日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
歯周組織におけるWntシグナルの役割
根本 英二
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2016 年 58 巻 1 号 p. 16-24

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Wntシグナルとは

Wnt遺伝子の同定は1980年代にさかのぼる。1982年にマウス乳腺腫瘍ウイルスによる乳がんの原因遺伝子としてInt-1が単離され1),その後Int-1はショウジョウバエの発生を司るWingless(翅のない表現型を示す)と高い相同性を示すことからWnt-1(Wingless+Int-1)と名付けられた2)。Wntは分泌型糖タンパクのファミリーであり,現在,哺乳類において19種類が同定されている。その機能は多岐にわたり,細胞増殖,分化,およびアポトーシスなどを調整することにより,生体の発生,組織の恒常性維持,および幹細胞の維持などに関与する分子である。そして,そのシグナルの異常は癌や代謝疾患などさまざまな病態を引き起こすことが知られている3)。

Wnt分子によるシグナル経路は,β-catenin依存性経路であるcanonical Wntシグナルとβ-catenin非依存性経路であるnon-canonical Wntシグナルに大別できる4)。Canonical Wntシグナル経路では,細胞質内のβ-cateninの蛋白質量を調整することにより遺伝子発現を制御し,Wnt1,Wnt2,Wnt3,Wnt3a,Wnt7aなどがその主なリガンドである。一方,non-canonical Wntシグナル経路では平面内細胞極性(planar cell polarity:PCP)経路とWnt-Ca2+経路があり,細胞極性や細胞運動の制御に関与し,Wnt4,Wnt5a,Wnt5b,Wnt6,Wnt11などが主なリガンドである。図1に示すように,Canonical Wntシグナルでは,Wntは細胞膜上のfrizzled受容体(Fz)およびlow-density lipoprotein共受容体(LRP)-5,-6と結合し,細胞内のglycogen synthase kinase-3β(GSK-3β)の活性を抑制する。Wntシグナルが活性化していない状態では,GSK-3βはAxin,adenomatous polyposis coli(APC),casein kinase 1およびβ-cateninと複合体を形成している。β-cateninはGSK-3βによりリン酸化され,ユビキチン化を受け,最終的にプロテアソームにより分解される。一方,Wntシグナルが活性化されるとDishevelled(Dvl)の活性化によりGSK-3β活性が抑制され,β-cateninはGSK-3β依存性のリン酸化が抑制され,ユビキチン化から免れることにより細胞内に蓄積し,核内へ移行する。核内に入ったβ-cateninは,転写因子T-cell factor(Tcf)およびlymphoid enhancer factor(Lef)と結合することで転写因子として機能し,標的遺伝子の発現を促進する。一方,non-canonical Wntシグナル経路では,RacやRhoのような低分子量Gタンパク質や,プロテインキナーゼC(PKC)やCa2+/calmodulin-dependent kinase(CaMK)などのキナーゼ群が関与している5)(図1)。図2に示すように,non-canonical Wntシグナルは,様々な経路を介してcanonical Wntシグナルを制御していることが知られている。CaMKシグナルやGSK-3β非依存的なシグナルによりβ-cateninが分解されることで,canonical Wntシグナルが阻害される6,7)。また,典型的なnon-canonical WntリガンドであるWnt5aはreceptor tyrosine kinase-like orphan receptor 2(Ror2)に結合することで,c-Jun N-terminal kinase(JNK)/PCPシグナルを活性化8)するのみならず,canonical Wntシグナルを抑制する9)。一方,Wnt5aはPKCを介してβ-cateninを安定化し10),またFz4およびLRP5の存在下においては直接canonical Wntシグナルを活性化することも報告されている9)。

これまでの多くの研究によってcanonical Wntシグナルとnon-canonical Wntシグナルは異なる分子メカニズムで骨形成を誘導していることが明らかにされている11)。近年,セメント質や象牙質の形成にWntシグナルが大きく関与していることが明らかとなってきた12)。本総説では,歯周組織の形成および恒常性におけるWntシグナルの役割について概説する。

