2023 年 40 巻 2 号 p. 87-92
内分泌腫瘍の第5版WHO分類は2023年に発刊される。甲状腺腫瘍を腫瘍の発生と進行に関わる遺伝子変異からRAS系腫瘍とBRAF系腫瘍に2大別するとともに,腫瘍の分類項目が整理されている。また,臨床上の予後を考慮して低リスク腫瘍や高異型度癌の概念が新たに規定されている。その他に様々な変更がなされている中で,濾胞結節性疾患(FND)の名称で良性腫瘍の分類項目に組み入れられた腺腫様甲状腺腫については,その定義が甲状腺癌取扱い規約と差があり,原因が特定されるヨウ素不足やホルモン合成障害を含んでいる。濾胞結節性疾患の病態解明は未だ十分でなく,変異遺伝子などの分子病理学的な研究の進歩が待たれる。また,本邦の甲状腺臨床に混乱が生じないように,名称変更の是非とともに,国内での対応法の検討が必要と考えられる。
世界で最も広く使われている甲状腺腫瘍の病理組織分類はWHO分類である。WHO分類は半世紀以上前に誕生し,5回目の改訂版が2023年に出版される(2023年4月時点:0n-lineβ版)[1]。第5版WHO分類は,甲状腺腫瘍の基礎と臨床の両方の観点から変更が加えられている。基礎的な観点として,腫瘍の発生と進行に関わる遺伝子変異を重視して病理組織分類の枠組みや配列の変更がなされている。臨床的な観点として,予後を考慮して低リスク(Low-risk)腫瘍や高異型度(High Grade)癌の概念が新たに規定されている。これまで非腫瘍性と扱われていた腺腫様甲状腺腫が濾胞結節性疾患の名称で良性腫瘍の分類項目に組み入れられている。本稿では,第5版WHO分類の概要を解説するとともに,濾胞結節性疾患について解説し,その発病機序について考察する。
基本的に甲状腺濾胞細胞起源の腫瘍は,基本組織構造が濾胞状か乳頭状かにより,濾胞型腫瘍と乳頭型腫瘍の2つに分けられる。濾胞型腫瘍は良性の濾胞腺腫と悪性の濾胞癌があり,良悪性の鑑別は被膜や血管の浸潤所見の有無によりなされる。乳頭型腫瘍には良性はなく悪性の乳頭癌のみ(de-novo)で,核所見を重視して浸潤所見がなくとも癌の診断がなされる。さらに分化度により低分化癌と未分化癌が分類される(図1)。

甲状腺濾胞上皮起源の腫瘍の基本的な分類と遺伝子変化
甲状腺腫瘍の遺伝子変化は比較的単純で,特徴的な遺伝子変化がみられることが分子病理学的に明らかになっている。第5版WHO分類では,腫瘍の発生に関わるドライバー遺伝子などの早期の遺伝子変化により甲状腺濾胞細胞起源の腫瘍を大きく2つに分けている。早期遺伝子変化として,RAS変異やPAX8/PPARγ再構成などがみられる腫瘍をRAS系腫瘍と呼び,主に濾胞型腫瘍に相当するとしている。一方,BRAF変異やRET/PTC再構成などがみられる腫瘍はBRAF系腫瘍と呼び,主に乳頭型腫瘍に相当するとしている。後期の遺伝子変化は腫瘍の進行,濾胞癌や乳頭癌の悪性度に関わる遺伝子変化で,テロメラーゼ遺伝子のプロモーターTERT-pやがん抑制遺伝子のTP53などの異常がその代表である。低分化癌や未分化癌では早期遺伝子変化に後期遺伝子変化が加算してみられる。
第5版WHO分類で甲状腺濾胞起源の腫瘍は良性腫瘍(Benign tumours),低リスク新生物(Low-risk neoplasms),悪性新生物(Malignant neoplasms)の3段階に分類している。さらに腫瘍ないし新生物の各項目の中に,早期の遺伝子変化,分化形質,臨床上の予後と悪性度,および後期の遺伝子変化を考慮して,各腫瘍を配列している(表1)。

第5版WHO分類 濾胞細胞起源腫瘍の分類とICD-Oコード
