超高齢社会において,歯周炎の予防および重症化の抑制は,口腔機能の維持や全身疾患リスクの低減に寄与し,健康寿命の延伸に直結する。高齢者の特性(身体機能や認知機能の低下)により,セルフケアが困難であることや,昨今問題視される抗生剤耐性菌増加の現状を鑑みると,細菌をターゲットとする従来のアプローチのみならず,宿主側に働きかける新たな予防・治療戦略の開発が急務である。生体の最外層に位置する上皮は,外来の病原微生物や化学的・物理的刺激に対するバリアとして,生体防御の第一線を担う。上皮バリアの機能低下や破綻は,病原因子の宿主への侵入を助長し,歯周炎を含む感染症や炎症性疾患の発症および重症化に深く関与する。そのため,歯肉上皮のバリア機能を維持・強化することは,歯周炎の予防および重症化の抑制における有効な宿主側へのアプローチと考えられる。本総説では,歯肉上皮細胞のバリア機能に関する学術的背景や研究知見を中心に,歯肉上皮バリア機能の制御による歯周炎予防・重症化抑制の可能性について概説する。
適切な来院間隔によるサポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)の実施は,歯周炎の再発防止と歯周組織の安定の維持に有効である。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の蔓延に伴い,歯科医療機関への受診控えが多数生じたことを背景に,本研究では2019年10月~2020年3月と2020年4月以降に実施した歯周病検査値から,プロービング深さ(PD),プロービング時の出血(BOP)割合(FMBS),プラークコントロールレコード(PCR),歯周炎症表面積(PISA),歯周上皮表面積(PESA)を抽出し,予約延期日数との関係を解析した。SPT移行後1年以上継続して来院している対象患者633名中,219名(34.60%)が2020年4月以降の予約を延期した。SPT時のリスクアセスメント(PRA)を参考に,5 mm以上のPD部位数,FMBS,現在歯数(TN)の3つのサブグループを設定し,予約延期群の患者を低・中・高リスクに分類した。PDとFMBSサブグループ双方で高リスクに該当する患者のFMBS,PISAおよびPISA/PESAの変化と,FMBSとTNサブグループ双方で高リスクに該当する患者のPISAの変化は,いずれも予約延期日数と正の相関を認めた。以上の結果から,COVID-19感染拡大下においてSPT患者の予約延期が生じ,歯周組織の安定性に影響を及ぼした可能性が示唆された。
乳がんの既往を持ち上顎左側犬歯に原因不明の重度の歯肉退縮を呈した46歳女性に対して,根面被覆術と歯根端切除術を実施し,顕著な審美性の改善を得ることができた一症例について報告する。患者は原因不明の重度歯肉退縮が,がんの転移への不安や審美障害などによる精神的負担となっており,生活の質(QoL)が低下していた。病理組織学的検査により悪性腫瘍が否定されたため,歯周基本治療および感染根管治療を行った。その後,歯内―歯周病変に対する歯根端切除術と重度歯肉退縮への結合組織移植術を同時に行った。術後6か月で再度の結合組織移植術を行った。術前に16 mmあった歯肉退縮量は,再評価時に1 mmまで改善した。歯周治療により口腔内の状況の改善を実感することができ,QoLが改善したことが患者主観評価から示唆された。
高齢化に伴い,歯科衛生士が歯周基本治療,SPT等を担う際にも,全身疾患に関する理解と配慮が求められている。今回は,歯周治療のガイドライン2022にも示されている周術期患者へ口腔健康管理について,特に歯科診療所にて対応が求められる可能性が高い点を中心に解説していきたい。
周術期等口腔機能管理は,がん等に係る手術や治療を行う患者に対して,医師と連携して包括的な口腔健康管理を行うことを指し,これには手術前後,化学療法,放射線療法,緩和ケア等における口腔健康管理が含まれる。治療法別に目的や留意点が異なり,外科治療では術中術後の合併症予防,化学療法では口腔粘膜炎,口腔乾燥へ対策が重要となる。頭頸部の放射線療法では,晩期有害事象として唾液腺障害に伴う歯科疾患の増悪,顎骨壊死が問題となるが,その予防として口腔衛生状況の改善を図ることは極めて重要であり,治療後長期にわたり歯科衛生士の担う役割は大きい。
周術期等口腔機能管理は,一生涯から考えると比較的短い期間といえるが,治療期のみならず,治療後長期的に口腔健康管理が必要なケースも多く,病院歯科のみで完結せずに,一生涯の口腔健康管理を担う「かかりつけ歯科」へと繋げていく病診連携の強化が求められる。そのためには,多くの歯科衛生士がこれらの知識を備え,切れ目のない口腔健康管理を推進できる環境を整えることが重要といえる。