日本歯周病学会会誌
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症例報告
尋常性天疱瘡による剥離性歯肉病変の一症例
堂満 愛弓中村 利明下田平 貴子橋口 千琴野口 和行
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2017 年 59 巻 4 号 p. 230-240

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要旨

尋常性天疱瘡の臨床症状の一つに歯肉上皮の剥離があり,そのため口腔清掃時や摂食時の疼痛が起こるため,生活の質の低下に繋がる。また,その治療後も再燃が考えられる疾患のため,定期検診では口腔内だけでなく,全身面や精神面にも注意すべきである。今回,歯肉の発赤,腫張および疼痛を主訴とする41歳の女性患者を報告する。かかりつけ歯科のもとで壊死性潰瘍性歯周疾患の疑いで治療を受けたが改善しないため,当科を紹介された。医科皮膚科にて,血液検査,歯肉・皮膚組織の病理組織検査から尋常性天疱瘡と診断され,医科入院下にてプレドニゾロン(副腎皮質ステロイド)による治療が開始された。歯科では医科入院中,週に一回歯科衛生士による徹底した口腔衛生指導,専門的歯面清掃および精神面の支援,病態を悪化させる食事などに関して食生活指導を行った。口腔内症状は徐々に改善し,歯肉状態に合わせた口腔清掃用具とセルフケア方法の変更を行った。退院後のsupportive periodontal therapy中に一部歯肉上皮剥離の再発が認められ,セルフケアの方法を見直した。尋常性天疱瘡は再燃することがあるため,患者が安心して日常生活を送れるよう早期に異変に気付き歯科医師,医科と連携を図り,患者支援をすることが大事だと考えられた。

緒言

天疱瘡は,皮膚・粘膜に上皮(表皮)内水疱を形成する自己免疫性水疱性疾患の一つであり,尋常性天疱瘡,落葉性天疱瘡,その他の3型に分類される。尋常性天疱瘡は,さらに粘膜優位型と粘膜皮膚型に分類される。粘膜皮膚型では上皮(表皮)細胞間接着構造のデスモゾームを構成するタンパク質であるデスモグレイン1(Dsg1)やDsg3を標的抗原とする自己抗体により棘融解が起こり,上皮内に水疱が形成される。そのため,血液検査で血清中に抗Dsg1抗体と抗Dsg3抗体が認められる。

尋常性天疱瘡の最も特徴的な臨床所見は,口腔粘膜に認められる疼痛を伴う難治性のびらん,潰瘍である。初発症状の発現部位として口腔粘膜は頻度が高く,重症例では口腔清掃時や食事の時に接触痛が認められる。口腔粘膜以外では,口唇,咽頭,食道,眼瞼結膜,膣などの重層扁平上皮が侵される。皮疹の好発部位は,頭部,腋窩,鼠径部,上背部,臀部などの圧力がかかる部位で,水疱が出現し,その水疱は破れやすく疼痛を伴う。隣接したびらんが融合し大きなびらんを形成することもある1-3)。治療はステロイド内服療法が主体となるが,ステロイド服用により感染症が予測されるので口腔衛生管理が重要である。また,病態が出現すると生活の質(QOL)が低下し,日常生活を送る上で不安が伴うことが予測されることから,歯科衛生士は患者の生活背景を十分理解し,専門的口腔ケアおよび精神面の支援,食生活指導など多岐にわたるサポートを行うことが重要である。筆者らは,尋常性天疱瘡の粘膜皮膚型に起因する剥離性歯肉病変の症例を経験しその一部を既に報告しているが4,5),本報では歯科衛生士の観点から同症例に行った専門的口腔ケアおよび精神面の支援,食生活指導を中心に報告する。なお,本症例の論文掲載については患者の同意を得ている。

症例

患者:41歳 女性

初診:2014年3月

主訴:歯肉上皮剥離による食事時の歯肉の接触痛,嚥下時の咽頭痛

口腔既往歴:2012年にかかりつけ歯科にて歯周治療を受け,定期管理に移行するも中断した。親族の他界や子どもの入園準備などで日常生活に変化が起こり始めた1年前頃から,歯肉発赤,腫張および疼痛を自覚したため,再度かかりつけ歯科を受診した。壊死性潰瘍歯周疾患の疑いで徹底したプラークコントロールを受けたが改善せず,悪化傾向であったため,鹿児島大学病院歯周病科を紹介され来院した。

