日本歯周病学会会誌
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歯周病はアルツハイマー病を悪化させる
石田 直之吉成 伸夫松下 健二石原 裕一
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2018 年 60 巻 3 号 p. 147-152

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1. はじめに

我が国における認知症患者は年々増加の一途を辿っており,2020年には292万人に達するとされている1)(図1)。

認知症は世界で最も羅患者数の多い神経疾患として知られており,様々な予防法や治療法が研究されているが,有効な方法は確立されていない。認知症の原因として,遺伝,生活習慣,食事などが指摘されている。さらに近年では認知症,特に生活習慣病と全身疾患との関連性が注目されており,多くの報告が行われている。本稿では,認知症の中でも最も高頻度とされるアルツハイマー病の原因や治療法と共に,特に歯周病との関連性および腸内細菌叢の観点から報告されている内容について概説する。

図1

認知症を有する高齢者人口の推移

2. アルツハイマー病について

アルツハイマー病は1906年にドイツのアロイスアルツハイマー博士によって初めて報告された疾患である2)。深刻な記憶喪失であった女性患者の死後,脳を解析した結果,脳の収縮や脳神経細胞周囲にタンパクの異常沈着が認められたことから,この疾病はアルツハイマー病(Alzheimer's Disease:AD)と命名された3)。高齢者における認知症の原因として現在最も割合が高く,アメリカでは約400万人以上が,世界中では約2700万人がそれぞれ罹患していると報告されている4,5)。今後世界的に平均寿命が延びるにつれて,アルツハイマー病の罹患者は2050年までに現在の3倍に達するとされている4)。アルツハイマー病は認知機能や記憶を制御する脳の領域に影響を与える進行性の脳障害であり,記憶(特に近時記憶),学習・判断・コミュニケーション能力が徐々に破壊されていくことが特徴である6,7)

アルツハイマー病の病態

アルツハイマー病の主な病態として,アミロイドβ(Aβ)と呼ばれるタンパク質が凝集して構成される老人斑が脳神経細胞外に沈着することや,高リン酸化したタウタンパク質(神経軸索機能の維持に必須なタンパク質)の神経原線維変化が脳神経細胞内で起こることにより,神経細胞が死滅し,認知機能障害が発生する8)。特に前者のAβによる神経細胞への障害はアミロイド仮説と呼ばれて注目されている。Aβにはそのアミノ酸数の違いから,Aβ40とAβ42が存在し,Aβ42はその凝集性の高さからAβ40より病原性が高いとされている9)

アルツハイマー病の治療薬

これまでにこの原因タンパク質とされるAβを分解する薬剤等の開発が進められている10,11)。具体的には,Aβ産生に関与する2つの酵素(βセクレターゼおよびγセクレターゼ)阻害薬,Aβの重合抑制剤,Aβ免疫療法などが研究されてきたが,現段階では認知症に対し,明らかな改善効果はみられていないのが現状である。

アルツハイマー病の診断

近年,Aβに着目したアルツハイマー病の診断方法として核磁気共鳴画像法(Magnetic Resonance Imaging:MRI)や単一光子放射断層撮影(Single Photon Emission Computed Tomography:SPECT)ポジトロン断層撮影(Positron Emission Tomography:PET)などの画像診断技術が開発され,これらの技術進歩により早期診断が可能となってきた。近年のPETでの診断によって,認知機能の正常な高齢者でもAβの蓄積が認められることが判明しているが,PETで確認できるAβは,軽度認知障害(Mild Cognitive Impairment:MCI)の段階で飽和に近い状態に達し,それ以上に認知機能の低下が進行しても蓄積が増加しないこと12)が明らかとなっている。

一部の研究チームでは,こういった研究結果から,神経変性に関与しているタウに焦点を当てた治療法の開発を進める動きもみられる。

3. 脳と炎症について

近年の研究により,アルツハイマー病患者の脳内において,単球や脳マクロファージ細胞であるミクログリアが活性化していることから,アルツハイマー病は慢性の炎症性疾患であることが判明している13)。ミクログリアや神経細胞の炎症反応により,TNF-α,IL-1βといった炎症性サイトカインの産生増加が確認されている14,15)

また,Corbettらはアルツハイマー病を発症するトランスジェニックマウスの脳細胞に高脂血症薬であるGemfibrozilを作用させたところ,IL-1のアンタゴニスト(IL-1Ra)が上昇することを確認している16)

4. アルツハイマー病と糖尿病

アルツハイマー病は,遺伝的要因のみではなく,睡眠や食生活といった環境的要因が関与している。環境的要因の管理がアルツハイマー病の予防に重要と考えられており,さらに他の生活習慣病の予防にもつながる。

近年アルツハイマー病は“3型糖尿病”とも考えられるようになり17),糖尿病との関連性について多くの報告がなされている。特に2型糖尿病はアルツハイマー病の病態を増悪させると言われている。インスリンは体内組織において,糖質,脂肪,タンパク質等の取り込みを促進する一方,作用不足によって糖尿病を引き起こす。このインスリン不足が脳の活動低下や認知機能の低下に関与することが示唆されている18,19)。実際に,インスリン受容体を減少させた動物モデルにおいて,認知機能障害や海馬のシナプス神経伝達障害が起こることが確認されている20,21)

現在,糖尿病とアルツハイマー病をかけ合せたマウスを使用した研究により,糖尿病はAβの存在下で神経原線維変化の本態であるタウのリン酸化および神経変性を増悪させることが示唆されている22)。さらに同研究により,糖尿病からアルツハイマー病への病態修飾や,逆にアルツハイマー病が糖尿病の病態を悪化させることが示唆されている。

