日本歯周病学会会誌
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総説
細胞シート工学と幹細胞を用いた再生医療の歯周組織再生への応用
岩田 隆紀
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2015 年 57 巻 2 号 p. 53-60

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はじめに

2000年以降本邦では細胞を用いた歯周組織の再生治療が積極的に研究・開発されており,骨髄由来間葉系幹細胞を用いて広島大学が,また,骨膜由来細胞を用いて新潟大学が臨床研究を開始していた。その後,2006年に後述する「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」(いわゆる「ヒト幹指針」)が施行され,細胞を製品並みに厳格に製造するための基準,「医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令」=「GMP:Good Manufacturing Practice」,ならびに「医薬品の臨床試験の実施に関する基準」=「ICH-E6 GCP:Good Clinical Practice」に合致した臨床研究でなければ,厚生労働大臣の承認を得た臨床研究を実施出来ないこととなった。

私共の研究所では「ヒト幹指針」に合致した臨床試験名:「自己培養歯根膜細胞シートを用いた歯周組織の再建」を3年ほどの準備期間を経て2011年に厚生労働大臣の承認を得たのちに開始した。本稿ではその礎となったテクノロジーと歯根膜細胞に焦点を当て,細胞治療の現状と未来像を述べさせていただく。

細胞シート工学とは

1993年にLanger & Vacanti1)によって提唱された組織工学の概念が速やかに浸透し,効率的かつ効果的な細胞移植方法が考案され始めた。すなわち,細胞・スキャフォールド・成長因子の3種を用いればどんな組織も構築出来るかのような幻想に世の中は包まれたものの,上皮や軟骨などの一部の無血管組織以外においてはなかなか組織工学的なアプローチは成功せず,むしろ生分解性の高分子によってデザインされたスキャフォールドが分解される際引き起こされる炎症反応が組織再生の障害となることが知られてきた2)。また厚みのある組織を維持するにはホストの血管に接続出来うる毛細血管網の構築が必須であることが知られており,in vitroでの大きな組織の構築は不可能だという意見も出てきた。

一方で,東京女子医大の岡野らは,温度変化のみによってその性状を著しく変化させるポリN-イソプロピルアクリルアミド(Poly(N-isopropylacrylamide):PIPAAm)という高分子に着目し3),細胞培養皿の表面にこのPIPAAmを共有結合させることで,細胞の脱着を温度変化のみで簡便に制御可能な温度応答性培養皿を開発した4)

「細胞シート」とは,この温度応答性培養皿からトリプシンなどの酵素を使わずに細胞を非破壊的に剥離したシート状の組織のことを指す。温度応答性培養皿には厚さ20ナノメートル程度のPIPAAmが共有結合しており,その特徴は通常の細胞培養で用いられる37℃では細胞は良好に接着・増殖するが,温度を相転移温度以下(32℃以下)にするだけで表面の高分子の水和にともなって細胞が自発的に脱着してくることである。よって接着細胞をコンフルエントまで培養し,温度を室温程度にまで下げることにより,細胞間の結合や細胞の分泌した細胞外マトリックスなどを保持した状態の「細胞シート」を回収することが出来る。本技術の利点は細胞外マトリックスがあたかも「糊」の役割を演じ,細胞と移植される組織が数十分程度で接着することから縫合が不要となるばかりでなく,細胞間ならびに細胞と細胞外マトリックスの相互作用も保持されていることから移植側での細胞の拡散が起こりにくく,高次機能を有した薄いシート状の組織をスキャフォールドフリーで移植出来る点である。さらには,細胞シートを積み重ねることで厚みのある組織を構築することも可能となってきており,「細胞シート工学」という新学術領域を形成してきた。近年では,トリプシン消化では生細胞が回収困難なマクロファージや血球系細胞などをintactな状態で90%以上回収出来ることもわかってきた5)

