2021 年 80 巻 6 号 p. 319-329
脳梗塞や頭部外傷などの脳損傷急性期にアストロサイトは活性化し,活性化したアストロサイトは慢性期にグリオーシスを引き起こす.グリオーシスは組織の瘢痕性変化であり,神経回路回復を妨げ,てんかん焦点となる.また,様々な経路でアストロサイトは細胞内カルシウム濃度を上昇させ活性化する.Transient receptor potential canonical 3 (TRPC3) チャネルは細胞内カルシウム濃度に大きく関与する.ラット虚血モデルでは Pyrazole-3(Pyr3) を用いて TRPC3 チャネルを拮抗するとグリオーシスが抑制されることが報告されている.また,グリオトランスミッションも細胞内カルシウム濃度上昇に大きく寄与する.P2Y1 受容体を刺激するとカルシウムが細胞内貯蔵庫から放出されカルシウムウェーブを介したグリオトランスミッションが励起されるが,P2Y1 受容体を MRS2179 で拮抗すると細胞内カルシウム濃度上昇が抑制される.本研究はラット cerebral contusion injury(CCI) モデルに Pyr3 と MRS2179 を用い,アストロサイト活性化を抑制し,慢性期のグリオーシス形成を制御することを目的とした.雄性ラットを Naïve,CCIControl,CCI-Pyr3,CCI-MRS2179 の 4 群に振り分け,薬物は挫傷組織中心部に直接投与した.外傷後 3,7,28日後に脳を摘出した.CCI-MRS2179 では TRPC3 チャネルと P2Y1 受容体の発現が低下した.外傷 3 日後のCCI-Control の glial fibrillary acidic protein (GFAP) 発現量は Naïve より有意に高い値を示した.しかし CCI-Pyr3と CCI-MRS2179 では Naïve より高いものの,有意な差は認めなかった.外傷 28 日後の GFAP 値は CCI-Controlgroup でさらに上昇した.それに対し CCI-Pyr3 と CCIMRS2179 では CCI-Control と比較し有意に低い値を示した.外傷 28 日後の Holzer 染色陽性グリオーシス体積はCCI-Pyr3,CCI-MRS2179 でともに CCI-Control より有意に低い値を示した.外傷後急性期の TRPC3 チャネルとP2Y1 受容体の拮抗は外傷後慢性期のグリオーシス形成を抑制した.