日本歯周病学会会誌
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総説
細胞骨格制御分子を標的とした新規歯周治療法の開発に関する基礎的研究
讃井 彰一
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2018 年 60 巻 3 号 p. 117-122

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1. はじめに

歯周病などの炎症反応において重要な役割を担っている「免疫監視機構」は,微生物を速やかに生体より排除することで恒常性を維持できるよう構築されたシステムである。例えば,骨髄や胸腺などの一次リンパ組織で分化したリンパ球はケモカインによって導かれリンパ節,脾臓などの二次リンパ組織に移動することが知られており,リンパ球は種々の感染源に迅速に対処するために生体内を常にパトロールしている。このように,構成細胞が分化した後も絶えず動き回るという特徴は,他の生命複雑系においては認められず,それゆえ「細胞運動の制御」は免疫監視機構の基盤の1つとされている。細胞が動くためには細胞骨格の再構築が必要であり,これはRho,Rac,Cdc42といった低分子量GTP結合蛋白質によって制御されている1)。この中でもRacは葉状仮足(ラメリポディア)と呼ばれるアクチンに富んだ突起を形成することで細胞運動の際の駆動力を提供している2)

2. リンパ球特異的に発現する新規分子DOCK2の発見

筆者らは胸腺におけるTリンパ球レパトア研究の過程で偶然にDOCK2という分子を発見し,単離に成功した3)。DOCK2はリンパ組織に発現し,それもマクロファージでなくリンパ球特異的に発現すること,さらに,リンパ球の細胞内で重合化アクチンに近接して分布していることを発見した。また,DOCK2はRacの活性を制御する分子であることを確認し,さらに生体内での機能解析を進めるためにDOCK2欠損マウスを作製した。DOCK2欠損マウスはメンデルの法則に従って出生し,外見上の異常は認められなかったが,野生型マウスと比較して脾臓,リンパ節などの二次リンパ組織においてリンパ球の数が著しく減少していた。そこで,リンパ球移入実験を行なったところ,DOCK2欠損リンパ球自身の異常が原因でリンパ組織へのホーミング機能障害が起きていることを明らかにした。さらに,ケモカインに対する細胞遊走活性を検討したところ,野生型マウスのリンパ球は活発に遊走するのに対して,DOCK2欠損マウスのそれは顕著に障害されていた。野生型マウスのリンパ球をケモカインで刺激すると15秒をピークとしてRacの活性化およびアクチンの重合が観察されたが,DOCK2欠損マウスのリンパ球ではこれらの反応が消失していた。さらに,DOCK2欠損マウスの脾臓の免疫組織化学的解析において,リンパ濾胞の著明な萎縮,赤脾髄におけるリンパ球の迷入が観察された。以上の結果から,DOCK2はリンパ球においてケモカイン受容体の下流で機能し,低分子量G蛋白質Racの活性を通して細胞骨格の再構築を促し,細胞遊走を活性化していることが証明された3)

3. DOCK2と免疫シナプス形成

免疫応答の中心的役割を担うT細胞における細胞高次機能の一つに抗原認識が挙げられる。歯周病原細菌などの外来抗原提示の際に,T細胞と抗原提示細胞の接着面に,中央にT細胞受容体,細胞膜マイクロドメインの脂質ラフトなどが集積し,それを取り囲むように接着分子が分布することが知られており,このような特殊構造は「免疫シナプス」と呼ばれている4)。免疫シナプス形成をもたらす大規模な分子群の移動は細胞骨格の再構築によって誘導されると考えられている5)。そこで,DOCK2が免疫シナプス形成にどのような影響を及ぼすのかを検討した。DOCK2欠損T細胞では接着面のT細胞受容体と脂質ラフトの集積が著しく障害を受けており,免疫シナプスは不完全のままであった6)。このことが原因となって,DOCK2欠損T細胞では抗原刺激による細胞増殖反応は25%以下に減少していた。さらに,この現象は胸腺におけるT細胞レパトアセレクション,すなわち正の選択・負の選択にも影響を与えていることを突き止めた。結論として,DOCK2はRacの活性化による細胞骨格の再構築を介して,免疫シナプス形成を誘導し,T細胞の反応性を制御する分子であることが明らかとなった6)

