日本歯周病学会会誌
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総説
歯周炎歯肉組織局所の細胞外マトリックス代謝調節遺伝子発現解析と全身疾患との関連解明
久保田 健彦
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2018 年 60 巻 3 号 p. 123-130

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はじめに

歯科の2大疾患は齲蝕と歯周病であり,歯周病は世界一患者数が多い病気としてギネスブック認定されている。中でも歯槽骨破壊を伴う歯周炎はほとんどの成人が罹患している慢性炎症性疾患で,超高齢化社会の現代において咀嚼・会話・審美に不可欠な歯を喪失する最大の原因となっている。近年,歯周炎が肥満・脂質異常症・高血圧症・糖尿病等が重なるメタボリック症候群をはじめ,死因につながる循環器・脳・呼吸器疾患・ガン,更には超高齢社会問題である認知症にも密接に関係することが示されてきており,歯周炎の病態解明が国民の健康を守る上でも急務である。

歯周病は,細菌感染症であるが故,その予防と治療にはプラークコントロールによる病原因子除去が基本となる。一方,歯肉炎から歯周炎に至る過程においては,生体感受性や免疫応答・歯周組織由来タンパク分解酵素等が複雑に絡み合い,喫煙・習癖など生活習慣の修飾因子が加わり疾患感受性に大きく関与する1,2) (図1) 。更に,歯周炎患者の同一口腔内であっても,ある時期に組織破壊が進行する部位と進行しない部位が存在する3)

歯肉炎から歯周炎に至る付着の喪失・骨破壊には,Collagenタンパク分解が引き金となり,生体由来のMatrix metalloproteinases(MMPs)が主要な役割を担うとされる4)。故に,その活性や発現量を知ることが診断に有用で,それらを抑制することが疾患の発症予防・治療に役立つのではと多くの研究がなされてきた。

本稿では,著者らが1992年から研究してきたMMPsとその特異的インヒビター,Tissue Inhibitors of metalloproteinases(TIMPs)に関する一連の研究5-8)と,そこから発展した好中球と歯周炎感受性・禁煙効果の研究9-14),DNA遺伝子多型解析から歯周炎及び歯肉増殖症におけるMMP/TIMPバランス解析15-21),さらにマイクロアレイを用いた歯周炎及び歯肉増殖症特異的遺伝子発現の網羅的解析から得られたアルツハイマー病を含む全身疾患との関連まで最新の臨床研究結果22-40)にもふれながら概説したい。

図1

歯周病の発症から組織破壊までの経路(文献1及び2を改変)。

歯周炎とMMPs

MMPsは細胞外基質や基底膜を分解するタンパク分解酵素ファミリーで活性中心に金属イオンを有する。ヒトでは28種類がクローニングされており,基質特異性や構造からCollagenases,Gelatinases,Stromelysins,Membrane-type,その他に分類されている。生理的には,発生,創傷治癒,組織リモデリング,生理活性分子分解による免疫調節等の機能を有している。病理的には,歯周炎,骨・軟骨関節炎など炎症性組織破壊,ガン転移,臓器変性疾患等で,その活性が上昇するといわれている。MMPsに結合することで,その酵素活性を制御するTIMPsは4種類知られている。MMPは不活性型(latent form)で分泌され,細胞外でプラスミンや活性酸素そしてMMP-3などにより活性化される1,30,41) (図2) 。この活性化過程が歯周炎組織破壊の重要なステップであると考えられており,歯肉溝滲出液(GCF)中の活性型好中球Collagenase(MMP-8)量を調べることで歯周炎診断ができるキットが海外で発売されている。著者らは,歯肉組織中でのMMP-3発現細胞を同定すると共に歯周炎における組織破壊とその制御においてMMPsとTIMPsが協調して重要な役割を果たすことを分子生物学的および免疫組織化学的に研究してきた5-8),15-17),19,21)。一方,MMPs抑制薬として認可されたものには,肺ガン治療薬,リウマチ治療薬等があるが,歯周炎では内服薬として低濃度ドキシサイクリン製剤が欧米で用いられ喫煙者や難治性の歯周炎患者に有効との報告もある36)。本邦でも局所応用で塩酸ミノサイクリン・塩酸テトラサイクリン製剤がMMP阻害剤として使用されている37)。著者らは,より広く安全に使用できるものとして食品酸化防止剤として使用されている没食子酸プロピルのMMP阻害作用に着目し歯磨剤配合を想定した研究を日本歯周病学会会誌に報告している5)。また同様にMMP抑制を期待した食品添加物であるタンニン酸と整腸作用を有する乳酸菌配合ガムのヒト歯周組織に与える効果についても日本歯科保存学会雑誌に報告している31,32)

