極的に利用する治療法で,創傷の治癒が従来の治療に比べて早いのが特徴である.口腔外領域は創を創傷被覆材などで閉鎖し湿潤環境下で治療し,口腔内領域はすでに唾液による湿潤環境にあるため, 含嗽剤をふくめた消毒を行わないことが, 湿潤療法を実践することにあたると考えられる.当科では平成15年5月より現在にいたるまで, 抜歯をはじめ外傷など創傷治療は全て湿潤療法に基づく治療を行っている.
 今回,西美濃厚生病院歯科口腔外科で演者自身が行った平成13年5月より平成17年5月までの全ての創傷治療について, 湿潤療法実施前と湿潤療法実施後の2群に分けて, 術後の治癒不全, 感染等について比較検討を行った. 対象は1歳より96歳までの患者計733名, 湿潤療法実施前群(平均年齢60.2歳)556例, 湿潤療法実施後群(平均年齢58.5歳)591例で乳歯抜歯症例は除外した. 術後, 抜糸時に創が哆開した症例, 創のびらん,潰瘍,壊死を生じた症例,細菌感染を生じた症例,創部の疼痛が消失しない症例を治癒不全例とした。
<結果>治癒不全例は湿潤療法実施前群52例(10.97%), 湿潤療法実施後群21例(3.55%)であり湿潤療法実施群が有意に少なかった. また, 抜糸までの期間は湿潤療法実施前群平均6.83日, 湿潤療法実施後群4.78日であった.
<考察>以上の結果より、創を消毒しても術後の治癒不全や創感染を防止することはできないこと,湿潤療法による治癒期間の短縮の可能性が示唆された.
 夏井は,創感染は縫合糸,壊死組織,血腫,痂皮などの異物が存在するからおこるのであって,細菌が存在するからおこるのではないと述べている.皮膚や皮下組織の感染は細菌単独でおこすためには組織1gあたり105から106個の細菌が必要とされているが,異物の存在下では200個の細菌で感染が成立するといわれている.消毒薬による消毒は一時的に細菌数を減少させるが,皮膚の皮脂腺や汗腺,口腔常在菌の増殖により細菌数は1日を通しては大きくは変化しないと思われる。
 また、創傷治癒には肉芽組織が増生し,線維組織や上皮組織が再生されなければならない。消毒薬はイソジンガーグルの希釈濃度0.23から0.47%でも組織障害性をもっており、組織再生に必要なPDGF, EGF, bFGF, TGFβ, NGFなどの細胞成長因子を無効化し,上皮細胞や線維芽細胞の増生を阻害している。さらに,口腔内で消毒効果を発揮させるにはイソジンではポピドンヨード濃度で0.1%濃度を2から3分間持続させることが必要である.唾液で満たされた口腔内で、この濃度を保つことは困難である。
 つまり、口腔内の消毒は,消毒効果よりも組織障害作用の方が大きく,治癒を遅延させているのである。口腔領域の創傷時には水道水や生理食塩水あるいは消毒薬を含まない含嗽剤で口腔をよく洗浄し,壊死物質や血腫など感染源をよく取り除くことが大切であり,異物である縫合糸などは可及的早期に抜糸する必要があると考えられる.湿潤療法により生体の治癒能力を最大限に発揮させ,治癒を早めることが, 術後障害も減少させることができると考えられた.

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© 2006 一般社団法人 日本農村医学会
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