全身所見:胸部にびらん,鼠径部に紅斑,咽頭痛

全身的既往歴:特記事項なし

家族構成:夫,長女(3歳)

家族歴:特記事項なし

喫煙歴:なし

1. 現症

1) 口腔内所見(図1

全顎的に歯肉辺縁の発赤と舌,口蓋側を中心に歯肉上皮剥離と偽膜様組織の形成を認め,歯肉上皮・偽膜はエアーブローで容易に剥離する状態であった。歯肉上皮剥離に起因する接触痛の影響で口腔清掃困難であり,O'Learyのプラークコントロールレコード(PCR)値は76.9%で,下顎前歯に歯石沈着を認めた。

図1

初診時の口腔内写真とデンタルエックス線写真(2014年3月)(文献2,3より一部引用改変)

2) エックス線所見(図1

歯根の1/3~1/2程度の水平性骨吸収が全顎的に認められた。

3) 歯周組織検査所見(図2

臼歯部に部分的に5~6 mmの歯周ポケットと,14,22,31,32,36,37,41,42,43に1度の動揺が認められた。プロービング時の出血は23.7%であり,36にはIII度の根分岐部病変が認められた。

図2

初診時の歯周精密検査所見(2014年3月)

4) 現病歴

食事では接触痛と酸味があるものを摂取すると疼痛を認め,衣をつけ油で揚げて調理したものを摂取すると歯ぐきの表面がすぐにめくれ,痛みが増すとの事だった。

2. 診断

日本歯周病学会による歯周病分類システム(2006)6)尋常性天疱瘡に起因する非プラーク性歯肉病変,侵襲性歯周炎

3. 治療計画

紹介元であるかかりつけ歯科から提供された治療に関する資料と初診時の検査結果から,侵襲性歯周炎が発症していたものと考えられた。また,かかりつけ歯科では治療後のsupportive periodontal therapy(SPT)に移行していたため,侵襲性歯周炎に関しては症状安定していたが,粘膜皮膚病変に起因した歯肉上皮剥離によりプラークコントロールが悪化したため歯周組織の炎症が悪化したと判断した。この歯肉上皮の剥離性病変の原因として考えられる尋常性天疱瘡について,当科受診後直ちに本院皮膚科へ紹介し,皮膚科での検査および治療を行う間,歯肉の状態を確認しながら歯肉縁上のプラークコントロールを主体とした治療を行うこととした。

1)歯周組織検査

2)歯周基本治療

(1)プラークコントロール

(2)スケーリング・ルートプレーニング(SRP)

3)歯周組織検査(再評価)

4)SPT

4. 歯科衛生士診断

1)歯肉上皮剥離に起因する接触痛に関連した口腔清掃困難

2)尋常性天疱瘡の治療に関連した精神的不安

3)食生活に関連した歯肉上皮剥離の増悪

5. 歯科衛生計画

1)歯肉の状態に応じた口腔清掃指導,セルフケア困難部位を中心に専門的歯面清掃

2)精神的な支援(不安の傾聴,受容,共感を行い,安心して治療に専念させる)

3)口腔内の状態に応じた食生活指導

6. 治療経過(図3

治療にあたっては,担当歯科医師と連携の上,筆頭著者が歯科衛生士として診療に加わった。

図3

治療の経過

1) 入院前

1) 全身状態

全身症状としては,頭痛,胸部・臍径部の皮膚にびらん形成を繰り返し,嚥下時には咽頭痛を認めた。当院皮膚科での検査結果,歯肉の難治性糜爛・潰瘍形成,胸部における水疱形成,血液検査による抗Dsg1およびDsg3抗体の陽性反応,歯肉・皮膚組織の病理組織検査による上皮(表皮)細胞間のIgG,C3反応陽性から尋常性天疱瘡の確定診断が得られ,入院下でのステロイド内服療法が決定した。

