日本歯周病学会会誌
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原著
中高年の大学病院歯科受診患者における歯周病リスク評価のための新規セルフチェックアンケートの開発及びその評価
藤友 崇森本 佳伸大井 潤澤井 典子石田 幸子松原 善一圓 剛皆川 直人鴨井 久博田中 司朗鴨井 久一
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2018 年 60 巻 2 号 p. 70-86

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要旨

歯周病のリスク評価ができる自己申告アンケートは,歯周病の早期発見や疫学研究において有効な手段となるが,これまでに統計的,臨床的な妥当性を評価された日本人向けの歯周病リスク評価アンケートが開発された事例はない。本研究では,歯周病のリスクを評価できる日本語版自己申告アンケートを開発することを目的とした。

歯周病患者50名と非歯周病患者51名に,歯周病で観察される症状の有無をアンケート形式で回答させた。アンケート回答に対して,多重ロジスティック回帰分析を実施し,歯周病を予測できるアンケート項目を抽出し,アンケートの質問項目の信頼性を確認した。また,ROC曲線解析を実施し,抽出されたアンケート項目による歯周病のリスク予測の精度を検討した。

結果,50人の歯周病患者および50人の非歯周病患者を解析対象とした。多重ロジスティック回帰分析と歯周病の臨床的観点から,年齢,歯肉の腫れ,歯の動揺,プラークと歯石,口臭および掻痒感の6つのアンケート項目が自己申告によって歯周病のリスクを予測できる項目であることが分かった。また,ROC曲線解析によりAUCが0.90であった。

本研究より,我々は,6つの自己申告アンケートで歯周病のリスクを判定できる日本人向けの歯周病セルフチェックアンケートを開発し,その信頼性,内部整合性及び精度を,40歳から83歳の大学病院歯科を受診した人を対象に検証した。

緒言

歯周病は歯周病原性細菌に起因する慢性的な炎症・歯周組織の破壊を伴う疾患であり,世界で最も罹患率の高い疾患である1,2)。歯周病の初期状態である歯肉炎は,炎症が歯肉のみに限局したものであり,症状としては歯肉の腫脹や出血が観察される。歯肉炎では,歯槽骨の吸収は認められないため,適切な治療やブラッシングを行えば,治癒させることが可能である。しかし歯周炎の状態になると,結合組織や歯槽骨が徐々に破壊され,最終的には歯が脱落する。これは成人が歯を失う主な原因となっており,QOLの低下にも繋がっている3)。さらに,歯周病は糖尿病,リウマチ,アテローム動脈硬化性心血管疾患のような全身疾患との関連もあるため,歯周病を早期発見,治療,そして予防することは極めて重要である4-6)

歯周病は非常に高い罹患率を示すものの,自覚症状が少なく,口腔内の違和感に気づいた時には症状が進んでおり,治療が難しくなる場合がある。従って,歯周病を早期に発見し,治療・セルフケアを行うことが重要であるが,歯周病の診断は,臨床医による歯周組織の肉眼的観察,プローブなどの歯科器具による歯周ポケットの測定,X線写真による歯槽骨の吸収の確認などに基づいて実施されるため,専用の歯科器具・機器や,熟練した歯科医の歯周病学の臨床的知見・経験が必要となり,患者が自分自身の歯周病の有無や重症度を判別することは極めて難しい7)

病状の自己申告は,個人の現在の健康状態やリスクファクターに関するデータの取得及び評価において有用な方法である。病状の自己申告はがんや心血管疾患など,様々な疾患領域において活用されており,喫煙,運動不足,偏った食事などの生活習慣,さらに全身疾患の有無など,様々な疾患のリスクファクターの同定において活用されている8,9)。これまでに種々の歯周病関連自己申告アンケートが開発されているが,日本語版で作製されていないといったことや,日本語で作成されているものの,歯肉炎単独または歯周炎単独に限定されている,対象年齢が狭いなどといった制限があった10)。さらに統計的,臨床的な基準関連妥当性,アンケートの信頼性,内部整合性全てを評価されたアンケートはこれまでになかった。以上のような背景から,幅広い年齢・性別の日本人の歯周病リスクを予測することができる自己申告アンケートを作成することを本研究の目的とした。加えて,アンケート項目の信頼性や内部整合性,およびアンケートの精度も評価した。

