日本歯周病学会会誌
Online ISSN : 1880-408X
Print ISSN : 0385-0110
ISSN-L : 0385-0110
ポジション・ペーパー
歯周治療における禁煙支援の手順書
稲垣 幸司内藤 徹石原 裕一金子 高士中山 洋平山本 龍生吉成 伸夫森田 学栗原 英見
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2018 年 60 巻 4 号 p. 201-219

詳細
要旨

日本歯周病学会では2006年に定めた歯周病分類システムの中で,「喫煙は歯周病の最大の環境リスクファクターである」という認識に基づき,リスクファクターによる歯周炎の分類の1つとして喫煙関連歯周炎を提示した。喫煙が関連する歯周炎に対する歯周治療において,患者の喫煙状況の確認,喫煙者への喫煙の健康障害についての情報提供による禁煙支援は,歯周治療の反応や予後を良好に維持するため,重要である。本論文では,喫煙に関連する国情,喫煙者の動向,禁煙支援教育の現状,歯科における禁煙支援の効果に関するエビデンスおよび歯周治療における禁煙支援の手順を概説する。

1. 禁煙支援を取り巻く疾病構造

2014年の患者調査1)をもとに傷病別の罹患者数を推計すると,多い順に,高血圧性疾患677万8,000人,歯周病444万9,000人,悪性新生物300万8,000人,う蝕283万6,000人,脳血管疾患253万4,000人,糖尿病243万人3,000人,心疾患(高血圧性のものを除く)193万9,000人,脂質代謝異常146万6,000人の順となる。これら多くの疾患の共通のリスクファクターが喫煙であり,死亡や傷病罹患に最も関与している環境要因である2)。2015年,世界保健機関(WHO)は,喫煙により全世界で年間540万人(わが国では13万人3)),受動喫煙では年間60万人(わが国では6,800人3))が死亡していると推計し,警告している4)

一方,医療機関への通院者率(入院者を含まない人口千人あたりの人数)は,2016年度国民生活基礎調査5)によると,歯科疾患は男女とも「歯の病気」として,3位にランキングされている。なお,同調査は,3年毎に行われているが,2013年,2010年,2007年,2004年,2001年の調査でも同様に,男女とも,「歯の病気」が上位5以内に位置づけされている。したがって,歯科医療機関における禁煙指導が徹底されるようになれば,その影響力は大きいといえる。

2. 喫煙規制の動向

WHOは,喫煙の規制に関する国際協力について定める「タバコ規制に関する世界保健機関枠組条約」(WHO Framework Convention on Tobacco Control,FCTC)を,2005年2月27日に発効した。国際的な協調のもとに地球規模で,「タバコ消費やタバコの煙にさらされることによる健康,社会,環境および経済に及ぼす破壊的な影響から現在および将来の世代を保護する」ため,タバコに関する広告,包装上の表示等を規制し,脱タバコ対策を急速に進めようとしている。2018年10月末時点で,WHO加盟国193か国中181か国(93.4%)がこの条約に批准している6)。しかし,日本は,2004年6月にFCTCを批准した締約国でありながら,飲食店等の禁煙化が進まず,第14条の禁煙治療以外には誠実に履行しているとは必ずしも言えない。そこで,2020年タバコのないオリンピック・パラリンピック成功に向けて,日本学術会議7),禁煙推進学術ネットワーク8)や日本禁煙学会9)等から受動喫煙防止条例制定の要望が繰り返しなされた。その結果,2018年6月27日に東京都が「受動喫煙防止条例」を可決,2018年7月18日に日本政府が「改正健康増進法」を可決し2020年春の施行を目指して検討を進めている。

3. 喫煙者の動向

2017年の国民健康・栄養調査10)によると,成人喫煙率は17.7%(男性29.4%,女性7.2%)で,経年的に減少している。しかし,喫煙者の中でタバコをやめたいと思う者の割合は28.9%で,2016年の同調査27.7%と比べやや増加している。また,中央社会保険医療協議会の報告書11,12)によると,禁煙外来受診者の9か月後の禁煙成功率は,2008年32.6%11),2010年29.7%12)とおよそ3割程度で,その後はさらに低下している可能性がある。

これらの調査と総務省の人口統計データ13)から喫煙者の動向を概算した。総人口1億2,669万5千人(2017年12月1日現在の確定値)の内,成人喫煙者はおおよそ2割(2,000万人)となる。また,そのなかで1/4(約500万人)がやめたいと思いながらも,実際に禁煙外来を受診したのは,5%弱の100万人くらいと推定される11,12)。さらに,禁煙の準備期でありながらも,9か月後には,約30%(70万人)が再喫煙している11,12)。以上のことから,1,970万人が喫煙を継続しているというのが,おおまかな現状である。この喫煙者1,970万人と禁煙継続中の30万人,それ以外の未成年喫煙者,喫煙者ではないが,不特定多数の受動喫煙や三次喫煙による影響を受けた者が,医科の一般外来や歯科外来,薬局,保健所等を訪れていると推測される。したがって,その各々の現場での禁煙指導,特に,歯科における予期せぬ禁煙支援の働きかけの意義は重要である14,15)。また,その受動喫煙や三次喫煙の影響が疑われる小児や若年者においては,その同居家族に対する禁煙支援も必要となる。

2014年以降,煙の出ない,あるいは煙の見えにくい非燃焼加熱式タバコ(heat-not-burn tobacco product,heated tobacco product,以下,加熱式タバコ)が次々と販売され,新たな健康へのリスクが懸念されている16)。一方,電子タバコ(electronic cigarette, e-cigarette)はタバコの葉を加熱してその蒸気を吸引する製品である。加熱式タバコと電子タバコを混同している医療従事者や患者もいるため,区別する必要がある(表1)。また,加熱式タバコは,ニコチン等の入ったリキッドを加熱し,その蒸気を吸引する製品である。「健康リスクが少ない」,「受動喫煙の危険がない」と誤認されやすい。従来からの紙巻きタバコから完全に切り替える者,いままでのタバコと併用するデュアルユーザーになる者,最初から加熱式タバコを使用する者の3パターンの喫煙者が考えられることから,後述する喫煙歴に含めて把握しておく必要がある。

