日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
EMDの現在―生誕20年にあたり―
佐々木 大輔八重柏 隆
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2015 年 57 巻 4 号 p. 135-142

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はじめに

ヒトの歯周炎は歯肉縁下プラーク中に存在する歯周病原細菌に起因する感染症であり,炎症の進行に伴い歯周組織の破壊が進み,最終的には歯そのものを喪失する不可逆的疾患である。その歯周炎の治療法としてスケーリング・ルートプレーニングをはじめとした歯周基本治療や,中等度,重度歯周炎に対してはフラップ手術といった歯周外科治療がある。これは原因除去を目的とした治療法であることから,歯周組織の治癒は修復までであり,再生(歯周組織を健全な元の状態に戻す)には至らない。そこで歯周組織そのものを元の状態に回復させる歯周組織再生療法の取り組みがこれまで試みられてきた。本邦における歯周組織再生療法は現在,GTR法,骨移植術,Enamel Matrix Derivative(EMD,エムドゲイン®)の適用の3つがある1)。EMDは2015年時点で,世界で最初に承認された欧州での発売開始(1995年)から約20年を迎える(図1)。そこで本ミニレビューでは,EMDのコンセプトから現在までの研究,臨床での報告を一旦整理し,現状でのEMDを再評価することにより,これからの歯科治療における日常臨床において,EMDを適用した歯周組織再生療法がより身近なものになることを目的としてこの約20年間を総括する。

図1 EMDの現在までの経過

総説

EMDのコンセプトは歯根の発生期に由来する。内エナメル上皮と外エナメル上皮が接合して形成されるHertwig's上皮鞘から分泌されるenamel matrix proteinが歯根象牙質に付着するとセメント芽細胞を誘導する。その現象を基に,Hammarström(1997)は,enamel matrix proteinの主成分であるアメロジェニンが,象牙質に付着することで無細胞セメント質を誘導することを示した2)。またサルを用いた頬側裂開モデル3)やHeijlらによるヒトを対象とした矯正治療のための抜去予定歯(下顎左側中切歯)を用いて,唇側骨面に裂開状骨欠損を人工的に付与し,enamel matrix derivative(EMD)を露出根面に塗布することで歯周組織再生の可能性を示唆した4)。その際,Hammarströmらがenamel matrix proteinのキャリアーとしてpropylene glycol alginate(PGA)が有用であることを報告3)し,スウェーデンのBIORA社が生後6ヶ月の幼若豚の下顎歯胚から抽出,精製したenamel matrix proteinにPGAをキャリアーとして添加し,エムドゲイン®として商品化した。このEMDは1998年から日本でも販売され,当時は溶解液のPGAをenamel matrix proteinのバイアルに加え,数回振盪(しんとう)し溶解するのを待ってから溶液を吸引し使用した。Zetterströmらはエムドゲイン®のヒトへの使用上,安全性に問題がないことを報告している5)。現在はより安全性確保のため熱処理工程が加えられ,また利便性も向上したシリンジ状のEmdogain® gelとして販売,臨床の場で使用されている。加熱処理に対するEMDの臨床上の効果に関しては,Bratthallらが非加熱のEmdogain®とEmdogain® gelの臨床上の有意差(ポケット深さの減少,アタッチメントゲイン,エックス線評価による歯槽骨の回復)はないとしている6)

EMDの臨床

歯周基本治療による口腔環境の改善が徹底的に図られた口腔内であっても,歯周基本治療だけでは治癒しない深い歯周ポケットには歯周病原細菌が必ず存在する環境下(口腔内)で歯周組織再生療法は行われる。Hammarströmらのヒトの抜去予定歯を利用したEMDの歯周組織再生効果の報告は,歯周炎に罹患していない口腔内での歯周組織再生であった3)。歯周組織再生を必要とする口腔内環境は通常,歯周病原細菌によって生じた歯周組織破壊部位である。そこでHeijlらは歯周炎に罹患したことで生じた歯槽骨欠損部位,つまりプロービング・ポケット・デプス(PPD)6 mm以上,エックス線写真上での骨吸収が4 mm以上,欠損幅2 mm以上の垂直的骨欠損部位に対してEMDを用いたところ,8ヶ月で2.1 mm, 16ヶ月で2.3 mm, 36ヶ月で2.2 mmのクリニカル・アタッチメント・レベル(CAL)の獲得が得られ,全ての測定部位でコントロール群と比較し有意に高いことが認められた。その際,EMDを用いることで細菌感染リスクが増加することは認められなかったとしている7)