材料および方法

1. 被験者

被験者は,2015年6月から2015年10月までに日本医科大学千葉北総病院歯科を受診した外来患者とし,本研究の詳細について口頭で説明し,参加の同意を得た40歳以上の歯周病患者及び非歯周病患者を対象とした。非歯周病患者については,1回目のアンケートを回答して2週間後から1ヶ月以内に再度来院予定の患者を対象とした。本研究は株式会社DeNAライフサイエンス及び日本医科大学千葉北総病院の倫理審査委員会の承認を得て実施した(株式会社DeNAライフサイエンス倫理審査委員会承認番号:20150422_1,日本医科大学千葉北総病院倫理審査委員会承認番号:第464号)。

2. 歯周病の診断及び歯周病患者における重症度の定義

歯周病の診断は日本歯周病学会編『歯周病の検査・診断・治療計画の指針2008』に則って,日本医科大学千葉北総病院歯科の歯科医師が実施した11)。歯周ポケットが3 mm以上でプロービング時の出血が見られる者を歯周病患者として定義した。さらに,歯槽骨の吸収の存在をレントゲン診査で確認した後,歯周ポケットの深さとプロービング時の出血から3つの重症度に分類した。具体的には,軽度歯周病患者:歯周ポケットが3 mm以下であり,出血範囲が全体の30%以下である者,中等度歯周病患者:歯周ポケットが4 mm以上7 mm未満であり,出血範囲が全体の30~50%である者,重度歯周病患者:歯周ポケットが7 mm以上であり,出血範囲が全体の51%以上である者をそれぞれ分類した。

非歯周病患者は歯周ポケットが3 mm以上の歯周ポケットが無く,プロービング時の出血が無い者とした。

3. サンプルサイズ

本研究のサンプルサイズは,級内相関係数ρ=0.8を対立仮説,ρ=0.6を帰無仮説とする分散分析に基づいて設定した。第一種の過誤を0.05,第二種の過誤を0.2とすると,非歯周病患者毎に2回のアンケートを行うとして,40人のサンプルサイズが必要になる。20%程度の無回答や無効回答を想定して目標症例数を50人と設定した。

4. アンケート項目の準備

アンケート項目については,日本歯周病学会編『歯周病の検査・診断・治療計画の指針2008』を参考にした11)。歯周病患者で見られる症状の有無を選択式で回答する形式になっており,一部,文章では伝わりにくいと考えられる設問については臨床像を例として表示した(図1)。計23問のアンケート項目(表1)及び図1に示される6種類の写真から構成される12)

図1

臨床像

表1

歯周病セルフチェックアンケートの質問文言及び選択肢

表1

歯周病セルフチェックアンケートの質問文言及び選択肢

表1

歯周病セルフチェックアンケートの質問文言及び選択肢

表1

歯周病セルフチェックアンケートの質問文言及び選択肢

5. アンケートの回答と信頼性の検討

被験者には,23問のセルフチェックアンケートに回答させ,またアンケート項目の信頼性を評価するために,非歯周病患者は研究参加時の2週間以降1ヶ月以内に再度来院させ,同じアンケートに回答させた。

6. 統計解析

統計解析にはWindows SAS ver 9.3を用いた。アンケート項目の信頼性はFleissの重み付きκ係数を用いて評価し,歯周病セルフチェックアンケートの内部整合性はCronbachのα係数を用いて評価した13,14)

歯周病の診断とアンケート項目との間の基準関連妥当性を調べるために,多重ロジスティック回帰分析を実施した。歯周病における臨床的重要性から,No. 3:出血,No. 7:歯肉の色,No. 9:プラーク,No. 10:歯石及びNo. 16:歯の動揺を予め回帰モデルに組み込み(以下,No. 3:出血,No. 7:歯肉の色,No. 9:プラーク,No. 10:歯石及びNo. 16:歯の動揺の項目のセットを「preset」という),ステップワイズ法(変数増減法)によりその他のアンケート項目の追加/除外を繰り返し,p値が0.2未満となるアンケート項目を抽出した。統計解析の際には,No. 1:性別及びNo. 2:年齢を除き,表1に示すようにアンケートの選択肢を「症状あり」,「症状なし」の2カテゴリーにまとめて解析し,統計的・臨床的な観点から最終的に得られたロジスティック回帰によりリスク算出式を推定した。歯周病セルフチェックアンケートにより計算されるリスクスコアの判別能力を評価するために,ROC曲線解析を実施し,AUC(曲線下面積)を算出した。カットオフ値は感度と特異度の合計が最大となるように決定した。