図2

左図:歯肉組織中におけるMMP-3 発現細胞(MMP-3 特異抗体による免疫染色像)マクロファージ及び線維芽細胞に免疫陽性を認める。

右図:proMMP-1の活性化経路 MMP-3の存在下においてのみ100%活性化する(文献41を改変)。

歯周炎の感受性診断

歯周炎は,なりやすい人となりにくい人がいることは経験的に知られていたが,遺伝子解析技術の進歩によりDNA遺伝子多型(SNPs/microsatellite)と歯周炎の関連が世界的に調べられるようになってきた。中でも,代表的な炎症性サイトカインInterleukin(IL)-1遺伝子多型は遺伝子診断として米国で大きく発展した。本邦でも,ILs,Tumor necrosis factors,Vitamin D,Fc receptorsなど歯周炎関連遺伝子のSNPsが解析されてきたが,著者らは歯科領域で初めてMMP-1,MMP-3の遺伝子多型を報告した15)。これまでの制限酵素と電気泳動から判定する(RFLP)方法から,新たにTaqman PCR蛍光法を用い短時間で多サンプルを同時に解析できる遺伝子多型解析法を応用し,口腔外科領域と共同開発で「MMP-1遺伝子多型を用いた若年者早期ガン転移診断法」として特許公開された17)

一方,歯周炎は罹患率が高く環境要因が大きく影響することから,ある1つの遺伝子変異が疾患を起こすことはまれで,いくつかのリスク遺伝子多型が重なったときに歯周炎感受性が高まる多因子性疾患と考えられている。喫煙への感受性,解剖学的歯根形態,人種・性差,外傷力の有無での違いも経験的に感じているが,今後の解析は人工知能(artificial intelligence:AI)を用いながら,多因子にわたる遺伝子解析を,歯周炎の病型,人種間のリスク遺伝子多型保有率,confounding factorsを加味し,統計学的パワーを有するサンプル数での国際的な共同研究が望まれる。

禁煙による歯周組織の血流・好中球機能の回復

喫煙が肺ガンなど致死性疾患はもとより歯周病の最大のリスク因子であることは論を俟たない。更に口腔がんや齲蝕のリスク因子であることも報告されている。しかしながら,これまで禁煙が歯周組織や全身免疫に与える影響を調べた報告は少ない。好中球は,細菌感染防御の第一線で働き,遺伝的機能不全があると歯周炎を含む感染症に罹りやすくなる。我々は,好中球由来MMPsの研究6)から端を発し,歯周炎感受性が高い侵襲性歯周炎患者では細菌性刺激に対する好中球免疫応答や遺伝子発現が異なるのか?健常人や慢性歯周炎患者とは異なるのか?その比較により歯周炎感受性を決定する遺伝子を探索した9-11)。更に,禁煙により(喫煙により傷害されるといわれる)好中球機能がどのように改善するのか12)?血流やGCF13),血清抗体価14)についてはどうか?について,世界に先駆けて研究してきた。その結果,禁煙が歯周組織に及ぼす効果は予想以上に早く歯肉血流量およびGCF量は約2週間で非喫煙者と同等レベルまで回復することがわかり,科学的に歯周組織に対する禁煙の有効性を確認・実証することとなった。MMPs・好中球・禁煙に関する一連の研究5-17)は,古くは20年以上経過するが,今でもたびたび専門雑誌に引用され続けている。

