日本内分泌外科学会雑誌
Online ISSN : 2758-8785
Print ISSN : 2434-6535
特集2
若手甲状腺外科医のリクルートと教育―民間専門病院の取り組み―
杉野 公則松津 賢一伊藤 公一
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2025 年 42 巻 2 号 p. 97-100

詳細
抄録

若手外科医の減少と地方の甲状腺外科疾患への関心の低さが課題となる中,民間専門病院である伊藤病院ができることとして甲状腺外科修練医制度を設け,若手外科医(耳鼻科医)に短期間で多くの臨床経験を積める機会を提供している。修練終了後に地元の甲状腺診療の活性化につながることを目的としている。

同制度では専門医取得を見据えた指導体制や待遇が整備され,全国から志ある医師を受け入れてきた。修練医は手術,外来,検査,学会発表など多岐にわたる経験を通じて専門性を高める。院内の診療ガイドラインに基づく指導や段階的な執刀機会の提供により,実践的な技術習得を支援している。教育機関ではないが,研究や学会活動も奨励されており,病院全体で若手医師を育成する体制が構築されている。本稿では当院における外科修練医の現状について述べる。

はじめに

甲状腺疾患は比較的頻度が高く,common diseaseの一つである。近年の画像診断の普及で甲状腺結節性病変の発見の頻度が増加している。しかし,甲状腺疾患,特に腫瘤性疾患について正しく診断,治療を行える専門医は決して多くない。これは,医師を輩出する大学病院での教育方針に依存していることであろうが,甲状腺疾患に興味をもつ若手の医師の数が十分ではない。わが国では甲状腺結節を扱う医師は外科医や耳鼻科医(頭頸部外科医)である場合が多いが,若手医師が実臨床の場で遭遇することで興味をもったとしても系統的に指導することができる先輩医師が不在の場合には消化不良で終わってしまう。エビデンスのない知識や言い伝えのような古い考え方で治療を行うことで患者への不利益が生じてしまう。さらには甲状腺疾患の特徴として経過が長いことから,高齢化社会になったわが国においては専門医への通院が困難になってしまうことも多々ある。自宅近くに継続して診療できる施設や医師が見つからない場合に継ぎ目のない治療が困難になってしまう。都心に存在する当院でもよく経験される事象であり,地方においてはさらに深刻である。一方で,外科を希望する医師の減少が指摘されており,若手外科医の確保が重要な課題と認識されて久しい。外科を希望する医師の減少理由として,ワークライフバランスの欠如,仕事量が給与に見合っていない,医療訴訟のリスク,女性医師への配慮不足などがあげられている。さらに外科医の不足は地方ほど憂慮される事態になっている。地方では往々にして外科疾患全般を診ることができるgeneral surgeonが求められ,専門性に重きは置かれない。以上のような状況を鑑みたときに,各学会をはじめ,国をあげて考えていかなければならない問題であることは明白であるが,当院が少しでもできることを考えてきた。

都心に位置する民間専門病院が多くの患者をただ診療しているだけでは,この問題になんら寄与できない。地方での外科医不足の足かせにならずに,少しでも甲状腺に興味をもつ医師に門戸を開き,比較的短期間に多くの甲状腺の臨床経験を獲得できる仕組みを構築することは,地方の甲状腺臨床の輪の拡充に寄与し,ひいては甲状腺外科に興味をもつ医師の拡大にもつながるのではないかと考え,甲状腺外科修練医の仕組みを発足させた。本稿では当院で行われている外科修練医システムの現状について述べる。当院の現状紹介になってしまう点が多々ある内容になって,本稿の客観性がいささか損なわれることをまずはお断りしておく。

1.当院の外科修練医概要

後に述べるが,当院は外来数が多いことから予約制の外来ではない。概ね50人から70人程度の外来患者を午前ないしは午後の1コマで診療する。さらには診察前検査を導入しており,比較的短時間に正確な診療が求められる。そのため,業務の遅延が懸念されるため,修練医を迎え入れる準備として当院の通常の診療業務の妨げにならないような仕組みを関連部署と協議を重ねた。2012年より募集を開始し,2025年初頭まで9名の問い合わせがあり,うち4名の医師が実際に勤務していただいた。出身大学や出身施設は大学病院や民間病院など様々で,沖縄,宮崎,大阪,北海道からと日本各地からの応募があった。各医師の都合もあり,勤務期間は1年から4年と幅があるが,その都度協議のうえで決めている。修練終了後の勤務先も元の施設に戻るものも,別の施設での勤務を行っているものなど様々であるが,概ね出身の地域へ戻っている。採用のハードルは決して高いものではなく,医師免許取得後に外科医ないしは耳鼻科医として5年以上の臨床経験を有しているものとしている。いままでの修練医は外科出身のみであったが,耳鼻科・頭頸部外科医出身の方も同様に受け入れている。当院は外科専門医制度修練施設認定のほか,日本内分泌外科・甲状腺外科専門医制度施設認定,日本甲状腺学会認定専門医施設認定を受けており,当院での就業期間は各学会の研究・修練期間として登録できるので,専門医取得を目指して臨床経験を積むことが可能である。また,給与・待遇も常勤外科医の規定と同等であり,物価の高い東京での生活にも対応可能としている。当院には関連する大学医局からの出張人事でローテーションの一環で定期的なサイクルで勤務している若い外科医を受け入れているが,彼らは本稿で述べられている修練医とは別である。しかし,指導体制,待遇などは全く同様であり,これらを分け隔てることなく指導している。甲状腺疾患に特化した専門病院での研修のために地方から上京することは,不安を伴うものと推察される。しかし,当院の理念である“甲状腺を病む方々のために”をもとに,病院全体で暖かく見守り育てていきたい。これは病院としても若い外科医を働き手として迎えることで専従医師の業務軽減につながり,ウィンウィンの関係ができるものと考えている。