結果

1. 歯周病患者及び非歯周病患者の登録

登録された歯周病患者50名及び非歯周病患者51名のうち,歯周病患者50名及び非歯周病患者50名がアンケート回答を完了した(図2)。非歯周病患者1名は転居により解析対象から除外したため,最終的なアンケートの回収率は99.0%であった。

図2

フローチャート

2. 被検者背景

被検者背景を表2に示した。歯周病患者群は,19人(38.0%)の軽度歯周病患者,21人(42.0%)の中等度歯周病患者,10人(20.0%)の重度歯周病患者に分類された。歯周病患者群の平均年齢は67.4歳(51-83歳,標準偏差8.4)であり,非歯周病患者群の平均年齢58.1歳(40-76歳,標準偏差11.6)に比べて有意に高かった(p<0.01)。また,歯周病患者群と非歯周病患者群の間に有意な性別の割合の差は認められなかった。BMIについては歯周病患者群で有意に高かった(p<0.05)。それ以外の背景因子においては,歯周病患者群と非歯周病患者群の間で有意な差は認められなかった。表3では被験者の口腔衛生の状態について示した。プラークと舌苔については,歯周病患者群において有意に多く観察された(プラーク:p<0.01,舌苔:p<0.01)。

表2

被験者背景

表3

被験者の口腔衛生の状況

3. 歯周病セルフチェックアンケートの信頼性

非歯周病患者群の2回のアンケート回答に対して,フライスの重み付きκ係数を検討することにより,歯周病セルフチェックアンケートの質問項目の信頼性を評価した(表4)。No. 3:出血,No. 5:歯肉の腫れ,No. 6:膿み及びNo. 7:歯肉の色については,良好なκ係数が得られなかったが,その他のアンケート項目については高い信頼性(κ>0.4)が得られた。

表4

アンケート項目の信頼性

4. 歯周病セルフチェックアンケートの内部整合性

歯周病セルフチェックアンケートの内部整合性はCronbachのα係数を用いて評価した(表5)。歯周病患者群及び非歯周病患者群において,良好な内部整合性が得られた(歯周病患者群:α=0.64,非歯周病患者群:α=0.73)。質問項目が一つ除かれた際に,Cronbachのα係数がとりうる値の範囲はそれぞれ,歯周病患者群:α=0.59-0.66,非歯周病患者群:α=0.68-0.74であった。

表5

歯周病患者群及び非歯周病患者群におけるアンケートの内部整合性

5. 多重ロジスティック回帰分析によるアンケート項目抽出

歯周病のリスクを予測するためのアンケート項目を抽出するために,多重ロジスティック回帰分析を実施した(表6)。各アンケート項目の選択肢を2-4つの選択肢として解析した場合には,歯周病との関連がほとんど見られなかったため,No. 1:年齢及びNo. 2:性別を除くすべてのアンケート項目の選択肢を「症状あり」,「症状なし」の2カテゴリーにまとめて解析した。また,No. 9:プラークとNo. 10:歯石に良好な相関が見られたため(歯周病群:Cramer's V=0.51,非歯周病群Cramer's V=0.30;表7),これら2つのアンケート項目を一つの項目(「No. 9 & 10:プラーク・歯石」)として解析した。多重ロジスティック回帰分析の結果,No. 2:年齢,No. 4:口臭,No. 5:歯肉の腫れ,No. 12:掻痒感及びNo. 22:ストレスがpresetに加えて選択された。ここでNo. 3:出血とNo. 22:ストレスについては,オッズ比が1未満であり非歯周病患者群において症状が多く観察され,歯周病の病態と一致しないこと,ほとんどの患者はNo. 3:出血及びNo. 22:ストレスについて「症状がある」と回答しなかったことから,No. 3:出血とNo. 22:ストレスはアンケート項目から除外した。また,No. 7:歯肉の色はNo. 5:歯肉の腫れと同様に「炎症」に起因していることと,No. 5:歯肉の腫れはNo. 7:歯肉の色に比べて,p値が低く,オッズ比が高いことから,「炎症」についてはNo. 7:歯肉の色を除外し,No. 5:歯肉の腫れで代表した。その結果,6つのアンケート項目が歯周病セルフチェックアンケートの質問項目として選定され,表6に示されるようなリスク算出式によりリスクが計算されることが分かった。年齢の変数については,現在の年齢を10で割り,小数点以下を切り捨てた値をX2に代入し,それ以外の変数(X4,X5,X9 & 10,X12,X16)については,その症状がある場合は「1」,ない場合は「0」を代入して,各項の合計を計算した。リスク計算を簡便にするために,β0を除くすべての係数(β0,β2,β4,β5,β9 & 10,β12,β16)を1とし,β0を0とした。算出したカットオフ値以上の値になれば「歯周病に罹患しているリスクが高い」と判定し,カットオフ値未満の値になれば「歯周病に罹患しているリスクが低い」と判定した。