5. アルツハイマー病と歯周病との関連性

脳以外の部位で生じた炎症によりミクログリアが活性化し,脳炎症を誘発してアルツハイマー病のリスクを高めていることが示唆されている23,24)。歯周病もこれらの慢性全身炎症を引き起こすことから,アルツハイマー病との関係について研究が進められている。

近年になって歯周病とアルツハイマー病に関する疫学的な調査が行われるようになり,健常者と比較して,アルツハイマー病患者では歯周病原細菌に対する抗体価が有意に増加していることが確認された25)。また,アルツハイマー病患者の脳内から,Porphyromonas gingivalisのリポ多糖(LPS)が検出されたり26),そのLPSによってミクログリアが活性化し,脳炎症を引き起こすことがわかっている26)。さらにWuら28)によって,この活性化されたミクログリアによりAβの産生・蓄積および認知機能障害を引き起こすことが報告されている。

今回,我々はアルツハイマー病モデルマウス(APP-Tgマウス)の口腔内に直接P. gingivalisを投与し,実験的歯周炎を惹起した。さらに,マウスの認知機能を評価するために新奇物体認識試験を行い,P. gingivalis投与群と非投与群間で比較した。その結果,P. gingivalis投与群の認知機能が非投与群と比較して著しく低下していた(図2)。

また,マウスの脳を解析したところ,P. gingivalisの経口投与群では非投与群と比較して,APP-Tgマウス脳内のAβ沈着量増加(図3),TNF-α,IL-1β産生量増加(図4),LPS濃度の上昇が認められるなど,アルツハイマー病の病態が悪化していた。

今回得られた実験結果のメカニズムとして,Aβが沈着している脳内にLPSが侵入したことによって神経細胞やミクログリアへのAβの毒性が増強され,増加したTNF-α,IL-1βやLPSの影響により,Aβの産生量がさらに増加したのではないかと考えられる。本研究により,歯周病がアルツハイマー病の病態に与える影響と,そのメカニズムの一端を示した29)

また,以前から歯周病と糖尿病の関連性についても多くの研究が行われており,相互の相関関係が強く示唆されている。以上のことから,歯周病が糖尿病を悪化させることによってアルツハイマー病の病態も増悪する可能性も考えられる。また,歯周病,糖尿病,アルツハイマー病の三者による負のスパイラルが形成される可能性が考えられ,3疾患の病態形成に重要な働きをする炎症性サイトカイン遺伝子改変マウスを用いたモデル実験を現在進めているところである。

図2

マウスにおける認知機能の評価(新奇物体認識試験)

交換した物体,もしくは位置を変更した物体に対してマウスが探索行動を行った時間を測定した。

P.g:P. gingivalis mean±S.D. p<0.05, ***p<0.001

図3

マウス脳の海馬および皮質におけるアミロイド斑沈着面積の評価

A)マウス脳切片をAβ免疫染色して得られた画像よりAβ沈着面積を解析した。

B)マウス脳内のAβ沈着状態の比較

P.g:P. gingivalis mean±S.D. **p<0.01

図4

マウス脳内におけるIL-1βおよびTNF-α定量

ELISA法を用いてマウス脳に含まれるIL-1βおよびTNF-αを定量した。

P.g:P. gingivalis mean±S.D. p<0.05, **p<0.01

6. 腸内細菌が脳に与える影響

我々は上記の29)の論文において,口腔内より腸内に侵入したP. gingivalisの影響により,腸内から血液を介して脳内にLPSが流入し,アルツハイマー病の病態に影響を与えたことを示唆した。腸内細菌が脳内の炎症やアルツハイマー病に影響を与えているとの報告はこれまでにもいくつか行われている。

Harachら30)は,脳にAβが沈着するトランスジェニックマウス(APPPS 1マウス)において,腸内を無菌化すると細菌叢のある群と比較して,脳へのAβの沈着量が有意に減少したと報告している。また,腸内細菌により生成されたアミロイドは血液脳関門を通過できるといった報告がある。Deaneら31)は動物実験でRAGE(Receptor for Advanced Glycation End products)がAβの輸送と血液脳関門の通過に関与することを報告している。

7. まとめ

Aβの沈着や老人斑の形成は認知機能障害を発症する15~20年以上前の40歳代前半から始まっていると考えられている32,33)。この年代は我が国における歯周病の発症率が増加する年代でもあることから,同時期の歯周病をコントロールすることでアルツハイマー病の発症時期を遅延させたり,発症後の重症化を軽減したりすることができる可能性がある。

また,近年になって歯の喪失が神経細胞に障害を与えて認知機能障害を引き起こすことがマウスを使用した実験や34,35),ヒトの疫学的調査においても報告されている36-38)。しかし,Oueらのアルツハイマー病モデルマウスの歯を抜歯した同様の実験では,神経細胞障害や認知機能障害は生じるが,抜歯群と非抜歯群間の脳内Aβ産生量に有意な差は認められなかった。このことから,歯の喪失に伴う認知機能障害は,アミロイド仮説とは異なるメカニズムによるものである可能性を示唆している39)

さらに,これまでの研究により,糖尿病がアルツハイマー病のリスクファクターとなることが判明しており40,41),また,歯周病と糖尿病の関連性についても相互の相関関係も強く示唆されている42-44)。以上のことから,歯周病が糖尿病を悪化させることによってアルツハイマー病の病態を悪化させる可能性も考えられる。また,歯周病,糖尿病,アルツハイマー病の三者による負のスパイラルが形成される可能性がある。

我々は上記の29)の論文において,歯周病が直接アルツハイマー病の病態を悪化させる新たな可能性を示唆した。詳細なメカニズムの解明やヒト介入試験等での検討など,今後さらにデータが蓄積され両者の因果関係が明確になることによって,歯周病がアルツハイマー病のリスクファクターの一つとして認知されるようになる可能性がある。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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