2024 年 41 巻 2 号 p. 132-138
46歳,男性。健診胸部X線で異常陰影を指摘され当院受診した。胸部CTで左肺S10bに2.3cmの境界明瞭,平滑円形腫瘤を認め,FDG-PET/CT検査にて同部位にSUVmax90min=4.5の集積を認めた。血液検査ではProGRP 162pg/mlの高値を認めた。左肺小細胞癌疑いの診断で胸腔鏡下に左肺下葉部分切除術を施行したが,病理組織で定型肺カルチノイドと診断された。ProGRPは術後に基準値内に下降した。術後10年間,再発転移所見を認めていない。MEN1家族歴があったものの診断時には本人は認識していなかった。診断から10年後に家族歴が明らかとなり,MEN1を疑い追加検査を行った。原発性副甲状腺機能亢進症を認め,その後の遺伝学的検査からMEN1と診断した。
多発性内分泌腫瘍症1型(Multiple Endocrine Neoplasia Type 1,以下MEN1)は同時性または異時性に複数の臓器に内分泌腫瘍が発生する常染色体顕性遺伝疾患である。MEN1の病変と浸透率は,原発性副甲状腺機能亢進症95%,膵消化管内分泌腫瘍60%,下垂体腺腫50%の順に高く,胸腺・肺神経内分泌腫瘍(カルチノイド)も7%に認められる[1]。さらに胸腺を除くと,肺カルチノイド(以下MEN1関連肺カルチノイド)は約5%弱[2~4]程度と低いが,散発性肺カルチノイドの発生頻度と比較すると高率である[5,6]。一方,Progastrin-releasing peptide(以下ProGRP)は肺小細胞癌の特異的マーカーであり,肺カルチノイドで高値を示すことは稀とされているが,腫瘍マーカーとなりうる可能性がある。今回,われわれはMEN1に合併したProGRP高値を伴う定型肺カルチノイドの1例を経験したので報告する。
患 者:46歳,男性。
併存疾患:高血圧
既往歴:陳旧性脳梗塞。
家族歴:呼吸器内科受診時申告なし。MEN1家族歴(図1)の詳細については後述する。

家族歴
■,●:MEN1
PHPT:primary hyperparathyroidisim
◫:MEN1病的バリアント保有未発症者
Breast Ca:Breast cancer
⍁,⌀:死亡
Gastric Ca:Gastric cancer
P⬈:発端者
E+:遺伝子検査結果陽性
➡:クライエント
生活歴:喫煙歴20本/日×28年。
現病歴:201X年7月に健診胸部X線で異常陰影を指摘され当院呼吸器内科を受診した。
現 症:178cm,78kg。
血液検査所見:Alb 4.3g/dL,BUN/Cre 14.5/0.8mg/dL,Na 143mmol/L,K 4.7mmol/L,Cl 108mmol/L,Ca 10.5(8.4~11.0)mg/dL,IP 2.7mg/dL。
腫瘍マーカー:CYFRA 1.0ng/mL(0.0~3.5),CEA 3.9ng/mL(0.0~3.4),ProGRP 162pg/mL(0.0~81.0)。CYFRAは基準値範囲内,CEAは喫煙の影響で軽度高値であると考えられ,ProGRPが異常高値であった。
胸部X線検査所見(図2a):左下葉に2.4cm大の円形腫瘤陰影を認めた。

(a)胸部単純X線検査:左下葉に2.4cm大の円形腫瘤陰影を認めた。
(b)胸部単純CT検査:Lt. S10bに2.3×2.1×1.6cmの境界明瞭な円形腫瘤を認めた。
(c)FDG-PET/CT検査:Lt. S10b腫瘤にSUVmax90min=4.5の集積を認めた。
胸部CT検査所見(図2b):Lt. S10bに2.3×2.1×1.6cmの境界明瞭な円形腫瘤を認めた。
FDG-PET/CT検査所見(図2c):CTで認めたLt. S10b腫瘤にSUVmax90min=4.5の集積を認めた。他にリンパ節転移や遠隔転移を疑う所見は認めなかった。