表6

多重ロジスティック回帰分析によるアンケート項目の選定

表7

「プラーク」と「歯石」の回答の相関

6. 歯周病セルフチェックアンケートの判別能力

作成した歯周病セルフチェックアンケートの判別能力を評価するために,ROC曲線解析を実施した。曲線下面積であるAUCは0.90(95% CI:0.83-0.95)を示し,感度及び特異度の和が最大になる時のカットオフ値は8であり,感度及び特異度はそれぞれ74.0%及び88.0%であった(図3)。カットオフ値が8の場合,20代前半の者が全てのアンケート項目について「症状あり」の選択肢に回答したとしても,「歯周病に罹患しているリスクが高い」と判定されることがないため,この歯周病セルフチェックアンケートを20代前半の者に適用できない。従って,この歯周病セルフチェックアンケートを20代前半の者にも適用しアンケートの感度を上げるため,カットオフ値を7に下げた結果,感度が98.0%,特異度が54%となった。

図3

ROC解析

考察

本研究では,歯周病学的な知識や診査用器具が無くても,一般の者が6つの自己申告のアンケートに回答することで歯周病のリスクを判定することができる歯周病セルフチェックアンケートの開発を試みた。歯周病の診断や疫学調査においては,プロービングデプスの測定やX線画像による検査が主に実施されるが,感染性物質による歯科器材の汚染,検査にかかる膨大な時間や費用,検査に伴う痛みや出血,むず痒さなどの不快感を惹起することなどの問題がある15)。一方,自己申告アンケートによる歯周病のスクリーニングは,これらの問題点を解消することができ,歯周病の早期発見,調査及びリスク評価において有用なツールとなる可能性がある。これまでに種々の歯周病・歯周炎関連の自己申告アンケートが開発され,その有用性が検証されてきた。Yamamotoらの研究グループは歯周炎スクリーニングのための自己申告アンケートを開発し,多重ロジスティック回帰分析により「喫煙歴」,「歯肉の出血」,「歯根退縮」及び「歯周・歯肉の治療歴」が適切な項目であることを報告している10)。また,Khader Yらの研究グループは「歯の動揺」を含む6つのアンケート項目が歯周病の診断と有意に関連することを見出し,ROC解析によるAUCが0.81であったことを報告している17)。しかし,Yamamotoらの研究は解析対象が警察署に勤務している50歳から59歳の歯周炎の男性に限定され,アンケートの内部整合性や信頼性の検討が実施されていないことや,Khader Yらのアンケートはアンケートの内部整合性や信頼性が評価されていないことや,アラビア語で開発されていることなど,広く日本人の歯周病に適応させるには様々な課題があった。言語の問題については,医学的,言語的,文化的に海外とは特徴が異なる日本人に適した自己申告アンケートを開発することは極めて重要な事と考えられる。以上から,幅広い年齢・性別の日本人に適応でき,歯周炎のみならず歯肉炎をも対象とし,かつ統計的・臨床的妥当性,信頼性,精度が評価された自己申告アンケートはこれまでに存在しなかった。

本研究で開発した歯周病セルフチェックアンケートは,歯周病(歯肉炎及び歯周炎)を対象とし,被験者を40歳から83歳と幅広い年齢かつ,大学歯科を訪れた患者という比較的一般的な日本人男女に近いと考えられる集団を対象としていること,より精度高く歯周病のリスクを判定することができることから(AUC:0.90),過去の日本人研究に比べて汎用性が高いと考えられる。また,海外の言語ではなく,日本語でアンケートの質問文言の信頼性や内部整合性が検証された自己申告アンケートが開発されたことによって,日本人の歯周病の状態をより精度良く捉えることができると考えられる。

