日本歯周病学会会誌
Online ISSN : 1880-408X
Print ISSN : 0385-0110
ISSN-L : 0385-0110
トピック紹介
抗菌薬併用フルマウスSRPの薬物性QT延長に関するパイロット研究
長野 孝俊五味 一博
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2017 年 59 巻 4 号 p. 191-198

詳細

はじめに

我々はマクロライド系抗菌薬であるアジスロマイシン(以下:AZM)を事前に服用させ,有効薬剤濃度が維持された状態で全顎のスケーリング・ルートプレーニング(SRP)を行う抗菌薬併用フルマウスSRPを考案し1-3),臨床症状の早期改善が得られることを報告した。しかし,歯周病の治療に薬を安全に応用するためには,さらなる客観的な分析を積み上げていくことが必要であると考えている。

従来,歯周病の治療は,歯周病の原因となるプラーク(歯垢)の付着を抑制するプラークコントロールと,感染の原因である歯面や根面に付着したバイオフィルムや歯石を機械的なデブライドメントで的確に除去するインフェクションコントロールとを軸とする方法が確立され,現在に至っている。しかしながら,今までの治療法によるアプローチのみでは,重度の歯周病患者を治癒させるまでにはかなりの治療期間が必要となる。また,特殊な歯周病や全身疾患を有する患者への治療効果は,必ずしも満足が得られる結果ばかりではなかった。

そこで我々は,AZMを事前に服用させ,薬剤濃度が高い状態で全顎のSRPを行う「AZMを用いたフルマウスSRP(以下:FM-SRP)」という方法により,早期の臨床症状の改善と歯周病関連細菌の減少が得られ,菌血症による術後の発熱も認められなかったことを報告した1-3)。また,AZMは多くの口腔内細菌に対して優れた抗菌作用を有し,食細胞に優先的に摂取されることから,感染や炎症のある部位において局所的に高い濃度を保ち続け(ファゴサイトデリバリー),服用後7日~14日目まで,Porphyromonas gingivalisPrevotella intermediaAggregatibacter actinomycetemcomitansといった,代表的な歯周病関連細菌3種類のMIC90を越える薬剤濃度を維持する特性があることも明らかとなっている4,5)。さらに,AZMを用いたFM-SRPはインプラント周囲炎患者に対しても,患者固有の口腔内細菌叢の改善に寄与して,臨床的かつ細菌学的に有効な治療方法であることが,近年になって報告されている6,7)

しかしながら,歯科領域における基礎的および臨床的研究データが積み重ねられている一方で,AZMの服用による全身への影響に対する検証や,本治療法の適応症でない患者への抗菌薬の乱用を避けることに対する啓発など,今後も抗菌薬を安全に使用するための取り組みが必要であると考えられる。そこで今回我々は,AZMの添付文書やくすりのしおりに記載されているような,下痢や軟便,肝障害など比較的高頻度に起こり得る副作用や,偽膜性大腸炎や出血性大腸炎といった重篤な副作用とAZM服用との関連性,心臓の器質的な機能に問題がないのにも関わらず,電気刺激伝達システムに障害を引き起こす後天性の薬物性QT延長へのAZM服用の影響について着目して,本研究を計画した。

方法

本研究は鶴見大学歯学部倫理審査委員会の審査と承認(受付番号:1035号)を得た後,大学病院医療情報ネットワーク(UMIN000012033)に登録して実施された。

本臨床研究の趣旨を十分に説明し,心疾患に関する既往が認められず,かつ全身的な健康状態に問題が無く,さらに薬物に対するアレルギーも認められなかった中等度から重度の慢性歯周炎患者に対し(男性3名,女性5名で合計8名:平均年齢52.2±6.8歳),本学の内科医師の診断,確認のもと文書にて同意を得た。患者から同意を得た後に,AZM服用下(ジスロマック錠/ファイザー株式会社:250 mg×2 Tab 1日1回朝食後服用3日分)でFM-SRPを行い,口腔内の臨床パラメーターの採取(平均歯周ポケット深さ/mm,4 mm以上の歯周ポケットを有する部位の数,歯肉からのプロービング時の出血率/%,総菌数,歯周病関連細菌数,歯周病関連細菌の対総菌数比率/%)および,臨床検査(体温測定,血圧測定,血液検査,尿検査,心電図検査)を行い,AZM服用FM-SRPによる全身状態への影響について数か月にわたって検証を行った。