加熱式タバコは,フィリップ・モリス・インターナショナルのアイコス(IQOS,2014年11月名古屋市~),日本たばこ産業(JT)のプルーム・テック(Ploom TECH,2016年3月福岡市~),ブリティッシュ・アメリカン・タバコのグロー(glo,2016年12月仙台~)の順に市場にでまわり,現在は日本中で販売がされ,今後も新たなタイプの商品があらわれる可能性がある。2015年に行われた日本人8,240名(男性4,084,女性4,156名,15~69歳)を対象にしたインターネット調査17)によると,約半数が加熱式タバコや電子タバコの存在を知っており,実際に6.6%の者が使用したことがあると回答し,広がりが懸念されている。

現時点で検索する限りでは,加熱式タバコに起因する健康障害のデータや歯周病に関する報告はなく,症例報告として,20歳男性の加熱式タバコによる急性好酸球性肺炎症例18)が散見されるだけである。しかし,加熱式タバコは,従来の紙巻きタバコと同様にニコチンによる依存性があり,発がん物質を含む有害物質を含んでおり19),使用者および周囲の人々に健康障害を及ぼす。アイコスから出る煙の成分を分析した報告では,ニコチンは紙巻きタバコ(ラッキーストライク・ブルー・ライト)の84%で,同じ有害物質(一酸化炭素,多環式芳香族炭化水素,揮発性有機化合物)が検出されている20)。また,煙が出ないといううたい文句で販売促進しているが,平面レーザーで可視化したところ,エアロゾルが放出されて広がる状態が鮮明にみられる16)

加熱式タバコは,世界の中心的な試験的市場,日本における前向き実験のさなかにある。タバコ会社の「健康リスクが少ない」,「受動喫煙の危険がない」という誤った宣伝効果から,従来の紙巻きタバコよりは大丈夫と過信して,安心して使用することは,たいへん危険なことになる。

他にも,製品を燃焼することなく使用し,鼻や口との直接的接触により使用する無煙タバコがあり,口に含む「ガム(噛み)タバコ」と鼻に詰める「嗅ぎタバコ」に分類される。口腔用の無煙タバコは,口腔内の口唇や頬粘膜と歯肉との間に長時間留置して,吸引したり噛んだりして使用する21)。特に,スウェーデン製の「スヌース,Snus」は,JTが2013年8月から大阪市で限定販売をはじめ,2017年4月から全国で販売している。

表1

電子タバコと非燃焼加熱式タバコの比較

4. 歯学教育における禁煙支援教育の現状

2010年,歯学教育モデルコアーカリキュラムの歯科保健指導のなかに,「禁煙指導・支援による歯周疾患,口腔がん等の予防を説明できる」の項目が入った。同年歯科医師国家試験出題基準の必修,総論および各論で,「禁煙指導・支援」の用語がはじめて記載された。2011年,歯科衛生士国家試験出題基準の生活指導各論で「禁煙支援」,2012年歯科衛生教育コア・カリキュラムの生活指導 到達目標 4)生活習慣で「禁煙指導と支援ができる」と掲載され,歯科医師と歯科衛生士に対する禁煙支援教育がスタートした14,15)。しかし,禁煙支援は学生教育上の履修事項でありながら,歯科医師や歯科衛生士が禁煙支援に真剣に取り組んでこなかった。禁煙支援が,歯科保健点数に収載されておらず,やむを得ない事情といえよう。今後は,早急に,学生教育や卒後教育を充実させていく必要がある。

5. 歯科医学会分科会の対応

禁煙推進を行っている医科と歯科の関連30学会からなる禁煙推進学術ネットワーク*22)や歯科の7関連学会(日本歯周病学会,日本口腔衛生学会,日本口腔外科学会,日本口腔インプラント学会,日本歯科人間ドック学会,日本有病者歯科医療学会,日本口腔腫瘍学会)では,「ニコチン依存症管理料」の算定要件等の見直しに関する要望3点の内の1つとして,「歯科の禁煙指導に対する診療報酬の加算」をあげ,要望を続けている。

*禁煙推進学術ネットワーク:禁煙推進学術ネットワークは,2005年に合同で「禁煙ガイドライン」を作成した9学会(日本口腔衛生学会,日本口腔外科学会,日本公衆衛生学会,日本呼吸器学会,日本産科婦人科学会,日本循環器学会,日本小児科学会,日本心臓病学会,日本肺癌学会)を母体とし,2006年日本心臓財団からの助成によりスタートした。2018年11月末時点で,30の参加学会が個別に禁煙推進の活動を行いながら,学会間で喫煙・禁煙に関する情報交換・情報共有を行い,喫煙によって生ずる疾患と禁煙方法や禁煙治療薬等に関する研究,一般の方への喫煙の害・禁煙に関する知識の普及啓発,受動喫煙防止のための社会的な禁煙推進活動等を協同で行っている。喫煙の健康影響が,種々の臓器・全身に及び,胎児・小児から成人まで年齢を問わないこと,また,社会的な問題も多く,禁煙推進活動は喫煙疾患関連学会全体がそれぞれの専門知識を駆使しつつ,協力・連携してはじめて効果的であるという共通の認識から生まれたものである。

6. 歯科治療における禁煙支援の効果に関するエビデンス

喫煙は歯周病を増悪したり,口腔がんの発生に関与したりする等,口腔疾患との関連が強く,患者にも認知されやすい。また,歯科医療においては,口腔清掃指導のような患者の行動変容を期待する対応が盛んに行われており,歯科医師や歯科衛生士との教育的好機を確保しやすい環境が備わっている。そのため,英国,米国等においては1997年頃より歯科医療従事者による禁煙支援の有用性が提案されるに至っている23,24)。そこで,歯科診療の現場における禁煙支援の有効性について,現在得られているエビデンスがどれぐらい存在するかを検索した。関連する情報を得るため,下記の検索ストラテジーを用いて,PubMedによる文献検索を実施した。