分類表には国際疾病分類腫瘍学3版(ICD-O)[2]のコードが付記されている。全ての腫瘍は1)発生臓器・組織,2)組織形態の2要素により4桁のコード番号が付けられている。その後に1桁の3)性状番号,/0:良性腫瘍,/1:境界病変ないし癌前駆病変,/2:上皮内癌ないし非浸潤癌,/3:悪性腫瘍が付加される。悪性の/3は腫瘍が浸潤した状態のみに付加され,甲状腺ではないが上皮内癌ないし非浸潤性腫瘍は病理学的には癌であってもICD-Oコード上は悪性とされない。
第4版WHO分類[3]からの主な変更点は以下の5点である。1)結節性甲状腺腫が甲状腺濾胞結節性疾患(Thyroid follicular nodular disease:FND)の名称で良性腫瘍の項に含められた。2)境界病変とされていたその他の被包化濾胞状腫瘍の一群と硝子化索状腫瘍が低リスク腫瘍(Low risk neoplasms)として良性腫瘍と悪性腫瘍の間に項目立てられた。3)浸潤性被包化濾胞型乳頭癌(Invasive encapsulated follicular variant papillary carcinoma)が濾胞癌と乳頭癌の間に独立して設定された。4)悪性度の観点から高異型度癌の概念が悪性腫瘍の中に導入され,低分化癌と一部の高分化型癌が組み込まれた。5)Hürthle細胞腫瘍(Hürthle cell tumours)の名称を膨大細胞(Oncocytic)に変更し,良性腫瘍と悪性腫瘍それぞれに膨大細胞腺腫(Oncocytic adenoma)と膨大細胞癌(Oncocytic carcinoma)が組み入れられた。
このうち2)の低リスク腫瘍は,第4版の境界病変にあたる「その他の被包化濾胞型腫瘍(Other encapsulated follicular patterned thyroid tumours)」のFT-UMP,WDT-UMP,NIFTPの3種と硝子化索状腫瘍に相当する。北米の甲状腺診療事情を背景に臨床的な予後の観点から議論が進められた概念である[4]。第8版甲状腺癌取扱い規約[5]には導入されなかったが,今後は,国内での検討が必要と考えられる。また,3)の浸潤性被包化濾胞型乳頭癌の独立については,組織形態所見より遺伝子変化が根拠とされており,次の第6版での改訂で再整理される可能性がある。その他の変更項目についても,さらなる分子病理学的な知見の集積により修正される可能性がある。
第5版WHO分類では,新たに濾胞結節性疾患(以下FND)の名称を用いることが提唱されている。日本国内では腺腫様甲状腺腫が,世界的には多結節性甲状腺腫が汎用されている。甲状腺腫(goiter,struma)という用語は,甲状腺の腫大を意味する臨床病名で,過形成(hyperplasia)のみならず橋本病などの炎症(inflammation)や腫瘍(neoplasm,tumor)も含まれ,病理診断名として用いることは以前から不適当とされている。しかし,疾患(disease)という用語は甲状腺腫より言葉の意味は広く,炎症を含む様々な病態を含みえるので,同様に病理診断名としては適当ではないと思われる。
FNDは良性腫瘍の項目に含められたが,項目名には新生物(neoplasms)ではなく腫瘍(tumours)が使われている。ただし,新生物は言葉上で形質転換,即ち遺伝子変異が連想されるが,ICD-Oで新生物は腫瘍と同義に用いられるとあり,遺伝子変異を要件としていない。いずれにしても,FNDには腫瘍としてのICD-Oコードはついていない。
第5版WHO分類でのFNDの定義は以下の如くである。
A multifocal non-inflammatory benign proliferation of thyroid follicular cells that results in multiple clonal and non-clonal nodules with highly variable architecture.(濾胞細胞の多中心性,非炎症性の良性増殖で,クローン性あるいは非クローン性の多彩な構造を示す多発結節を形成する。)