また,ニューキノロン系抗菌薬であるシタフロキサシン(以下:STFX)服用下(グレースビット錠/第一三共株式会社:50 mg×2 Tab 1日1回朝食後服用7日分)でFM-SRPを行った,健康に問題の無い中等度から重度の慢性歯周炎患者(男性3名,女性5名で合計8名:平均年齢57.7±7.0歳)に対しても,同様に追跡調査を行った。AZM群とSTFX群は,無作為に振り分けた。

今回の研究で行った臨床研究のプロトコールを表1に示す。今回は歯周病関連細菌として,A.aAggregatibacter actinomycetemcomitans),P.iPrevotella intermedia),P.gPorphyromonas gingivalis),T.fTannerella forsythia),T.dTreponema denticola)の5菌種を選択した。細菌検査の試料は,被験部位の歯肉縁上プラークを滅菌綿球にて除去後,ロールワッテで簡易防湿を行った状態で,滅菌ペーパーポイント(40号)を1本,歯周ポケット底部にまで挿入し30秒間静置して採取した。なお,細菌検査は株式会社ビー・エム・エルのデンタル―ラボ課(東京都杉並区)にPCR-インベーダー法による検査を依頼した。

表1

臨床研究プロトコール

この臨床研究プロトコールに従って,各種の検査を行いながら36週間にわたって経過を追った。

結果

臨床研究プロトコールに従い,AZMおよびSTFX服用下においてFM-SRPを行った結果,総菌数(図1)とA.aP.iP.gT.fT.dの5菌種の比率は減少し,安定した歯周ポケット内細菌叢が形成されたが(図2および図3),唯一Tannerella forsythiaに関しては,術後3か月から総菌数に対して,その存在比率がリバウンドして,増加してしまうという傾向が認められた。

また,臨床パラメーターは,どちらの群においても術後に劇的に改善された。平均歯周ポケット深さは全体的に浅くなっており,歯周病の罹患や進行程度の目安とされている4 mm以上の歯周ポケットが認められた箇所についても,その部位は減少していた。さらに,歯周組織の炎症の目安となる歯肉からのプロービング時の出血率も,術後は軽減していた(図46)。

さらに,AZMおよびSTFX服用FM-SRPによる全身状態への影響について,心電図記録を並行して行い検証した結果,AZMを服用した患者に異常な心電図波形が生じた症例が認められた(図7)。被験者8名の中で,AZMを併用したFM-SRPを行った後,心電図に影響が認められなかった患者は6名で,術後,心電図の波形に若干の変化が生じた患者は1名,心電図に著明な変化が認められた患者は1名であった。

一方,STFXを服用した患者8名の心電図波形に異常は認められなかった。

また,心電図測定の結果より得られた補正QT間隔(QTc:図810)は,術後に延長する傾向が認められたが,標準誤差が大きく,患者の個人差の影響が強いという結果となった。また,心拍数においては,特に大きな変化は生じていなかった(図9および図10)。QT時間は心拍に依存して変化することが分かっており,特に女性は徐脈になるほどQT時間が延長しやすい性質を有するが11),今回の補正QT間隔の延長には,心拍数の変化による影響はなかったと考えられる。

なお,本研究において,体温測定,血圧測定,血液検査,尿検査の結果からは術前,術後を通して患者の身体的な問題は認められず,他に重篤な副作用や有害事象に当たるような所見も認められなかった。また,患者からの申し出や訴えもなかった。

図1

総菌数の推移(平均値±標準誤差)

AZMやSTFXを併用したFM-SRPを行った結果,患者の歯周ポケット内の細菌数は長期間にわたって減少している状態が継続されていることが確認された。

図2

歯周病関連細菌数の推移(平均値±標準誤差)

術後,長期間にわたって,歯周病関連細菌が減少した状態を保っていることが確認された。

図3

歯周病関連細菌の対総菌数比率(%)の推移

術後,安定した歯周ポケット内細菌叢が得られている目安となる8,9),歯周病関連細菌の対総菌数比率0.5%の分岐点を,多くの歯周病原性細菌が下回り,術後1ヶ月程度は維持されていることが確認された。また,STFX群において,歯周病細菌が後戻りしてしまう傾向があることが分かった。

