日本歯周病学会会誌
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原著
臨床研修歯科医に対する映像教材の有効性:根分岐部病変の処置(ヘミセクション)について
吉沼 直人小森谷 祐理中村 泰三好士 亮介関 啓介山本 崇申長嶋 秀和長尾 麻由安藤 和成菅野 直之佐藤 秀一
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2015 年 57 巻 4 号 p. 168-176

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要旨

臨床研修歯科医(以降,研修歯科医とする)が行う歯周治療の中で,高頻度治療としてヘミセクションがあげられる。本研究の目的は,研修歯科医がヘミセクションを行う際の術式の教育法として映像教材の有効性を検討することである。

事前に平成25年度日本大学歯学部付属歯科病院研修歯科医を対象に,ヘミセクションの臨床研修における経験の有無に関するアンケート調査を行った。その結果をもとに指導医のヘミセクションを見学・介補をした経験のある者8名を経験群,一度も見学・介補をしなかった者8名を未経験群とした。両群に対してヘミセクションの術式に関するプレテストを実施した後,日本歯周病学会監修のヘミセクションの歯周病学基礎実習動画を視聴させた。次に各研修歯科医に実習用模型を用いてヘミセクションを行わせ模型実習に対する評価を行い,ポストテストを実施した。

プレテストおよびポストテストの結果,経験群と未経験群ではほぼ同等の点数で統計学的有意差は認められなかった。実習評価点は両群ともほぼ同等で統計学的有意差は認められなかった。一方,映像教材を使用した模型実習後のポストテストの結果は両群ともプレテストと比較して点数は約2倍となり,統計学的有意差が認められた。以上のことから研修歯科医に対するヘミセクション実習において映像教材を使用することの有効性が示唆された。

緒言

平成18年4月より必修化された歯科医師臨床研修の目標の1つに幅広い基本的・総合的診療能力を身につけることがあげられる1)。そのために設定されたカリキュラムの中に臨床研修歯科医(以降,研修歯科医とする)自らが確実に実践できることを目標とする基本習熟コースがあり,そのユニットの1つに高頻度治療がある。高頻度治療の一般目標は一般的な歯科疾患に対処するために,高頻度に遭遇する症例の治療に必要な臨床能力を身につけることである2)。研修歯科医が臨床研修の場で最も行う回数の多い治療として歯周治療があげられる。その中で,研修歯科医が高頻度に行う治療項目として日本大学歯学部付属歯科病院総合診療科の調査結果では根分岐部病変の処置であるヘミセクションがある3)。ヘミセクションされた歯を長期間,良好に維持するためには綿密な診断,口腔衛生が良好な患者の選択,補綴物のマネージメントとともに術後のプラークコントロールや補綴治療を考えた慎重な外科手技の習得が必要である4)。外科手技の習得のための研修方略として指導歯科医(以後,指導医とする)によるセミナーおよび指導医の指導のもとに研修歯科医が行う模型実習がある。これらの技能を習得させるための学習資源としてビデオなどの映像教材は極めて効果的であるという報告がある5,6)

本研究の目的は,研修歯科医に対するヘミセクションの術式の教育法として模型実習に映像教材を用いることが有効であるかどうかを検討することである。

材料および方法

1. 研究対象

平成25年度日本大学歯学部付属歯科病院研修歯科医を研究対象とした。研究を開始するにあたり事前に日本大学歯学部倫理委員会に倫理審査申請書を提出し,倫理審査を受け研究承認を受けた(許可番号:許倫2013-19)。なお,日本大学歯学部付属歯科病院の歯科医師臨床研修プログラムは平成25年度から約1ヵ月間の基礎的講義や臨床実習を中心とした初期研修後,以下のように分かれている。

①プログラム1:5月から12月までの8ヵ月間,協力型施設における研修後,1月から3月までの3ヵ月間総合診療科にて研修を行うプログラム

②プログラム2:5月から翌年の3月までの11ヵ月間総合診療科にて研修を行うプログラム

2. ヘミセクションに関するアンケート

研修歯科医107名を対象に,プログラム1の協力型施設での研修が修了している平成26年2月にヘミセクションおよびトライセクションなどの歯根分割抜去の臨床研修における経験の有無に関するアンケート調査(表1)を行った。調査に対する回答が得られたのは92名(回収率86%)であった。結果は臨床実習でヘミセクションを自験した者はいなかった。また,臨床実習で指導医のヘミセクションを見学した者は32名であった。臨床研修でヘミセクションを行った者は3名,指導医の見学・介補をした者が32名であった。臨床実習でも臨床研修でもヘミセクションの見学・介補を行っていない者は56名で全体の約61%であった。92名のうち本学倫理委員会で認められた説明書により研究参加の同意が得られたのは38名であった。38名のうち,卒前教育および臨床実習の教育内容が一致していると考えられる日本大学歯学部卒業の研修歯科医28名を研究対象とすることとした。かれらのうち研修期間中ヘミセクションを行った者は2名,指導医の行ったヘミセクションの見学・介補をした者が8名であり,1度もヘミセクションを行っていない,あるいは1度も指導医の見学・介補を行っていないものは18名であった。この中から臨床研修で指導医のヘミセクションを見学・介補をした経験のある8名を経験群および1度も見学・介補をしなかった8名を未経験群として計16名を研究対象とした。

