日本内分泌外科学会雑誌
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特集2
ヘッドマウントディスプレイ(HMD)を用いたロボット手術手技追従トレーニング(追いトレ)の開発と教育効果
高安 健太安藤 英由樹木下 秀文
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2024 年 41 巻 4 号 p. 283-286

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抄録

本研究は,ヘッドマウントディスプレイ(HMD)とVR技術を活用し,ロボット手術の効率手技習得を目指した「追いトレ」システムの開発教育と効果を検証するものである。HMDであるMeta Quest 2を使用し,熟練医の手術映像に半透明の鉗子を重ねて模倣するトレーニング環境を構築した。医学生28人を対象に,追いトレ群と通常トレーニング群を比較した結果,追いトレ群でスコアが意識的に向上(10.6点の改善,p=0.03)し,動作効率も改善が見られた。HMDを活用したトレーニング環境の作成は,様々な学習教材が自宅などでも利用可能で,安価かつ手軽に効果的なトレーニングが行えることから,外科教育への関心喚起にも貢献が期待される。本研究は,安全で高品質な手術技術習得のための新たなトレーニング手法の提案として,社会的意義が大きいと考える。

はじめに

外科トレーニングには様々なものがあるが,効率よく手技を習得することは外科医にとって常に重要な課題である。近年,安価なヘッドマウントディスプレイ(HMD)の出現やVirtual RealityやAugmented realityといった技術が医療の場でも活用されてきている。今回私たちはこのような最先端の技術を用い,新しいトレーニング手法であるロボット手術における“追いトレ”の環境作成とその教育効果を検討した。

低侵襲手術であるロボット補助下腹腔鏡手術は現在の外科分野においてメインストリームの一つである。本邦では2012年に泌尿器科の前立腺全摘除術が保険収載されたことを皮切りに,2016年腎部分切除,2018年には消化器外科,婦人科,呼吸器外科,心臓外科と様々な分野へ拡大し,世界中でも急速に普及している。

ロボット手術の有用なトレーニングの主流としてはda Vinci Skills SimulatorやSim Nowなどのトレーニング用VRシミュレーターがあるが,高額であり導入する施設は限られ,時間や場所を選ぶデメリットがある。キャダバーやドライボックスでのトレーニングもロボット手術ではコンソールとペイシェントカートが必要であるという点から,日常的にトレーニングを行うことは難しい。低コストのヘッドマウントディスプレイ(HMD)の登場は,Virtual Reality(VR)と組み合わせることにより,費用対効果の高い外科トレーニングソリューションとして注目されている。ロボット手術におけるコントローラーと3Dビューワーの構成は,HMDとその付随するコントローラーの構成と類似している。よってHMD-VRシステムでのトレーニングの構築が可能になれば,安価でいつでもどこでも扱える手軽さ,モニター場所をとらず没入感のあるトレーニングができる点がメリットとなり,ロボット手術でのトレーニングに有用であると考える。

近年,VR/AR技術の発達とともに,HMDを利用したサービスが各方面で普及している。医学の分野においても2019年よりサービスが開始されたOsso VR社が開発したVR手術トレーニングシステム「Osso VR」は教育効果に有用であるとしており,近年でも数十億規模の資金調達を受け,サービスの拡充を進めている[]。本邦においてはHoloeyes社がスマートグラスを利用したCTから作成した仮想臓器を表示するMR(mixed reality)による手術支援サービスを展開している[]。また,VRやARによる解剖学の教育効果はメタアナリシスにより解剖学理解に寄与すると報告されているが,AR/MR/タブレット学習と比較した効果,満足度,費用対効果,HMDによる副作用(吐き気,めまいなど)など他の要因についても評価する必要があるとされている[]。このように,少しずつ医療の場にも普及しつつあるものの,十分に活用されている状況とはいえない。

