歯周疾患の進行度を表すものとして,歯周ポケット深さは大変重要な指標である。歯科医師,歯科衛生士として歯周治療またはその診療の補助を行う場合,歯周ポケット深さの測定を正確に実施できる必要がある。しかし,歯学部や歯科衛生士学校在学中の臨床実習で,深い歯周ポケットを有する患者を担当し,その歯周ポケット深さを測定する機会を得られる学生は少ない。在学中は,歯周ポケットの構造を持たない顎模型で歯周ポケット測定の練習をし,深い歯周ポケットがほとんどない,ほぼ健康な歯周組織を有する学生同士で相互実習を行っている。そして,最初に担当した歯周病患者で,初めて深い歯周ポケットに歯周ポケットプローブを挿入する経験をするのが現状である。
そこで,著者らは2006年より,歯周ポケットの構造を顎模型に再現させた,歯周ポケット測定訓練用顎模型を開発し,歯学部口腔保健学科学生,歯学部歯学科学生,歯科医師,歯科衛生士に試用してもらい,その訓練効果等を報告してきた。本稿ではその開発の経緯と実施可能性試験,訓練効果等について,今まで報告してきた内容をまとめる。
従来の歯科用顎模型には,歯周ポケットの構造はなく,仮に歯槽骨を削除して空洞を作製したとしても,実際の患者での歯周ポケット測定の感覚を養うことは困難であった(図1)。また,シリコーン系エラストマーによる歯頸部歯肉が厚いため,プローブを挿入すると締め付けられてしまい,その点でも実際の触知感覚とは大きく異なっていた。
そこで,著者らは歯周ポケット構造を有する顎模型を開発し,2008年に試作品を作製した(図2)。歯槽骨頂部付近を歯槽骨部から分離し,軟質材料でポケット底部の構造(歯肉第2層)を作製した。歯肉表層部(第1層)の歯頸部付近を薄くしたため,プロービング時の締め付け感が軽減された。軟質材料では,ポケット底部の触知感覚は良好だったが,部品のたわみにより,設定した深さよりも深くまでプローブが挿入されてしまうことがあった。
2009年に開発した,歯周ポケット測定訓練用顎模型(ニッシン製:500H-PRO)を図3に示す。歯肉第2層を軟質材料から硬質レジンに変更してたわまないようにし,ポケット底部に相当する部分のみ,シリコーン系エラストマーで被覆した。これにより,たわみが無く,かつポケット底部の触知感覚も良好な模型となった。現在では,材料を改良して,たわみが少なく,触知感覚が良好な均質な材料に改良されている。
近藤らは1),図2に示した2008年型模型を用いて,歯学部口腔保健学科第2学年学生(以下「学」)22名および同学科教員と歯学部附属病院歯科衛生士(以下「教」)28名に試用させて評価を行い,その結果を第52回春季日本歯周病学会にて報告した。教材評価では,(学生にとって)プロービング技術の練習になる(学86%,教96%),将来役立つ(学86%,教96%),関連する実習に対する興味を深めることができる(学95%,教100%),別の様々なポケット深さの模型を試したい(学91%,教96%)との評価を得たが,多くの学生はポケット底が判りにくかった(学86%)と評価した。設定されたポケット深さ±1 mmを正解とした場合,おおむね設定どおりに計測練習できた(学75%,教80%)が,材質の硬度不足等のため,設定した値より深めに計測される傾向の部位もあった。開発した2008年型歯周ポケット測定訓練用顎模型は学生実習で活用可能であったが,さらなる改良が必要であった。
そこで,須永らは2),模型を図3に示した2009年型顎模型に改良し,歯学部口腔保健学科第3学年20名および同学科教員と歯学部附属病院歯科衛生士24名に歯周ポケット測定を実施させ,模型の評価を行った。設定値±1 mmを正解とした正解率は,全体で81%,教員80%,学生82%であった。模型の評価は,(学生にとって)プロービング技術の練習になる(学90%,教100%),将来役立つ(学90%,教100%),関連する実習に対する興味を深めることができた(学96%,教96%),別の様々なポケット深さの模型を試したい(学90%,教100%)であった。ポケット底の判りやすさは,学生55%,教員58%が肯定的に評価した。2009年型ではポケット底の材質のみを改良し,良好な評価が得られたが,ポケット底が判りやすくなり,プローブがポケット底部を超えて歯との隙間に入ることがなくなったためと思われた。ところが,歯周ポケット測定での6点法の境界部付近が斜面になっている部位(図4)では,どこを測定の境界にするかによって測定値が異なってしまい,正解率が極端に低かった。そこで,6点法の境界部におけるポケット底の斜面を無くし,プローブを正しく挿入すれば設定値に近い値が測定できるよう,再現性を高める改良を行った。
須永らは3),11機関(大学,病院,歯科診療所),66名の歯科医師,歯科衛生士を対象に,上記改良を行った歯周ポケット測定訓練用顎模型の訓練効果を評価し,同模型が測定者の訓練に有効か否かを検討した。同模型上の24歯を6歯ずつ4つのブロックに分け,ブロック毎に歯周ポケットの測定,正解値の確認作業を繰り返した。計測結果と歯周ポケット設定値を比較し,設定値±1 mmを正解とした場合の正解率を算出して検査精度を評価した。その結果,計測を重ねるほど有意に正解率が上昇し,測定時間が短縮された。質問紙調査による評価結果では,プロービング技術の練習になる(94%),プロービング技術の評価に役立つ(89%)等の結果が得られた。これらのことより,本歯周ポケット訓練用顎模型は,歯周ポケット測定の訓練に有効であることが示唆された。
原田らは4)歯周ポケット測定に関する講義,実習前の歯学部歯学科第4学年学生20名を対象に,歯科医師,歯科衛生士に用いた模型と同型の歯周ポケット測定訓練用顎模型を用いて,須永ら3)の方法でその訓練効果を評価し,同模型による訓練が学生の測定技術の向上に有効か否かを検証した。その結果,正解率は計測を重ねるほど有意に上昇し(図5),測定時間は,計測を重ねるほど有意に短縮された(図6)。これらより,同顎模型による歯周ポケット測定訓練は,測定者の測定技術の向上に有効であることが示唆された。
今後は,同模型を測定者の技術評価に用いるための基準作りを行い,臨床研究等における評価者のキャリブレーションに活用したい。
一連の研究に用いられた顎模型の構造は,株式会社ニッシンと東京医科歯科大学が共同で発明し,特許を取得している5)。研究に用いた顎模型の一部は,株式会社ニッシンから提供された。