表1 ヘミセクションに関するアンケート調査

3. ヘミセクション実習(図1

模型実習前に研修歯科医に対し,ヘミセクションで必要な器具および術式に関する知識を問うためのプレテスト(表2)を行った。その後,歯周病学基礎実習動画7)(日本歯周病学会監修)のヘミセクションのビデオ(総視聴時間約12分)から,診査の一部や消毒・麻酔の項目などを省略し編集した約8分間のビデオを視聴させた。なお,ビデオ視聴中は指導医によるヘミセクションに関する説明等は行わなかった。

模型実習は日本歯周病学会監修の歯周病学基礎実習模型PER1003-UL-SP-HM-28(株式会社ニッシン,京都市)の36(歯式はFDI方式とする)の人工歯をヘミセクション実習用人工歯に交換した模型をマネキンに装着し,両群にヘミセクションを行わせた。なお,今回の実習を行った研修歯科医は日本大学歯学部4年生時の歯周病学基礎実習において,すでにフラップ手術および歯槽骨切除・整形術の基礎実習を行い,切開・剥離・歯槽骨の形態修正および縫合はすでに経験していた。そのため,本実習ではこれらの手技は行わなかった。実習に関する評価は臨床経験5年以上の当講座の医局員(日本歯周病学会認定医)2名が評価シート(表3)をもとに採点した。実習後,研修歯科医に対しプレテストと同じ問題のポストテストを行った。また,本実習に関するアンケート調査(表4)も併せて行った。

図1 ヘミセクション実習の概要
表2 プレテストおよびポストテスト
表3 ヘミセクション評価シート
表4 ヘミセクション実習後アンケート

4. 統計学的分析

プレテスト,ポストテストおよび評価シートの統計学的分析は,今回の実習に関与せず本実習の目的を知らない当講座医局員(日本歯周病学会認定医)1名が実施した。各群のプレテストおよびポストテスト間の点数の分析はWilcoxonの符号順位付き検定,各群間のプレテスト,ポストテストの点数および実習評価点の分析はMann-WhitneyのU検定にて分析し,統計学的有意水準は1%未満とした。

結果

プレテストの結果,経験群と未経験群ではほぼ同等の点数で,経験群:3.9±1.1(平均値±標準偏差),未経験群:4.1±1.1で統計学的有意差は認められなかった。ポストテストの結果も両群ともほぼ同等で,経験群:7.6±1.7,未経験群:7.1±1.6で統計学的有意差は認められなかった(図2)。しかし,ポストテストはプレテストと比較すると両群ともにプレテスト時の点数の約2倍の値となり,統計学的有意差(p<0.01)が認められた(図2)。

実習評価点は両群ともほぼ同等で,経験群:37.5±3.9,未経験群:37.2±2.4で統計学的有意差は認められなかった(図3)。

実習後のアンケート調査では日本歯周病学会監修の歯周病学基礎実習動画を編集したビデオについては16名中14名が「大変わかりやすい」あるいは「わかりやすい」という回答であった(図4)。さらに,ポストテストの最後の「術式・器具に関して不明な点は解決されましたか。」というアンケートに関しては16名中15名が解決されたという回答であった。また,「実際に臨床でヘミセクションを行う前に今回のような実習を行うことは有効だと思いますか」という問いに関しては16名全てが「有効だと思う」と回答した。臨床研修における初期研修への導入希望は16名中12名であった。

図2 経験群と未経験群のプレテスト・ポストテストの比較
図3 経験群と未経験群の実習評価点の比較
図4 実習後アンケート調査結果

ビデオの内容について

考察

日本大学歯学部付属歯科病院の臨床研修は指導医の指導のもとに研修歯科医が症例の診断や治療計画の立案を行い,実際の治療に移行していく。平成24年度までは研修歯科医はこのように担当した症例のうち1症例を選択し症例報告を行っていた。それらの症例報告の中で歯周治療のテーマとして,とくに選択される頻度の高い治療はヘミセクションであった3)。一方,日本歯周病学会が全国29大学歯学部・歯科大学に行った歯周病学基礎実習におけるアンケート調査では,卒前の歯周病学基礎実習でヘミセクションを実施しているのはわずかに2校であった8)。このように臨床研修で遭遇する可能性は高いが,基礎実習では行っていないヘミセクションを本研究では模型実習の課題として選択した。