幹細胞治療

幹細胞移植でもっとも有名なのは,造血器悪性疾患の抗がん剤ならびに放射線治療後の造血幹細胞移植であり,既に30年以上の実績がある。造血系幹細胞はもっとも研究が進んでいる領域であり,近年では末梢血や臍帯血からの幹細胞精製が可能となってきている。しかしながら同種(他家)の造血系幹細胞移植の注意点としてはHLA(ヒト白血球抗原)一致と,移植した細胞がホストを攻撃するGVHD(移植片対宿主病)の予防の重要性であり,同種移植の留意事項となっている。

他に成人からも採取可能な幹細胞としては間葉系幹細胞が挙げられる。ヒト間葉系幹細胞(human multipotent mesenchymal stromal cells:hMSC)はさまざまな組織より採取可能な細胞集団であり,その再生医療への応用は世界中で実施されている。主に骨髄や脂肪組織由来の細胞を用いた治療が歴史的に古く,研究も進んでいるが,他の臓器からも採取・培養増殖・移植可能なhMSCが多数報告されている。由来臓器により性質が若干異なっていることは指摘されているが,2006年に発刊された国際細胞治療学会のポジションペーパー6)によるとhMSCの必要最小条件は1)プラスチック(培養基材)に接着する,2)95%以上の細胞がフローサイトメーターでCD105,CD73ならびにCD90陽性であり,且つ,CD45(白血球共通抗原),CD34(造血前駆細胞のマーカー),CD14もしくはCD11b(単球やマクロファージのマーカー),CD79αもしくはCD19(B細胞のマーカー)等の血球系マーカー並びにHLA-DR陰性(2%以下)である,3)in vitroでの分化環境下で骨芽細胞,脂肪細胞,軟骨芽細胞に分化しうる,の3点である。よって,骨・軟骨などの硬組織再生を目的としたhMSCを用いた細胞治療の研究が進められており,科学的根拠の蓄積途上の状況ではあるものの,米国ではすでに5種類の間葉系幹細胞を含んだ骨移植材料が販売されている7)。さらには臨床研究の最大のデータベースであるclinicaltrials.govで検索してみるとhMSCの移植は多種多様な疾患に既に臨床応用され,国外の研究を見渡すと自己組織由来だけでなく,他家組織由来のhMSCの移植も実際に行われている。hMSCには免疫調節能と栄養補助機能があるとされ8),上記のGVHDに対する静脈注射による移植は症状を劇的に緩和させるとの報告があり,一部の国では承認済である。近年では抗炎症作用9)や抗菌作用10)などの報告もあり,静脈点滴による細胞移植術により既存薬物では困難であった難治性疾患において臨床研究が実施されている。

歯根膜細胞とは?

歯根膜組織由来の細胞は抽出方法や培養方法が時代と共に変遷しており,その定義づけも時代と共に変化していると考えられる。GTR法の根拠となるスウェーデンでの一連の研究から歯根膜組織には歯周組織の恒常性維持と歯周組織再生の責任細胞が存在することが1980年初頭には予想されていた11,12)。同時期のin vitro研究の報告13,14)ではperiodontal ligament cells(PDL cells)という用語が用いられており,歯根膜組織をexplant法(組織片を培養皿に静置し細胞の遊走を期待する,いわゆるアウトグロース法)にて培養すると線維芽細胞様の細胞のみならず,上皮細胞様の細胞も散見出来ることが報告されている。しかしながら,培養と継代の行程中に上皮細胞が消失すると報告しており,この線維芽細胞様の細胞のみを用いて研究を行った際にはperiodontal ligament fibroblasts(PDLFs)という用語が1980年代後半から用いられていた。ほぼ同時期にSomermanらは歯根中央三分の一から組織をexplant法で培養すると歯肉や根尖組織由来細胞のコンタミを最小化出来ると報告し,今に至るまで,抜去歯牙から歯根膜組織を採取する際の方法として世界中で用いられている。2004年のSeoらのLancetへの報告15)以降,periodontal ligament stem cells(PDLSCs)という用語が使われはじめた。歯根膜組織はコラゲナーゼとディスパーゼによって酵素消化され,コロニー形成能をもつ細胞集団をhPDLSCsと定義づけしている。hPDLSCsは増殖が早く,骨芽細胞や脂肪細胞に分化しうる多分化能を持ち,STRO-1/CD146陽性であるとされている。本論文ではhPDLSCsはhMSCsと表現系が似ているといってはいるものの,軟骨分化能は調べられていない。その後上記のようなhMSCの定義が定まり,hPDLSCsはhMSCの一種なのかが多くの研究者により検索され16-19),hPDLSCsはhMSCの必要条件を満たしていることが確認された。Trubianiら20)はそのような細胞をhPDL-MSCsと銘打っており,アウトグロース法からでもそのような細胞集団を採取出来ると記している。いくつかの報告ではSTRO-1陽性細胞の存在をhPDL-MSCsでは確認出来ないことが記載されているが,STRO-1のフローサイトメトリーでのピークシフトはシャープではないため,または培養や抗原抗体反応のプロトコールが一定でないために,ラボ間で結果が異なっている原因となっているのかもしれない。hPDL-MSCsと他の組織由来MSCsの遺伝子発現を比較検討したところ,hPDL-MSCsでは歯の発生に関与しているといわれる遺伝子発現が確認された。現在これらの遺伝子の機能を検討している。