図1  Canonical Wnt経路とnon-canonical Wnt経路

β-catenin依存性経路であるcanonical Wntシグナルは細胞の増殖・分化を制御する。β-catenin非依存性経路であるnon-canonical WntシグナルにはPCP経路とWnt-Ca2+経路が存在し,細胞の極性や運動を制御する。

図2  Wnt5aによるcanonical Wnt シグナルの制御

Wnt5aは受容体や細胞内メディエーターの組み合わせにより,canonical Wnt シグナルを抑制あるいは活性化する。TAK1:TGF-β-activated kinase 1, NLK:Nemo-like kinase

Canonical Wntシグナルと歯周組織の形成

歯の形態形成において,canonical Wntシグナルは図3に示すように様々な段階でその活性化が認められる13)。胎生期の上皮にWntアンタゴニストであるDickkopf 1(DKK1)を特異的に過剰発現させると,歯の形態形成が蕾状期で停止する14)。同様の所見はcanonical Wntシグナルの転写因子Lef1のノックアウトマウスにおいても認められる15)。また,β-cateninを構成的に発現させた口腔上皮細胞を腎皮膜下に移植すると複数の歯が形成される16)。このことからも,canonical Wntシグナルは歯の初期発生において重要な役割を演じていると考えられる。

一方,canonical Wntシグナルは歯根形成においても大きく関与していることが,近年の研究から明らかにされてきた。OC-Cre;Catnblox(ex3)/+マウス,すなわち骨芽細胞やセメント芽細胞などOsteocalcin(OCN)を発現している細胞においてβ-cateninを構成的に安定化させ,canonical Wntシグナルを活性化させたマウスでは,セメント芽細胞の分化が促進され,セメント質の形成が亢進する17)。一方,OC-Cre;Ctnnb1fl/flマウス,すなわちOCNを発現している細胞のβ-cateninを欠損させたマウスでは,逆にセメント芽細胞および象牙芽細胞の分化が抑制され,歯根の正常な発育が阻害される18)。同様の見解はSclerostinのノックアウトマウスを用いた研究からも示唆されている19)。Sclerostinは主に骨細胞が産生するcanonical Wntシグナルのアンタゴニストであり,骨形成を負に制御する分泌性のタンパクである。同分子はセメント細胞(cementocyte)にも発現しており20),Sclerostinのノックアウトマウスでは歯や象牙質の形成には影響を与えないものの,歯槽骨の肥厚とセメント質の肥厚がみられる。これらのことから,セメント質形成にはcanonical Wntシグナルが不可欠であると考えられる。

