日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
非翻訳長鎖RNAによるエピジェネティクスな遺伝子発現調節機構と歯周炎感受性との関連性
鈴木 茂樹袁 航栗田 真夏山田 聡
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2019 年 61 巻 1 号 p. 1-8

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緒言

歯周炎は微生物要因・環境要因が占める割合が高い慢性疾患であるとされる。しかしながら,不十分なプラークコントロール,縁上・縁下歯石の多量沈着など劣悪な口腔内環境を長期に放置しても明らかな歯周組織破壊を生じない患者が一定数いることは,宿主側に歯周炎に対する感受性の違いを規定する因子が存在することを示唆している。近年の次世代シーケンサーの普及により,ヒト染色体上の塩基配列を迅速に,そして安価に解読できるようになった。このような背景から,宿主要因の遺伝学的な探索を目的として,これまでいくつかの研究グループにおいて健常者と歯周炎患者間で網羅的にDNA塩基配列の差異を同定する試みが成されている。北垣らの研究では,より遺伝的要素の高いとされる侵襲性歯周炎の疾患関連遺伝子探索を目的として,44名の侵襲性歯周炎患者の末梢血を用いてエクソームシークエンス(遺伝子をコードする領域であるエクソン領域のみをシークエンス解析する手法)を行い,日本人遺伝子リファレンスデータベースを対照群として,侵襲性歯周炎患者特異的な塩基多型を同定した1,2)。そのなかで,GPR126遺伝子というGタンパク共役受容体をコードする遺伝子に,侵襲性歯周炎患者で有意に検出される一塩基多型が存在した。この一塩基多型により,GPR126が持つ歯根膜細胞の硬組織形成分化誘導能の低下を認めたことから,侵襲性歯周炎発症との関連が推察されている。さらにSudoらのエクソームシークエンス研究では,自然免疫に関与するNOD2(nucleotide-binding oligomerization domain protein 2)をコードするNOD2遺伝子内に計5か所のミスセンス変異を同定し3),NOD2異常タンパク質産生が侵襲性歯周炎発症に関与することが推定されている。一方で,慢性歯周炎患者に着目した疾患関連遺伝子探索として,Shimizuらは,日本人慢性歯周炎患者2,760名と健常者15,168名の疾患関連SNP解析から,KCNQ5およびGPR141-NME8遺伝子を同定している4)

上記のような染色体上の塩基配列差異を解析するジェネティクスな方法と異なり,近年,エピジェネティクスな遺伝子発現調節機構と疾患の関連が注目されている。エピジェネティクスは,DNAの配列変化によらない細胞分裂後も引き継がれる遺伝子発現やその変化による細胞表現型の転換を示す。組織や細胞が外的環境から受ける刺激によって,遺伝子発現調節機構が後天的かつ可逆的に修飾される。これまでに,1型糖尿病の発症,発がん,肥大型心筋症さらには脳神経系疾患の発症・進行に,エピジェネティクス遺伝子発現調節機構の変化や破綻が決定的な要素となることが報告されている5-7)。本総説ではエピジェネティクスの観点から歯周炎発症・進行を捉えた最新の知見と我々の最新の研究結果をあわせて紹介する。

エピジェネティクスな遺伝子発現調節機構

エピジェネティクスな遺伝子発現調節機構として,DNAメチル化およびクロマチンを構成するヒストンタンパク質修飾が良く知られる。多くの遺伝子座において,プロモーター配列を含む転写調節領域にはCpG islandと呼ばれるC(シトシン)とG(グリシン)による繰り返し配列が存在しており(図1a),生体内で細胞が様々な刺激を受ける結果,CpG island内のシトシンがメチル化を受けメチル化シトシンとなると,その遺伝子座に存在する遺伝子の転写が抑制されることが知られている8)。これまでにがん細胞でより詳細に研究がなされており,多くのがん細胞では正常細胞と比較して,様々ながん抑制遺伝子座のCpG islandにおいてシトシンが高頻度でメチル化されていることが知られている9)。1型糖尿病発症者と非発症者からなる一卵性双生児における網羅的なCpG islandメチル化比較解析により,後天的に糖尿病発症関連遺伝子の転写調節領域におけるDNAメチル化が変化していることが示され,DNAメチル化変異の蓄積が1型糖尿病発症にいたるメカニズムが近年提唱されている5)