細胞シート工学を用いた幹細胞治療の実際

① hPDL-MSCsの採取と培養

我々の臨床研究においては一本の歯牙から50-100 μl程度の細断された歯根膜組織が採取でき,500 μlの反応系を用いて,GMPグレードのコラゲナーゼ0.8 PZ-U/ml(SERVA Electrophoresis,Heidelberg,Germany)とディスパーゼ1200 PU/ml(Sanko Junyaku,Tokyo)を終濃度で添加し,37℃で1時間激しく震盪することにより酵素消化を行っている21)。通常,視認できる組織塊は45分程度で消失し,70 μmのセルストレイナーなどを用いてシングルセルを回収する。hPDL-MSCの初期接着は比較的悪いため,接着を促進するタンパクなどで培養基材をコーティングする方法をとることが多い。殊,無血清培地を用いた培養系では初期接着は非常に悪く,各社より細胞接着促進剤によるプレコーティングが推奨されている。血清や血清入り培地で数時間から数日プレコーティングを行えば数日後には接着した細胞を確認することが出来る。我々の臨床研究においては細胞培養を促進する化学表面処理がなされた基材(BD PrimariaTM)に10%血清入り培地で数時間のコーティングを行っている。また,非接着細胞を除去する目的で播種後24-48時間後に培地交換を行っている。

hPDL-MSCsの培養に用いられているαMEMやDMEMを用いると線維芽細胞様の細胞がほぼ選択的に増殖される。また播種密度を低く設定することにより間葉系幹細胞のひとつの特徴と考えられているコロニー形成能を持つ線維芽細胞コロニー(Colony Forming Unit-Fibroblast;CFU-F)を濃縮することも可能である。由来組織の浮遊細胞含有率にも依るが,接着する細胞が近接しないような初期接着密度で播種することによりCFU-Fを選択的に増殖させることができる。また,低密度培養を行うと細胞の増殖が促進することも知られている22)

一般的にはhMSCは継代を重ねるとその潜在能力が低下することがわかっている23)ことから,不必要な継代は避けるべきである。我々の臨床研究では低密度で3回継代した細胞を温度応答性培養皿に播種し,下記に示す誘導培養の後に移植に供じている。