被験者は研究の参加同意が得られた32名から,当講座への入局を希望する者7名を除いた25名のうちヘミセクション実習を行う日時に参加可能な者を調整したところ16名となった。

私立の歯学部・歯科大学の教員数は施設基準を満たしているが,学生1人あたりの教員数は国公立の歯学部・歯科大学と比較して少ない9)。そのため研修歯科医の技能習得のための教育に関して指導医を補助する効果的な学習資源が必要となる。ビデオによる映像教材は医科および歯科領域での技能習得のための学習資源として実習での活用例が多く報告されている10-13)。本研究では模型実習前にプレテスト,模型実習後にポストテストを行った。その目的はプレテストにより実習への期待度および集中度をあげ,ポストテストでは各研修歯科医の実習終了時点での認知領域レベルの到達度を把握することであった14)。研修歯科医に視聴させるビデオは歯周病学基礎実習動画7)(日本歯周病学会)のヘミセクションのビデオ(総視聴時間約12分)から診査の一部や消毒・麻酔の項目などを省略し編集した約8分とした。これは映像視聴による歯科臨床予備実習に関する研究における予備調査で,歯学部6年生がビデオ映像に集中できた時間が10分以下であったという報告15)から,研修歯科医にビデオ視聴を集中させるために視聴時間が10分以内となるように編集した。

プレテストの結果は経験群および未経験群間に点数の差は認められなかった。本研究の経験群の見学・介補症例数は1症例から5症例と幅があり,また平成24年度までは指導医と研修歯科医が1対1で相談しながら治療計画を立案していたのに対して平成25年度からは各科の専門医が参加するカンファレンス方式がとられるようになった。このような研修環境の変化が技能の習得率を低下させるという報告16)もあり,ヘミセクションを見学・介補をした研修歯科医の技術の習得に影響を与え,経験群と未経験群間に点数の差が認められなかったことが考えられた。

ポストテストの結果も経験群および未経験群間に統計学的有意差は認められなかった。しかしながら,両群ともプレテストの点数の約2倍となり,プレテストと比較して統計学的有意差(p<0.01)が認められた。本実習ではテキスト等のビデオ以外の学習資源は使用しなかった。このことから,プレテストと比較したポストテストの点数の増加は動画視聴の効果と考える。今回のポストテストは実習内容の再確認を行うためにプレテストと同じ問題とした。実習直後にポストテストを行う意義は教育効果を高めると考えられ14),また,プレテストおよびポストテストは指導医に対してもフィードバックが得られるという報告がある17)。マルチメディアを活用した歯周病学基礎実習における問題点を分析した報告では,歯科学生の実習に対する理解度は教員の技能が機器・設備に対する満足度より大きく,教員の技能向上が学生の理解度を上げる可能性が示唆されている18)。このことから,指導医の技能向上は歯科医師臨床研修の質的向上のために不可欠な要素である。したがって,指導医の技能向上にもプレテストおよびポストテストは有効であると考えられる。

実習評価点は経験群および未経験群間に統計学的有意差は認められなかった。しかしながら,実習評価点は100点換算で両群とも84点という高得点であった。実習後のアンケート調査では日本歯周病学会監修の動画教材を編集したヘミセクションビデオは実習を受講した9割近い研修歯科医から「大変わかりやすい」あるいは「わかりやすい」という回答を得た。「術式・器具に関しても不明な点は解決されましたか」という問いに対しては9割以上が解決されたという回答であった。他大学歯学部の4年次学生の歯周病学基礎実習で歯周病学基礎実習動画(日本歯周病学会監修)を視聴させたところ,実習に対する満足度が高くなったというアンケート結果の報告19)から考えると歯周病学基礎実習動画(日本歯周病学会監修)は模型を使用した基礎実習に有効な学習資源であると考えられた。

本研究ではプレテスト後に研修歯科医はビデオ学習を行い,ヘミセクション実習を行ったところポストテストの点数はプレテストの約2倍となり統計学的有意差が認められた。このことから研修歯科医に対するヘミセクション実習において映像教材を使用することの有効性が示唆された。

本研究は平成25年度日本大学歯学部総合歯学研究所研究費(B)により行われた。

本論文の要旨は第57回秋季日本歯周病学会学術大会(2014年10月19日,神戸市)において発表した。

利益相反

今回の論文に関して,開示すべき利益相反状態はない。

References
 
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