日本内分泌外科学会雑誌
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特集1
癌特異的蛍光プローブによる癌検出法について
日野 るみ
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2024 年 41 巻 3 号 p. 162-165

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抄録

近年,癌特異的に光る蛍光プローブを用いた癌検出法が開発され,臨床にも応用されてきている。今回は,この癌特異的蛍光プローブを用いた癌検出法について紹介し,細胞診への応用の可能性について記載する。本稿で紹介する癌特異的蛍光プローブは,東京大学医学部大学院生体情報学教室浦野泰照教授らが開発してきたものである。蛍光プローブ法は,がん細胞が持つ特殊な酵素活性を利用した方法である。がん細胞のみに強い蛍光色を付けることが可能で,癌細胞を鋭敏に検出することが出来る。試薬噴霧後数分で癌細胞が光る画期的な方法であり,操作と判定が容易で迅速に結果が得られる。現在,乳癌,肺癌,頭頸部癌,大腸癌,脳腫瘍,前立腺癌,甲状腺乳頭癌などで蛍光プローブ法による癌検出が報告されている。蛍光プローブ法は迅速,簡便に癌の検出が可能で,判定も用意であることから,癌検出方法として画期的であり医学的そして社会的貢献度は極めて高い。

はじめに

癌特異的蛍光プローブ法は,がん細胞で高発現している酵素に着目し,散布した試薬と癌細胞の酵素が反応することで,無発光の蛍光プローブが強い蛍光を発することで癌を検出する方法である[,]。用いる蛍光プローブは有機小分子蛍光プローブと呼ばれ,極めて少量でがん細胞を特異的に可視化できる。本稿では,がん細胞が高発現しているγ-グルタミルトランスペプチダーゼ(γ-glutamyl transpeptidase:GGT)という酵素に着目して開発された蛍光プローブ法について甲状腺乳頭癌を例に紹介する。

甲状腺乳頭癌特異的蛍光プローブ

筆者は東京大学生体情報学教室浦野教授らと共同研究を行い,甲状腺乳頭癌に特異的な蛍光プローブを見出し,乳頭癌の検出に蛍光プローブを用いて検出することが出来た[]。用いた蛍光プローブはγ-glutamyl hydroxymethyl rhodamine green(gGlu-HMRG)である。乳頭癌細胞で高発現している酵素はγ-glutamyltranspeptidase(GGT)であり,この酵素がgGlu-HMRGと反応し,無色透明なgGlu-HMRGが強い緑の蛍光を発するようになる。つまり,がん細胞が存在すれば,酵素と反応し緑の光を発することで可視化できるようになる。図1に蛍光イメージングの実際を示す。あらかじめ白色光で検体の写真をとり,暗闇の中で蛍光プローブを滴下する前,次に蛍光プローブ液を滴下後3秒,30秒,1分,3分,5分,10分の蛍光イメージングを撮影した。蛍光イメージングにはDiscovery(INDEC Medical Systems, Santa Clara, CA, USA)という小型のイメージャーを使用した(図2)。蛍光イメージングの結果であるが,図1の各写真の左が正常組織,右が乳頭癌であり,蛍光プローブ液滴下後わずか3秒後に乳頭癌は蛍光を有し,正常組織は組織の形通りに黒く抜けている。つまり滴下3秒後から乳頭癌を検出できる。時間経過とともに緑の光は強度を増しており,滴下後10分で乳頭癌はかなり強い光を発している。同様の結果が複数の乳頭癌の症例でも確認できた。さらに,同蛍光プローブを慢性甲状腺炎や腺腫様甲状腺腫にも用いてみたが,蛍光性はなかった。これらのことから,用いた蛍光プローブが乳頭癌特異的であることが明らかとなった。

図1.

甲状腺乳頭癌に対する短特異的蛍光イメージングの実際。A:白色光下で撮影された検体。右が正常甲状腺,左が乳頭癌。B:蛍光プローブ液滴下前の状態。C~H:Cから順に蛍光プローブ液滴下後3秒,30秒,1分,3分,5分,10分。いずれも乳頭癌(右)に蛍光が確認できる。

図2.