② 移植前処置としての分化誘導

hMSCを移植する際にあらかじめ分化誘導を行う場合と,未分化状態のまま移植する方法が実践されている。hMSCを薬剤のように点滴する場合は分化誘導を促すことは希であるが,骨再生に関してはスキャフォールドなどに播種した後にex vivoで分化誘導を行い,移植するケースがほとんどのようである。理由としては細胞が分化した後に分泌するマトリックスなどが,再生に重要な微細環境を形成しうると考えられているからである。我々の臨床研究では骨芽細胞誘導培地[10%自己血清入りαMEMに82 μg/ml L-Ascorbic Acid Phosphate Magnesium Salt n-Hydrate(Wako Junyaku,Tokyo),10 nM dexamethasone(DEXART;Fuji pharma,Toyama),and 10 mM β-glycerophosphate(Sigma-Aldrich)の3つのサプリメントを加えたもの]にて約2週間温度応答性培養皿(UpCell;CellSeed,Tokyo,Japan)にて培養した自己歯根膜由来細胞シートを移植に供じている。上記サプリメントの濃度は誘導5日目のアルカリフォスファターゼ(ALP)活性により決定した24)。また,培養期間は骨芽細胞分化の指標としてBGLAPSPP1,ならびに歯周靱帯分化の指標としてはPOSTNASPNS100A4を用いて経時的にメッセンジャーRNAの発現量を定量し,14日前後に前記のすべての遺伝子発現が増強することからこの培養期間を用いている24)。驚くべきことに歯根膜のマーカー遺伝子と言われるPOSTNASPNS100A4も骨芽細胞分化培地により発現が上昇することから,この培地による誘導は靱帯の形成にも役立つと考えている。継代の進んだ細胞では細胞のpotentialは落ちると考えられており,より長期の誘導が必要になることが多い。

このようにして作製されたヒト歯根膜細胞シートは象牙質片とともに免疫不全マウスに移植され,移植後4週後に組織学的に効果を判定した21)。象牙質片側部にはセメント質様構造物とそれに付着する靱帯様構造物が観察され,ヒトVimentin特異的な抗体を用いた免疫染色での局在が一致したことから,移植した細胞が歯周組織の再生を担っていることが確認された。分化誘導の有効性に関しては分化誘導の有無による歯周組織の再生を比較した先行研究があり,コントロール群(分化誘導無し)と比べて有意に歯周組織の再生が観察された25)

中型動物であるイヌにおいてもその有効性と安全性を確認した。歯周組織欠損モデルを機械的に作製し,温度応答性培養皿上で誘導培養された歯根膜細胞シートを骨補填剤とともに移植したところ,統計学的に有意な歯周組織の改善が観察された26,27)

③ 分化誘導後の安全性評価の考察

分化誘導後の製品同等品は品質管理試験として無菌試験・マイコプラズマ検査(PCR法および培養法)・エンドトシキン試験を行い,汚染の有無を確認する。またあらかじめ設定した出荷前日試験のすべての項目が規格値を満たしていた場合に出荷ならびに移植を実施する。また,安全性確認試験として,造腫瘍性否定試験と製造工程由来不純物試験を行った21)。ただし造腫瘍性否定試験については,出荷後1週間の過培養を行った製品について試験を行った。造腫瘍性否定試験としては,1)免疫不全マウス皮下に皮下移植,2)軟寒天コロニー形式試験,3)染色体検査28)を行い,全ての検査において異常所見は観察されなかった。また,製造工程由来不純物試験としては,培地に含まれる抗生物質とdexamethasone量を測定し,製品の異常を認める数値は得られなかった。

④ 出荷判定時に行う品質管理試験とその解釈

私共の研究所では出荷前日に半日がかりで出荷判定試験を実施し,1つでも規格値を逸れた場合には移植を中止する。幸い全10症例において全ての出荷判定試験をパスした。上記の安全性試験の他に,以下の項目を実施した。

