日本内分泌外科学会雑誌
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特集2
甲状腺癌に対するゲノム医療
田原 信
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2023 年 40 巻 1 号 p. 33-37

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抄録

根治切除不能甲状腺がんに対してソラフェニブ,レンバチニブ,バンデタニブなどのマルチキナーゼ阻害薬が使用可能になったが,薬剤耐性になった場合の治療選択肢は限られる。

現在,がんゲノム医療が甲状腺がんにも進展している。セルペルカチニブは,RET遺伝子異常を有する固形癌患者を対象としたバスケット試験にて,根治切除不能なRET遺伝子異常陽性の甲状腺がんに対して良好な抗腫瘍効果,奏効期間,PFSを示し,承認された。がん遺伝子パネル検査は,実施可能施設に制限があったが,セルペルカチニブのコンパニオン診断薬であるオンコマインDx Target TestマルチCDxシステムは,全医療機関で実施可能になった。これによって,甲状腺癌にもゲノム医療が推進することが期待される。しかし,頻度の高いBRAFV600E陽性患者に対する治療薬は未だ承認されておらず,がんゲノム難民が生じている。個別化医療を推進するためには,初回治療時の遺伝子異常検査が実施可能にすべきである。

はじめに

分化型甲状腺癌(Differentiated thyroid cancer:DTC),甲状腺髄様癌(Medullary thyroid cancer:MTC),甲状腺未分化癌(Anaplastic thyroid cancer:ATC)に大別される甲状腺がんは,いずれの組織型も外科切除が標準治療であり,ATC以外の甲状腺がんは他の癌腫と比較すると予後良好である。しかし,根治切除不能な再発・転移が生じた場合,根治的な治療はなく,予後は限られる。

マルチキナーゼ阻害薬であるソラフェニブ,レンバチニブ,バンデタニブは,それぞれ第3相試験にてプラセボと比較して統計学的に有意に無増悪生存期間(PFS)を延長させ,実臨床で使用可能になった。これらの薬剤によって,長期生存も認められるようになったが,薬剤耐性になった場合の予後は限られる。

検出された腫瘍の遺伝子変異に応じて分子標的薬を処方するがんゲノム医療の開発が,甲状腺癌にも進行中である。2019年6月1日に保険適応になったがん遺伝子パネル検査は,実施可能施設に制限がある。一方,2022年2月に根治切除不能RET遺伝子変異陽性甲状腺髄様癌,RET融合遺伝子陽性甲状腺癌に効能追加されたRET阻害薬セルペルカチニブのコンパニオン診断薬であるオンコマインDx Target TestマルチCDxシステム(オンコマインDxTT)は,実施医療機関に制限なく実施可能になった。RET以外の遺伝子異常も参考情報として入手可能であることから,今後甲状腺がんにもゲノム医療が推進されることが期待される。本稿では,甲状腺癌に対するゲノム医療の現状と課題,今後の展望について述べたい。

1.甲状腺がんのアクショナブルな遺伝子異常

甲状腺癌は,臨床での意識決定に影響を与えるアクショナブルな遺伝子異常の頻度が約60%と比較的高い[]。その中でBRAFの遺伝子変異は最も頻度が高く,腫瘍発生の初期段階で生じる。BRAFの遺伝子変異の98~99%が,codon600のバリンがグルタミン酸へ置換(V600E)されている。欧米では約50%程度の頻度であるが,我が国含めた東アジアでは約70%とする報告もある。ATCにおけるBRAFV600Eの変異の頻度はこれまで約20~30%と報告があるが,韓国から約90%と報告もあり,本邦も高いことが予想される。RET融合遺伝子は甲状腺癌において10~20%,RET遺伝子変異はMTCにて散発性で60%以上,遺伝性で90%以上に認められる。NTRK融合遺伝子は,唾液腺分泌癌,乳児型線維肉腫にて高率に認められるが,甲状腺がん全体の1.07%とされるが,小児DTCで多い(22.22%)[]。ALK融合遺伝子は,PTC が8%,PDTC が9%,ATCが4%に認められる。RASはKRAS,NRAS,HRASの3種類のアイソフォームが存在し,甲状腺癌においてはNRAS変異が比較的多く認められ(FTC・ATCで共に19%),KRAS変異の頻度はPTCが1.7%,ATCが8.6%と報告されている[]。