これまで疾患概念としてFNDは非腫瘍性の多結節性過形成としてとらえられていたが,非腫瘍性ではなく非炎症性(non-inflammatory)の良性増殖と定義されている。則ち,過形成のみでなく良性腫瘍も含むと解釈される。また,臨床的にFNDは多結節性の疾患と捉えられているが,病理組織学的には単結節でFNDと診断することも少なくない。その場合,濾胞腺腫と対立する病理診断名として腺腫様結節(Adenomatous nodule)が便宜的に用いられる。FNDが良性腫瘍を含むとなると,疾患概念上での使い分けに混乱が生じる。
また,非炎症性の甲状腺腫として,ヨウ素不足による地域性甲状腺腫(endemic goiter)や先天性のホルモン合成障害性甲状腺腫(dyshormonogenetic goiter)も含まれる。日本国内では,一般に,原因が特定されるヨウ素不足やホルモン合成障害には,FNDの診断名は用いていない[4]。
現時点でFNDの原因と発病機序は多彩で,特定されているとはいえない。栄養素,ヨウ素過剰,体質,加齢などの複合的な要因が関わるとされてれるが,稀ながら家族性に発症するFNDがある。高頻度にFNDを発症する遺伝性疾患として,DICER1症候群が知られている[6]。DICER1は転写後の遺伝子調節に関わるRNA分解酵素(RNase Ⅲb)で,甲状腺において標的となるmiRNAは同定されていないが,ヨウ素代謝調節との関連が推測される。DICER1遺伝子の変異好発部位は多数あり,後天的に体細胞変異も報告されている。他にKeap1遺伝子異常症も家族性にFNDを発症することが知られている[7]。また,エピジェネティック要因としてPTENなどの癌抑制遺伝子のプロモーターのメチル化との関連が指摘されている。
甲状腺機能亢進を伴う結節性FNDである機能性結節や濾胞腺腫では,TSH受容体やG蛋白の遺伝子に機能獲得性変異がみられることが報告されている。また,FNDの定義に記載されたようにFNDの結節が腫瘍様のクローナルな増殖を示すことがあることは事実であるが,その原因となる細胞増殖と関連した遺伝子異常は明らかになっていない。
肉眼的に典型的なFNDは甲状腺の両葉が多結節性に腫大する。単結節(腺腫様結節)のこともあり(図2),非結節部の甲状腺にはほとんど変化がみられないこともある。結節の内部の性状は多彩で,割面で飴色のコロイドが貯留し,変性,壊死,出血,囊胞形成,線維化,石灰化などの像が混在してみられる。

単結節性FNDの右葉切除標本の表面像と上部からの連続スライス像
部分的に境界不明瞭な腫瘤。割面では不完全な被膜を有する結節で,結節内に飴色のコロイド,瘢痕線維化がみられる。(スケールバー:1cm)
組織学的に結節を構成する濾胞は大型の濾胞が優位で,大小不同,濾胞の形状不整で,コロイドは濃厚なものが多い(図3a)。拡張した濾胞の上皮は扁平化し,非活動性と考えられる。拡大した濾胞腔の一側に小濾胞が集簇して突出する構造(図3b)は,Sanderson polster(サンダーソンの枕)と呼ばれ,FNDに特徴的な所見とされる。構成濾胞上皮の丈が高く,ヨウ素を取込み,コロイドを産生する活動性濾胞の集合と解釈される。一般に結節を囲む厚い全周性被膜はみられず,周囲甲状腺組織に対する圧排所見は軽い。非結節部の甲状腺組織にも類似の濾胞の結節性変化がみられる。

FNDの組織像 a)結節は主に大小不同がめだつ大型の不整形濾胞からなり,濃いコロイドを容れる。 b)拡大した濾胞腔に小濾胞が集簇して突出する構造(Sanderson polster)がみられる。