検索ストラテジー:

(“smoking cessation”[MeSH Terms]OR(“smoking”[All Fields]AND“cessation”[All Fields])OR“smoking cessation”[All Fields])AND periodontal[All Fields]AND(“therapy”[Subheading]OR“therapy”[All Fields]OR“therapeutics”[MeSH Terms]OR“therapeutics”[All Fields])

PubMedにおける検索を実施した結果,2018年4月11日の時点で126文献が該当した。その後,タイトルとアブストラクトにて,目的とする情報との関連が期待される10件の文献を抽出した。それらの文献を入手し,目的とする情報を含むかどうか判断した。Review articleの場合,オリジナルデータを含んだ研究の引用があれば,引用された文献を入手してエビデンスとして採用できるかどうか判断した。総説やオリジナルデータを含まないReview articleは今回の収載論文には含めないこととした。また,各文献の参考文献にオリジナルデータを有する研究が含まれている場合においても,それらの文献を入手してエビデンスとして採用できるかどうか判断した。

この結果,歯周治療あるいは歯科治療の場において歯科医療従事者が禁煙支援を行った場合,どの程度の禁煙の成功率が得られるのかといったことに関する介入研究は3件検索された25-27)。また,歯科診療の現場における禁煙支援状況や禁煙支援が歯科患者から一般的に受容されるかどうかについて調査した研究は3件検索された28-30)

歯周治療の一環として禁煙支援を行った際の禁煙成功率の推移をみた前後比較の介入研究は,2006年にNasryらによって報告されている25)。慢性歯周炎の患者に対して,トレーニングを受けた歯科衛生士がカウンセリングを行い,患者の状態に応じてニコチン置換療法・ニコチン拮抗薬の処方を併用したものである。介入12か月後の禁煙継続は25%と,一般的な禁煙支援と同程度かそれ以上と報告されている25)。また,2010年,スイス・ローザンヌ大学において,口腔衛生処置とカウンセリング,患者の状態に応じてニコチン置換療法・ニコチン拮抗薬の処方を併用した8週間の禁煙支援プログラムの結果が報告されている。介入6か月後の禁煙継続が15%と,標準的な医学的な介入と同程度の効果を示している26)。しかし,2017年にBassettiら27)による歯周治療患者に対する禁煙支援においては,アクティブな歯周治療期の患者とSPT期の患者について簡易的な禁煙指導が奏功するかどうかを比較した症例対照試験が実施され,指導が喫煙の歯周炎に対するリスクの認知を向上するに至っていない。

歯科医療機関における禁煙指導の取り組み状況の調査もいくつか行われている。英国・米国を中心として,歯科医療従事者による禁煙支援への積極的な関与が提案されたのは1997年頃である23,24)。2003年にはHelgasonら28)によって,スウェーデンの歯科医療の場における積極的な禁煙支援の体制整備が進んでいることが報告されている。この調査では,スウェーデンのほとんどの歯科医療従事者は喫煙を重大な健康問題と捉え,約50%の歯科医師と30%の歯科衛生士は,禁煙支援を業務の一つとして考えていた。歯科医師は月に1.4時間,歯科衛生士は2.9時間,禁煙支援の活動に業務時間を費やしているという結果であった。2008年には,カナダ・マニトバ州において歯科医師と歯科衛生士を対象とした悉皆調査が行われ,54.9%の者が禁煙のためのアドバイスを行っていることが報告されている29)。また,2009年には米国の14の歯科医院を含む開業グループにおいて禁煙支援が患者にとって望まれているものかを調査した研究30)があるが,患者からの容認が得られたとする報告がなされている。

以上のように,歯科医療の環境が禁煙支援を実施するのに適切であると示唆されてから,実際に禁煙支援が試みられている。そして,歯科医療現場での禁煙支援に関するいくつかの報告や歯周治療における禁煙支援の効果に関するシステマティックレビュー31)から,禁煙支援の優位性が支持されている25,26,31)。しかし,これらの検討は限定的なものであり,歯科医療の場における禁煙支援のアドバンテージや,歯科医療における効果的な禁煙支援の方法については,さらに検討を要するものと思われる。その一方で,歯科医療現場で行われる禁煙支援については患者からの受容が得られやすく,禁煙支援の場として今後活用されるべきものであると考えられた(付表参照)。

7. ニコチン依存症

従来,「タバコは嗜好品,喫煙は単なる習慣」という認識のもと,喫煙は本人の「意思」の間題であるとみなされていた。しかし,現在では,タバコがやめられないのは,嗜好や習慣ではなく,心理的依存とニコチン(依存性薬物)に対する身体的依存(ニコチン依存)より成り立つ「ニコチン依存症(薬物依存症の一つ)」という精神疾患として認識されている14,15,32,33)。医科では,このニコチン依存症に対して,合同9学会による禁煙ガイドライン(2005年12月発表)32)に基づく禁煙治療が,ニコチン依存症に対する保険診療として2006年4月より認められている。

すなわち,タバコを吸うことは,「ニコチン依存症とその関連疾患からなる喫煙病」という全身の病気で,「喫煙者は積極的禁煙治療を必要とする患者(タバコの犠牲者)」という考え方が基本になる32,33)。したがって,医療従事者(医師,看護師,歯科医師,歯科衛生士,薬剤師,栄養士等)は,タバコのない社会環境の定着をめざし,禁煙治療,禁煙支援,禁煙政策への関与,禁煙環境の整備,喫煙防止教育等を積極的に行うべき立場にある14,15,32)