歯小嚢細胞を用いた実験系においても同様の見解を示す報告が示されている。歯小嚢は,歯胚周囲を囲む外胚葉性間葉組織で,歯牙の萌出に重要な役割を果たしている21)。加えて,同組織中には幹細胞の他に,歯槽骨,歯根膜あるいはセメント質を形成する前駆細胞が存在することが知られている22)。歯根形成期におけるセメント芽細胞の起源に関しては未だ見解の一致は得られてなく,Hertwig上皮鞘(HERS)由来の上皮細胞が上皮間葉転換によってセメント芽細胞に形質転換するという報告23)があるものの,“歯小嚢細胞はHERSとの相互作用を介してセメント芽細胞へ分化する”という概念が広く受け入れられている24-27)。歯小嚢におけるβ-cateninの発現に関しては,生後3日までのラット歯小嚢細胞にはその発現は見られないが,5日以降からβ-cateninの発現が強く誘導されるという報告がある28)。すなわち,歯根形成期(約2週)にはcanonical Wntシグナルが作動できる状態になっているものと考えられる。リチウムイオン(Li+)はGSK-3β活性を抑制することにより,canonical Wntシグナルを活性化することが知られている29)。LiClを用いてラット歯小嚢細胞あるいはヒト歯根膜由来細胞を刺激すると初期分化マーカーであるアルカリホスファターゼ(ALP)活性が亢進する28,30)。一方,HERSはBone morphogenetic protein(BMP)31),Ameloblastin32),Sonic hedgehog33)など歯根形成を促すと考えられるシグナル分子を発現している。われわれはHERSでのcanonical Wntリガンドの発現の可能性を免疫組織化学的に解析したところ,歯根形成期である生後2週齢マウスのHERSにおいてWnt3aが発現していることを見出した34)(図4A)。一方,その周囲の歯小嚢組織にはWnt3aの発現は見られなかった。その発現パターンはヒト初代培養マラッセ残存上皮細胞などヒト歯周組織由来の種々の培養細胞を用いた解析結果とも一致していた(図4B)。さらに,マウス不死化歯小嚢細胞においてWnt3a刺激はRunx2やOsterixの転写活性を促進させ,ALPの発現をOsterix依存的に亢進させた34)。このことは,HERSはcanonical Wntシグナルを介して歯小嚢細胞からセメント・骨芽細胞への分化誘導に関与していることを示唆するものである。最近,ラット歯小嚢細胞とHERS由来細胞を象牙質片上で共培養すると,Bone sialoprotein(BSP)やOCNなどの分化マーカーが誘導され,canonical WntシグナルのアンタゴニストであるDKK1を添加するとその分化誘導が阻害されることが報告された35)。この報告ではHERS細胞がWntリガンドを発現しているかに関しての言及はされていないが,HERS由来のWntリガンドが歯小嚢細胞分化誘導に関与していることが示唆される。一方,われわれはマウス不死化セメント芽細胞をWnt3aで刺激をすると,歯小嚢細胞の反応とは逆に,Runx2,Osterix,BSP,OCNなどの発現が抑制されることを報告した36)。これまでの報告からcanonical Wntシグナルの作用は骨芽細胞の分化段階に依存的であり,骨芽細胞の後期分化に対しては抑制的に作用することが示されている37)。現時点ではその調節の分子メカニズムは明らかではないが,セメント芽細胞の分化においても分化に依存した同様のメカニズムが存在するものと思われる。

BMP2はマウス歯小嚢細胞に対してRunx2,OCNの発現および石灰化ノジュールの形成を誘導する38)。BMPシグナルにはWntシグナルとのクロストーク作用が存在することが知られており39),BMP2による骨芽細胞の分化過程においてはcanonical Wntシグナルのオートクリン経路が介在しているという報告がある40)。最近の報告で,不死化マウス歯小嚢細胞をBMP2で刺激する際,同細胞のβ-cateninをノックダウンしておくとBMP2による分化誘導能が抑制される41)。すなわち,BMP2シグナルのおいて,canonical Wntシグナル経路が介在していることが示唆される。しかしながら,同細胞をBMP2で刺激する際,レコンビナントWnt3aを添加しcanonical Wntシグナルを増強させても,BMP2の分化誘導能は抑制されるという。このことは,歯小嚢細胞の分化にはWntシグナルとBMP2シグナルの適切なバランスが必要であると考えられる。この実験系ではBMP2の刺激によってWntアンタゴニストであるWnt Inhibitory Factor 1が歯小嚢細胞に強く誘導されていることからも,canonical Wntシグナルの活性レベルは巧妙に調節されているものと思われる。

図3 歯の形態形成における canonical Wntシグナル

Canonical Wntシグナル活性(赤色部分)はplacode期では歯原性上皮に局在する。蕾状期および帽状期では一次エナメル結節とその下層の間葉系細胞にみられ,鐘状期では二次エナメル結節とその下層の間葉系細胞にその活性化がみられる。破線:上皮間葉境界部を示す。文献13)から引用