2) 口腔衛生管理

歯科医師の指示の下で歯肉の状態を悪化させないような口腔清掃指導と専門的歯面清掃を実施した。口腔内所見に記したように歯肉上皮剥離に起因する接触痛の影響で口腔清掃が困難であり,口腔衛生状態が不良でPCR 76.9%であったため,清掃用具の選択から始めた。口腔衛生指導は,口腔内で指導を行う前に手の甲でブラッシングの圧を確認させた後に,口腔内でブラッシング圧や操作方法について指導を行った。歯冠部の清掃については軟毛の歯ブラシ(Dr Bee young II,硬さ:スーパーソフト,ビーブランド・メディコーデンタル株式会社,大阪)を使用し,歯間部の清掃について,歯間ブラシ(DENT.EX歯間ブラシSSS,ライオン歯科材料株式会社,東京)がスムーズに挿入可能な右側上下臼歯部の歯間部には歯間ブラシを使用,その他の歯間部にはウルトラフロスを使用することとした。歯ブラシ,歯間ブラシ,ウルトラフロスの操作は,歯肉を傷つけないように慎重に操作するように指導し,歯頸部の清掃においては,ワンタフトブラシ(EX.onetuft systema,ライオン歯科材料株式会社)を用い,柔らかく毛が長いことから狭い部分に毛先が届きやすいという特徴を活かし,歯肉辺縁から歯冠方向に動かすようにした。口腔清掃を行う時は,必ず鏡でブラシの毛先が当たっている方向を確認し,力を入れすぎないよう力加減に気をつけるように指導を行った。安心してセルフケアができるように口腔清掃用具で触れていい場所や使い方について指導を行うと,PCR45.2%まで改善した。専門的歯面清掃では,副腎皮質ステロイド内服投与による二次感染予防も念頭に,口腔清掃困難部位を中心に口腔清掃指導時に使用するよう指示した歯ブラシ,歯間ブラシ,フロスおよびタフトブラシを使用し,歯肉上皮を剥離させないように慎重に歯面清掃した。全身状態や血液検査結果などの医科入院中の情報と歯科での治療内容や口腔内の状態は医科歯科で共有できる電子カルテで情報共有し,医科歯科連携に努めた。

3) 精神面の支援,食生活指導

全身・口腔内に病態が発症してから約1年経過するも改善することなく悪化していることで不安を抱えていたので,十分に時間を確保し不安に対する思いを傾聴,受容,共感することとした。また,当科から皮膚科へ紹介し,確定診断が得られ,専門的な治療を受けられるのではないかと期待も見られた。

2) 入院中

1) 全身状態

2014年4月に当院皮膚科に入院となった。入院直後から副腎皮質ステロイド(プレドニゾロン)25 mg/日の内服投与による治療が開始された。全身症状は,咽頭痛,頭痛,胸部・臍径部にびらんを認めた。入院半ばまでは食事時の接触痛や嚥下時の咽頭痛があり,食事時の疼痛緩和の目的で食事前にキシロカイン入りのアズノールの含嗽を行っていた。

2) 口腔衛生管理

週1回徹底した口腔衛生指導,セルフケア困難部位を中心に専門的歯面清掃を施行した。口腔衛生指導では,指導内容がセルフケアで実施されているか確認を行い,歯肉の状態に応じて口腔清掃用具の変更を行った。セルフケアでは,DENT.EX歯間ブラシSSSを使用するときに歯肉辺縁に当たっていたため,DENT.EX歯間ブラシ4Sへ変更した。一時的にPCR42.3%となるも適切な口腔衛生指導により,セルフケアの方法を習得することができたことやステロイド治療の結果,歯肉の状態が改善し始め,プラークコントロールの状態もPCR20%前後に安定してきた。担当歯科医師により4 mm以上の歯周ポケットに対してSRPが行われた。しかし歯肉上皮剥離の改善による口腔清掃時の疼痛が軽減したためブラッシング圧が強まり,歯肉上皮剥離を助長させていた。そのため入院下での患者の役割は,セルフケアで歯面のプラークを丁寧に取り除き歯肉の剥離をさせないこととした。歯科医療者の役割はセルフケア困難部位を中心に専門的歯面清掃を行うこととし,双方の役割について説明した。専門的歯面清掃は,歯肉上皮を剥離させないように慎重に行い,下顎前歯に沈着した歯石は超音波スケーラー(ソルフィー,モリタ株式会社)で除去した。