MombelliらはEMDを用いた歯周組織再生には細菌叢のコントロールが必要であることを報告している8)。すなわちエムドゲインには細菌感染に対する炎症軽減または抗菌としての効果はないことを示している8)。またこの研究では非外科療法(SRPのみ)にエムドゲインを用いても有意な歯周組織再生効果は認められなかったとしており,ポケット除去を目的とした歯周外科治療を必要とする部位での使用が適応であることを示唆している。その中でも骨縁下欠損形態とEMD適用結果について,2壁,3壁性骨欠損群が1壁性骨欠損群および水平性骨欠損群よりも治癒が良好であるとの報告9-11)があることから,EMDは骨内欠損,とりわけ骨壁数の多い,多くの骨壁に囲まれた骨内欠損部位において,より歯周組織再生の効果を発揮しやすいものと考えられる。さらにEMDを適用する骨内欠損においては骨欠損角度に関しても言及されている。エックス線写真を用いて,骨欠損底部からの骨欠損(吸収)角度を測定した場合,36度以上の角度と比較し22度以下の方が,より優れたCALの獲得が認められた報告12)や46度以上の部位と比較して29度未満の部位で,より大きなCALの改善が認められた報告13)から,エックス線写真上での骨欠損角度が,より狭い骨内欠損において,EMDによる歯周組織再生効果をより得られることを示唆している。

骨縁下欠損との関係については多数の研究が報告されている12,14-20)。20論文を引用したKoopらのシステマティックレビュー20)では,ポケット深度6 mm以上,もしくは3 mm以上の骨縁下欠損にEMDを用いた13論文を引用し,EMDの術後1年経過時の平均CAL獲得量は1.7-4.5 mmの範囲と報告している。またFigueiraらのシステマティックレビューではEMDの術後1年経過時の平均CAL獲得量は1.9-4.14 mmと報告21)しており,さらに日本人では塩山らが4.6±2.0 mmと報告13)していることを考慮すると,骨縁下欠損へのEMDの使用はCAL獲得には有効であることが示唆される。また歯槽骨内欠損の改善量は,EMD適用術後6ヶ月経過時に行った歯周病検査の際に撮影したエックス線上からの骨改善量は0.8 mmとの報告25)やエックス線写真上で0.7-3.1 mmの範囲であるとの報告23),吉江らの報告24)によると計測・実測値では0.9 mmから2.6 mmの範囲で,平均1.6 mmであること,また術前の骨欠損と比較した術後の骨欠損充塞率では,術後4ヶ月で65%4),術後6ヶ月で20.5±49.1%25),術後1年以上経過後の平均値が74%26)との各報告がある。各研究報告により術後の骨改善量の数値のばらつきは,対象とした骨欠損形態の違いによるものと考えられる。

根分岐部病変へのEMDの適用

EMDを用いることで,上顎における根分岐部病変(Class II)では術前と比較し術後24ヶ月のPPDが1.9±1.6 mmの減少を認めた報告27)や下顎における根分岐部病変(Class II)では術前と比較し術後14ヶ月の水平的な分岐部深さは2.8 mmの減少を認めた報告28)があり,根分岐部病変の治療においてもEMDが有効であることが認められる。また根分岐部病変においてClass Iと比較しClass IIの方がCALおよび骨量において大きな獲得が認められることが報告29)されている(有意差無し)。しかし,EMDを適用しても,根分岐部病変で失った骨欠損を完全に閉鎖出来ている訳ではないとの報告28),また根分岐部病変にEMDを適用した場合の予後の推測は困難であるとの報告30)もあることから,現時点において根分岐部病変にEMDを用いる場合には,術後の予後観察後,状況に応じてファーケーションプラスティー等の治療も必要と思われる。