一方で,慢性歯周炎の発症とDNAメチル化に関する研究についてはいくつか報告があり,Takaiらの研究では,培養歯根膜細胞においてPorphyromonas gingivalis由来LPS刺激により細胞外基質タンパク質をコードする遺伝子座内のCpG islandにおけるDNAメチル化が亢進し,それら遺伝子の発現が抑制されることが報告されている10)。さらにAsa`sdらの研究では,慢性歯周炎患者の歯肉組織においては,COX-2遺伝子座でのDNAメチル化によりCOX-2発現が抑制されており,歯周治療によりCOX-2遺伝子座でのDNAメチル化が減少すると報告しており11),歯周治療による生体反応の結果として歯周組織にエピジェネティクスな変化が起きていることを示唆している。ヒストンはゲノムDNAが巻き付くコアタンパク質であり,4種のヒストンタンパク質である,H2A,H2B,H3,H4がそれぞれ2分子会合して計8量体を形成している。これらヒストンタンパク質のアセチル化やDNAのメチル化などの修飾によりクロマチンの三次元的な構造変化が起こり,転写活性が亢進されたクロマチン領域であるユークロマチンを可逆的になすことで各遺伝子座からの遺伝子転写を制御する(図1b)。

図1

エピジェネティクス

(a)CpG island シトシン(C)につづいてグアニン(G)が現れる塩基配列が多くみられる領域を指す。例として,参考文献(5)においてCpG island解析の指標となっているDDIT4遺伝子座におけるCpG island(緑)を示す。UCSC Genome Browser(http://genome.ucsc.edu/cgi-bin/hgTracks?db=hg19&lastVirtModeType=default&lastVirtModeExtraState=&virtModeType=default&virtMode=0&nonVirtPosition=&position=chr10%3A74032342%2D74036391&hgsid=707876831_hfXimRNmQo2dqkiYYw68w3LdVL8f)より作成

(b)ヒストン修飾によるクロマチン構造変化 ヒストンの高アセチル化は転写を活性化し,CpG islandにおけるシトシンのメチル化は各遺伝子座からの転写を抑制する。

非翻訳長鎖RNA(lncRNA:long non-coding RNA)と歯周炎

次世代シークエンサーの普及は,ゲノムDNA上の塩基多型を網羅的に解析するのみでなく,さまざまな細胞・組織で発現しているRNAの網羅的な同定を可能にした。その結果,細胞種に関わらず,ほぼすべての細胞においてタンパク質の鋳型となるmRNAはRNA総量からみると量的には少なく,同定されたRNAの多くはタンパク質をコードしないRNA(non-coding RNA:ncRNA)であることが明らかとなった12)。染色体上でタンパク質をコードする遺伝子座は約2%しか占めず,その他の染色体上の大部分は意味のない部分とされてきた。ところが,多くのRNAはこの非遺伝子座から転写されているということが明らかにされ,その生物学的な意義について検討されている。ncRNAは,microRNA(miRNA),small interfering RNA(siRNA),small nucleolar RNA(snoRNA),piwi-interacting RNA(piRNA)などの20数塩基からなる短鎖ncRNAと,200 bp以上の長鎖と定義されるlong ncRNA(lncRNA)とに大別される。短鎖RNAのうち,miRNAは様々な炎症性疾患の発症に関与することがこれまで報告されており13),心血管疾患,糖尿病,肥満,関節炎,喘息などの疾患罹患者特異的なmiRNAが同定されている。健康歯肉および歯周炎罹患炎症歯肉での網羅的なmiRNA発現解析から,複数のmiRNAが歯周炎罹患炎症歯肉において発現上昇または減少することが報告されている14)

