抄録
はじめに
前立腺癌の肺転移は、剖検症例での検討では骨転移についで多いとされる一方、臨床的には頻度は低いとされる。今回咳嗽を主訴として来院し、これが契機となって転移性肺腫瘍が発見され、その原発が前立腺でかつ他部位に転移を認めなかった比較的まれな症例を経験したので報告する。
症例
症例 : 87歳 男性
主訴 : 咳嗽
既往歴 : 特になし
生活歴 : 喫煙なし 元アクセサリー販売業
現病歴 : 2006年3月下旬ころから感冒様症状が出現し近医受診した。近医で抗生剤、鎮咳剤が処方されたが軽快しないため当院受診された。 胸部レントゲン写真及びCTで複数の結節影、腫瘤影を認めたため精査目的で入院した。
入院時身体所見:意識清明 身長150cm 体重45kg 体温36.6℃ 血圧131/70mmHg 脈拍70/分整 SpO2 96%(室内気) 胸部、腹部特記すべきことなし 浮腫なし 排尿障害の自覚なし。
入院時検査所見 : 入院時調べた範囲内では特に大きな異常は認めなかった。
胸部レントゲン写真所見 : 複数の結節影と腫瘤影を認めた。
胸部CT所見: 複数の結節影と腫瘤影を認め、所見から転移性腫瘍を考えた。
腹部CT所見 : 前立腺外腺の濃染域が認められた。前立腺以外所見はなくリンパ節腫大も認められなかった。
骨シンチ: 特に所見なし
入院後経過:
咳嗽は短期間の鎮咳剤投与で軽快した。胸部CT所見から転移性肺腫瘍と診断した。腹部造影CTでは、前立腺外腺の濃染域が認められ、前立腺疾患が疑われたが、非特異的であり質的診断は困難とされた。排尿障害はなかった。腹部CTでは他に所見はなくリンパ節腫大も認められなかった。原発巣検索のための消化管検索は患者の同意が得られず断念し、肺腫瘍に対してCT下生検を行うことになった。CT下生検は胸壁に接している腫瘍に対して行った。肺腫瘍に対するCT下生検の病理像では免疫組織学的にPSAに対して陽性で前立腺癌の肺転移が疑われた。前立腺生検を行ったところ前立腺癌と診断され、前立腺癌とその肺転移と診断した。血清PSAを測定したところ66.765ng/ml(正常4ng/ml以下) と高値であることも判明した。以上を踏まえ泌尿器科に転科の方針となった。患者がしばらく受診せず、治療開始は5ヵ月後となったが、ホルモン療法でPSA値は低下し正常化した。また胸部病変も軽快した。
考察
前立腺癌の肺転移は、剖検症例での検討では骨転移についで多く、46%に肺内転移を、21%に胸膜転移を認めたとする文献がある。一方、臨床的には頻度は低く、初診時に胸腔内転移が存在する割合は5%以下であるとされる。また本例は他部位に転移が認められず、肺のみに認められている。肺転移があり、他部位に転移がないのは7.5%とされ、以上から本例はまれな症例であったと考えられる。治療はホルモン療法が効果的とされ、本例も胸部所見が軽快し、PSA値が正常化した。男性で転移性肺腫瘍をみたときに、原発を頻度の高い消化管のみならず前立腺の可能性を想起することは重要と考えられた。その際血清PSAのチェックは役立つと思われた。