2.甲状腺癌に対するゲノム医療

1)RET阻害薬

選択的なRET阻害薬セルペルカチニブは,RET遺伝子異常を有する固形癌患者を対象としたセルペルカチニブのバスケット試験(LIBRETTO-001試験)において,前治療ありのMTC(N=55)に対して奏効率69%,前治療歴なしのMTC(N=88)に対して奏効率73%,RET融合遺伝子陽性の甲状腺癌(N=19)に対して奏効率79%といずれも高い抗腫瘍効果を示し,さらに良好な奏効期間,PFSを示した[]。この結果,セルペルカチニブは,根治切除不能なRET遺伝子変異陽性のMTC,RET融合遺伝子陽性甲状腺癌に対して効能追加され,使用可能になっている。2022年のESMO(European Society for Medical Oncology)にて報告されたLIBRETTO-001試験のアップデートデータにおいて,セルペルカチニブの奏効率は,カボザンチニブ又はバンデタニブ治療歴ないMTC(N=132)に対して81%,カボザンチニブ又はバンデタニブ治療歴ありのMTC(N=132)に対して73.5%と治療歴があると奏効率が低下した。さらに24カ月時のPFS率もカボザンチニブ又はバンデタニブ治療歴ありの患者で低下し(81.6% vs. 64.4%),24カ月時のOS率も低下した(94.7% vs. 77.2%)。主なグレード3以上の治療関連有害事象は,高血圧が14.4%,ALT上昇が6.9%,AST上昇が5.6%であり,治療に関連した有害事象による治療中止は4.1%であった。現在,RET遺伝子変異陽性のMTCの一次療法として,セルペルカチニブとカボザンチニブあるいはバンデタニブとの第3相試験(LIBRETTO-531)が進行中である[]。

RET阻害薬抵抗性のメカニズムとして,1)免疫抵抗性又はがん関連線維芽細胞の増加に伴う腫瘍浸潤部の繊維化などの腫瘍微小環境,2)ゲートキーパー変異などの耐性のRET遺伝子変異,3)RET阻害によって,EGFR,METなどのバイパスシグナルの活性化などが関与している[]。LIBRETTO-001試験においてVEGF標的治療薬の前治療歴を有する患者において,治療効果が低下する機序として,VEGF標的治療薬耐性に伴ってCAFが活性化され,腫瘍微小環境が変化することなどが考えられる[]。ゲノム医療がすでに確立している他の癌腫から標的遺伝子に対する分子標的薬後のVEGF標的治療に関して,治療効果低下の報告がないことから,標記遺伝子を有する根治切除不能な再発・転移患者に対して分子標的薬を優先することが患者のベネフィットにつながると思われる。

選択的なRET阻害薬プラルセチニブは,RET融合遺伝子陽性の固形癌患者を対象としたプラルセチニブの第1/2相試験(ARROW試験)において,奏効率57%,奏効期間中央値11.7カ月,PFS中央値7カ月,OS中央値14カ月を示した[]。主なグレード3以上の治療関連有害事象は好中球減少が31%,貧血が14%であった。

セルペルカチニブ,プラルセチニブなどのRET阻害薬治療歴を有する患者を対象とした新規RET阻害薬の開発も海外では進行中である(NCT04161391,NCT05241834)。

2)TRK阻害薬

ラロトレクチニブは,選択的なTRK阻害薬であり,脳組織への移行も良好である。NTRK融合遺伝子を有する固形癌患者を対象としたラロトレクチニブの第1/2相試験の3試験の統合解析にて,中央判定で奏効率75%,1年奏効期間71%,1年PFS率55%と良好な結果を示した[]。さらに登録患者数の増えたアップデートデータ(N=159)にて,CR16%,PR 63%,PFS中央値28.3カ月,OS中央値44.4カ月と良好な治療成績が示された[10]。主なグレード3以上の治療関連有害事象は,ALT上昇が3%,貧血が2%,好中球減少が2%であり,治療関連死亡も認められなかった。この結果,ラロトレクチニブは,NTRK融合遺伝子を有する固形癌患者に承認されている。NTRK融合遺伝子を有する甲状腺がんに対するラロトレクチニブのサブ解析も報告されており,奏効率はDTC(N=22)86%,ATC(N=7)29%,24カ月時のPFSはDTC84%,ATC 17%と,ATCはDTCより効果不良であることが示唆された[11]。