2.修練医の実際について

まずは当院の現状について簡単に触れる。病床数は60床で,うちアイソトープ管理病床7床である。2023年での実績では外来年間累積患者数328,344人(1日平均1,130人),初診患者数17,239人,入院患者数2,165人(手術患者数1,797人)であった。2025年4月現在,常勤外科医は14名で,うち2名が関連大学医局からのいわゆるローテーターである。現時点では外科修練医は勤務していない。手術は週5日,午前・午後を各1コマとし各主治医は3から4コマに入る。直近の2022年から約2年間勤務した修練医の実績では788例の手術に携わり,うち術者が251例であった。この修練医は内分泌外科学会専門医試験の受験資格を得たので,本年受験予定であると聞いている。入院の受け持ちは主治医制をとっているが,事前に担当する症例はわかっているため予習可能である。外来は週1コマを担当し,結節性疾患のほか,機能性疾患も担当する。約50から70人くらいの外来患者を担当する。外来のブース間の移動は容易な作りになっているので,不明な場合には近隣ブースの常勤外科医や内科医に相談ができる。月2回の医局全体のミーティング(症例検討,抄読会など)のほかに毎週外科のミーティングを行い,病理医も参加し,症例の検討を行っている。定型手術が予定される症例は基本的に協議にあげることはないが,未分化癌をはじめ進行症例,放射性ヨウ素内用療法や薬物療法を導入する症例は検討する仕組みにしている。総合病院でないことのデメリットもあり,咽・喉頭,食道などへの浸潤した進行癌に対しては,非常勤医師として当院の外来で診療している近隣の大学病院や癌専門病院の医師を介して,当該施設へ紹介している。希望があれば,各施設での手術の見学も可能である。

手術・治療に関する標準的な方針は院内ガイドラインを策定している。院内のガイドラインは主に自院での症例検討の結果をもとに策定している[]。定期的に改版し,昨年第6版を策定した。学会から示されているガイドラインはエビデンスに基づいて作成されているが,実臨床では具体的な治療の方法には細かくは言及されていない。よりプラクティカルなガイドラインを主に院内のデータをもとに常勤外科医で手分けして作成し,全員で推敲したものである。本院内ガイドラインに沿って治療計画をたて,患者への説明に用いるよう指導している。実際の手術の担当は,当初助手だけの期間を経て,良性腫瘤の腺葉切除から徐々に難易度をあげていくような仕組みを構築している(表1)。2年間の修練を想定し,手術執刀基準を作成している。概ね3カ月間は助手に専念し,上席医師の手術の指導を受ける。3カ月後から執刀を開始し,力量に応じて手術難易度を上げていく。上席の医師が随時,技量や習熟度を見極め,最終的には大きな甲状腺腫を有するバセドウ病や外側区域のリンパ節郭清や進行癌症例の手術を行えるように指導している。術中神経モニタリング[],血管シーリング用の各種デバイスの使用が可能であり,特に前者については知識が深まるように指導している。当院は1日10件程度の手術を行っているが,疾患や術式に応じて予定手術時間を決めている。なるべく,各職員の残業が発生しないように,1日の手術のボリュームを決定している。そのため,どうしても修練医が手術開始したばかりの時期は予定より時間がかかってしまうが,この点は病院として受け入れるように努めている。

表1.

手術執刀基準

手術以外にも放射性ヨウ素内用療法症例[]を担当したり,分子標的薬治療[]に携わったりすることができる。また,エコー下細胞診の技量習得のために指導を行っている。基本的に超音波検査は技師が行うが,年間10万件以上に及ぶ。その読影は各医師に均等に振り分けられ,修練医にも診断に参加してもらう。かなりの数の超音波検査読影に携われることができる。終了後にはかなりの力がつくことと想定している。

3.学会活動など

当院は多くの症例を診療している専門病院の使命として,得られた知見を学会で議論し,論文化することで日々の診療にフィードバックしている。日本内分泌外科学会専門医認定試験を受験する際にも,論文発表や学会での発表が必須となるため,指導を心がけている。修練医にも日本内分泌外科学会や日本甲状腺学会など国内の学会やさらには国際学会にも参加できるよう,研究課題を付与し,データをまとめることも推奨している。当院は教育機関ではないため,研究のイロハから教授することはできないが,学会活動などに経験の多い上席の医師が指導にあたる。今までの修練医の中には,任期中に国際学会(ヨーロッパ甲状腺学会)にも演題登録し,発表したものもいた。残念ながら,在任中に論文作成・投稿を行ったものはいなかったが,本人の意欲に応じて指導にあたるようにしている。しかし,臨床経験だけを目的として修練医に応募した場合には,その限りではなく,義務化したものではない。

終わりに

若手外科医が甲状腺に興味をもったとしても一般施設では多くの症例に遭遇することは難しく,経験を深めることはできない。若手の外科医を育てるためにはチャンスを与えることしかないと私たちは考える。そこには当然,責任が伴う。責任をもって指導にあたることで,上席医師自身の教育と成長につながる。

わたしたちが日々行っている業務や診療体制は最善とはいえないかもしれない。しかし,アップデートを繰り返しながら,90年近く甲状腺専門病院でありつづけた当院を初学者といえる修練医の若い視点からみてもらうことで,新たな気づきや改善点を見いだすことができることも期待し,今後も門戸を広げていこうと考えている。

【文 献】
 
© 2025 一般社団法人日本内分泌外科学会

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top