3) 精神面の支援,食生活指導

精神面の支援は,治療に専念し不安や不満を溜め込まないように歯科受診時に患者の思いを受け止め,あいづち,患者の感情の明確化,受容を心がけ,積極的な傾聴を行った。

患者は,尋常性天疱瘡の確定診断が得られ安心されていたが,入院などで過去に長い間家を不在にしたことがなく,家族に対しての心配,不安から焦燥感の感情が感じられた。その他,第二子も望まれていたが,薬や病気が子どもに影響する可能性があることに対し深く悩まれていた。食生活指導では,衣を付けて調理したものや,硬いものは歯肉上皮が剥離しやすく,柑橘類や酸味がある食材はしみて痛みを伴うことから摂取することを控えるよう指導を行なった。外泊時は食事やセルフケアが自己流となり,そのため一部歯肉上皮が剥離することがあったが直ぐに改善した。

3) 退院時

1) 全身状態

約2ヶ月の入院治療の結果,歯肉の剥離性病変は次第に改善し,血液検査では抗Dsg1とDsg3抗体の低下が認められた(図4)。2014年6月の退院時には,副腎皮質ステロイドは20 mg/日へ減量され,ビスホスホネート製剤(アクトネル)75 mg/月の内服投与が開始された。全身症状では,顔面ざ瘡が認められるものの,経過観察となった。

図4

抗Dsg1,3抗体価の変化(文献3より一部引用改変)

2) 口腔衛生管理

新しくビスホスホネート製剤の内服投与が開始されたことで可能性は低いと考えられるものの再吸収阻害薬関連顎骨壊死(ARONJ)が今後懸念されるため,歯科による口腔管理とセルフケアの重要性について説明を行った。

退院時では,歯肉の状態(図5, 6)が改善するとともにプラークコントロールがPCR18.3%まで改善した。歯肉の状態が改善すると,歯ブラシ(DENT.EX SlimheadII34S,ライオン歯科材料株式会社)に変更し,スクラビング法での口腔清掃指導を行なった。ただし,びらんが残存した16,26口蓋側はワンタフトブラシ(EX.onetuft Sライオン歯科材料株式会社)でブラッシング圧に注意し歯肉辺縁に沿わせ口腔清掃するように指導した。ウルトラフロスは歯周ポケットまで挿入し,歯間ブラシは歯肉辺縁に沿わせ,ウルトラフロスと歯間ブラシ共に歯面に当てるよう指導を行った。

専門的歯面清掃では,超音波スケーラーにて歯石除去と歯周ポケット洗浄を行い,機械的歯面清掃を実施した。

図5

入院中の口腔内状態の推移

図6

SPT移行時(退院時)の口腔内写真(2014年6月)

3) 精神面の支援,食生活指導

退院時には,家族のもとに戻れることを心から喜ばれていた。退院後も天疱瘡の特徴である再燃が考えられたため,口腔内に再燃を自覚した時は,直ぐに当科に連絡し,不安を抱え込まないよう相談するように説明を行った。食生活指導については,再燃した場合に備え,はじめに食生活指導を行った内容を患者と確認した。

4) 退院後

1) 全身状態

現在,月に1回皮膚科受診。副腎皮質ステロイドの内服量は5 mg/日まで減量となっている。全身には水泡形成は認めない。副腎皮質ステロイドの副作用である満月様顔貌が退院直後まで認められたが消退してきている。

2) SPT

退院時にSPTへ移行したが,歯肉の剥離性病変が改善・安定しているSPT中(図7, 8)に,担当歯科医師にて歯肉縁下の処置(再SRP)および当初の治療計画以外で処置が必要となった齲蝕処置やマージン不適合の補綴物に対する再治療を行った。口腔清掃指導としては,歯ブラシをDENT.EX SlimheadII34Mに変更し,36に残存していた根分岐部病変に対してはDENT.EX歯間ブラシ4Sを使って清掃するように指導を行った。口腔清掃用具を必要最小限とし,セルフケアが簡便化したことや歯ブラシの毛の硬さを柔らかめから,普通のかたさに変更したことで効率的にプラーク除去可能となった。それらのことによりプラークコントロールが,PCR20%台で安定していた。しかし,9ヶ月経過した2016年7月に41,42の一部歯肉辺縁に歯肉上皮の剥離(図9)を認め,PCR50%まで悪化したため,同部位に対してはEX onetuft systemaでの再指導を行った。適切な口腔衛生指導や精神面での支援をしたことで徐々にPCR値は14.4%まで低下してきた。専門的歯面清掃は,歯面研磨剤としてグリシンを主成分とするエアーフローパウダー(PERIO,松風株式会社)とエアーフローマスター(松風株式会社)を用いて機械的歯面清掃を行い,下顎前歯に沈着した歯石は,超音波スケーラーにて除去を行った。