4. その他DOCK2の動作原理と生体機能の解明

DOCK2が細胞骨格を再構築する分子機構を明らかにするために,SH3(src homology 3)ドメインを含むN端の489アミノ酸残基を欠失したDOCK2変異体を作製したところ,この変異体ではRacとの結合活性は保たれているにも関わらず,Rac活性化が顕著に低下することを見いだし,その欠失部分と特異的に結合する分子がELMO1であることを発見した。さらに,DOCK2のSH3ドメインに変異を入れることでELMO1との結合が阻害されることから,DOCK2がSH3ドメインを介してELMO1と会合し,細胞骨格の再構築を誘導することが証明された7)

これら一連のDOCK2による細胞遊走誘導,免疫応答活性に加えて,DOCK2欠損マウスをレシピエントとした場合,免疫抑制剤の併用がないにもかかわらずアロ移植心臓の生着が著しく延長することを見いだした8)。この研究成果は移植片拒絶に対する治療戦略の確立のみでなく,リンパ球浸潤が顕著に誘導されることで惹起される歯肉炎・歯周炎の予防あるいは治療戦略上,有効な標的分子になり得る可能性を示唆するものである。

また,DOCK2欠損マウスを調査している過程で,ナチュラルキラーT細胞(NKT細胞)がほとんど欠失していることが判明した。その原因として胸腺に存在するNKT前駆細胞が著しく減少していることを明らかにし,さらに,骨髄キメラマウスを作製して検討した結果,胸腺におけるNKT細胞分化には,本来「正の選択」に重要な胸腺上皮細胞などの抗原提示細胞が重要とされてきたが,DOCK2を発現したT細胞前駆細胞の存在が必要であることが証明された9)

以上の研究成果より,DOCK2はリンパ球特異的に発現し,Racの活性化による細胞骨格の再構築を介して制御する分子であることから,リンパ球高次機能を人為的に制御する上での標的分子になり得る(図1)。つまり,歯周炎などのリンパ球が浸潤することによって惹起される病態に対して,DOCK2シグナル伝達を標的とした新しい歯周治療法・歯周予防法の開発が期待される。

図1

DOCK2はリンパ球特異的に発現し,Racの活性化による細胞骨格の再構築を介してリンパ球高次機能を制御する。

5. 口腔におけるSpry2の役割

しかしながら,DOCK2はリンパ球にのみ発現し,骨芽細胞,歯肉上皮細胞,歯根膜細胞などの歯周組織構成細胞には発現しない。そこで,DOCK2以外の,細胞骨格再構築に必須であるRacを制御する分子を探索したところ,ユビキタスに発現するチロシンキナーゼ阻害分子Sproutyを見いだした。Sprouty(Spry)とはショウジョウバエの遺伝子解析によりFGF(fibroblast growth factor)シグナルを負に調節する分子として1998年に同定された10)。ショウジョウバエからほ乳類まで種を超えて広く保存され,ほ乳類のSpryには少なくとも4種類のホモログが存在する11)。その中でも特にSpry2は古典的MAPキナーゼであるERK(extracellular signal-regulated kinase)により誘導されるネガティブフィードバック制御因子であり,FGFによるERKの活性化を抑制する一方,上皮細胞増殖因子(epidermal growth factor:EGF)に対しては活性化を抑制しない12)。過去の研究報告にて,口腔発生学におけるSpry2の役割が明らかにされている。例えば,Spry2欠損マウスには通常歯の見られない部位に過剰歯が萌出し13),反対にSpry2を過剰発現させたニワトリ胚ではクチバシの形成不全が報告されている14)。また,閉塞性動脈疾患モデルマウスにおいて,Spry2欠損マウスは野生型と比較して血管新生が誘導され虚血が改善し,角膜を用いた実験ではSpry2とSpry4を抑制することで血管新生が増強されることが報告されている15)。さらに,Spry2抑制で神経細胞のネットワーク形成に強固な伸長が起こることから16),Spry2は虚血性疾患や神経外傷の治療標的になり得ると結論付けられてきた。そこで,著者らの研究グループも同様にSpry2が口腔の発生に関してどのような影響を与えているのかをSpry2欠損マウスを用いて解析を行なった。その結果,胎生期のSpry2欠損マウスの口腔において,口蓋の間葉系幹細胞の増殖能が亢進し,結果的に過大な細胞増殖が起こり,口蓋棚が必要以上に挙上されることで口蓋裂が発生しやすくなることが明らかになった17)