NTRKとROS1を阻害するエントレクチニブは,NTRK融合遺伝子を有する固形癌患者に対して奏効率57%,奏効期間中央値10カ月を示した[12]。主なグレード3以上の治療関連有害事象は,体重増加が10%,貧血が12%であった。この結果,本邦でもNTRK融合遺伝子陽性の固形がんに承認されている。

NTRK融合遺伝子を有する固形癌患者に対するラロトレクチニブとエントレクチニブの臨床試験データを患者背景などの分布を調整した間接比較の報告によると,ラロトレクチニブは,エントレクチニブと比較して奏効期間,PFS,OSともに良好であった[13]。

ラロトレクチニブ含むTRK阻害薬への獲得耐性としてTRKA G595Rなどの遺伝子変異が報告されている[14]。現在これらをターゲットとした第2世代のTRK阻害薬(Selitrectinib)の第Ⅰ/Ⅱ相試験(NCT03215511)も海外では進行中である。

3)免疫チェックポイント阻害薬

腫瘍遺伝子変異量(tumor mutation burden:TMB)とは,がん細胞が持つ体細胞遺伝子変異の量を意味し,100万個塩基(1メガベース:1Mb)あたりの遺伝子変異数(mut/Mb)を単位として表される。体細胞変異数が多い腫瘍(TMB-High:10mut/Mb以上)では免疫系に認識されるがん細胞由来の抗原(ネオアンチゲン)が増加しT細胞による腫瘍認識が促進されることから免疫チェックポイント阻害薬の抗腫瘍効果が期待される。前治療で不応・不耐となった切除不能又は転移性固形がんを対象としたペムブロリズマブの臨床試験(KEYNOTE-158試験)にて,TMB-low群に比べ,TMB-high群で奏効率が良好であり(29% vs. 6%),TMB-high甲状腺がん(2例)のいずれも奏効が得られた[15]。この結果,2022年2月にがん化学療法後に増悪したTMB-highを有する進行・再発の固形癌を対象にペムブロリズマブが承認されている。甲状腺癌においてもTMB-highは,PTC2%,ATC3%と報告されていることから,コンパニオン診断薬であるFoundationOne CDxにてTMB-highであれば,適応になる。

4)BRAF阻害薬+MEK阻害薬

BRAF阻害薬ダブラフェニブは,BRAFV600E陽性のPTC14例に対して奏効率29%,奏効期間中央値8.4カ月と,治療耐性が課題とされた[16]。そのため,悪性黒色腫などの他がん腫同様にMEK阻害薬を併用することで,耐性を克服する試みが行われてきた。放射性ヨウ素内用療法抵抗性かつBRAF変異を有するPTC患者を対象としたダブラフェニブとMEK阻害薬トラメチニブの併用療法とダブラフェニブ単剤療法との比較第Ⅱ相試験(N=53)が実施され,奏効率は併用群54%,単剤群50%(p=0.78),PFS中央値は併用群 15.1カ月,単剤群11.4カ月(p=0.27)と,併用療法はやや良好な有効性が示された[17]。さらに安全性プロファイルも併用療法においてより良好であることが示された。

BRAFV600E変異を有する希少がん患者を対象としてダブラフェニブとトラメチニブの併用療法の第Ⅱ相試験(ROAR basket試験)のATCコホート(16例)にて,奏効率69%,中央判定でBRAFV600E変異が確定した患者(15例)にて奏効率74%,さらに1年PFS率79%,1年OS率80%と良好な治療成績が示された[18]。この結果から,この併用療法は米国にてBRAFV600E変異陽性の切除不能又は転移を有するATCに承認されている。症例数が36名まで増えたアップデートデータが報告されており,奏効率56%,12カ月の時点で50%が奏効持続,OS中央値15カ月であった[19]。さらに,この併用療法は,術前治療としての有用性も報告されている[20]。切除不能例が切除可能となり長期生存も得られており,さらにMDアンダーソンでは年代別のATCの予後解析にて,BRAF阻害薬,MEK阻害薬などの分子標的薬の使用後の年代にてATCの予後が改善することが報告されており[21],この併用療法によりATCの予後改善が期待される。本邦ではBRAFV600E変異陽性の根治切除不能な甲状腺癌を対象にBRAF阻害薬エンコラフェニブとMEK阻害薬ビニメチニブ併用療法の第2相試験(jRCT201120001)を実施し,患者登録を完了している。