今回,多重ロジスティック回帰分析及び臨床的な観点から,年齢,口臭,歯肉の腫れ,プラークと歯石,掻痒感及び歯の動揺を歯周病のリスクを予測する最適なアンケート項目として選定し,その中でも,プラーク,口臭及び掻痒感は今回初めて抽出することができた。プラークは様々な細菌の塊であり,バイオフィルムと呼ばれる強固なバリアによって形成されている。バイオフィルムの中で増殖した細菌は様々な毒素を放出し,歯周組織を破壊する。歯周病原細菌は様々な菌が存在するが,毒性の強力なものとしてPorphyromonas gingivalisTannerella forsythiaTreponema denticolaなどが挙げられる19)。口臭は,口腔内や鼻咽頭における疾患,また歯や舌に付着した食物残渣やプラークを主な原因とし,劣悪な口腔衛生状態や歯肉及び歯周組織の炎症により引き起こされるものである18)。口臭の主な成分は揮発性硫化物(Volatile sulphur compounds)であり,唾液に含まれる白血球や剥離した上皮細胞に由来すると考えられている。また歯周炎に罹患するとこれらが増加することが知られていることから,歯周病との関連が強く示唆される18)。歯肉の掻痒感は,歯肉炎,つまり歯周病の早期の段階でよく観察される症状であり,口腔内の細菌によって引き起こされた炎症によってアレルギー反応が起こり,歯肉の掻痒感を引き起こすと報告されており,これらは歯周病の早期の段階から観察される症状である。

また,年齢,歯肉の腫れ,歯石及び歯の動揺は既報においても歯周病を判定するための良好なアンケート項目であることが報告されており,歯周病で観察される典型的な症状である20)。本邦における「平成28年度歯科疾患実態調査」によると,20代前半で25.7%の方が4 mm以上の歯周ポケットを保有し,65-69歳までは加齢と共に4 mm以上の歯周ポケットを保有する方の割合が上昇していた21)。歯肉の腫れは炎症に起因するものであり,歯周病の初期から現れ,比較的本人の自覚しやすい症状と考えられる。歯石はプラークが石灰化したものであり,口腔内の細菌が堆積したカルシウム塩から構成される22)。歯石に細菌内毒素が浸透していること,また歯石がプラークの堆積を助長したり,ブラッシングを妨げたりすることがあるため,歯石の歯周病への寄与は強いと言える。また,歯の動揺は歯を支える歯周組織や歯槽骨が破壊されることにより観察される症状であり,比較的歯周病の進行期に観察される症状である23)。また,Khader Yらの研究グループからも,歯の動揺は歯周病を判定するための良好な質問項目であることが報告されている16)。以上から,我々が同定した6つのアンケート項目は歯周病との関連も強く,歯周病のリスクを判定することができる良好な質問項目であると考えられる。また,歯周病のリスクスコアと歯周病の重症度に良好な関連が認められたのは,選定された6つの項目が歯周病の早期から進行過程の後期にわたって観察される症状を選定できていたことが一因として挙げられる(表8)。

アンケート項目の信頼性(κ係数)については,ほとんどの項目で十分な信頼性が得られたが,「出血」,「歯肉の腫れ」,「膿み」,「歯肉の色」においてはκ係数が0.4以下となった。これらの項目の信頼性が低かった原因としては,「出血」,「歯肉の腫れ」,「膿み」,「歯肉の色」の4つの項目が共通して歯肉の炎症に起因する症状であり,日常のブラッシングや通院時の治療・指導により歯肉の状態が改善しやすい(病態が可逆的な)項目群であることなどが考えられる。本研究では非歯周病患者が1回目のアンケートを回答して,2週間後から1ヶ月以内に2回目のアンケートに回答させるという研究デザインをとったが,日常のブラッシングや治療による効果が現れない範囲において2回目のアンケートまでのインターバルの長さを検討することで,アンケート項目の信頼性が改善すると考えられる。また,アンケートに添付している臨床像の例(写真)と患者自身の口腔内の状態との比較が難しかったことなども信頼性が低かった原因として挙げられる。内部整合性(Cronbachのα係数)については,歯周病患者群に比べ,非歯周病患者群においてより良好なCronbachのα係数が認められた。これは歯周病患者群が,重症度の異なる患者で構成されていることに起因するものと考えられ,重症度毎に解析対象人数を揃えた研究デザインで再度検討することが望ましいと考えられる。

ROC解析により,作製した歯周病セルフチェックアンケートのAUCが0.90と,非常に高い精度で歯周病患者群及び非歯周病患者群を判別できることが分かった。Yamamotoらによって開発された歯周炎をスクリーニングする質問項目のAUCは0.81であり,また,Khader Yらによって開発されたヨルダン人向けの歯周病のリスクを判定するアンケートのAUCは0.8であった。これらのことから,我々が開発した歯周病リスク予測システムは最もAUCが高かったが,比較優位性を結論するためには更なる研究が必要とされる。