図4  HERSおよびヒト初代培養マラッセ残存上皮細胞におけるWnt3aの発現

A:2週齢マウスにおけるWnt3aの発現を免疫染色法で解析した。DF:歯小嚢,DP:歯乳頭,HERS:Hertwig上皮鞘(Scale bar=50 μm)。B:Wnt3a遺伝子の発現をリアルタイムPCR法で解析した。Malassez:epithelial rest of Malassez, GE:gingival epithelial cells, PDL:periodontal ligament cells, GF:gingival fobroblasts(*p<0.05)。文献34)から引用

Non-canonical Wntシグナルと歯周組織の形成

Wnt5aはnon-canonical Wntシグナルを活性化する典型的なWntである。歯根形成の過程において,Wnt5aは口腔上皮下の間葉組織に分布し,蕾状期から鐘状期にかけてのマウス歯乳頭組織に認められ,さらに象牙芽細胞に特異的な発現がみられる42,43)(図5)。Wnt5aノックアウトマウスでは象牙芽細胞の分化が遅延し,形態の小さい異常な歯冠を形成する43)。さらに培養ヒト歯乳頭細胞をWnt5aで刺激すると,その細胞分化が誘導されることから44),Wnt5aは歯乳頭細胞から象牙芽細胞への分化と象牙質の形成に関与していることが示唆される。しかし,non-canonical Wntシグナルの歯根形成,特にセメント質形成への関与についてはほとんど解析が進んでいない。われわれは,生後4週齢ラットの歯根形成期におけるWnt5aの発現パターンをOCNとの二重免疫染色法で解析したところ,歯根表面に局在するセメント芽細胞(OCN陽性細胞)と歯小嚢細胞(OCN陰性細胞)にWnt5aが発現を認めた45)(図6)。これらの発現パターンは不死化マウス歯小嚢細胞と不死化マウスセメント芽細胞を用いた遺伝子発現の解析結果とも一致していた45)。また,別の研究においても,生後11日(歯根形成開始期)のラット歯小嚢でのWnt5aの発現が報告されている46)。歯小嚢細胞は上述したようにcanonical WntリガンドであるWnt3aで刺激を行うとALPの発現が誘導される。そこでわれわれは,Wnt5aの役割を検討するためWnt5aの発現をノックダウンした歯小嚢細胞に対してWnt3aで刺激を行ったところALPの発現誘導が増強した45)。すなわち,Wnt5aはcanonical Wntシグナルによる分化誘導に対してフィードバック因子として機能していることが示唆される。このフィードバック機能はヒト歯根膜由来幹細胞においても確認されている47,48)。同細胞は石灰化誘導培地で培養するとALP活性が亢進し,この亢進は,canonical Wnt選択的阻害剤(XAV939)で部分的に抑制されることから,canonical Wntシグナルが介在している。この培養系でヒト歯根膜由来幹細胞のWnt5aの発現をノックダウンするとALP活性が亢進する47)。同培養系において,逆にリコンビナントWnt5aを添加すると細胞分化が抑制される48)。すなわち,歯周組織の未分化細胞はcanonical Wntシグナルにより分化が誘導されるが,Wnt5aはその分化誘導に対してフィードバック因子として機能していることが示唆される。この作用は,Wnt5aノックアウトマウスの歯冠形成期においても観察される。歯の初期発生において帽状期のエナメル結節領域にはcanonical Wntシグナルが活性化されており(図3),Axin2の発現が誘導されるが(注釈:Axin2はcanonical Wntシグナルの標的遺伝子であり,同シグナル活性の指標と考えられている),Wnt5aノックアウトマウスにおいては同部位のAxin2の発現が正常マウスと比べて増強している43)。

一方,Wnt5aのBMP2シグナルに対する作用はcanonical Wntシグナルに対する作用とは異なる。BMP2によるラット歯小嚢細胞の分化誘導に対して,Wnt5aはその分化誘導を強く増強するという46)。マウス前骨芽細胞株MC3T3-E1を用いたわれわれの実験においても,Wnt5aのノックダウンすることによりBMP2によるALP発現誘導が抑制される49)。現時点において,その分子メカニズムは明らかではないが,non-canonical Wntシグナルの伝達経路は数種の受容体および細胞内メディエーターの組み合わせによる多様性50)が複雑に関与していると考えられる。