根面被覆へのEMDの適用

Wennströmらが,EMDによる軟組織における創傷治癒促進の可能性を報告31)していることをはじめ,根面露出による知覚過敏症状や審美障害といった歯肉退縮症例に対しての治療のオプションの一つとして近年EMDが用いられることがある。歯肉退縮症例に対して結合組織移植術(CTG)や歯肉弁歯冠側移動術(CAF),あるいはその併用に対して,変法としてそれらの術式と同時にEMDを塗布し,治癒の促進を図る方法である。Resperiniらは,歯肉退縮に対してCTG単独で被覆する場合と比較し,CTGとEMDを併用して被覆した方が治癒は良好であったと報告32)している。またCAFとEMDの併用は歯周組織再生と根面被覆という2つの目的を同時に満たすという報告33-35)もある。特にCAFとCTGの併用療法を行う際には,必ず受容部と供給部双方の手術が必要と同時に,受容部のみならず供給部への侵襲も伴うなど,広範囲にわたる侵襲および時間的,手技的な困難が伴うが,CTGの代わりにEMDを併用することで,CAFとCTGの併用療法とほぼ同等の結果が得られたとの報告36)もあることから,EMDを使用することで侵襲,手術時間の軽減,手技の簡便化が期待される。しかし,この歯肉退縮症例に対するエムドゲインの使用は歯周組織の再生も目的としているが,長い上皮性付着の治癒となる場合もあることが報告31)されているのも事実である。

再生工学から見たEMD

ヒトの歯胚発生期を模倣し,歯周組織再生材料として生み出されたEMDは,amelogeninを主成分としたenamel matrix proteinである1)。生後6ヶ月の幼若ブタから抽出したenamel matrix proteinを使用しているが,近年の基礎的研究では,主成分のアメロジェニンの他にエナメル基質由来タンパクや各種増殖因子が含有されていることを示唆する報告がなされており,その中には増殖因子としてTGF-βやBMP等が含有されている可能性が挙げられている37-40)

我々は,生後8週齢のWistar系ラットを用いて,EMDの歯槽骨再生誘導活性について検討を行った。方法は上顎両側口蓋側に歯肉溝切開を施し,粘膜骨膜弁を剥離・翻転,滅菌ラウンドバーを用いて両側の第一臼歯遠心根口蓋側部に3壁性の歯槽骨欠損を作製し,片側を対照群とし,もう一方にEMDを埋入,縫合した。術後6週においてラットを屠殺し上顎骨標本を作製した(図2)。両側の歯槽骨3壁性骨欠損部位に対してマイクロフォーカスX線CT検査システムを用いて上顎骨標本のCT断層増データを集積(図3)し,断層像のPixel Valuesを骨密度として計測した(図4)。その結果,EMD埋入群で再生された歯槽骨の骨密度は,対照群の骨密度と比較して有意に高いことが明らかとなった41)。以上のことからも,EMDは歯胚発生期のメカニズムを応用した歯周組織再生材料ではあるが,それ以外にBMP様活性が含まれている可能性も示唆される。

現在の再生療法はLangerらが唱えたtissue engineering(組織工学)に基づいている42)。すなわち組織そのものを再生するstem cell(幹細胞),その未分化な幹細胞を目的とする組織へと分化させるsignaling molecule(シグナル分子),再生する組織が必要とするスペース確保また幹細胞が遊走する場を提供するscaffold(足場),この3つの要素がいずれも過不足なく融合した場合,目的とする組織あるいは臓器の再生が促されるというコンセプトである。このtissue engineeringを歯周組織再生療法に当てはめると,歯肉上皮細胞の侵入を阻止し,歯根膜由来細胞が増殖できるスペースを確保することを目的とした組織再生誘導法 guided tissue regeneration method(GTR法)はあくまで「足場」であり,セメント芽細胞を誘導する,または増殖因子様の活性を見せるEMDは「シグナル分子」であると考えられる。そのように考えると,「足場」の提供を目的としたGTR法と「シグナル分子」の提供を目的としたEMDを併用すれば,組織工学という観点から考えると,3つの構成要素のうちの2つを満たすことより,GTR法またはEMDを歯周組織再生療法としてそれぞれ単独で行うことよりも,より優れた歯周組織再生が期待されるものと考えられる。しかし,実際に動物研究43)および臨床研究44-49)においてGTR法とEMDを併用した療法が試行されたが,双方の研究においてもGTR法とEMD療法を併用してもCALの獲得量に関しては,付加的価値はないと結論づけられており,むしろGTR膜による感染リスク,併用によるコストの増大を考えれば,積極的に併用することは推奨されないものと考えられる。