蛍光プローブ法で用いるINDEC社の簡易式小型イメージャーで,名称はDiscovery。

様々な癌に応用されている癌特異的蛍光プローブ法

がん細胞内で高発現しているGGTは,乳癌[],肺癌[],大腸癌[],頭頸部癌[],前立腺癌[],脳腫瘍[]や甲状腺乳頭癌[]など様々な癌腫でみられ,蛍光プローブ法に応用されている。乳癌においては,gGlu-HMRGを用いた癌検出の感度と特異度はそれぞれ92%および94%と報告されている[]。筆者らは甲状腺乳頭癌において,16例中すべての癌がgGlu-HMRGプローブ液で蛍光性を有したことを確認し報告した。一方,慢性甲状腺炎や腺腫様甲状腺腫では同プローブ液で蛍光性は有さなかった。筆者が経験した興味深い一例としては,術前の画像で甲状腺の腫瘍が疑われ,手術時,出血と変性や壊死がみられ,臨床的には悪性が強く疑われた。検体が病理検査室に届くや否や蛍光プローブ法を施行したところ,光らなかった。出血や壊死があるため光らなかったのか,癌がないため蛍光性を有さなかったのかその時は判断がつかなかったが,HE染色で通常の病理診断を2人の病理医で行ったところ,腺腫様甲状腺腫であることが判明した。このエピソードは蛍光プローブ法が,手術直後に癌の有無を判断するのに有効であることを示している。判定自体も緑色の光の有無を確認するだけなので,病理医でなくても用意に判定できる。極めて迅速で簡便な方法である。

蛍光プローブ法の臨床的応用

蛍光プローブ法(gGlu-HMRGプローブ)が見出されて以来,臨床的に応用されている例としては,乳癌における切除断端の評価である。乳癌の中に取り残しがある部位に蛍光プローブ液を散布すると1mm以下の微小癌であっても数分で可視化できることが報告された[]。このことは外科手術における癌取り残しを改善する可能性を示しており臨床的に大変有意義である。また,消化管がんに対する癌特異的発光内視鏡の開発も進んでいる。内視鏡検査で蛍光プローブを噴霧し蛍光観察を行うことで,癌の早期発見が可能であることが報告されている[]。内視鏡による蛍光プローブ液噴霧は,がん細胞を生きている状態で蛍光可視化でき,検査環境としては最適である。外科的手術現場においても蛍光イメージガイド下腫瘍切除(fluorescence image-guided cancer surgery)という蛍光プローブを応用した試みもなされている[10]。蛍光プローブに関しても,新規のプローブが数多く開発されており[1113],蛍光プローブ法の臨床応用を推進している。

蛍光プローブ法の細胞診への応用

筆者らは甲状腺乳頭癌特異的蛍光プローブの研究を遂行している中,細胞診検体への蛍光プローブ法の応用の可能性を見出した。図3は2種の細胞株による蛍光イメージングの写真である。A549(肺癌細胞株)では強い緑の蛍光が観察されるが,癌細胞一つ一つが光っている様子が良くわかる。SW782はヒト前脂肪細胞株で蛍光プローブによる光はみられない。蛍光プローブ法では,個々の癌細胞が放つ蛍光が強いため,細胞診検体のような細胞がばらばらな状態でも応用可能と考えた。甲状腺乳頭癌では蛍光プローブ液で光ることが予想されるが,細胞診断学的には濾胞癌に特異的な蛍光プローブが見つかれば病理細胞診断学的貢献度は極めて高い。濾胞癌と濾胞腺腫あるいは腺腫様結節は鑑別困難なことがしばしばであり,細胞診では濾胞性腫瘍としか記載できないような状態が続いている。この問題を打開すべく,濾胞癌特異的蛍光プローブに向けて研究している。

図3.

肺癌細胞株(A549)とヒト前脂肪細胞株(SW782)を用いた蛍光イメージング。A,C:白色光イメージング,B,D:蛍光イメージング。B:A549では強い光が確認される。

おわりに

蛍光プローブ法は,検体採取直後に検査可能で,癌の判定も用意であり迅速に出来る。検査方法も簡便で1mm以下の微小な癌も検出可能であることから癌検出法としては画期的な検査法である。外科的切除検体への応用,蛍光イメージングガイド下内視鏡的手技など臨床応用も進んでいる。新規蛍光プローブの開発も進んでおり,これまで応用できなかったがんにも蛍光プローブ法が有用になる可能性がある。進化を続ける癌特異的蛍光プローブ研究の今後に期待を寄せる。

【文 献】
 
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