図5 歯の形態形成における Wnt5aの発現

Wnt5aの発現(赤色部分)は口腔上皮下の間葉組織に始まり,蕾状期から帽状期にかけてはマウス歯乳頭組織で発現がみられる。鐘状期では二次エナメル結節近傍の歯乳頭組織に強い発現がみられ,さらに象牙芽細胞に特異的な発現が認められる。文献42, 43)から引用

図6 セメント芽細胞および歯小嚢細胞における Wnt5aの発現

4週齢マウス第一臼歯根尖部におけるWnt5a(緑)とOCN(赤)の二重染色を行った(核:青色)。DP:歯乳頭,DF:歯小嚢,AB:歯槽骨。矢頭はWnt5aとOCNの共発現細胞(セメント芽細胞)を示し,矢印はWnt5a発現細胞(歯小嚢細胞)を示す(Scale bar=50 μm)。文献45)から引用

Wntシグナルと歯周組織の恒常性

歯根膜は様々な物理的刺激を受ける組織であるが,歯根膜の幅はある一定レベルに維持されている51)。例えば,骨吸収機構の破綻による著しい骨増生を主徴とする大理石病の患者では歯根膜の幅が減少し52),逆に骨粗鬆症患者ではその幅は増加する53)。また,歯根膜の幅は物理的刺激によっても変化し,不働歯においては,歯根膜幅の減少がみられる54)。近年,各種遺伝子改変マウスを用いて,歯根膜の恒常性維持におけるWntシグナルの重要性が明らかとなってきた。Canonical Wnt標的遺伝子であるAxin2制御下にLacZやGFPの遺伝子を組み込んだWntレポーターマウスを用いた研究では,ラット前歯および臼歯の歯根膜はWntに対して高い反応性を有することが示されている55,56)。Wntless(Wls)はすべてのWntタンパク群の分泌を司る分子シャペロンであり,canonical Wntシグナルおよびnon-canonical Wntシグナルによる骨形成において必須タンパクである57)。LimらはOCN-Cre;Wlsfl/flマウス,すなわちOCNを発現している細胞のWlsを欠損させWntタンパク群が分泌されないマウスを作製し,歯周組織を組織学的に解析したところ,セメント質欠損と歯槽骨量の減少による歯根膜の幅の拡大がみられ,歯根膜線維の走行の乱れと減少も認められた。また,歯根膜細胞が本来有しているosteogenicマーカーであるRunx2,Osterix,ALPの発現も減少していた56,58)。一方,adenoviral vectorを用いてcanonical WntアンタゴニストであるDkk1を高発現させたマウス,すなわち骨格形成後にcanonical Wntシグナルを阻害したマウスにおいても,OCN-Cre;Wlsfl/flマウスの所見と同様,歯根膜の幅が広くなる傾向にあり,増殖能の指標となるKi67陽性細胞が検出できなくなるとともに,osteogenic形質も抑制される59)。逆に,canonical Wntの共受容体であるLRP5を変異させることで,構成的にcanonical Wntシグナルを活性化させたLrp5actマウスの歯根膜では,歯根膜細胞のosteogenicマーカーが亢進し,歯根膜の幅が狭くなることが示されている59)。このように,Wntシグナルはセメント質,歯槽骨,そして歯根膜を含めた歯周組織の恒常性を維持する上で重要なシグナルであると考えられる。