手術所見:病変は左肺S10に2cm大の腫瘍として存在し,臓側胸膜表面に暗紫色の色調変化を認めたが浸潤はなかった。また胸腔内に癒着や胸水貯留,播種を認めなかった。術中迅速病理組織診断では原発性肺癌や硬化性血管腫の可能性は低く,転移性腫瘍が疑われたが確定診断は困難なため,永久病理組織診断の結果を待って追加切除を検討する方針となった。術後経過良好にて術後7日目に退院した。
病理組織診断所見:肉眼所見は,境界明瞭,乳白色調,充実性,結節性,径2.5×2.3cmであった。組織学的には,好酸性胞体を有する円柱から高円柱状腫瘍細胞がロゼット状,索状に増殖していた(図3a)。免疫組織化学ではTTF-1が陽性,神経内分泌マーカーであるCD56,synaptophysin,chromogranin Aが陽性であった(図3b~d)。腫瘍壊死は認められず(図3a),腫瘍細胞のKi-67(MIB-1)陽性率0.53%,切除断端は陰性であった。これらより定型カルチノイドと診断された。

(a)H-E染色:好酸性胞体を有する円柱から高円柱状腫瘍細胞がロゼット状,索状に増殖。腫瘍細胞の核分裂像は認められず,腫瘍壊死なし。
(b)免疫組織化学:synaptophysin陽性。
(c)免疫組織化学:chromograninA陽性。
(d)免疫組織化学:CD56 陽性。
術後経過:断端陰性,定型カルチノイドであったため経過観察のみとなった。ProGRPは術後に30.2pg/mLと基準値内に下降し,術後10年現在,再発転移を認めていない。

MEN1診断契機
呼吸器内科受診時,MEN1に関連する家族歴の申告はなかったが,父親は201X-10年に他院にてガストリノーマ,原発性副甲状腺機能亢進症と診断され,臨床的にMEN1と診断されていた。本患者ならびに妹は他院にて家族スクリーニングとして血清カルシウム測定を受けていたが,本患者には異常がなくフォローアップをされなかった。また父親からはMEN1遺伝学的検査に同意が得られず,血縁者の遺伝カウンセリングも当時他院で可能な環境でなかった。本患者はMEN1について知る機会はなく,父親の病名も知らされていなかった。妹は家族スクリーニングで高Ca血症が認められ,精査の結果,原発性副甲状腺機能亢進症と診断されたが手術を希望せず経過観察となっていた。この間に父親の病名ならびにMEN1遺伝学的検査が受検可能であることを知った。その後,自宅近くの当院で加療を希望し,201X-1年に副甲状腺全摘術+副甲状腺自家移植術+胸腺舌部切除術を受けた。術後,201X+10年に遺伝学的検査を希望しMEN1と診断された。その際に当院呼吸器外科通院中の本患者がいることがわかり,MEN1を疑い精査を開始した。
血液検査では血清Caは基準値上限の10.9mg/dLであるが,血清Ca2+ 1.36mmol/L(1.15~1.33),intact-PTH 122pg/mL(15~65)と高値であった。カルシウム-クレアチニンクリアランス比は0.007と家族性低カルシウム尿性高カルシウム血症を否定できない値であったが,25位水酸化ビタミンDが16.3ng/ml(正常値21ng/mL以上)と低値であり参考値と考えた。超音波では左上下副甲状腺の腫大を認めた。骨密度検査(DEXA法)では腰椎Tスコア-2.2,大腿骨Tスコア-2.5であり骨粗鬆症と診断された。99mTc-MIBIでは左右4腺ともに集積を認め過形成が疑われた。以上から原発性副甲状腺機能亢進症と診断し,今後これに対しても手術を予定している。また,遺伝カウンセリング後にMEN1遺伝学的検査を行い,MEN1遺伝子exon 10c. 1546dupCの病的バリアントを認めMEN1の確定診断にいたった。その他,プロラクチン11.0ng/mL,ソマトメジンC 164ng/mLはともに正常。ガストリンは190pg/mLと軽度高値であり,現時点で腹部造影CT検査では膵消化管に腫瘍を認めないが,消化管内視鏡検査を待機的に検討している。