手技習熟に対するトレーニング手法の一つして手術手技追従トレーニング(追いトレ)という手法が提案されている。内視鏡や鉗子を用いた外科手術は「非言語的」なスキルの集合体であり,熟練医の技術をどのように若手に伝達するかが課題である。多くの場合に修練者は熟練者のスキルにおけるコツを完全には理解しないまま,ドライボックスやVRトレーニングによる試行錯誤を繰り返すこととなり,不用意な操作や不正な操作の癖が身についてしまうことがある。「追いトレ」とは予め録画しておいた熟練医が行った鉗子操作の映像に,自身の鉗子を重ね合わせるよう追従することで効率的な学習を目指す(つまり,追いかけてトレーニングを行う)視野共有手法を腹腔鏡手術へ応用したシステムである。これによって,言語的に伝えることが困難な動作の軌道やタイミングといった運動スキルが効果的に習得されることが確認されている。この「追いトレ」での基礎研究としては「視野重畳技術を用いた外科結びトレーニングシステム」や「腹腔鏡下手術トレーニング」では学習効果に対する一定の有用性を示しているが,ロボット手術におけるトレーニングへの有用性は検討されていない。この「追いトレ」をHMD とVRを用いることでロボット支援手術に対しても効果的にトレーニングできる環境を作成,その教育効果を評価することを研究目標とした。外科医にとって安全な手術,効率のよい技術習得は永遠の課題といえるが,HMDを用いた新たなロボット手術トレーニング手法「追いトレ」の開発はその課題を解決する一助となりうる。

そこで今回私たちはHMD(ヘッドマウントディスプレイ)を用いたロボット手術手技追従トレーニング(追いトレ)の開発と教育効果を検討した。

研究環境

・HMDはMeta Quest 2®(Facebook Technologies)を使用

・付属する二つのハンドコントローラーの各ボタンにクラッチボタンやマスターコントローラの開閉を割り当てることで実手術録画映像に重畳して表示した半透明の鉗子を操作することができる。

また,自身の手・指の形状をトラッキングする機能もあり,コントローラーを使用せずに空間上で手・指を動かすことで同様に鉗子を操作することも可能である。

・教育教材として熟練者の作業動画3Dトレーニング動画を構築するためにda Vinciより左右の動画を別々に録画,side by side映像フォーマットを作成する。

・熟練者の操作する手術動画に,半透明の操作鉗子を重畳し,これをコントローラーもしくは自身の手・指で操作する環境とした(図1)。

図1.

追いトレ画像:a 熟練者の動画に半透明の鉗子を重畳,b HMDでの操作環境。

目的:「追いトレ」トレーニング群の通常トレーニング群との比較

対象:医学生28人,da Vinci Skill Simulator,sponge1 task(計12回の運針)(図2

図2.

Sponge1 task:右手で上から下に3運針,下から上に3運針,左手も同様に3運針ずつ,径12運針行う。

追いトレ群,通常トレーニング群に無作為割付

評価項目:da Vinci Skill Simulator score,各コンポーネントscore(計7項目)

方法:

※学習教材はロボット手術を習熟した医師(500例以上の手術経験)による操作動画とした

結果:追いトレ群で67.1点(トレーニング前)から77.7点(トレーニング後)と+10.6点の改善,67.5点(トレーニング前)から72.2点(トレーニング後)と+4.7点の改善を認め,追いトレ群で有意にスコアの上昇を認めた(p=0.03)(図3)。

図3.

da Vinci Skill Simulator score:追いトレ群と通常トレーニング群のトレーニング前とトレーニング後のscoreの推移。

またタスクの各componentのscoreでは時間,動きの効率性の項目で追いトレ群が有意に改善を示した(表1)。

表1.

da Vinci Skill Simulatorのcomponent score:追いトレ群と通常トレーニング群のトレーニング前とトレーニング後のscore。

これは,熟練者の動画を追従するトレーニングを行うことで,効率的な操作が習得できたことを示唆する。

この学習システムには①学習教材は手術,シミュレーター,ドライボックスなどロボット手術のあらゆるものが可能,②手術動画の手技を分節化,チャプター化し繰り返しトレーニングできる,③HMDセットがあれば,3D動画で没入感のあるトレーニングが,自宅でもどこでもいつでも可能,という利点があげられる。

おわりに

HMDを用いたロボット補助下の「追いトレ」による手術手技トレーニングは新規性のあるトレーニングであり,基本手技の習得を早め質が上がると考える。また,VR教育の拡充は医学生や初期研修医の外科領域への興味,理解を高めると期待される。昨今,手術の安全性がいたるところで取りざたされ,医療に対する社会の目はますます厳しくなってきている。本研究は,手術という医療の中心となる治療行為の教育が,旧態然とした徒弟制度から,患者の安全を考えながら少しずつ科学的になっていることを社会にアピールする機会になる。さらに,外科系医師が減少する中で,医師が安全で高い技術を,より速く習得できるようなトレーニングシステムを構築することは,社会からも,当該医師からも,強く求められているニーズにこたえることになり,社会的意義が大きいと考える。

【文 献】
 
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