日本歯周病学会会誌
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歯科衛生士コーナー
歯周基本治療における“力”の扱い方
長谷川 嘉昭
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2015 年 57 巻 4 号 p. 177-181

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はじめに

歯周治療においては,“Inflammation”と“Distropy”の概念が大切であり,しっかりと見極めたうえで治療することが大切である。と卒業した約30年前に,当時の師匠から教わった言葉である。ただ,ここで言う“Distropy”とは“力”のみを示しているのではなく,現在よく言われている“力のコントロール”とは少し意味合いが違う。

“Distropy”とは,異栄養性と訳され,“力”の他に生活習慣や免疫力や廃用萎縮,さらには遺伝の影響等,多岐にわたると記憶している。

しかし実際の臨床現場では,「炎症のコントロール」と「力のコントロール」が二大原因とされ,歯周補綴に代表されるような包括的歯科治療が一世を風靡した。

否定するつもりは毛頭ないが,果たしてその歯周補綴治療は正しかったのだろうか?と疑問に思うことも少なくなかった。ならば,何が正しいのか。その疑問を幾つかの観点から考えてみることにする。

咬合調整の位置づけ

歯周治療における咬合調整の必要性に関して,システマティクレビューを評価した関野によれば,咬合調整は歯周治療のなかの全面的に取り入れるものではなく,外傷の徴候が疑われるときに限って適応すべきであり,咬合調整が歯周病の予防や進行の抑制をするとの考え方に科学的根拠はないと言っています。

必要以上の歯周補綴への介入は,やはり患者に与えるダメージが大きく,戒めるべきだと言わざるを得ないのかもしれません。

経過症例から見えてきたこと

初診時49歳の女性,会社を経営するキャリアウーマンの方で,右上奥歯が痛くて噛めないとの主訴で来院された症例から,過去を振り返ってみたい。

上・下顎両側臼歯部には,至る所に垂直性骨内欠損があり,両側の7番の動揺度はII度で右側だけの片噛みの習慣と夜間の噛みしめが強いとの自覚もあった。初診は1990年,卒業して3年目の当時の自分は,歯周ポケット除去療法としては,骨切除・骨整形を伴う歯肉弁根尖側移動術を行い,咬合治療として積極的に歯牙を削合して歯冠補綴形態を変更して,顎位の安定が第一であると考えていた。

たった一つの症例から多く語ることは出来ないが,少なくても歯周治療(歯周基本治療および歯周外科治療)が終了した時点で,補綴咬合治療の介入をもっと慎重に判断するべきであったと今更に思う。当時の自分を振り返ると,それが一番良い治療であると信じていたので,抜髄・歯冠形成・補綴処置を何らためらいもなく施術してきた。しかし,25年の歳月を患者と共に歩むことによって,エビデンスより術後経過から何が大切なのかを教わったことに今は感謝している。患者の正面観を観察すると,この25年で想像もつかないほど,歯牙は移動し,辺縁歯肉の位置も,骨梁も変化していることがわかる。生体は絶え間なく変化し続けるので,緊急性があるときの咬合調整や補綴咬合治療は,当然必要であるが,歯周治療全般を考えた時,歯周基本治療の経過をきちんと評価してから,最終補綴計画を再度見つめ直さなければ,オーバートリートメントはなくならないであろう。

今なら,補綴治療の介入なしに,歯周基本治療と最小限の歯周外科処置で十分対応が可能であると思う。「力のコントロール」と言う狭義の概念に縛られず,Distorpyの中の一つの要素に「力」があると思えば,また患者を診る目も変わり,歯周基本治療の大切さを気づかせてくれた大事な私の患者さんである。

図1 初診時のデンタルレントゲン写真と歯周外科までの経緯
図2 治療終了時のデンタルレントゲン写真と口腔内写真
図3 右上6番の補綴形態の推移(装着前・4年後・24年後・25年で脱離)
図4 初診より25年経過時のデンタルレントゲン写真と口腔内写真

今だから,こう考える

初診時48歳の中間管理職の男性患者,「右上が痛く噛めない」を主訴に,矯正医からの紹介で来院された。全身的既往歴はなく,会社の人間ドックでも何も指摘されてはいないとのこと。しかし,医療面接および口腔内所見からは,くいしばりを自覚しており,外傷性咬合を疑う歯牙や骨内欠損の形態がうかがえる。

Gonial Angleが110度で,骨隆起や頬側骨板の肥厚から,咬合力が強いことが推測される,いわゆる“力のコントロール”が必要な症例であるとの診断がつく可能性がたかい。咬合性外傷を伴う慢性歯周炎の典型的な骨内欠損形態であり,辺縁歯肉の裂開も,それを容易に想像させる形態所見である。25年前の自分なら,間違いなく歯周外科処置から連結固定による歯周補綴を選択した症例である。