一方,lncRNAは非翻訳長鎖RNAとも呼ばれ,mRNAと同様にpre-RNAとして合成された後にスプライシングを受けて成熟RNAになるものが多く,mRNAと同様のメカニズムでゲノムDNAより転写される。一方で,lncRNAはmRNAのようにアミノ酸に翻訳されることはなく,標的クロマチン領域の三次元的構成に寄与することで近傍遺伝子座や異なる染色体上の遠隔遺伝子座におけるmRNAの転写を制御し,さらには転写されたmRNAがリボソームでアミノ酸に翻訳されるまでの過程におけるmRNA安定性を制御することが報告されており15)(図2),lncRNAはエピジェネティクスな遺伝子発現調節機構を担う主要な制御因子であると認識されてきている。一般的に,lncRNAの発現レベルはmRNAの発現レベルより低いが,発現に組織特異性があること,受容刺激によりその発現量が増減することなどはmRNAと共通している。近年,各種疾患とlncRNAの関与が報告されている。Chastと呼ばれるlncRNAの異常発現は肥大型心筋症の原因となることが報告さている7)。歯周病とlncRNAについての関連性についても注目されており,歯肉炎および歯周炎に罹患した歯周組織において,健常歯周組織と比較してOIP5-AS1 lncRNAの有意な発現低下が報告され,歯周炎発症との関連が推定されている16)。さらにL Wangらのグループも歯周炎罹患歯周組織と健常歯周組織との網羅的なRNA発現比較解析から,lncRNA-POIR(human periodontal mesenchymal stem cells osteogenesis impairment-related)と命名された歯周炎罹患歯周組織で発現が減少する新規lncRNAを同定した17)。このlncRNA過剰発現はin vitroおよびin vivoでヒト歯根膜幹細胞の硬組織形成分化を促進させた。さらに,lncRNA-POIRはmiR-182と特異的に結合し,miR-182標的遺伝子であるFoxO1のmiR-182による遺伝子発現抑制を低下させることが示された。FoxO1はcanonical Wnt pathwayを制御することで骨分化を促進させることから,lncRNA-POIRがFoxO1の発現上昇を介して骨分化に促進的に働くことが示された。このようにmiRNAに結合することで結果としてmiRNAが標的とするmRNAの分解を抑制し,その標的mRNA発現を上昇させる機能を持つlncRNAが生体内には多数存在するとされており,標的mRNAと競合的にmiRNAに結合することから,competing endogenous RNA(ceRNA)と呼ばれる18)。さらに,歯周組織は常に咬合力を主とするメカニカルストレスにされていることから,歯根膜細胞にメカニカルストレスを付加した際のlncRNAの網羅的な遺伝子発現解析が行われた19)。Whole transcriptome sequence解析から,メカニカルストレス負荷時に発現が有意に上昇または減少するlncRNAがそれぞれ72,18種新規同定され,これらlncRNAが歯根膜組織のメカノセンシング受容機構に関与していると推定されていることから詳細な検討が待たれる。

図2

mRNAとlncRNA

細胞質に輸送された後に翻訳されるmRNAと異なり,lncRNAは翻訳されることなくRNA分子として核・クロマチンまたは細胞質に局在し,標的mRNAの遺伝子座からの転写および転写後のmRNA安定性を制御する。

歯周組織恒常性維持責任遺伝子座であるSIBLINGs

歯周炎の発症や病態進展に対する宿主要因としてlncRNAの発現および機能差異が関与している可能性が高いものの未だその重要性については十分に結論付けられていない。我々の研究において,DMP-1(dentin matrix protein-1)遺伝子座から転写されるDMP-1遺伝子が転写後にスプライシングを受けずにクロマチンに局在(unspliced DMP-1)することを,口腔上皮細胞を用いたRNA-seq解析で見出し,その細胞増殖をエピジェネティクスに調節していることを明らかとした20)。DMP-1はその名の通り,象牙質・歯髄複合体からクローニングされた遺伝子であり,DMP-1の近傍遺伝子であるDSPP(dentin sialophosphoprotein),IBSP(integrin binding sialoprotein),MEPE(matrix extracellular phosphoglycoprotein),SPP1(secreted phosphoprotein 1)とともに,SIBLINGs(Small Integrin-Binding Ligand N-linked Glycoproteins)に分類される高度に石灰化された基質タンパク質をコードする遺伝子であり,歯周組織や象牙質・歯髄に高発現している21)(図3)。DMP-1は象牙質形成や石灰化を担う分子であるとともに,全身的にはFGF-23の発現を介してリン濃度を調節する22)。これまでにこれらSIBLINGs遺伝子の改変マウスが作製され,それらの表現型解析から,Dmp-1,DsppIbsp欠損マウスは,それぞれ歯周組織破壊症状を呈することが報告されている23-25)。さらには,Spp1欠損マウスの解析から,SPP1がコードするOPNは重力感知機能分子として機能し,骨代謝調節機能を発揮することが知られている26-28)。以上より,SIBLINGs遺伝子座には歯周組織の恒常性維持を担い歯周組織破壊に抵抗性を示す因子をコードする遺伝子が多く存在する。