一方,EMDとscaffoldの併用療法として,EMDとbovine porous bone mineral(BPBM:ウシ多孔質骨塩)の併用療法の報告50)があり,PPDとCALにおいて,EMD単独と比較しEMDとBPBMの併用療法の方が有意に良好な臨床結果が得られたとしている。また近年ではEMDと天然骨(NBM)やEMDとβ-TCPの併用療法51),さらにEMDとハイドロキシアパタイト(HA),β-TCPの併用療法52)といったEMDとscaffoldの併用療法が数多くなされ良好な結果が報告されている。

図2 術後6週の上顎骨標本(文献41)より引用)
図3 術後6週の歯槽骨3壁性骨欠損部CT断層像(矢状断,水平断,前頭断)

(文献41)より引用)

図4 術後6週の新生骨緻密度(文献41)より引用)

EMDの現在

ここまで約20年間のEMDに関する研究の経緯や臨床報告について述べてきた。EMDに限らず,通常は新製品が市場に出回ると,発売当初はその製品に対し良好な結果を報告することが多い。EMDに関しては,Muellerらのメタ解析により,1997-2003年の研究結果と2004-2010の研究結果を比較することで初期の研究結果の妥当性を評価した報告53)がある。それによると1997-2003年の研究結果と2004-2010の研究結果には統計学的な有意差は認められなかった。そしてこのメタ解析では,骨内欠損にEMDを適用することでCAL獲得量は3.04 mm, PPDの減少は4.05 mm,エックス線撮影上からの骨再生量は43.02%(2.35 mm)と報告している。欠損部位環境(骨欠損様式,骨欠損の深さ,歯周ポケットの深さ)により数値に差はあるものの,EMDによる歯周組織再生力は上記の数値を指標として使用することが望まれるものと考えられる。また根面被覆に対するEMDの使用に関しては,2015年のAAPのコンセンサスレポート54)より,Millerの分類でClass 1とClass 2に関しては,CTGが完全根面被覆または角化歯肉の増大という点で最も効果的であるが,CAFとEMDの併用時は,EMDを結合組織の代替としての使用が可能としている。しかしClass 3に関しては根拠に乏しいとしており,またClass 4に関しては予知性が低いことも併せて報告している。

EMDの今後の展望

EMDによる歯周組織再生療法については,歯周組織という「形態的」な組織再生評価はこれまで多数報告されているが「機能的」な観点から組織再生評価を報告するものは少ない。臨床においては,形態に代表される審美的な回復も重要である。しかし,再生した歯周組織が組織複合体として,咬合機能を考慮した観点からも経時的に良好な状態で機能し続ける点に関する評価は臨床的にきわめて重要である。長期にわたる臨床応用を念頭に,EMDによる歯周組織再生の機能的側面からも,今後より多数の長期経過についての機能的評価報告が必要と考える。

また今後の研究においては,再生医学のコンセプトからEMDをシグナル分子と仮定し,組織工学の3つの構成から成る幹細胞,足場,EMDの3者併用療法の研究が望まれる。具体的には,足場の種類によるEMDとの相性,幹細胞とEMDの相性,欠損部位に占める幹細胞,足場,EMDの各至適割合などを,より詳細に検討すべきと考えられる。

EMDが臨床の場で使用され始め現在まで約20年が経過した。本レビューで現時点での臨床および研究報告を総括し,今後のさらなる発展を期待したい。

利益相反

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