TSH刺激下の活動性の甲状腺濾胞はホルモン合成とヨウ素(I-)貯蔵のバランスが保たれていて,比較的小型で濾胞上皮は立方から円柱状を示す。一方,非活動性の大型濾胞はホルモン合成とヨウ素貯蔵のバランスが崩れていて,濾胞腔にコロイド,ヨウ素が結合するサイログロブリン(Tg)が多量に貯留する。濾胞細胞の増殖を伴わずに濾胞腔が拡大する場合は,濾胞細胞は伸展され扁平化する(図4)[8]。

甲状腺のホルモン合成・ヨウ素貯蔵のバランスと濾胞の拡大
a)活動性小型濾胞では,TSH刺激下にホルモン合成とヨウ素貯蔵の均衡が保たれる。b)大型濾胞では,ホルモン合成とヨウ素貯蔵の均衡が崩れ,コロイドが貯留し拡大する。
甲状腺の結節形成は局所的な濾胞数の増加と濾胞腔の拡大に両方の機序でおこる。濾胞数の増加は当然濾胞の細胞増殖を伴う。濾胞の細胞増殖が甲状腺刺激ホルモン(TSH)のフィードバック調節の影響を受けずに,自立性クローナルであれば,結節を構成する濾胞は比較的小型で均等な大きさとなり,結節は濾胞腺腫様の性状を示すと考えられる。
組織学的にFNDの結節は,構成する濾胞は大きなものが優位で,大小不同が目立ち,形状も不整なものが多い。大部分の大型濾胞は非活動性と考えられ,Sanderson polster構造などの一部のみが小型濾胞からなり活動性と解釈される。この点を考慮するとFNDの結節形成には濾胞数の増加よりも濾胞腔の拡大の関与が大きいのではと考えられる。
臨床的に甲状腺腫は甲状腺機能から表2のように分類される。甲状腺機能亢進を伴う甲状腺腫としてバセドウ病がある。自己抗体によるTSH受容体刺激により,一般には両葉が非結節性,びまん性に腫大し,FNDの定義にはあてはまらない。甲状腺機能亢進を伴う機能性結節(Plummer病)は稀で,単結節性のFND,即ち腺腫様結節と濾胞腺腫の場合がある。後者は第5版WHO分類では,良性腫瘍の一項目となった乳頭状構造を示す濾胞腺腫(Follicular thyroid adenoma with papillary architecture)に相当する。単結節性のFNDと濾胞腺腫の鑑別は病理組織学的な所見によってなされるが,困難な症例もある。

甲状腺腫の甲状腺機能からの分類
甲状腺機能低下を伴う甲状腺腫の代表は慢性甲状腺炎,橋本病があるが,自己免疫性炎症であるのでFNDには含まれない。甲状腺機能低下を伴う非炎症性の甲状腺腫として,地域性甲状腺腫やホルモン合成障害性甲状腺腫があげられる。いずれも血中TSHが上昇し,TSH刺激により濾胞細胞が増殖し濾胞数が増加し,甲状腺全体が分葉状に腫大し結節形成を伴うこともある。抗不整脈薬などの薬剤性のヨウ素有機化障害も同様の機序である。
甲状腺機能異常を伴わないFND(狭義のFND)は日本国内の頻度が高い。日本を含む東アジアはヨウ素の過剰摂取地域であり,地域性甲状腺腫とは逆の病態である。日本国内のFNDにおける結節形成は,腫瘍性病態としての濾胞の自立性増殖より,前節で解説したコロイド貯留に伴う濾胞腔の拡大の関与が大きいのではと考えられる。
第5版WHO分類では,甲状腺腫瘍の病理組織分類の枠組みが変更されている。基礎的な遺伝子変異の知見を背景に,甲状腺腫瘍をRAS系腫瘍とBRAF系腫瘍に2大別するとともに,腫瘍の分類項目が整理されている。また,臨床上の予後を考慮して低リスク腫瘍や高異型度癌の概念が新たに規定されるなど,様々な変更がなされている。その中で,多結節性甲状腺腫ないし腺腫様甲状腺腫が濾胞結節性疾患の名称で良性腫瘍の分類項目に組み入れられている。国内の定義との差異があり,原因が特定されるヨウ素不足やホルモン合成障害を含んでいる。濾胞結節性疾患の病態解明は未だ十分でなく,変異遺伝子等の分子病理学的な研究の進歩が待たれる。また,本邦の甲状腺臨床に混乱が生じないように,名称変更の是非とともに,国内で甲状腺癌取扱い規約での対応法の検討が必要と考えられる。