1.細胞数測定試験

2.生存率測定試験

3.細胞純度測定試験

4.ALP活性測定試験

5.ペリオスチン遺伝子発現評価試験

温度応答性培養皿(UpCell®35 mmディッシュ)に3万細胞程度播種された自己歯根膜細胞は約2週間石灰化誘導培地にて培養を行い,上記の5項目を前日に計測した。細胞数はシートあたり30万細胞以上を規格値とし,三層化された細胞シートは歯根面1 cm2につき4.8±2.1×105細胞が移植された計算となる。この際,マトリックスリッチな細胞シートを分散させるためには特殊な酵素処理を実施した29)。また,通常のトリパンブルー染色と血球計算盤を用いて生存率を確認した。他の臨床研究を参考にして規格値はトリパンブルー陰性率80%以上としたが,臨床試験では平均98%の生存率が確認された。細胞純度に関しては,歯根膜細胞を石灰化誘導培地にて培養した場合ALP活性が上昇することが一般的であることから,誘導の成否を含めてフローサイトメーターにてALP陽性率を測定した。規格値はALP陽性細胞率50%以上であるが,臨床試験においては平均91%の陽性率が確認された。また平行して,ALP活性をカラーメトリックアッセイにて確認している。また,副次項目ではあるがトータルRNAを抽出し,ペリオスチン遺伝子の発現を確認することにより,歯肉線維芽細胞のコンタミを否定している。歯肉線維芽細胞におけるペリオスチンの発現は極めて低いことから24),Taqmanプローブを用いたリアルタイムRT-PCRを実施し,内在性コントロールとしたβ-actinとのサイクル数の差が5サイクル以下を規格値としたが,全症例にて0サイクル以下(すなわちβ-actinより早く立ち上がる)であった。

⑤ 細胞製品に関する規制の変遷

上記の各試験をもとに,我々の臨床研究は「ヒト幹細胞を用いる臨床研究に関する指針」(いわゆる「ヒト幹指針」)に合致した臨床研究として2011年1月に厚生労働大臣より臨床研究実施の承認を得た。今までは大学などの機関による倫理委員会を経た臨床研究であれば幹細胞を用いた臨床研究の実施は可能であったが,2006年に施行された本指針(2010年11月1日に全部改正)により状況は一変した。その理由としては,薬事法「1314号通知」に示されている企業治験に求められるのと同様の品質及び安全性を確保した上で厚生労働大臣の許可を得ることが必須となったからである。具体的な問題点としては①GMP基準のCPC(Cell Processing Center)が必要であり,その維持費に莫大なコストがかかること②安全性・有効性試験に多大な時間とコストがかかること③研究者が不得意なドキュメントワークやリスクマネージメントが多大であることなどが挙げられよう。

さらには2013年に再生医療三法が通過し,2014年末より新しい法律に則った再生医療製品の開発が始まっており,「ヒト幹指針」は廃止となった。すなわち,「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」(略称「再生医療安全性確保法」)である。本法案では,医療機関で行われるすべての再生医療に対して医療技術リスク(iPS細胞,ES細胞等は高リスク,体性幹細胞等は中リスク,体細胞は低リスクと分類)に応じた実施計画の提出の義務化と審査レベルを分類することで,正しい再生医療を適正かつ確実に患者に届けることを推進している。「医師法」から「再生医療」は独立することとなり,承認機関での審査に通過しなければ幹細胞を用いた治療は出来ないこととなる。また,「指針」から「法律」となることで罰則規定もあり,自由診療で実施され問題となっている「似非再生医療」が排斥され,細胞治療の実情の把握が可能となることが予想されている。さらに重要な改正項目としては,細胞培養・加工の外部委託が可能となる。現在は各大学がCPCで家内工業的に細胞製品を自作していたが,産業界の参入と培養の機械化・自動化により加速的に細胞を用いた再生医療研究が推進されるものと考えられている。

臨床研究の実施

「細胞シート工学」を用いた歯周組織の再生研究は2000年前後より開始され,当初,長谷川昌輝先生(当時,医歯大・歯周病・大学院生)が女子医大にて研究を進め,免疫不全ラット歯周欠損モデルにヒト歯根膜細胞シートを移植すると靭帯様構造物が観察されることを2005年に報告した30)。その後,細胞の抽出方法や培養方法24)や検査方法31),イヌを用いた移植方法の確立26)や歯根膜細胞の歯周組織再生における有効性の確認27)を実施し,2011年1月に厚生労働大臣の承認を得て,臨床研究を開始した。

2014年11月に全10症例の臨床試験が完了し現在論文を投稿中であるので,本稿では臨床結果を詳細に報告することはできないが,その術式は歯肉溝切開の後に全層弁にて歯肉弁を剥離翻転し,不良肉芽の除去並びに根面のデブライドメントを行う。その後根面を2分間EDTA処理し,大量の生理食塩水で洗浄を行う(培養細胞は高濃度のEDTAでは短時間で死滅するため)。その後,三層化した自己歯根膜細胞シートを歯周欠損面に合わせてトリミングし,CEJ下方に設置し,骨欠損は骨補填材(オスフェリオン:オリンパスバイオマテリアル社)で充填される。