図3

SIBLINGタンパク質群

SIBLINGに属する5つのタンパク質(DSPP,DMP-1,BSP,MEPE,OPN)をコードする遺伝子(DSPPDMP-1IBSPMEPESPP-1)はヒト第4染色体長腕上で一列に並んでいる。

unspliced DMP-1による近傍遺伝子発現制御

興味深いことに,unspliced DMP-1の遺伝子発現を特異的siRNAにより一過性に抑制すると近傍遺伝子の発現も抑制されたことから(図4),SIBLINGs遺伝子座から転写されたunspliced DMP-1は転写後に核質を経て細胞質に輸送されることなく,局所に留まり近傍のクロマチンリモデリングに寄与していると考えられる。このunspliced DMP-1発現およびクロマチン局在は多くの口腔上皮細胞で見られた一方で,胎児腎由来であるHEK293細胞や前立腺がんの細胞株を用いた網羅的クロマチン局在RNAの同定では,unspliced DMP-1と異なるlncRNAが同定されたことから29,30),クロマチンRNAの発現および局在には細胞・組織特異性があると考えられる。我々はunspliced DMP-1が,他の歯周組織構成細胞においても発現していることを確認しており,歯周組織構成細胞に発現するunspliced DMP-1が近傍歯周組織関連遺伝子の発現を制御することにより歯周組織恒常性維持に寄与している可能性が考えられる。

unspliced DMP-1のようなlncRNAによる近傍遺伝子発現制御機構は,X染色体不活性化において詳細に検討されている31,32)。XX染色体をもつ女性では,X染色体上の遺伝情報は常にどちらか一方から転写され,もう一方は不活性化されている。この不活性化を担う因子がXistを主とするX染色体上のlncRNAで,in-cisおよびin-transに近傍遺伝子の発現を制御する。このようにlncRNAの機能は多くの生命現象と結びついているものの,現在はその一端を解明したに過ぎない。lncRNAは近傍遺伝子のみならず,クロマチン再構成を通じて異なった染色体上の遠隔標的遺伝子の発現を制御することも多数報告されている15,33)。一例を挙げると,幹細胞性維持に必須の転写因子であるOct4遺伝子の転写は,異なる染色体から転写されるOct4の偽遺伝子(本遺伝子と似た構造,配列を持つがタンパク質をコードしない遺伝子)が,Oct4遺伝子座に直接結合することにより引き起こされ,Oct4偽遺伝子の発現制御により幹細胞の未分化性を制御しうることが報告されている34)

図4

unspliced DMP-1による近傍遺伝子発現制御

(a)DMP-1遺伝子座centromere→telomere方向に遺伝子座が存在する遺伝子を黒色,telomere→centromere方向に遺伝子座が存在する遺伝子を青色で表示した。

(b)口腔上皮細胞株Ca9-22およびHO-1-u-1に,DMP-1遺伝子座から転写されるクロマチン局在unspliced DMP-1に対する特異的siRNA(si-D)を導入した。unspliced DMP-1の発現抑制により,近傍遺伝子(DSPP,RP11-742B18.1,SPARCL1,NUDT9,HSD17B11)の発現が抑制されたが,さらに遠方の遺伝子(KLHL8,GAPDHP60,HSP90AB2P,PKD2,ABCG2)の発現は抑制されなかった。供試細胞において,BSPをコードするIBSPならびにMEPEの発現は軽度で,OPNをコードするSPP1の発現変化は認めなかった。

まとめ

生命現象の根幹を成すのはタンパク質の遺伝情報を持つmRNAであることに異論はないものの,その転写や翻訳の過程を裏で厳密に制御しているのがlncRNAだと捉えられている。歯周炎の発症・進展には微生物要因および環境要因の占める割合が高く,その診断や予防を担う宿主要因の同定には至っていない。しかしながら,他の炎症性疾患では特徴的なlncRNAが同定されてきており,歯周炎においてもいくつかの歯周炎関連遺伝子座を近傍または遠隔に制御するlncRNAの存在が推定される(図5)。このような歯周組織機能的lncRNAの染色体上における動的局在変化を解析し,環境要因,微生物要因などの歯周炎リスク因子に対する宿主側の反応をエピジェネティクスな変化から捉えられれば,将来的には宿主要因を標的とした予防法や診断法の開発に期待が持てると考えている。

図5

歯周組織における機能的lncRNAによる近傍および遠隔歯周組織関連遺伝子発現調節モデル

様々な歯周組織構成細胞では,歯周組織が受ける環境的・微生物的な歯周炎リスク因子に対する反応の一端として,複数の歯周組織機能的lncRNAのクロマチン局在や発現レベルそのものが変化する。それらの可逆的な変化はクロマチン再構成または直接的な転写調節機構を介して,近傍・遠隔遺伝子座における歯周組織関連遺伝子の発現を制御する。歯周組織機能的lncRNAによる包括的な歯周組織関連遺伝子の発現制御により歯周組織は恒常性を維持し,その機能差異が歯周炎感受性に,その破綻が歯周炎発症に関与していると推定される。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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