肺神経内分泌腫瘍は神経内分泌癌とカルチノイドに大きくわけられ,さらにカルチノイドは定型(typical carcinoid:TC)・異型(atypical carcinoid:AC)にわけられる。カルチノイド腫瘍は,全肺腫瘍の0.8~2%[5,6]を占める。うち3~13%がMEN1関連であるとされる[7]。発症年齢は40~60歳代に多く,男女比は論文毎に異なる。腫瘍により気管支閉塞を伴う場合は血痰や肺炎,息切れといった症状を伴うこともあるが,ほとんどの症例は無症状で胸部単純X線またはCT検査で発見されることが多い。胸部造影CTでは圧排増殖型,造影効果良好で境界明瞭,内部均一な円形・卵形腫瘤,あるいは結節として描出され[8],PET-CTでは集積陽性になりにくい(SUVmax<2.5)[9]。本症例は後から振り返ると術前画像検査では肺カルチノイドに矛盾しなかったが,血液検査でProGRP異常高値から肺小細胞癌の可能性が高いと考えていた。定型と異型の比は約8~10:1とされる[6]。また,発症年齢はTC平均45歳,ACは55歳とTCの方が若年で発症する[6]。両者は類器官構造,索状,ロゼット構造などの神経内分泌形態をもつ点は同様であるが,核分裂像と壊死像の有無によって分類される[10]。免染で本症例は神経内分泌マーカーであるCD56,synaptophysin,chromogranin Aが陽性であったこと,核分裂像と壊死像を認めなかったことから,定型カルチノイドと診断された。全ステージを合わせた肺カルチノイド切除後の10年生存率はTCで58.8~97.7%,ACで18.5~81.0%である[11]。治療は切除可能な場合,外科的切除が第一選択となる[12]。切除不能症例や遠隔転移症例に対しては本邦では分子標的薬mammalian target of rapamycin(mTOR)阻害薬のみが保険収載となっている。
Debelenkoらは散発性肺カルチノイドの遺伝子解析で,11例中4例にMEN1遺伝子の体細胞変異を認め,MEN1遺伝子が腫瘍発生に関与する可能性を報告した[13]。Petzmannらは20例の散発性肺カルチノイドの遺伝子解析において,9例(TC9例中2例,AC11例中7例)にMEN1遺伝子が存在する11q13のヘテロ接合消失を認め,腫瘍発生に加えて増殖,浸潤,転移に関与する可能性を示唆した[14]。
MEN1関連肺カルチノイドでは散発性肺カルチノイドと比較していくつかの相違点がある(表1)。最大の特徴は同時または異時性に多発することである[2~4,15]。MEN1患者の後向きCT検査評価で,Sachithanandanら[3]は32人のうち12人(38%)に,de Lattら[4]は188人中42人(22%)にMEN1関連肺カルチノイドを認めたとしている。かつ,多発はそれぞれ9人,14人であった。病理組織学的診断がついた患者のフォローアップ中,Sachithanandanら[3]は4例中2例(50%)に,de Lattら[4]は16例中7例(44%),Singhら[2]は13人中4例(31%)に多発病変を認めたとしている。病理組織学的診断がついたMEN1関連肺カルチノイドの後ろ向き長期追跡例では,肺カルチノイド関連死はなかったとする報告が多い[3,4,15,16]が,LecomteらはMEN1関連肺カルチノイド43例中(TC27例,AC16例)3例(全例AC)に肺カルチノイド関連死を認めている[17]。なお,他の4報告が追跡期間平均10.3年であるのに対し,Lecomteらのみが中央値48.7年(35.5~59.6年)と長期であったことが影響している可能性がある。

散発性とMEN1関連肺カルチノイドの違いについて
