2023 年 2023 巻 136 号 p. 18-32
本稿では,中国政府指定の食糧主産地である江西省の鄱陽湖平野に位置する余干県下の同姓自然村を調査対象とし,農村労働力の「出稼ぎ」移動と農地流動化が進む過程で,村内の農地貸借関係と地代の決定方法の変化について1990年代後半から約20年間の長期的変化を追跡し,実態を明らかにした。その変化は,農業・農村政策の全国的な変化の影響を受けつつ進んだ。2004年以降の農業税の廃止や各種補助金制度,価格支持政策の実施によって,農民の親戚・友人関係に基づく相対協議によるゼロ地代での貸借の段階が終焉し,地代が無償から有償に変化した。さらに親戚・友人関係を超えた貸借が進んで紛争も増え,2006年からは村民会議を開催し,村民の総意で農地貸借や地代決定を決定するようになった。そこでは,貸し手の地代収入に関する要求と借り手側の農地確保に関する要求を巡る両者の利害が調整された。しかし,2015年以降の稲作所得の減少局面になると,村主導の農地流動化過程においては多数を占める貸し手側の意見が重視されるため,地代が固定され,借り手側の農業の収益性が無視される側面があることが明らかになった。