本研究の限界としては,解析対象が1)若年層(20-39歳)を含んでいないこと,2)大学歯科を訪問する患者のみで構成されていることなどが挙げられる。我々が開発した歯周病リスク予測システムの日本の一般人口へ適用可能性を検討するにあたって,本研究の被験者と,本邦における「平成28年度歯科疾患実態調査」の被験者との比較が重要になると考えられる。歯科疾患実態調査において,分類1:歯周ポケット4 mm未満・出血なし,分類2:歯周ポケット4 mm未満・出血あり,または歯周ポケット4 mm以上とすると,右側上顎大臼歯・上顎前歯部・左側上顎臼歯部・右側下顎臼歯部・下顎前歯部・左側下顎臼歯部の分類1・2における性別の割合・平均年齢は,分類1・男性:36.8-39.5%,平均年齢61.3-62.6歳,分類1・女性:60.5-63.2%,平均年齢59.2-60.9歳,分類2・男性:46.2-53.0%,平均年齢62.7-64.5歳,分類2・女性47.0-53.8%,平均年齢60.5-64.6歳となっている(40歳から84歳に限定)。分類1を非歯周病患者,分類2を歯周病患者と見なし,本研究と歯科疾患実態調査の被験者を比較すると,男女比と平均年齢という点が異なっている。男女比については,本研究の被験者は非歯周病・歯周病患者においてほぼ男女同率になっているが,歯科疾患実態調査では女性の被験者が男性に比べ多いため,それが本研究との男女比の相違点として現れている。ただし,「平成29年1月報 人口推計」では,40歳から84歳における男女比はほぼ同率,あるいは男性の割合がやや低くなっていることから,男女比という点では,歯科疾患実態調査よりも日本の人口分布を示す人口推計を参考にすべきであると考えられる24)。また,平均年齢については,男女共に非歯周病患者で低く,歯周病患者で高い。分類1は本研究の歯周病患者の定義における軽度歯周病患者(歯周ポケットが3 mm以下であり,出血範囲が全体の30%以下である者)を一部含んでいるため,実際の歯科疾患実態調査の非歯周病患者の平均年齢は分類1より低く,本研究の被験者は歯科疾患実態調査の非歯周病患者の平均年齢に近づくことが考えられる。一方,分類2は軽度歯周病患者が含まれていないため,実際の歯科疾患実態調査の歯周病患者の平均年齢は分類2よりも低く,本研究の被験者は歯科疾患実態調査の非歯周病患者の平均年齢から遠ざかることが考えられる。以上のように,少なくとも男女比や平均年齢という点で,本研究の被験者は日本の一般人口の分布に近いと考えられる歯科疾患実態調査の被験者と若干の乖離があることは考慮に入れなければならない。今後さらなる検証として,日本医科大学千葉北総病院とは別の成人集団や日本の人口分布を反映した集団,かつより大きなサンプルサイズでの,アンケート項目の信頼性やアンケートの精度の確認が必要と考えられる。

以上の結果から,今回我々は,6つの自己申告アンケートで歯周病のリスクを判定することができる日本人向けの歯周病セルフチェックアンケートを開発し,その信頼性,内部整合性及び精度を,40歳から83歳の大学病院歯科を受診した日本人を対象に検証した。この予測システムを歯周病の罹患率が高くなる成人に利用していただくことにより,自己申告のアンケートで自身の歯周病を早期に発見し,早期に介入していただくことが重要と考えられる。また,この予測システムのさらなる有用性を検証することにより,健康診断や疫学調査などの歯周病のスクリーニングに広く応用されることも期待される。

表8

歯周病セルフチェックアンケートに基づくスコアと歯周病の重症度の相関

謝辞

本研究は第一三共ヘルスケア株式会社及び株式会社DeNAライフサイエンスの研究資金で行われた。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態は以下の通りです。

藤友 崇,大井 潤,澤井 典子,石田 幸子は株式会社DeNAライフサイエンスの,森本佳伸,松原 善は第一三共ヘルスケア株式会社の,一圓 剛,皆川 直人はHuBitジェノミクス株式会社の社員である。前者を除く共同著者に関する利益相反はない。

本論文の要旨は,第59回秋季日本歯周病学会学術大会(2016年10月7-8日,新潟)にて発表された。

References
 
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