さらに,OCN-Cre;Wlsfl/fl(すなわちWntシグナルを欠損)マウスの歯根膜ではthe receptor activator of nuclear factor-kappaB ligand(RANKL)/osteoprotegerin比率の亢進により破骨活性が上昇し,広範な歯根吸収が観察される60)。そして,ラット臼歯に対する矯正歯牙移動でみられる歯根吸収は,canonical Wntシグナルを活性化するLiClを投与することによって抑制されるという61)。一般に,セメント質のリモデリングは非常に限られているとされているが,これらのことからもWntシグナルはセメント質の恒常性の維持において重要な役割を演じていると考えられる。

対合歯を喪失させることで咬合を喪失させたラット歯周組織ではWnt5aの発現が低下している48)。また,歯根膜細胞に周期的牽引刺激を与えることでWnt5aの発現が亢進し,さらに同細胞をWnt5aで刺激するとペリオスチンやI型コラーゲンなどの歯根膜関連遺伝子の発現が亢進する48)。すなわち,機械的刺激環境下において,歯根膜の恒常性を維持する上でWnt5aが関与している可能性が推測できる。一方,ヒト歯根膜細胞に圧縮力をかけるとcanonical Wntの共受容体であるLRP5非依存的にcanonical Wntシグナルが活性化することが示されている62)。このように歯根膜は様々な物理的刺激に応答して,canonical Wntおよびnon-canonical Wntシグナルの発動することにより歯根膜,セメント質および歯槽骨の恒常性を一定レベルに維持しているものと思われる。

Wntシグナルと歯周組織再生

以上,述べてきたようにWntシグナルは,歯周組織の発生および恒常性の維持に重要なシグナルであると考えられる。それでは,同シグナルは歯周病で失った歯周組織の再生誘導に対して促進的に作用するだろうか。Hanらはラット歯周組織欠損モデルを作製し,LiCl,Sclerostin抗体あるいはβ-catenin発現ベクターを欠損部に投与することで,歯周組織の再生誘導の可能性について解析を行った。これらの投与はいずれも欠損部位でのcanonical Wntシグナルを活性化させることができた。さらに,新生骨の形成,新生セメント質の形成,そして歯根と垂直方向に走行する歯根膜線維の形成が確認された63)。これまでの報告からも,Sclerostin抗体の投与は閉経後骨粗鬆症の臨床治験64)や,骨折の動物モデル65)で骨量増生や治癒促進に有効であることが確認されている。また,Li+は末梢神経の再ミエリン化作用を有し,過去50年間,双極性障害やうつ病に対する精神安定薬として用いられてきた実績もあり66),骨量の減少を主徴とするLRP5欠損マウスにその経口投与することで骨量の回復効果がみられることも報告されている67)。さらに,HamらはLi+をメソ多孔性生体活性ガラスに組み込んだスキャホールドを作製しヒト歯根膜細胞への効果を検証したところ,同スキャホールドから徐放されたLi+によって細胞増殖が亢進し,セメント芽細胞への分化誘導がみられたと報告している68)。これらのことからも,Li+やSclerostin抗体によるWntシグナルの活性化は歯周組織再生に有効なアプローチであると考えられる。最近の報告ではWnt5aシグナルのアンタゴニストとして機能するSecreted frizzled-related protein 3(SFRP3)を硬組織形成誘導培地に加えるとヒト歯根膜細胞の分化が促進される47)。これらのことは,Wntシグナルの組み合わせを最適化することで,歯周組織の再生誘導をさらに強く引き出せる可能性があることを示唆するものである。

おわりに

歯根膜に歯周組織幹細胞が存在することが明らかとされ69),同細胞の増殖・分化の制御に基づいた歯周組織再生療法の開発が進められている。歯周組織の中でも,とりわけセメント質は歯根と歯周組織の強固な付着,すなわち結合組織性付着に最も重要な役割を果たす。本総説で述べてきたようにWntシグナルはセメント質形成に不可欠であり,またセメント質の恒常性維持においても重要なシグナルである。Wntシグナルをターゲットとし,最適化した再生シグナルの組み合わせを見出すことによって,予知性の高い歯周組織再生療法の開発につながることを期待したい。

利益相反

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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