図7

SPT開始から1年10ヶ月時の口腔内写真とデンタルエックス線写真(2016年4月)

図8

SPT開始から1年10ヶ月時歯周精密検査結果(2016年4月)

図9

尋常性天疱瘡再燃時の口腔内写真(2016年7月)

41と42に歯肉上皮の剥離が再燃した(矢印)。

3) 精神面の支援,食生活指導

再燃時は日常生活が忙しく,睡眠が短時間となり生活リズムが崩れていた時期もあり,副腎皮質ステロイドの増量になるのか,不安を抱える場面も見られたが,医科歯科で口腔内状態の変化を共有していることを説明し,適切な治療を受けられることを説明すると安心された。食生活指導では,再燃時は指導された食品は摂取しないようにしていた。

考察

尋常性天疱瘡は初発に口腔粘膜にびらん,潰瘍を形成することが多く1-5),8),接触時に疼痛を伴うことは多くの症例でも報告されている4,5,11,13)。また,プラークは尋常性天疱瘡の口腔内の症状を増悪させる大きな要因であり10),徹底した口腔衛生指導と専門的歯面清掃そしてセルフケアを行う患者の協力が必要である。

1) 歯肉上皮剥離に起因する接触痛に関連した口腔清掃困難

本症例では,入院前から専門的口腔ケアを実施した。歯肉の状態に応じた口腔清掃指導,セルフケア困難部位を中心に専門的歯面清掃を計画した。入院前の患者は,セルフケア時の接触痛により,口腔清掃方法が分からず,口腔衛生状態が不良になったと考えられる。そこで,安心してセルフケアができるように口腔清掃用具で触れていい場所や使い方について指導を行うと,セルフケアの方法が習得できたことで,PCR45.2%まで改善したと考える。さらにプラークコントロールを改善する為に,入院してからは,操作方法の確認や,歯肉の状態に応じて口腔清掃用具の変更を行った。尋常性天疱瘡の症状が寛解し口腔清掃時の接触痛が軽減したことや口腔衛生を意識するあまりに,軟毛の歯ブラシでは磨いた達成感が得られず,過度なブラッシング圧と毛先を歯間部に押し付けて磨いたことで,病態の悪化が一部認められた。患者が安心してセルフケアを行えるように双方の役割を説明すると,セルフケアでの目的や注意点を再認識され,ブラッシング圧のコントロールができるようになり歯肉への過度な機械的刺激が少なくなった。毎回アセスメントを繰り返し行い,問題点に対する原因の追究を繰り返したことにより,適切な支援や指導を行うことができた。そのため患者は短期間で口腔清掃方法の技術を習得することができ,安定したプラークコントロールレベルが得られたと考えられる。退院と同時に月一回のビスホスホネート製剤の内服投与が開始された。ビスホスホネート製剤によるARONJと口腔との関係について患者へ説明するとともに,SPT時は尋常性天疱瘡の再燃とARONJを注意深く観察し,骨露出を伴う侵襲的歯科治療に十分な注意が必要である14)。しかし,薬の副作用については,患者を怖がらせないような患者教育が必要だと思われる。退院後,ステロイド5 mg内服投与まで減量となるが,2016年7月から41,42唇側に歯肉剥離の再燃が認められた(図9)。そのため慎重なセルフケアが必要であったが,日常生活の忙しさからセルフケアに時間を費やすことができなかったため,プラークコントロールが悪化したと考えられ,SPT時においては歯肉状態に応じた口腔清掃指導や,患者の生活背景に考慮した指導が重要であると痛感した。

