日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
閉経後女性における歯周炎
杉田 典子吉江 弘正
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2015 年 57 巻 4 号 p. 143-148

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はじめに

女性の一生のうち妊娠・出産以外に大きな心身の変化を迎える時期が,閉経である。閉経に伴うホルモンバランスの変化により歯周炎リスクが増加する可能性が従来示唆されてきた。そしてそれに続く老年期には閉経直後ほど急激な変化ではないものの,加齢に伴う様々な変化が男女ともに起こり,歯周炎の発症・進行,および治療に影響を及ぼすと考えられている。本稿では閉経後女性の特徴および閉経と歯周炎との関連性,また,歯周治療にあたって注意を要する点について述べる。

1. 閉経の定義と診断

生理的な加齢変化により,あるいは医原性に,女性の卵巣機能が低下し,月経が永久に停止することを閉経という。生理的閉経については12ヶ月間の無月経により閉経と診断される。子宮摘出後などのように月経により判断できない場合はFSH値40 mIU/ml以上かつエストラジオール値20 pg/ml以下をもって閉経後と診断する。日本人の平均閉経年齢は49.5±3.5歳である(1995年,日本産科婦人科学会教育・用語委員会報告)。約10%の女性が40歳前に閉経を迎えるが,60歳以後の女性も約10%程度存在する。医原性の閉経の原因としては,卵巣摘除,放射線治療,抗がん剤などの薬物療法などがある。

卵巣から分泌される女性ホルモンはエストロゲン(卵胞ホルモン)とプロゲステロン(黄体ホルモン)である。卵巣の老化は下垂体から分泌される卵胞刺激ホルモンFSHと黄体形成ホルモンLHへの反応性の低下として現れる。その結果,プロゲステロン産生が低下するとともに,卵巣からのエストラジオール産生はやがて止まりエストロゲン血中濃度は閉経前の1/10以下となる(図11)

図1 周閉経期における性腺関連ホルモンの変化

2. 閉経に関連する症状・徴候と治療(図2

閉経の前後5年間,計10年間を更年期といい,個人差はあるが特徴的な症状・徴候が現れる。その中にはホットフラッシュ(のぼせ),発汗のようにエストロゲン欠乏に起因するものもあるが,環境要因,気質要因も加わり,未だ原因が明らかになっていないものが多い。

更年期障害に対する治療として,ホルモン補充療法(hormone replacement therapy;HRT)がある。原則として子宮摘出後の女性にはエストロゲンのみ,子宮を有する女性にはエストロゲンとプロゲステロンを組み合わせて投与される。HRTには骨量増加,動脈硬化抑制作用があるが,副作用の報告があることおよび,より効果の高い薬があることから予防薬としては使用されない。HRTが乳がんその他の悪性腫瘍リスクを高めるという報告が従来多数あるが,相反する報告もなされており断定はできない。更年期障害の治療としては,その他に,対話療法,抗不安薬など抗精神薬,漢方薬などが用いられる。

図2 閉経に関連する症状・徴候(日本産科婦人科学会,2000年より改変)

3. エストロゲン欠乏による炎症・骨粗鬆症・メタボリックシンドロームのリスク増大(図3

エストロゲンはマクロファージからの炎症性サイトカインの産生を抑制し,T細胞からのIFN-γおよびIL-17産生を抑制し,加えて制御性T細胞を誘導するが,抗体産生は促進する。したがって閉経によるエストロゲンの欠乏は,炎症性疾患の発症リスクや重症度に影響を与える可能性があると考えられる2)

骨芽細胞および破骨細胞もエストロゲンの受容体を有している。エストロゲンは骨芽細胞を活性化し,破骨細胞を抑制する。また骨吸収を促進するサイトカインを抑制している。そのため閉経後のエストロゲン欠乏は,4~8年間続く高骨吸収・低骨形成の時期を出来し,急速に海綿骨を減少させる。その後,骨減少の進行は緩やかになり,男女とも加齢に伴い,より緩徐な海綿骨・皮質骨の吸収が続く。以前,Riggsらの提唱により前者を高骨代謝回転型(I型)骨粗鬆症,後者を低骨代謝回転型(II型)骨粗鬆症,と呼んだが,その後の研究により,高齢者の多くが高骨代謝回転型を示すことが明らかとなり,この分類はRiggsら自身により否定されている(図43)

エストロゲンは肝臓におけるLDL代謝にも関与しているため,エストロゲンが欠乏する閉経後には,血中の中性脂肪やLDLコレステロール濃度が増加する。この結果,動脈硬化性疾患のリスクを高めることになる4)

エストロゲン欠乏は,また,インスリン分泌および感受性を低下させるため,閉経後女性では糖尿病発症リスクが高くなる5)。エストロゲンを与えた細胞実験および動物実験においてはインスリン感受性を改善するとの報告が多いが,ホルモン補充療法では逆に悪化させたとの報告もあり,一致した結論は得られていない6)