8. 歯周治療における禁煙支援

1) 日本の歯科医院における禁煙支援の現状

歯科治療に訪れる喫煙患者は,禁煙を望んで来ているわけではない。歯周治療の場合も例外ではない。しかも,多くの喫煙者は,いろいろな病気のリスクを抱えたまま歯科を受診している。そこで,本人の喫煙や受動喫煙に起因した所見に対して,喫煙や受動喫煙と歯周病,さらには,そのほかの全身ヘの健康障害について積極的に啓発し,歯周基本治療として禁煙を図る必要がある14,15)

2) 禁煙への行動変容ステージ

喫煙患者には,全く禁煙を考えていない患者と禁煙を一度は試したことがあるがうまく禁煙できなかった患者がいる。そこで,個々人の背景,すなわち現在の口腔内所見と喫煙との関係および禁煙への行動変容ステージ34)を確認して,禁煙の働きかけを行う。ステージによっては,確認することだけでもきっかけとなり,タバコをやめる可能性もある。

禁煙への行動変容ステージは,喫煙者が禁煙にまったく関心がないステージ(無関心期),すぐには禁煙することを考えていないステージ(前熟考期),禁煙することを考えているステージ(熟考期),禁煙を試みようとしているステージ(準備期と実行期)の4つの禁煙への行動変容ステージに分類される34)。問診票により,無関心期から準備期のどのステージにあるかを確認し,禁煙を開始した場合は,実行期,維持期の推移を追跡する(表2)。

表2

禁煙への行動変容ステージ34)

3) 歯周治療における禁煙支援での留意事項

たとえ,禁煙がうまくいかなかったとしても,失うものは何もない。すなわち,もともと喫煙していて,歯科医院に来てもやめるつもりはなかったわけである。したがって,うまくいかなかったとしても,そのままである。喫煙患者は,元の喫煙者に戻るだけである。しかし,関わった歯科医師や歯科衛生士のことは,心には残っている。そして,将来のきっかけになることもあるので,気楽に考えるとよい14,15)。また,喫煙を開始してやめられないと悩む未成年者や受動喫煙に起因すると思われる所見(歯肉メラニン沈着,気管支喘息,中耳炎等の受動喫煙症)がみられ,衣服等から漂うタバコ臭に苛まれる子ども達への家族を含めた禁煙支援を行えるのは,歯科医師や歯科衛生士だけである。

もちろん,主訴であるう蝕や歯周病がよくなり,歯周病以外にも,からだの至るところの健康状態が徐々に改善してくるはずである。歯科医師の禁煙支援が,患者の歯周組織だけではなく,口腔を通して,からだの健康にも繋がる。もし歯科医師や歯科衛生士がなにも言わずに,患者がそのまま喫煙を続けていたら,う蝕や歯周病は進行,再発し,将来,肺がん等,重篤な喫煙関連疾患に罹患していたかもしれない。

たった一人の禁煙によって,その家族,同僚や友人,その他不特定多数の多くの方々(たとえば,歩きタバコによる)への受動喫煙による健康障害までもなくなる。そして,将来の子どもの喫煙開始の機会や家族,同僚や友人に対する受動喫煙のリスクまでなくし,感謝されるべき,重要で大切なことになる。

9. 歯科医院における禁煙支援の実際

1) 禁煙支援問診票

歯周基本治療開始時に,喫煙患者には,まず,喫煙の口腔疾患への悪影響を説明し,禁煙支援問診票(表314,15,35)を記入させる(図1)。5~10分で,記入できるので,待ち時間等をうまく使うとよい。この問診票で,喫煙歴,禁煙歴,禁煙への行動変容ステージ,身体的ニコチン依存度,心理的ニコチン依存度(社会的ニコチン依存度)等を把握できる。

表3

禁煙支援 問診票

表3

禁煙支援 問診票

図1

歯周治療における禁煙支援の位置付け

2) 禁煙支援問診票の評価(表3

(1)~(6):ニコチン依存の1つである身体的ニコチン依存度(Fagerström Test for Nicotine Dependence,FTND36),表4)を判定する。点数により,身体的ニコチン依存度の程度が把握できる。一般的に,6点以上(身体的ニコチン依存度が高い)の場合は,禁煙外来への紹介を検討する。6点未満の場合は,歯科医院での禁煙支援への対応が重要になる。

(7):タバコの銘柄とニコチン量は,重要な所見ではないが,患者自身に,自分のニコチン量を確認し自覚させる意図がある。

(8),(9):喫煙を開始した年齢と定着した年齢とその本数を確認させる。患者自身が,思いだして,その経過年数を自覚させる意図がある。また,定着年齢と喫煙本数からブリンクマン指数***(Brinkman index,BI)とパックイヤー****(pack year)を計算する。

***ブリンクマン指数

喫煙が人体に与える影響は,それまでに吸い込んだタバコの煙の総量と密接に関係する。そこで,1日あたりの平均喫煙本数と喫煙年数をかけあわせたものをブリンクマン指数として,その目安となる。たとえば,1日1箱(20本)のペースで,20年吸い続けた場合のブリンクマン指数は,20(本)×20(年)=400となる。

ブリンクマン指数400を超えると肺がん,1,200を超えると喉頭がんのリスクが高くなる。たとえ数値が高くても,タバコをすぐにやめるとこれ以上数値は上がらないこと,あきらめないことを伝える。

****パックイヤー

1日に何箱のタバコを何年間吸い続けたかをかけ合わせて計算する。たとえば,1パックイヤーは,1日1箱を1年,または2箱を半年吸った量に相当する。

(10),(11):いままでの禁煙経験がある場合は,その回数と最長の禁煙期間を確認する。

(12):禁煙経験がある場合には,その方法を確認する。禁煙経験で,いままでの禁煙に対する努力の過程が把握でき,禁煙への行動変容ステージと合わせて,今後の禁煙方法を検討する。

(13):加熱式タバコ,電子タバコおよび無煙タバコ等の使用状況を確認する。加熱式タバコ,電子タバコおよび無煙タバコ等の使用状況,使用していた場合は,その時期と理由,併用の有無,本数を確認する。