6. Spry2の歯周組織再生療法への応用

Spry2の発現を抑制することにより間葉系幹細胞の増殖傾向が示されたため,Spry2が歯周組織再生に応用できるのではないかとの仮説を立てた。理想的な歯周組織再生機序として,①速やかに歯周炎の収束を誘導し,②歯根膜による根面の遊走を促し,③骨組織の増生を亢進し,①~③の間,歯肉上皮が骨欠損部位に嵌入するのを妨げるといったGTRメンブレンのような作用があるなどが挙げられる。そして,これらを一つの薬剤で補えるのが最も望ましいと考えられる。

1) 歯根膜細胞におけるSpry2抑制の影響

まずは再生の起点となる歯根膜に焦点を当て,歯根膜細胞おけるSpry2の役割を検討した。Spry2をsiRNAにて抑制した歯根膜細胞の増殖は予想通り亢進され,骨芽細胞への分化は強力に抑制される一方,DOCK2同様,Racの活性化により葉状仮足(ラメリポディア)形成と細胞遊走が亢進されることを明らかにした18)。以上より,歯根膜細胞においてSpry2機能を阻害すると,Racの活性化を介して,歯根膜細胞から骨芽細胞への分化が妨げられつつ,歯根膜細胞の歯根面の遊走と細胞増殖が誘導される可能性が示唆された。

2) 骨芽細胞および歯肉上皮細胞におけるSpry2抑制の影響

さらに,Spry2の抑制が歯周組織を構成する歯槽骨と歯肉上皮に与える影響を検討するため,Spry2の機能活性に重要な55番目のチロシンをアラニンに変換した優性阻害変異体を作製した。骨芽細胞と歯肉上皮細胞に変異体を遺伝子導入したところ,Spry2変異骨芽細胞はFGF2とEGFの刺激で,細胞増殖が亢進し,ALP活性と骨分化の転写因子であるRunx2の発現が共に亢進する一方,Spry2変異歯肉上皮細胞ではEGF受容体のユビキチン化およびプロテアソームによる分解促進により細胞表面のEGF受容体の数が減少,その結果,上皮細胞増殖が抑制されている19)。したがって,Spry2の抑制により歯周組織の再生に有利とされる歯槽骨の再生と上皮組織のダウングロースの抑制が期待されることが示された20)

3) マクロファージにおけるSpry2抑制の影響

次に,歯周組織再生において創傷治癒の中心的役割を担うマクロファージに対するSpry2の影響を検討した。通常,マクロファージは歯周病原細菌であるPorphyromonas gingivalisのLPSとIFN-γで刺激するとM1(炎症性)細胞の表現型を示すが,Spry2を抑制すると同刺激によって,IL-12やIL-6などの炎症性サイトカイン産生が減少する一方,抗炎症性サイトカインであるIL-10の産生は亢進した。また,M1マクロファージのマーカーであるiNOS(inducible nitric oxide synthase)は減弱し,M2(抗炎症性)型のマーカーであるarginaseが増強することを明らかにした21)。マクロファージはアポトーシス細胞を取り込み,認識することによって,M2マクロファージとなり,IL-10などの抗炎症性サイトカインを産生し,創傷治癒を誘導する。この一連のアポトーシス細胞の認識と除去をエフェロサイトーシスと呼ぶ22)。通常,マクロファージはP. gingivalisのLPS刺激により活性化の後,巨大化するが死細胞は取り込まない。一方,Spry2を抑制したマクロファージではRacが活性化され,死細胞の取り込みつまりエフェロサイトーシスが亢進した。詳細は割愛するがこれらの事実から,Spry2の抑制によりRacの活性化を介してエフェロサイトーシスが促進され,この細胞骨格再構築が起点となり,IL-10やbFGFやEGF等の成長因子を産生するM2マクロファージに分化誘導されること,さらに,PI3KやAKTの活性化を介してNF-κBとIκBの分解の活性化が抑制されることにより,M1型への分化が抑制されることを証明した20)。したがって,マクロファージ・骨芽細胞・歯肉上皮細胞・歯根膜細胞などの異なる細胞の種類に応じて,Spry2の阻害がそれぞれ異なる細胞機能を誘導することから,Spry2は大変興味深い分子であることがわかる(図2)。

