抄録
本研究は蚊取線香燻煙中にPyrethrinの存在を確認する目的を以つて行つたもので,蚊取線香燻煙を出來るだけ自然の状態に近く發生せしめ,之を冷却管で捕捉し,中性物質を集めて實驗を行つた.
1. 中性物質を容量法で定量した處, Pyrethrin類似の定量値を與へ.原料線香中の約1/15~1/20を示した.勿論此の數値は實驗的に確認せられた數値ではあるが,實際に燻煙中に放出されるPyrethrinの總量は此の値より相當高いものであるに違ひない.
2. Pyrethrin-Iと-IIとの割合も大略1:1.2~1:1.4位で原料中の割合と平行してゐる。一方比色法では容量法の數値の約3~4倍を示すが,之は特に還元力の強い物質が燻燒の結果生成せられるためで,此の場合容量法の値が實際に近いものと言はねばならない.
3. 中性物質中に非エステル状物質が多量存在する事は,既に長瀬誠氏に依つて明かにされたが容量法に依つてPyrethrinを定量した結果,平均Pyrethrin-I 2.50%, Pyrethrin-II 3.96%に過ぎなかつた.即ち中性物質中の大部分は燻燒の結果二次的に生成せられた物質である事を知つた.
4. 容量法發液中から第一菊酸及び第二菊酸を分離し,之を純粹第一菊酸及び第二菊酸と比較したところ,それぞれが全く同一物質である事を知つた.即ち蚊取線香燻煙中には第一菊酸及び第二菊酸のエステルが存在する事を確認したが,此のエステルが從來の研究結果から推察してもPyrethrin以外の物質であるとは考へられない.
5. 以上の結果から蚊取線香の燻煙中の殺蟲成分の主體は矢張りPyrethrinであつて,其の量は著しく少いが,同時に除蟲菊の燃燒に依つて生成される他の諸成分との協同作用の結果強い麻痺性及び殺蟲性を表はすものであると信ずる.
本研究は丈部省科學研究費及び農林省委託研究費で行つたものであり,又實驗の一部は藤千代野,八山民子兩氏の助力に依るものであつて茲に感謝の意を表する次第である.