(14)~(23):身体的および心理的ニコチン依存度(Tobacco Dependence Screener,TDS)32,37)を判定する。WHOの「国際疾病分類第10版」(ICD-10)やアメリカ精神医学会の「精神疾患の分類と診断の手引き」の改訂第3版および第4版(DSM-III-R,DSM-IV)に準拠して,精神医学的な見地からニコチン依存症を診断することを目的として開発された。現在,禁煙外来で保険適用を受ける場合の診断条件にもなっているので,禁煙外来に紹介する際にも,その点数を伝える。「はい」を1点,「いいえ」を0点として,合計を計算する。

10点満点で5点以上の場合,ICD-10診断によるタバコ依存症である可能性が高いと判定し,医科での保険適用の要件の1つになる32,37)。前述のFTNDとTDSが高い場合は,禁煙外来への紹介を考慮する根拠となる。

(24):禁煙への行動変容ステージ(表234)を確認する。全く関心がない無関心期であるのか,すぐに禁煙する予定である準備期であるのかが明白となり,そのステージ合わせた対応が必要になる。

(25):同居する家族の喫煙状況を確認する。今後の禁煙支援でサポートする場合の動機づけの際に参考とする。

(26)~(35):加濃式社会的ニコチン依存度(Kano Test for Social Nicotine Dependence,KTSND)を判定する。社会的ニコチン依存とは,「喫煙を美化,正当化,合理化し,その害を否定することにより,文化性をもつ嗜好として認知する心理状態」と定義されている概念である。KTSNDは,喫煙の美化(嗜好・文化性の主張)(設問27~30),喫煙の合理化・正当化(効用の過大評価)(設問31~34),喫煙・受動喫煙の害の否定(設問26,35)を定量化する質問群から成り立ち,喫煙に対する心理的依存の一部を評価する38-42)。したがって,KTSNDは単に,喫煙者だけでなく,非喫煙者,前喫煙者,さらに子供まで評価することができる。

KTSNDは,4件法による10問の設問からなり,各設問を0点から3点に点数化し,設問26のみ左から0,1,2,3点,設問27から設問35までが左から3,2,1,0点,合計30点満点で,9点以下が規準範囲になる。点数が高いほど,喫煙の美化,合理化・正当化,喫煙・受動喫煙の害を否定していることになる。禁煙支援に伴い,変化するので,この部分だけは,適宜,評価を繰り返し,暫定規準(治療や指導における目標値)である9点以下をめざす。KTSNDに関する喫煙状況別の従来の報告では,非喫煙者8~12点,前喫煙者12~15点,喫煙者17~19点と喫煙者ほど高く38-42),禁煙外来の予後経過においては,禁煙成功者では,KTSNDが非喫煙者レベルにまで低下すること等が報告されている43)。なお,この禁煙治療によるKTSNDの低下は,「タバコの効用の過大評価」を中心とした認知的症状が改善されるものと考えられている43)

以上の喫煙に関する問診事項を評価し,禁煙支援評価票(表5)に記入する。その後の予後経過は,禁煙支援 再診時問診票(表635),禁煙支援予後評価票(表7)に記入し,経過を観察していく。また,禁煙支援を開始するにあたり,禁煙支援宣言書(表8)により,同意確認も必要となる。その際に,可能な限り,家族等の支援者を決めて,記入させる。

表4

身体的ニコチン依存度の判定(Fagerström Test for Nicotine Dependence,FTND)36)

表5

禁煙支援 評価票

表6

禁煙支援 再診時問診票

表7

禁煙支援 予後評価票

表8

禁煙宣言書

3) 禁煙指導の手順(5A)

すべての喫煙者に日常臨床の場で短時間に実施する禁煙支援の手順が,5AとしてAHRQ(米国厚生省の下部組織,Agency for Healthcare Research and Quality)禁煙指導ガイドラインとして示されている32,33,44)

この禁煙指導の手順として推奨されている5つの「A」に歯科患者をあてはめると,以下のように考えられる14,15)

①Ask:禁煙支援問診票をもとにして,問診により,患者の喫煙歴(喫煙本数,喫煙開始年齢,喫煙年数,禁煙経験),病歴を再確認する。

②Advise:禁煙を希望する・しないにかかわらず喫煙者全員に,喫煙の有害性を説明し,患者の口腔への弊害を示しながら禁煙を促す。

あいまいな助言は避け,禁煙への行動変容ステージに応じた助言を伝える。「できれば禁煙したほうがいいですね!」や「本数を少しずつ減らしませんか!」という発言は不適切で,かえって禁煙動機の低下につながるので絶対に避ける。

③Assess:生活背景,心身医学的側面等を総合的に考慮し,禁煙に対する関心(禁煙への行動変容ステージ)を確認し,ニコチン依存度を評価する。前述の禁煙支援問診票の記入があれば,この項目の確認事項はすべて満たされている。

また,禁煙支援問診票の身体的ニコチン依存度を評価する設問1の「起床後,何分でタバコを吸うか(起床時の喫煙欲求)」という簡単な質問だけでも,ニコチン依存度(身体的依存)が推定できる。起床直後は,最もニコチン濃度が低い時間であり,起床時の喫煙欲求の程度がニコチン依存度の強さを反映している。

④Assist:禁煙希望者に対して,禁煙支援を含めた歯科治療を行う。この手順の中で,禁煙の意思のある喫煙者を識別し,禁煙への行動変容ステージに合わせた支援を開始する。

禁煙への行動変容ステージ別対応(5R)

外来受診時等のくり返しの指導が可能な状況下では,AHRQガイドラインが提唱した「5つのR」が有効になる。疾患やライフスタイル等個人的問題と禁煙の必要性を関連づけ(関連性,Relevance),喫煙の疾患リスクをはっきり示し(リスク,Risks),禁煙のメリットに気づかせ(報酬,Rewards),禁煙への障壁を確認させた上で回避方法を提示する(障害,Roadblocks)とともに,機会を捉えて動機づけをくり返す(反復,Repetition)ことで,禁煙の動機を強化する標準的な方法である32,33,44)