以上の研究成果より,歯周炎による歯槽骨吸収部位に対してSpry2阻害剤を使用すると,Racの活性化によりマクロファージの細胞骨格再構築が促進され,M2型への分化を経て炎症状態の収束・創傷治癒が誘導され,同時に,アンキローシスを妨げつつ歯根膜細胞の歯根面遊走と細胞増殖が誘導され,歯肉上皮のダウングロースが抑制され,Spry2により生物学的に再生の空間が維持される可能性が明らかになった(図3)。さらに骨芽細胞の細胞増殖・分化が誘導されることから,当該分子は歯周組織再生の上で格好の標的分子になると考えられる23)

図2

Spry2の阻害は異なる細胞の種類に応じて,異なる細胞機能を誘導する。

図3

Spry2阻害剤によって期待される効果。

7. まとめと今後の展望

細胞の高次機能は細胞骨格の再構築により制御されている。歯周炎などの病態はリンパ球が歯周組織に浸潤することにより引き起こされたため,リンパ球遊走の制御は歯周病の治療あるいは予防において新たな視点から有効な戦略となり得ると考えられる。DOCK2によるRacの活性化はリンパ球高次機能に不可欠なmachineryである。そして,本研究においてDOCK2を介したシグナル伝達が一部解明されており,更なるDOCK2を介したシグナル伝達の全解明はリンパ球独自に進化した細胞高次機能制御機構を解明する糸口になると同時に,従来と全く異なる新しい視点からリンパ球高次機能を人為的に制御する方法の開発に発展できると考えられる。

一方,現存の歯周組織再生研究は,骨再生の観点からのアプローチが主体であり,炎症の収束に関しては治療の帰結に期待するという消極的なものであった。Spry2阻害剤によるRacの活性化が起点となり,細胞骨格の再構築が誘導されることで歯周組織の炎症状態が収束し,歯肉上皮の増殖が妨げられ,再生の空間が確保されると同時に,歯根膜細胞での細胞遊走の亢進,骨芽細胞の細胞増殖と骨分化の誘導が示唆された(図3)。この組み合わせが歯周組織再生において最適の環境を提供することとなる。安全なSpry2阻害剤の発見と実験動物への適用・解析は,①歯周炎症の収束とその状態の維持,②歯肉上皮のダウングロースの防止,③強力な骨造成,といった“一石三鳥”の効果により,広く適応できる理想的な歯周組織再生法の確立と創薬の基盤となる理論的根拠を提供することになり,応用の幅が広がる。今後はこれらの研究を発展させ,まずはSpry2の活性化・不活性化機構をさらに理解し,Spry2分子におけるリン酸化部位および他の会合分子を参考に,構造解析に基づくSpry2阻害剤と担体の確立を目指したい。

2017年5月に,筆者が大学院生時代に所属していた研究チームが,変異Rasによるがんの生存および浸潤にはRacの活性化が必要であることに着目し,DOCK2の近縁分子であるDOCK1がこのがんの治療ターゲットとなることを発見した24)。20万を超える化合物ライブラリーのスクリーニング,ヒット化合物の構造最適化を行い,DOCK1の選択的阻害剤(TBOPPと命名)の開発に成功した。TBOPPをマウスに投与することで,変異Rasを有するがん細胞の増殖および転移が抑制できることを実証した24)。類似したアプローチを用いることで,近い将来DOCK2やSpry2の選択的阻害剤が発明され,細胞骨格制御分子を標的とした歯周炎治療法・歯周組織再生療法の開発へと発展させることも夢ではないと考える。

謝辞

稿を終えるに当たり,大学院生時代にご指導を頂きました九州大学高等研究院,笹月健彦特別主幹教授ならびに九州大学生体防御医学研究所免疫遺伝学分野,福井宣規教授に心より感謝申し上げます。また,現在までの研究の遂行にご協力頂いた前田勝正九州大学名誉教授ならびに九州大学大学院歯学研究院口腔機能修復学講座歯周病学分野,西村英紀教授,その他九州大学歯周病学教室の先生方に厚く御礼申し上げます。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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