抄録
権力と呼ばれる社会現象は、行為者が、自らの行為の決定を、自身の意思に帰属した選択として認知する以前に、直接には他者の意思に帰属する選択として認知しているときに生ずる。言い換えれば、行為者が、自身の行為を、「他者の意思に従った選択」の選択として認知しているとき、その行為者は他者の権力に従属していると、自らを認定することになる。しかし、何故に、ある行為者の選択は、このように他者の意思を経由する「回り道」を辿るのだろうか?
この論考は、「権力」に確定的で形式的な定義を与えることを通じて、この疑問に答えようとするものである。我々は、権力が、行為者自身の選好のみに依存した行為選択の無媒介の合理性と、他者の選好(選択)を予期した場合の行為選択の媒介的な合理性の乖離から生じていることを、明らかにするだろう。同時に、権力の二つの典型──抑止的なタイプの推力と誘導的なタイプの権力──を分かつ基本的な特性を明確にする。また、権力の作動が、権力保持者と従属者にともに回避されている(と従属者が認知している)社会状態の存在、およびその社会状態に対する権力保持者と従属者の非対称的な関与によって、条件づけられていることを示すこととなろう。