④-1無関心期(禁煙する気がないステージ):禁煙を考えることのできない,考えたくない段階である。禁煙を無理強いをせずに,禁煙がしたくなった時のために役立つ情報を簡単に提供する。

たとえば,情報提供として以下のように伝える。

「今は,禁煙する気がないのですね。」

「もし今後,禁煙に興味がわいたら,いつでも声をかけてください。」

「今は禁煙外来があり,健康保険を使った禁煙治療ができるようになりました!飲み薬も使って,最初は吸いながらでもいいんです!ご自分でがんばるより,よっぽどラクに禁煙できるそうです。」

動機づけとして,患者の関心ごと,すなわち,患者にとって心配な基礎疾患や趣味と喫煙との関連性を結びつけた動機づけを行う。

たとえば,動機づけとして以下のように伝える。

「趣味の山登りも,禁煙できたらとっても気持ちよくできそうですね!」

④-2関心期(いつか禁煙する気はあるが,すぐにはできないステージ):中心は動機づけになる。すなわち,喫煙によるリスクを,患者ごとの基礎疾患や趣味・関心事に合わせて伝えるとともに,禁煙するとどのようなメリットがあるかについて伝える。患者は,禁煙に対してハードルを自分で高めていたり,「禁煙したいけど,したくない(禁煙したら心配である)」という両価性の状態にあることを共感し,自信の強化も行う。

まず,その現状を評価し,以下のように伝える。

「いますぐには難しいですが,いつかは禁煙しようと思われているのですね!すばらしいですね!」

「○○さんは,△△の治療中でしたね。でも,タバコを吸っていると,△△が起きやすくなって,せっかく,がんばって,治療されているのに,もったいないですよ!」

「禁煙すると,○○は改善されますから,気持ちが楽になると思いますよ。ご家族の方も安心されると思います。」

④-3準備期(すぐに禁煙したいステージ):具体的な禁煙方法を説明する。保険適用に合致し,患者が望めば,禁煙外来を紹介する。したがって,各地域における専門の禁煙外来との連携をはかり,以下における現在の保険適用の条件を理解しておく必要がある45)

なお,禁煙外来は,日本禁煙学会のホームページに,禁煙治療に保険が使える医療機関情報最新版(ニコチン依存症管理料算定医療機関)(http://www.nosmoke55.jp/nicotine/clinic.html)として都道府県別・市町村別に公開されている。2018年10月30日現在,16,727施設(全医科医療施設数に占める割合概数16.7%)である。

現在の医療機関の禁煙治療に対する保険給付(「病名:ニコチン依存症」)は,外来患者が対象で,以下の3要件をすべて満たすことが必要になる14,15,45)。また,禁煙治療は,初回診察から,2週間後,4週間後,8週間後,12週間後の4回(約3か月)の通院で終了となる。

1)ただちに禁煙しようと考えていること

2)ニコチン依存症のスクリーニングテスト(TDS)32,37)が5点以上であること

3)禁煙治療を受けることを文書により同意していること

したがって,簡単な問診で,1)と3)は,容易に確認できる。禁煙支援問診票が記入されていれば,1)~3)は,すぐに,把握できる。

基本的には,ニコチン依存症の治療は,身体的依存と心理的依存の両面を考慮した治療が必要になる。すなわち,前者(FTND 6点以上,TDS 5点以上)に対して主に禁煙補助薬,後者(FTND 5点以下,TDS 4点以下)には心理療法や行動科学,動機づけ面接法(Motivational Interviewing,MI)14,15,46,47)を応用した非薬物的アプローチになり,歯科における禁煙支援の範疇になる。MIは,歯周基本治療の口腔清掃指導の動議づけとして,推奨,導入されている面接法でもある14,47)

AHRQガイドライン44)に記載されている禁煙補助薬の内,日本で承認されているのは,バレニクリン(varenicline,チャンピックス,ファイザー)とニコチン製剤のうちのパッチとガム(ニコチン代替(置換)療法)になる。ニコチン代替療法は,皮膚や口腔粘膜の接触面からニコチンを徐々に体内に吸収させ,ニコチンの離脱症状を軽減し,禁煙を補助するものである。バレニクリンとニコチンパッチは,2006年よりニコチン依存症管理料算定基準に則って保険で処方されている14,15,45)。また,ニコチンパッチのうちの中~低用量のものはスイッチOTC(over the counter,部外医薬品)化され,ニコチンガムとともに薬局等で購入可能となっている。日本では,ニコチンガム(ニコレット,OTC)とニコチンパッチ(ニコレットパッチ,シガノンCQ,ニコチネルパッチ,OTC)が適用できるようになった。さらに,2008年1月にニコチン不使用のバレニクリンが承認され,医科で適応可能となり,頻用されている。

したがって,歯科と薬局薬剤師で提携して,身体的依存への介入も可能になり,身体的依存の高い患者に対する医科禁煙外来との連携も必要になっている。

たとえば,以下のように伝える。

「すぐに禁煙しようと思われているのですね! それは,すばらしいです!