図4

平均歯周ポケット深さの推移(mm)(平均値±標準誤差)

術後,平均歯周ポケット深さは浅くなり,安定して推移していた。

図5

4 mm以上の歯周ポケットを有する部位の数(平均値±標準誤差)

術後,4 mm以上の歯周ポケットが残存している部位は減少し,長期的に安定していた。

図6

歯肉からのプロービング時の出血率(%)(平均値±標準誤差)

術後,歯肉からの出血率は劇的に改善しており,歯周組織の炎症が改善しているのが確認された。

図7

明らかな異常波形が生じた症例

本症例では術後1か月の時点で,明らかな異常波形を示した。しかしながら,その2か月後に正常範囲内まで回復した。

図8

補正QT間隔(QTc)

図9

QTcの推移(平均値±標準誤差)

補正QT間隔(QTc)はAZMの群において術後,延長傾向にあったが,標準誤差のバラつきがやや大きいという結果となった。また,STFXの影響によるQTcの延長傾向は軽微であった。

図10

心拍数の推移(平均値±標準誤差)

心拍数はどちらの群においても,術前,術後を比較して著明な変化は認められなかった。

考察

QT間隔の異常と心臓突然死との関連性は以前から指摘されてはいるが12,13),QT間隔の延長と心臓突然死に有意な関連が認められるという報告がある一方で,有意な関連を認めないとの報告もあり,一定の結論が確立されていない現状にある14)。しかしながら,薬剤によるQT延長とそれに伴う心室期外収縮や重症不整脈であるTorsade de Pointes(TdP)は,抗不整脈薬,抗精神病薬,抗アレルギー薬などの様々な構造の異なる薬剤で引き起こされる致死的合併症であり15),心室細動に移行して死亡する危険性もある。Tdpの発症を予測することは困難であることから,QT延長をきたす可能性のある薬剤を,特に薬剤の影響を受けやすい高齢者や女性に服用させることには,より慎重を期すべきであるとされている16)

最近になって,マクロライド系抗菌薬や抗真菌薬の多くがQT延長をきたすことの報告がされており,また,マクロライド系抗菌薬は肝代謝酵素を阻害するため,同じ酵素で代謝される薬剤の血中濃度を上昇させることで,頻脈や心臓性突然死と関連するため,併用薬剤に注意が必要であることが明らかになっている17)

さらに,AZMを投与された患者と,他の抗菌薬を投与された患者とを比較して,心疾患や不整脈の死亡リスクが増加するかどうか,後ろ向きコホート研究にて検証された論文では18),抗菌薬を服用していない患者群との間で,心血管系疾患による死亡リスクが有意に上昇するばかりでなく,ペニシリン系抗菌薬であるアモキシシリンやニューキノロン系抗菌薬であるシプロキサシンと比較しても,AZM服用による影響で心血管系疾患による死亡リスクが有意に増加するという検証結果が報告されている。そのため,今後の歯科臨床において,AZMの積極的な使用を無分別に推奨していくことは,危険を伴うと言わざるを得ないと危惧している。

以上のような研究背景と本研究の結果からも,抗菌薬がQT延長を助長する可能性が高いことが示唆されたため,口腔除菌療法や歯周薬物療法を行う症例の選択は,より慎重に行うべきであり,術前に心疾患の既往などを細かく問診で聞き取ることが出来るようなチェックリストを作成して運用するなど,患者の生命や生活に対して安全面への一層の配慮が必要不可欠である。

また,歯科領域における抗菌薬の乱用に歯止めをかけて,耐性菌の発現を防止していくよう,啓発活動を併せて行っていく必要があると考えられる。我々,歯周病学会員からより積極的に,その働きかけを強めていきたいと考えている。

おわりに

本研究で行ったAZMやSTFXを併用したフルマウスSRP(FM-SRP)は,歯周病の病態改善には有効な治療方法であるが,その一方で患者の心電図波形やQT間隔に影響を及ぼす可能性があることが示唆され,事前に十分な問診や確認を行うことが必要である。

謝辞

本研究を行うにあたり,研究奨励金の助成を賜りました臨床薬理研究振興財団に心より深謝いたします。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
© 2017 特定非営利活動法人 日本歯周病学会
feedback
Top