薬物性歯肉増殖症とMMP/TIMPバランス

慢性歯周炎と関連が深いメタボリック症候群は,遺伝・生活習慣等が原因で肥満・脂質異常・高血圧・高血糖が併発する症候群であり,持続的慢性炎症による血管障害も一因となる。これら患者は,カルシウム拮抗薬やAngiotensin II Receptor Blocker(ARB)に代表される降圧剤に加え糖尿病治療薬・コレステロール低下薬などを複数服用していることが多く,口腔内では薬物性歯肉増殖を有する歯周病を発症することが多い。細菌性プラークがその発症・進行に関与することは経験的に知られているが,原因は未だ不明で治療は薬剤変更と歯肉切除が主体となる。歯肉増殖にはCollagen代謝バランスが分解よりも合成に傾くと考えられ,我々の研究でも,先述の既知薬剤に加え,新たに精神疾患治療薬の関与が疑われる増殖症において歯肉組織中のTIMP-2,3上昇とMMPs,Cathepsin L低下が認められたケースを報告している19) (図3) 。通常の歯周炎局所ではCollagen分解が亢進する。一方,増殖歯肉局所では深い歯周ポケットを有していても,比較的付着の喪失や歯槽骨破壊が少ないケースを目にすることがある。増殖部位や性状・程度は同一個人でも異なりプラーク沈着の多い部位や下顎前歯部歯間乳頭部などに好発するといわれるが,これは局所でのMMP/TIMPバランスが関係しているのかもしれない。

著者らは,ヒト全遺伝子網羅的解析チップ(GeneChip Hunan Genome Microarray,Affymetrix)を用いて3名の歯肉増殖症患者歯肉における増殖・非増殖部位を比較したところ,歯肉増殖に関連する遺伝子(MMPs,TIMPs,Cathepsins,TGF-β,Keratinsなど)は部位特異性よりも患者特異性の強い結果となり,非増殖部位においても遺伝子レベルで潜在的影響がある可能性と個体間多様性が示唆された22)。薬剤性歯肉増殖症患者では歯肉切除後も比較的治癒や角化が早く起きることも経験する。これは,潜在的に増殖歯肉組織中に上昇している遺伝子の働きかもしれない。Fibroblast growth factor:FGF-2,Platelet-derived growth factor:PDGFなど増殖因子のリコンビナントタンパクが,既に創傷治癒促進や歯周再生治療に応用33,39,40)されていることから,歯肉増殖症関連遺伝子を解析することで将来的には,角化亢進,軟組織治癒促進,骨再生促進などを目的とした新規治療法展開の可能性も考えられる。

図3

多剤服用薬物性歯肉増殖症患者(46歳 男性)切除歯肉組織中のMMP-1, MMP-3, MMP-9, MMP-13, TIMP-1, TIMP-2, TIMP-3, TIMP-4及びCathepsin L の遺伝子発現レベル(quantitative reverse-transcription real time polymerase chain reactions:qRT-PCR normalized by β-actin mRNA)。

H:健常者由来歯肉組織(n=14),P:歯周炎患者歯肉組織(n=16),GO:本症例の切除歯肉組織;MMPs及びCathepsin L(組織分解系)の遺伝子発現レベルの減少と分解抑制系TIMPs 特にTIMP-2, TIMP-3 mRNAレベルの上昇を認める。(バーは平均値と標準誤差を示す)(文献19より引用)。

歯周炎罹患部位の遺伝子発現と全身疾患

Random burst theory3)で示されたように,歯周炎は患者の口腔内で時間的・部位特異性を持って発症・進行する。では疾患病変部では,その時点でどのような遺伝子発現があるのだろうか?歯周組織の破壊部位に発現している遺伝子をTranscriptome解析とデータマイニングにて同定した結果,興味深い結果を得た。白血球の血管内遊走・病原体に対する自然免疫受容体(Toll-like receptor:TLR)・アルツハイマー病・膀胱ガンなどの共通遺伝子が歯周炎罹患歯肉局所で統計学的有意に増加しており,細胞接着に重要な遺伝子群は低下していた23,25,26) (図4) 。我々は,アルツハイマー病の原因遺伝子であるAmyloid beta A4 precursor proteinが炎症歯肉組織で高発現していること,そしてその発現細胞が浸潤マクロファージであることを初めて突き止めた26)。更に,関連分子である炎症性サイトカインや補体分子の上昇を定量的に確証すると共にアルツハイマー病脳組織で特異的に蓄積するβアミロイドタンパク分解酵素であるNeprilysin遺伝子発現の上昇と発現細胞として好中球・線維芽細胞の局在も明らかにした26,29)。NeprilysinはブラジキニンやサブスタンスPに対しても分解活性を有し,高血圧症など循環器疾患や疼痛制御に関与することから,歯周炎が全身へ及ぼす影響を分子レベルから考える新たな糸口になるかもしれない。