評価指標の策定

本邦では細胞を用いた歯周組織の再生が積極的に研究されており,これまでに歯周組織由来だけでなく骨髄・歯槽骨膜・皮下脂肪組織由来の幹細胞を用いた臨床研究が実施されてきている。歯根膜由来の細胞とはことなり,異所への移植ではあるが,細胞が比較的手に入りやすいという利点もあり,臨床研究の結果は注目されている。また,これらの研究を実施する関係者が中心となり,「歯周組織治療用細胞シートに関する評価指標」を策定し,平成23年12月7日に厚生労働省より本ガイドラインが発出された。細胞治療を安全に行う上で必要な検査などの事項がまとめられているので参考にされたい。

細胞シート工学の他疾患への応用

細胞シート工学を用いた臨床研究は2003年より眼科領域で開始され,現在では国内のみならず海外への展開も進められている。

① 口腔粘膜上皮細胞シートによる角膜幹細胞疲弊症の再生治療

細胞シートを用いた臨床研究は大阪大学にて初めて実施された。患者自身の口腔粘膜上皮細胞シートは温度応答性培養皿を用いて2週間培養することで作製され,難治性の角膜幹細胞疲弊症患者に移植された。全例において視力回復と角膜透過性が維持され副作用は無かった32)。その後,欧州においても25例の移植がなされ,その有効性と安全性が確認された33)。本邦では先進医療Bに認定され,現在多施設共同臨床試験(大阪大学,東北大学,東京大学,愛媛大学の4大学)が実施されている。

② 骨格筋筋芽細胞シートによる心機能の改善

2007年に大阪大学と共同でスタートした重症拡張型心筋症に対する自己骨格筋芽細胞シート移植のヒト臨床研究において,左室補助装置を装着していた患者が移植3ヵ月後には補助装置を取り外し退院するまでに至っており,本治療法の有効性を示す結果が得られた。患者自身の足の骨格筋より採取された筋芽細胞シートが産生するサイトカインが心筋細胞の活性化を引き起こしていると考えられており,現在までに多施設における治験が完了し,承認待ちの状態である。

③ 自己口腔粘膜細胞シートを用いた食道癌患者の上皮再生治療の開発

内視鏡的粘膜下層剥離術(endoscopic submucosal dissection:ESD)による消化管癌の内視鏡的治療後に,特に広汎な病変では食道狭窄が問題となってきた。東京女子医科大学・消化器外科では自家口腔粘膜細胞シートを経内視鏡的に患部へ移植する臨床研究を2008年4月より開始し,計画した10例を完了し,安全かつきわめて良好な臨床経過が得られている34)。さらにはスウェーデン・カロリンスカ研究所との間で共同研究を2012年12月より開始しており,バレット食道に対するラジオ波焼灼療法後の狭窄予防においての全10例の移植が終了し,有効性が示唆されている。また,国内では長崎大学との共同研究を開始し,長崎大学で採取された口腔粘膜組織を空輸し,女子医大で細胞シートを製造した後に細胞シートを長崎大学へ空輸し,全10例の移植が完了した。特殊な細胞シート輸送容器を用いることで,CPCを持たない医療施設においても細胞シート治療を享受出来うることを実証出来たわけであり,多くの患者を救うことが出来る基盤技術となった。

④ 軟骨再生

関節軟骨は他の軟骨と違い,修復再生させることが困難であり,患者のQOLを著しく低下させている。東海大学において変形性膝関節症患者に対する自己軟骨細胞シートの移植が2011年より開始されており,全8例の移植が完了し,良好な経過を示していることが報告されている。