自分で禁煙できそうでしたら,サポートさせていただきます。

でも,ご記入いただいた禁煙支援問診票からすると,身体の依存度が強いようですから,禁煙外来で禁煙治療を受けられた方がいいかもしれませんね。

用件を満たせば,健康保険が使えますし,飲み薬(禁煙補助薬)を使うと,自力よりもずっと楽に禁煙できますよ!」

「そうすれば,歯周病の治療もスムーズに進むと思いますし,もちろん,担当の歯科医師や歯科衛生士がサポートさせていただきます。」

その後の禁煙状況を確認,把握し,支援していく。禁煙を継続できていれば賞賛し,自信を強化していくことになる。

⑤Arrange:患者の禁煙達成に向けた経過を確認する。禁煙が継続していれば,賞賛し喜びを共感することが励みになる。また,患者の禁煙による変化,からだの変化,また,歯周基本治療に対する歯周組織の反応を評価すると同時に,禁煙に対する患者の努力過程を継続的に支援していく。ここで,たとえ再喫煙していても,叱らず,焦らず,その過程を受け入れ,その状況を確認しておくことが大切である。そして,実際に生じた問題点や今後の想定される課題について認識し,再度,禁煙にチャレンジできるよう働きかける。

⑤-1禁煙支援の継続と薬物療法の限界―:薬物療法(身体的依存に対する治療)で,一時的に,禁煙が成功しても,それを継続することは簡単でないのは,前述のとおりである。なぜなら,変えることができないもの,すなわち人間の「記憶」の蓄積(心理的依存)が影響するからである。本当は誤解(錯覚)であるが,「タバコを吸ったら,楽になった,落ち着いた!」といういままでの記憶は消すことができない。

たとえば,ある患者が,1日20本10年の喫煙歴があるとする。その患者の人生の中で,73,000回(10×20×365=73,000)の「タバコを吸ったら,よかった!」という条件反射的な繰り返し経験があるということになる。これだけ繰り返した経験を,簡単に人の行動,心から消すことはできない。そのため,「1本くらいなら!」と喫煙すると,たとえ1本でも再喫煙につながることを,しっかりと認識させておくことが大切である。この心理的依存の治療が,歯科医院通院中の継続的な禁煙支援になる。

AHRQガイドライン44)に,再喫煙防止のための基本的な指導内容として,禁煙実行直後の患者は,離脱症状(禁煙のデメリット)に意識が集中しやすいので,禁煙のメリットに気づかせ,禁煙できていることを賞賛し,禁煙継続を強く勧めていくことが強調されている。

⑤-2最終ゴール 卒煙であり,禁煙ではない:最終ゴールは,タバコを止めることであるが,禁煙支援に関わった患者が,「我慢して止めている状態(禁煙)」であるのか,「我慢せず,自然に止めている(タバコが必要ない)状態(卒煙)」であるのかを鑑別することが大切である14,15,48)。理想的には,喫煙から禁煙の段階を経て,卒煙の域に入る。しかし,症例によっては,喫煙から禁煙の段階を経て,我慢しながら禁煙し続ける場合や,残念ながら,再喫煙に戻ることもある。一方,我慢の禁煙の過程を経ずに直接「卒煙」にいたる場合もあるが,この過程は,自己変革(セルフチェンジ)やリセット禁煙としてもとらえられている49,50)。禁煙も再喫煙も吸いたい気持ちをもっているという点では共通で,それらをもたない「卒煙」が,本来の禁煙支援が目指すべきものである。

禁煙後,患者がいま「禁煙」もしくは「卒煙」のどちらの段階であるのかの判定には,以下の問診を行う。すなわち,他人のタバコの煙(臭い)に関する質問に対して,喫煙を容認する返答(患者A)と喫煙を回避する返答(患者B)に分かれる。前者は,喫煙を容認し,受動喫煙しながら,喫煙欲求を満たしている可能性があり,我慢の「禁煙」と判定する。一方,後者は,喫煙を回避,嫌悪する返答で,「卒煙」と判定する(図2)。また,再診時の問診票(表6)の(3),(4)の回答「いいえ」でも,「卒煙」と判定できる。

歯科医師:

「最近,他人のタバコの煙(臭い)は気になりますか?」

という質問に対して,2つのタイプの返答が戻ってくる。

患者A:「いや,大丈夫です! 別に気になりませんけど!」

患者B:「ほんとうに嫌な臭いで(臭くて),どうしようもありません!」

「臭くて,二度と吸いたいとは思いません!」

図2

タバコをやめるステップ 禁煙と卒煙

10. まとめ 禁煙のもたらすもの!

う蝕や歯周病,歯列不正等で訪れた歯科医院や病院歯科での禁煙支援は,現時点では,「歯科でまさか禁煙支援!」と患者は想定していないだけに重要である。

歯科医院を訪れた患者が一人,歯科での禁煙支援がきっかけで禁煙に成功したとする。もちろん,危険因子となっていた歯周病は改善され,口腔がんのリスクは減少し,味覚が正常となり,楽しい食生活となる。しかし,それだけではない。口腔以外のすべての臓器も,同様に,危険因子がなくなることで,いろいろな疾病のリスクが減少する。さらに,同居する家族,友人,職場,道ですれ違う不特定多数の人々等の受動喫煙,三次喫煙もなくなり,たった一人の禁煙のもたらすものだけでも,計り知れないメリットだらけである。いままで,口腔の病気の危険因子で,このような波及効果のあるものはない。

タバコから「大切なひとだけでなく,その周囲を守る」ため,歯科医院における禁煙支援をはじめとした歯周基本治療が重要である。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はない。

付表

参考文献の抄訳

禁煙支援の効果に関する文献

・Nasry HA, Preshaw PM, Stacey F, Heasman L, Swan M, Heasman PA: Smoking cessation advice for patients with chronic periodontitis. Br Dent J, 200 (5): 272-275, 2006. 25)

目的:歯科病院に紹介された慢性歯周炎患者の禁煙成功率を調べること

研究デザイン:前後比較試験(コントロールなし)

研究施設:Newcastle Dental Hospital

対象患者:49名の慢性歯周炎の喫煙患者

曝露要因:トレーニングを受けた歯科衛生士による禁煙のためのカウンセリングと,患者に応じてニコチン置換療法やニコチン拮抗薬の処方

主要評価項目:禁煙継続率

結果:4週後には41%,3か月後には33%,6か月後には29%,12か月後には25%が禁煙を継続していた。

結論:歯周治療の一環として禁煙指導を行うと,一般的な禁煙指導よりも良好な禁煙成功率が期待できた。

・Gonseth S, Abarca M, Madrid C, Cornuz J: A pilot study combining individual-based smoking cessation counseling, pharmacotherapy, and dental hygiene intervention. BMC Public Health, 10: 348, 2010. doi: 10.1186/1471-2458-10-348. 26)