MEN1関連カルチノイドの予後は良好であるが,ACの一部に予後不良なものがある。MEN1関連肺カルチノイドのスクリーニングおよびフォローアップは,年1~2年毎の胸部CTあるいはMRI検査が推奨されている[18]。胸部X線のみでは診断が遅れるとの報告もあるが[19],本症例をはじめSinghらは手術にて病理組織診断がついたMEN1関連カルチノイド患者13人中6人の発見契機は胸部X線であったと報告している[2]。MEN1において,肺カルチノイド関連死は極めて少ないこと,増殖速度が緩徐で予後良好であること,小病変に対する治療指針の知見が乏しいことなどから,無症状な患者を対象に定期的にCT・MRI検査を施行することに対して疑問視する意見もある[16,17,20]。CT・MRI検査の代替検査として胸部X線を利用できる可能性もあるが,一部に予後不良な症例があること,現時点ではMEN1関連肺カルチノイドの予後不良因子は明らかでないこと,さらにMEN1関連胸腺カルチノイドは予後不良(10年生存率30%)[21]で早期診断治療が生命予後を大きく左右することから,CT,MRIによるスクリーニングあるいはフォローアップ検査を勧める意見が多い。
本邦においては1997年以降,医中誌で「肺カルチノイド」と「MEN1」をキーワードに会議録を除いて検索すると,本例を含む4例[22~24]を確認できた。年齢は32~85歳,男性1例・女性3例,TC1例・AC3例であった。術後観察期間内(24~124カ月)では全例で再発を認めていない。ProGRP高値を認めたものは2例で,ともに術後に基準値内に下降している。
本症例では肺小細胞癌の特異的腫瘍マーカーであるProGRPが高値であった。肺カルチノイドにおいてProGRPが高値を示すことは稀とされ,その臨床的意義は不明である。なお,ProGRPは腎代謝のためにCre 1.6~2.0mg/dLを超える場合に偽陽性であることが多く[25,26],胸膜炎や間質性肺炎などの他疾患でも高値を認めることがあるが,本症例にはいずれも認めなかった。医中誌で2000年以降の「ProGRP」と「肺カルチノイド」をキーワードとして検索すると,会議録と詳細不明な症例報告の3例を除くと本症例を含め18例を集計できた。患者背景に目立つ特徴はなく,術前ProGRP値は80~702pg/mLと幅広く,TC対AC比は11対7であった。散発性肺カルチノイドにおけるTC/AC比率を考慮すると,ACの症例がかなり多い印象を受けた。これまで術前血清ProGRPの陽性頻度をまとめた報告は内外ともにない。自家作製した抗ProGRP抗体を用いて免疫染色を行った報告では,ProGRP陽性率がTCで62例中10例(16%),ACで49例中31例(63%),肺小細胞癌で250例中175例(70%)であった[27]。ProGRP上昇を伴う肺カルチノイドは稀とされてきたが,免疫染色の陽性率は比較的高く,特にACではProGRPを産生する症例が多い可能性が示唆された。さらに18例の臨床経過を検討したところ,病変を完全切除できた症例では全例で術後にProGRPが下降し,遠隔転移をきたしたACの2症例では画像診断で転移巣確認前からProGRP異常高値が経時的に漸増していた。今後,肺カルチノイドにおいてもProGRPを腫瘍マーカーとして利用できる可能性があり,治療の介入時期,治療効果判定に役立つことが期待される。しかし,ProGRP高値を認める肺カルチノイドの報告は未だ稀である。ProGRPの腫瘍マーカーとして有用性,臨床的意義の解析には症例のさらなる集積と,個々の症例を長期的に経過観察していく必要がある。
MEN1関連肺カルチノイドは散発性と比較し,①頻度が高く,②多発することが多く,③予後良好である。それらを念頭において診療する必要がある。また,本患者らのように家族間で情報共有をしてないこともあるので注意が必要である。さらに,本患者においては術前高値であったProGRPが肺カルチノイド術後に基準値範囲内に下降した。肺カルチノイドにおいても肺小細胞癌と同様にProGRPが腫瘍マーカーとなりうる可能性がある。