最近になり,疫学的に知られていたヒトアルツハイマー病と歯周病の関連が,動物脳組織で生物学的・機能的に明らかにされつつある。ヒト生体脳組織を用いた研究は倫理的に難しいが,今後デジタル解析技術の進歩により患者脳組織のリアルタイムスキャンが非侵襲的に出来れば,ヒト歯周組織炎症や血管障害がどのように脳に影響するのかの病態解明に繋がるかもしれない。興味深いことに,脳内のβアミロイド沈着は歯周炎発症年齢である40代頃から始まるといわれ,既に歯周治療が,血管内皮細胞機能の改善42)・咀嚼機能維持による血流・筋力・QOL改善など全身に好影響を与えることが示されており,間接的ではあるが歯周炎を防ぐことが認知症予防にポジティブな影響を及ぼすのではと期待されている。

図4

歯周炎罹患歯肉組織において発現レベルが上昇あるいは減少していた遺伝子が有意に含まれる生物学的経路GeneChip® Hunan Genome Microarray System(Affymetrix),Gene Ontology Analyses, Pathway frequency analyses によるデータマイニング。

炎症・ガン・アルツハイマー病などに関わる経路が上昇しているのに対し細胞同士の接着コミュニケーションやアラキドン酸の代謝経路が低下していた(文献23より引用)。

おわりに

歯周炎は,生活習慣病の側面を持ち,遺伝的要因が関係する多因子性疾患で,その病因は複雑でheterogeneityである。推定病原細菌抗原分子・受容体等in vitroからのアプローチも基礎研究として重要である一方,臨床的にはプラークがあると歯肉炎が起き,そして(歯周炎感受性のバランスで)歯周炎へ移行する(歯周組織が破壊される)。故にプラーク除去が重要なのは論を俟たないが,歯周炎へのステップを制御する因子を見つけられれば,診断・予防・治療の大きな戦略になるに違いない。そこに,MMPsが一部関与するのは間違いないが,歯周組織では分解基質を共有する複数のMMPsがあり単純に1種類をノックアウトしてもマウスの表現型に大きな影響を及ぼさないことが報告されている43)。更に,薬剤等で組織リモデリングなど生理機能を抑制するとかえって恒常性を損ねるおそれがある。既に,リウマチや悪性腫瘍治療では炎症性サイトカインや破骨細胞活性化因子を標的とし組織破壊・骨吸収・ガン転移制御を目的とした生体分子阻害薬が広く使用されているが,副作用もあるため感染防御・生体恒常性維持には注意が必要であろう。著者らは,よりヒトに近い動物で歯周炎研究を進める必要性から,自然発症型カニクイザルを用いた動物実験・国際共同研究を計画しているが,ヒト歯周疾患治療を目的に生体分子を制御する方法を確立するには(倫理的にも臨床研究のハードルが高く)まだ時間がかかるかもしれない。

歯周病研究は,1965年にプラークにより歯肉炎が起きることがわかってから1990年代には免疫学・分子細胞生物学・網羅的遺伝子解析技術等により生体因子の研究も発展してきた。近未来的にはビッグデータとAI技術を用いた情報解析が進むと考えられるが,まだまだ我々が見ることができない未知の領域にあふれていることを実感する。遺伝的には歯周組織発生過程の違いによる解剖学的個人差・感染防御力・治癒能力の差に加え,患者個々の特異細菌叢・マイクロバイオームの問題,そして社会的に生活習慣が絡んだ精神・身体の健康状態はさらに複雑である。歯周炎増悪におけるストレスの関与・加齢に伴う免疫や創傷治癒機能の低下,自律神経・ブラキシズムの関与などもその一つかもしれない。

時代の流れはあるが,今まで培った経験を活かし微力ながら継続して,生涯歯周病研究の発展に寄与できれば幸いである。本学会学術賞受賞に当たり,研究を支援して下さったすべての方々に感謝するとともに日本歯周病学会の益々の発展を祈念して稿を終えたい。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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