図3 エストロゲン欠乏による炎症・骨粗鬆症・メタボリックシンドロームのリスク増大
図4 加齢に伴う骨量変化(三木哲郎 担当編集,メジカルビュー社,老年病ガイドブック5,骨粗鬆症と骨折予防 2005年)

4. 骨粗鬆症の診断と治療

骨粗鬆症の最も大きな問題点は,高齢者において脆弱性骨折リスクが高まることである。骨粗鬆症は大きく原発性と続発性に分類される。続発性骨粗鬆症は内分泌性,栄養性,およびステロイド投与などによる薬剤性などがある。原発性骨粗鬆症は閉経後骨粗鬆症と,高齢男性にみられる骨粗鬆症がある。75歳以上の日本人女性の半数以上が骨粗鬆症域の低骨密度を有する7)

骨量の評価は,原則として二重エネルギーX線吸収法(dual energy X-ray absorptiometry:DXA),末梢骨定量CT法,photo-densitometry法などによって測定されたBMD(bone mineral density)によって行う。若年健常成人女性骨量の平均値をYAM(young adult mean)と呼び,YAMの-2.5SDより大きく-1.0SD未満の場合を骨量減少,70%以下または-2.5SD以下を骨粗鬆症とする8)。測定部位は原則として腰椎,大腿骨頚部であるが,これらがいずれも評価困難である場合は橈骨,第2中手骨,踵骨BMDにより評価する。

原発性骨粗鬆症の治療として,運動療法,栄養指導,薬物療法がある。薬物療法の開始基準として,脆弱性骨折の既往があるか,YAM 70%未満,あるいはYAMの70%以上80%未満であり,かつ他に骨折リスクとして過度のアルコール摂取か現在の喫煙か大腿骨近位骨折の家族歴がある場合,と定められている9)

骨粗鬆症治療薬として日本国内で用いられているものとしては,カルシウム製剤,エストロゲン製剤,蛋白同化型ステロイド,活性型ビタミンD3,カルシトニン,イブリフラボン,ビタミンK2,ビスフォスフォネート(BP)製剤,抗RANKL抗体などがある。ビスフォスフォネート製剤関連顎骨壊死(bisphosphonate-related osteonecrosis of the jaws:BRONJまたは抗RANKL抗体も含むMRONJ)が報告されており10),これらの投与を受けている患者に侵襲的歯科治療を行う際には注意が必要である(表1)。最近は閉経後女性に対するホルモン補充療法,ビスフォスフォネート投与などについて,患者自身が副作用に関する知識を持ち歯科医師にさらに詳しい説明を求めるケースが増えている。いずれも毎年新たなガイドラインや見解が出ており,出来る限り最新かつ信頼性の高い情報を得る必要がある。

表1A 日本骨代謝学会,日本骨粗鬆症学会,日本歯科放射線学会,日本歯周病学会,日本口腔外科学会による『ビスフォスフォネート関連顎骨壊死(BRONJ)に対するポジションペーパー』(2012年)より
表1B 米国口腔顎顔面外科学会(AAMOS)の2014年のポジションペーパーによる主な変更点

5. 閉経後女性における歯周炎と骨粗鬆症またはメタボリックシンドロームの関連性

2に示したとおり,エストロゲンの欠乏は,免疫,炎症,骨代謝,脂質代謝,糖代謝など様々な機能に影響を及ぼす。さらに炎症,骨代謝,脂質代謝,糖代謝は相互に関連していると考えられる。したがって,細菌感染による炎症である歯周炎の発症および進行に関しても,閉経によるエストロゲン欠乏がリスクとして示唆されてきた。閉経後女性における歯周炎と全身疾患との関連性に関する主な研究報告を表2に示した。日本人閉経後女性においては稲垣らが,中手骨骨密度と歯周炎パラメーターの関連性ありと報告した11)。また,新潟市住民を対象とした2つのコホート研究も行われている12-16)。ベースライン時70歳の男女を対象とした3年間の前向き研究の結果,CALの増加と踵骨骨密度の間に有意な関連性が認められたほか,これとは別の閉経後女性を対象とした横断研究でも腰椎・大腿骨骨密度と重度の付着喪失が関連性を示した12,13)

表2 閉経後女性における歯周炎と全身疾患の関連性に関する主な研究報告
表3 閉経後女性の歯科治療にあたっての注意点

おわりに

閉経に伴うエストロゲン欠乏は,骨代謝を変化させ急激な骨量減少を起こすのみでなく,免疫・炎症反応,脂質・糖代謝など全身の機能に影響を及ぼす。したがって閉経後女性の治療にあたっては,これらの様々な変化を考慮する必要がある。また,歯科受診をきっかけとして,更年期および閉経後の心身の変化について患者自身の理解を促すことにより,必要に応じた医科受診や生活習慣の改善を含めた全身の健康増進に働きかけることができる。

これまでに閉経後女性の骨密度と歯周炎の間に関連性があるとする多くの研究報告がなされてきたが,否定的な結果も少なくない。今後信頼性の高い結論を得るためには,大規模かつ経時的な研究が必要である。

References
 
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