現在,DTC,ATCいずれにもBRAF阻害薬+MEK阻害薬は承認が得られておらず,治療へのアクセスは限られている(表1)。遺伝子パネル検査にてBRAFV600E変異が認められた場合は,遺伝子プロファイリングに基づく推奨治療による患者申出療養(NCCH1901)にてBRAF阻害薬+MEK阻害薬の投与が可能であったが,現在は登録が終了しており,がんゲノム難民が大量に発生している。これら併用療法が早期に効能追加されることを期待したい。

表1.

甲状腺がんに対する標的遺伝子に対する治療薬へのアクセス

5)ALK阻害薬

クリゾチニブがALK融合遺伝子陽性のATC,MTCに著効したことが報告されており[2223],肺癌同様にALK融合遺伝子陽性の甲状腺癌に対する有効性が期待される。治療へのアクセスは,ALK融合遺伝子を対象としたブリグチニブの第2相試験(jRCT2041210148),患者申出療養下のセリチニブ,アレクチニブなどがある(表1)。

6)RAS阻害薬

KRASはRASのアイソフォームの中でも多くのがん腫で高頻度に変異が認められ,KRAS遺伝子変異のうち約80%を占めるKRASG12C遺伝子変異に対して最も薬剤開発が進んでいる。KRASを含め,変異RASは,活動型RASのGTPとの結合親和性の高さ,高レベルの細胞内GTP濃度,RAS分子表面の薬剤結合ポケットの不在などを理由に,創薬不可能な標的とされてきたが,アレル特異的なアロステリック阻害薬の登場によりRAS阻害薬の開発が進行している。

KRAS G12C阻害薬であるソトラシブは,KRASG12C変異陽性非小細胞肺癌に対して,奏効率32.2%を示し,安全性プロファイルも良好であったことから[24],2022年1月にがん化学療法後に増悪したKRAS G12C遺伝子変異陽性の切除不能な進行・再発局所進非小細胞肺癌を対象に保険収載された。本邦にてKRASG12C遺伝子変異を有する固形癌を対象とした治験が進行しており,KRASG12C遺伝子変異陽性の場合は治験参加の検討が勧められる(表1)。

NRASは悪性黒色腫で約25%に認められ,予後不良に関連しており,MEK阻害薬の開発が進行中である。MEK阻害薬ビニメチニブは,NRAS変異陽性悪性黒色腫を対象とした第3相試験にて,奏効率15%,PFS中央値2.8カ月を示した[25]。NRAS変異陽性の固形癌に対してエキスパートパネルにて,NRAS変異陽性固形癌に対してビニメトニブが推奨されており,患者申出療養にて投与可能である。

CRAFによるRASシグナルがMEK阻害薬の効果を減弱することから,RAF阻害薬とMEK阻害薬との併用療法の開発も進行している。強力な汎RAF阻害薬ベルバラフェニブとMEK阻害薬コビメチニブ併用療法は,第1b相試験にてNRAS変異陽性悪性黒色腫(N=19)に対して奏効率26.3%を示した[26]。MEK阻害薬治療したNRAS変異陽性悪性黒色腫にてサイクリンD1の活性化が認められることから,MEK阻害薬に乳癌で承認されているパルボシクリブなどのCDK4/6阻害薬を併用する治療法の開発も進行中である。

おわりに

根治切除不能な甲状腺がん患者に対してオンコマインDxTTが全医療機関にて実施可能になったことで,今後甲状腺癌にもゲノム医療が推進される。しかし,治療アクセスは限られており,分子標的薬が早期に承認されることを切望する。甲状腺癌は初回手術から長期に経過した後に根治切除不能な再発・転移をきたすことが多く,遺伝子異常検査のための適切な検体採取に難渋するので,初回手術時の遺伝子異常検査の検索が実施可能になり,初回治療時から個別化治療が推進されることを切望する。分子標的薬も長期的には約半数が耐性になるので,耐性遺伝子に対する新規薬剤,他剤併用療法の開発の推進にも期待したい。

【文 献】
 
© 2023 一般社団法人日本内分泌外科学会

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