図5 初診時の口腔内写真とデンタル14枚レントゲン写真およびプロービング値
図6 初診時の上・下顎咬合面観とCBCTによるボリュームレンダリング画像
図7 左上臼歯部のデンタルレントゲン写真と口蓋側面観および指尖血清抗体価検査値

いまの治療戦略は

以上の検査所見から,歯周基本治療を行うにあたり,咬合治療を優先すべきなのか?それとも従来通りの炎症軽減療法を行うべきなのか?その判断に悩まされる歯科衛生士の方々もきっと多いはずである。

しかし,ブラキシズムが歯周組織に与える影響に関するシステマティックレビューを評価した関野によれば,現在得られているデータからは,ブラキシズムそのものは,歯周組織にダメージを与えないとし,咬合性外傷などのエビデンスを考えれば,咬合性外傷には病的な状態と生理的な適応があり,強い力が加わっても,必ず歯周組織に傷害が生ずるわけではないとしている。さらに,歯周炎患者全般に,「力のコントロール」の名のもとに全面的に咬合治療を行うことを正当化するエビデンスは存在しないと結論づけている。

異論や反論はあるかもしれないが,私も今では,まずは「炎症のコントロール」を優先し,その結果(再評価)を踏まえた上で,咬合治療が本当に必要か否かを判断するようにしている。

多少の出血は認められるものの全顎的には良好な経過を辿っている。歯科衛生士によるプラークコントロール,スケーリングおよびルートプレーニングのみで,抗菌療法や咬合治療は一切行っていない。

9, 10から上顎左側口蓋側の骨内欠損はほぼ消失し,上顎洞内の粘膜の肥厚も改善していることがわかる。さらに6番近心側のI度の根分岐部病変もなくなり,知覚過敏等の合併症も認められない。

初診時にP.g菌に対しての血清抗体価は5.5と高かったものの,歯周基本治療終了時には-1.6と減少した。口腔内所見からも辺縁歯肉の炎症は消失し,色調および形態は良好である。初診時よりも骨梁は明瞭に改善し,歯周ポケット値も概ね減少した。

図8 歯周基本治療開始から1年8か月経過時の口腔内写真およびデンタル14枚レントゲン写真とプロービング値
図9 CBCTによるAxial画像とSagittal画像の比較
図10 CBCTによるCoronal画像の比較
図11 術後の口蓋面観と指尖血清抗体価値

結果から気づいたこと

歯周基本治療においては,まずは炎症のコントロールを優先するべきであり,咬合治療はその評価を待ってから施術するべきであろう。

緊急性がない時は,削合する負の咬合調整は戒めるべきであり,足す調整の一つにスプリント療法もありと解釈するならば,自ずと正の咬合調整を選択するべきである。

“力”のマネージングの著者の池田によれば,オクルーザルスプリントを使用することで,“力”のコントロールへのモチベーションの大切さを示唆しているが,まさにこれからの臨床の正しい方向性を示す羅針盤になるだろう。

日本歯周病学会編:歯周病の検査・診断・治療計画の指針2007の中でも,咬合性外傷に対する処置として,咬合調整と歯冠形態修正と並んでブラキシズムの治療の項目が付与されている。これは,1962年にDr. ゴールドマンが提唱した初期治療から半世紀の歳月を経ての大きな進歩であり,歯周治療がより明確になってきている表れだと解釈している。

図12 歯周基本治療開始から使用したオクルーザルスプリント

終わりに

日々の臨床で「炎症」と「力」に絶えず直面し,悩みながら歯周基本治療に従事する歯科衛生士の方々に,いま一度確認して頂きたいことは,歯周炎の原因は細菌性プラークと言うこと。今も昔も,最初に行うことは,プラークコントロールであり,スケーリングとルートプレーニングの技術の向上を継続させることです。そして,「力」に関しては,自らの仮想診断を基に,術後の評価を正しく観察することです。それを担当医とシェアし,次の方向性を決めることが大切です。さらに,「力」と言う狭義の概念に縛られず

「Distropy」の一環として広義に捉える姿勢をもつことで,明日からの臨床が,きっと楽しくなると思います。是非,頑張ってください。

References
  • 1)  特定非営利活動法人 日本歯周病学会: 歯周病の診断と治療の指針2007, 医歯薬出版, 東京, 2007, 21-23.
  • 2)   関野  愉: 歯周病学の迷信と真実, クインテッセンス出版, 東京, 2012, 62-65.
  • 3)   池田 雅彦: 力のマネージング, 医歯薬出版, 東京, 2015, 80-82.
  • 4)   関野  愉: 歯周治療における咬合調整の位置づけは, デンタルダイヤモンド社, 東京, 2013, 68-69.
 
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