⑤ 中耳の再生

中耳疾患では鼓室形成術などの手術を行うことが多いが術後の粘膜治癒が不良であると聴力の低下や再発リスクが高まる。これまで様々な手技的な工夫がなされているものの良好な予後が得られていなかったので,患者自身の鼻腔粘膜から細胞シートを作製し,中耳手術後の粘膜欠損に移植する臨床研究が東京慈恵会医科大学にて2014年から開始されている。2015年中に全5例の移植が完了する予定である。

おわりに

漠然とトリプシン消化した細胞懸濁液をマルチウェルプレートに播種し,タンパク機能解析のためのツールとして細胞を用いて実験を行ってきた私にとって,細胞シート工学を用いて自己細胞をシート状に加工し,患者に移植するところまでやり抜くという本プロジェクトには当初,戸惑いがあった。当時はプライマリーで得られた歯根膜由来細胞はサンプル間の差が大きく,なかなか殖えない細胞株や殖えてもサイトカイン刺激などに対して動かない細胞株もあり,再現性の取れない不確かな系とすら考えていた。しかしながら東京女子医大に異動し,多くの研究者がプライマリー培養の条件を最適化しているのを目の当たりにし,多くのことを学ばせていただいた。よってモチベーションをもって細胞治療に挑むことが出来たのは,女子医大にて多くの異分野の先生方と切磋琢磨できたことに依るところが大きい。もちろん今でもサンプル間の差が皆無ではないものの,安定して歯根膜由来細胞を採取することが可能であると考えている。酵素消化と低密度培養の是非に関しては,短時間に細胞治療に必要な最小細胞数100万個を得るためには必須の方法であると私は考えているので,歯根膜細胞を研究されている先生方におかれては是非とも試していただきたいと考えている。

成人には,完全に分化した細胞(体細胞)と骨髄細胞などの幹細胞が存在し,これらを体性幹細胞もしくは組織幹細胞という。体性幹細胞は数種類の細胞へ分化する能力(多分化能)を持つことがわかっており,これらの細胞を患者自身から採取し,試験管内で増やしたり分化させたものをシート状に加工し移植すれば,患部の創傷治癒の促進や組織再生を促すものと考えられる。既に基礎研究レベルでは様々な組織の再生に細胞シート工学が応用され,心筋細胞35),肝細胞36),尿路上皮細胞37),膵島細胞38),胸腺細胞39)などから作られた細胞シートが組織再生を引き起こすことがわかってきている。しかしこれらの細胞を患者自身から採取することは一般的には困難である。そこで本学ではiPS細胞から目的とする細胞を分化させ移植する技術開発を進めている40)。世界を見渡しても細胞を用いた臨床研究は世界中で数多く推進されており,世界最大の臨床研究データベース(http://clinicaltrials.gov/)で検索すると3000件近くのヒットがある。そのほとんどが血球系や間葉系などの体細胞や体性幹細胞の移植研究であるが,今後はES/iPS細胞を用いた基礎研究の進展次第ではこれまで治せなかった難病などを救える可能性があるのかもしれない。

謝辞

本研究を遂行するにあたり東京女子医科大学先端生命医科学研究所の石川烈特任顧問,岡野光夫特任教授,大和雅之教授,鷲尾薫特任講師,黒田ほずえ技師,葭田敏之元特任助教,高木亮博士研究員,加藤ゆか先生,森南奈先生(福岡歯科大学歯周病学分野より国内留学),濱田真理子先生,東京女子医科大学歯科口腔外科学教室の安藤智博主任教授,扇内秀樹名誉教授,岡本俊宏准教授,貝渕信之先生,医局員の皆様,また東京医科歯科大学の和泉雄一教授,木下淳博教授,妻沼有香先生,山田梓先生,Supreda Suphanantachat先生,鬼塚理先生,矢野孝星先生から多大なご支援,ご協力を賜りました。またセルシード社,オリンパス社にもご協力いただきました。ここに感謝の意を表します。

なお,本研究は先端融合領域イノベーション創出拠点形成プログラム「再生医療本格化のための最先端技術融合拠点」ならびにG-COE「再生医療本格化のための集学的教育研究拠点」によって行われたことを付記します。

References
 
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