目的:歯科医師が医学的な療法を組み合わせた禁煙介入をすることの実現可能性と受容性を評価すること

研究デザイン:介入研究(対照なしの前後比較)

研究施設:スイスLausanne大学病院

対象患者:新聞,学内掲示でリクルートした18歳~70歳の喫煙者39名

曝露要因:ニコチン代替(置換)療法,bupropion(ニコチン拮抗薬),カウンセリングおよび口腔検査と口腔衛生処置からなる8週間の禁煙支援プログラム

主要評価項目:禁煙率

結果:27名が研究を完遂し,歯科的な介入に対する患者からの評価は高かった。8週間の介入後の禁煙率は44%,6か月後の禁煙率は15%であった。

結論:医学的,歯科的な学際的な禁煙支援介入は,標準的な医学的な介入と同程度の効果を示し,患者からの容認性も高かった。

・Bassetti MA, Bassetti RG, Sculean A, Salvi GE, Bornstein MM, Ramseier CA: The impact of brief interventions for tobacco cessation on patients' awareness of cigarette smoking as a risk factor for chronic periodontitis. Oral Health Prev Dent, 15 (4): 391-397, 2017. 27)

目的:アクティブな歯周治療(APT)期の患者とSPT期の患者が,喫煙のリスクをどの程度認知しているかを評価すること

研究デザイン:症例対照研究

研究施設:スイス ベルン大学歯学部

対象患者:APT期前後の患者50名(試験群)とSPT期患者50名(コントロール群)

曝露要因:APT

主要評価項目:呼気中CO濃度

結果:APT前の患者では48%が喫煙と歯周病の関連について認知していたが,APT後では53%が認知していた。SPT患者は60%が認知していた。APT患者においては,APT前後の比較で,またAPTとSPT患者の両群間に統計的な差異はなかった。

結論:APT期間中あるいはSPT期間中の簡易的な禁煙指導の介入は,喫煙が慢性歯周炎のリスク因子であることを認知させるには至らなかった。喫煙の健康障害を認知させたり禁煙のモチベーションを高めるには,よりしっかりしたカウンセリングが必要かもしれないと思われた。

歯科医療における禁煙支援の実態と受容に関する文献

・Helgason AR, Lund KE, Adolfsson J, Axelsson S: Tobacco prevention in Swedish dental care. Community Dent Oral Epidemiol, 31 (5): 378-385, 2003. 28)

目的:スウェーデンの歯科医療における禁煙支援の評価を行うことと,その障害となるものを特定すること

研究デザイン:質問票調査

研究施設:ストックホルム郡の歯科医療従事者

対象患者:ストックホルム郡の353名の歯科衛生士と528名の歯科医師を対象とした悉皆調査

曝露要因:なし

主要評価項目:禁煙支援への態度

結果:ほとんどの歯科医療従事者は喫煙を重大な健康問題と捉えていた。約50%の歯科医師と30%の歯科衛生士は,禁煙支援を業務の一つとして考えていた。平均すると,歯科医師は月に1.4時間,歯科衛生士は2.9時間,禁煙支援の活動に業務時間を費やしていた。

結論:スウェーデンの歯科医療は禁煙支援に大きな潜在能力を有していた。

・Brothwell DJ, Gelskey SC: Tobacco use cessation services provided by dentists and dental hygienists in Manitoba: part 1. Influence of practitioner demographics and psychosocial factors. J Can Dent Assoc, 74 (10): 905a-905f, 2008. 29)

目的:カナダ マニトバ州の歯科医師,歯科衛生士における簡易禁煙カウンセリング(BIC)の実施状況を評価することと,BICの実施に地域的,社会心理的な影響があるかどうかを見つけること

研究デザイン:郵送式質問票調査

研究施設:マニトバ州の歯科医療従事者

対象患者:登録されている547名の歯科医師と566名の歯科衛生士を対象とした悉皆調査

曝露要因:なし

主要評価項目:BIC実施状況

結果:回答率は46.2%で,マニトバ州のほとんどの歯科医療従事者はBICを実施していなかった。しかし,54.9%は禁煙のアドバイスを行っていると回答した。女性の方がより禁煙支援に積極的で,若い歯科医療従事者,歯科衛生士の方がより禁煙支援の準備ができていた。

結論:歯科医師と歯科衛生士の54.9%の者が禁煙のためのアドバイスを行っていた。

・Little SJ, Hollis JF, Fellows JL, Snyder JJ, Dickerson JF: Implementing a tobacco assisted referral program in dental practices. J Public Health Dent, 69 (3): 149-155, 2009. 30)

目的:大規模な歯科のグループ開業における組織的な禁煙介入をデザインして遂行することと,スタッフのパフォーマンスと患者満足度を評価すること

研究デザイン:ランダム化比較試験(診療所ごとのクラスターランダム割り付け)

研究施設:大規模な歯科のグループ開業の14の診療施設

対象患者:歯科患者66,516名

曝露要因:介入群では,スタッフに喫煙状況の評価,患者ごとのアドバイスや簡単なカウンセリング,電話によるカウンセリングの受療の励行といったAssisted Referralアプローチのトレーニングを受けさせ,コントロール群では通常のケアとした。

主要評価項目:チェアサイドでの禁煙カウンセリングの受療割合

結果:介入群では69%の患者がカウンセリングを受療,コントロール群では3%が受療した(p<0.01)。

結論:Assisted Referralアプローチは一般歯科治療に導入可能で,患者にも受け入れられるものであった。

References
 
© 2018 特定非営利活動法人 日本歯周病学会
feedback
Top