本症例では,歯肉剥離病変の状態の改善とともに口腔清掃状態にも変化が見られた(図10)。歯肉上皮剥離を認める時は接触痛の影響や操作方法を誤ると歯肉病変悪化が考えられるので,軟毛の歯ブラシでの清掃指導が重要である。歯肉病変が改善し始めると,軟毛ブラシでは達成感が得られずセルフケアが自己流になる恐れがあるので,病変が完全に完治するまでは歯ブラシの選択や操作方法に十分注意して患者を観察する必要があると考えられた。現在本症例では,全身症状は認めないものの,口腔内に歯肉剥離の再発が一部に認められており,今後も注意深い口腔内観察と口腔衛生指導を行い,医科歯科で情報共有していく必要がある。

図10

プラークコントロールの推移

2) 尋常性天疱瘡の治療に関連した精神的不安

尋常性天疱瘡の病態は,口腔内や全身にまで及ぶことがあり,患者は経験したことのない症状に襲われるため不安を伴う。また,初発に認められる口腔内の症状は口腔清掃困難や摂食困難になりQOL低下にも繋がる可能性があるので,精神面での支援は重要であると考えられた。精神面の支援においては,不安について傾聴,受容,共感を行い,安心して治療に専念させるよう計画した。

患者は,かかりつけ歯科で壊死性潰瘍性歯周疾患の疑いで徹底した口腔清掃や口腔清掃指導を受けたが改善せず,病態が悪化することに不安を覚えていた。尋常性天疱瘡の確定診断が得られたことで原因がはっきりし安心されたものの,病気や入院下での治療によりしばらく家を離れなければならないことを心配されていたため,治療に専念することができるように精神面での支援が必要だと考えた。家族の話や,第二子の話,病気に対する不安について傾聴,受容,共感した。結果,病気や治療に対し前向きに向き合うことができ,セルフケアにも専念することができた。入院前から家族と離れることを心配していたが,外泊を行い家族とのコミュニケーションの時間ができ安心した様子がうかがえた。精神面での支援や,家族の支えがあったことで,治療の活力へと繋がったのではないかと考えられた。

3) 食生活に関連した歯肉上皮剥離の増悪

食生活に関しては,病態が悪化すると食事時の接触痛や嚥下時の咽頭痛で摂食困難に陥るが,食材や調理法を選択することで疼痛を避けることが可能となる。食生活面では,口腔内の状態に応じた食生活指導を計画した。入院中の食事は調整されているが,固い食べ物や,衣を付け揚げて調理した食品は避け,摂食時に疼痛を伴う柑橘系や酸味がある食品は控えるように指導を行った。このような食生活指導を行なったことで,摂食時の疼痛を避けることができ,安全且つ安心して治療を乗り越えることができると考えられた。しかし,外泊時での食生活では,子どもと一緒に食事できる喜びで子供中心の献立となり患者も同じ食事をしたことで,歯肉上皮剥離を一部認めたが,歯科受診時には改善していた。症状が寛解し疼痛を感じにくくなったことで食生活指導の内容を順守せず,病変が悪化したことから,細やかな指導や注意深い観察が必要であると考えられた。特に外泊などでは自己管理が重要であり,指導の際には患者背景も考慮した指導が大切だと考えられた。

結論

本症例は,医科歯科連携を行うことで迅速に確定診断が得られ,多職種間で情報を共有することで,的確な支援や指導を行なうことができた。尋常性天疱瘡は臨床症状が多彩であることから皮膚科でも診断に難渋することもあると報告されている7)。病態が悪化するとQOL低下や,ライフスタイルを大きく狂わす可能性があることから,早期発見することが必要不可欠である。歯科衛生士は長期間患者に接し,口腔衛生指導や専門的歯面清掃を行う中で口腔内を診ている。尋常性天疱瘡の初発が口腔粘膜である場合が多いこと,治療後も再燃する可能性があることから,歯科衛生士の立場からアセスメントを行い問題点の原因の追究を繰り返し,異変に気づいたら速やかに歯科医師と連携を図り,患者支援を行うことが重要であると考える。

謝辞

本論分の要旨は第59回春季日本歯周病学会(2016年5月21日)においてポスター発表した内容に一部追加,改変を行って掲載した。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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