2019 年 61 巻 1 号 p. 18-27
歯周病はグラム陰性嫌気性菌による炎症性疾患であり,細菌感染と生体防御の均衡の破綻により病状が進展する。Lactoferrinは分子量約80 kDaの多機能性を有する鉄結合性糖タンパク質であり,歯周病原細菌に対する抗菌作用やバイオフィルム形成抑制作用などが知られているが,歯周組織への直接的な作用については不明な点が多い。本研究では,ヒト歯肉線維芽細胞(HGFs)を対象にLactoferrinが及ぼすin vitroの影響について検討を行った。DNAマイクロアレイ解析から,Lactoferrinは細胞の発生,形態形成,代謝,生合成,遊走に関連する遺伝子群の発現変動に寄与していた。また,HGFsにはLactoferrinの受容体であるlow density lipoprotein(LDL)receptor-related protein 1(LRP1)が発現しており,LactoferrinによってHGFsの細胞増殖能と創傷治癒が促進された。さらに,Lactoferrinがextracellular signal-related kinase 1/2(ERK1/2)のリン酸化を促進した。以上のことから,LactoferrinはHGFsにおいてERK1/2を活性化し,細胞増殖や創傷治癒を亢進させる機能を有し,歯周組織構成細胞である歯肉線維芽細胞の組織修復機能を強化する有用な素材であると考えられる。
歯周病は歯肉,セメント質,歯根膜および歯槽骨からなる歯周組織に生じる疾患であり,主にグラム陰性嫌気性菌によって引き起こされる炎症性疾患である1)。リポ多糖(lipopolysaccharide:LPS)2)などの細菌の菌体構成成分やジンジパイン3)などの細菌が放出する酵素類をはじめとする細菌由来物質の刺激により,歯周組織においてtumor necrosis factor(TNF-α)やinterleukin-1 beta(IL-1β)などのサイトカイン類が産生されて生体の炎症反応が開始する4)。一方で,生体では歯周組織の防御機構として,自然免疫・獲得免疫の活性化による免疫応答や抗菌成分,組織修復成分の産生などにより歯周組織の恒常性が維持されている。この細菌感染と生体防御の均衡が破綻すると歯周組織の破壊が生じ,歯槽骨の吸収を経て最終的には歯の喪失に至る5)。こうした観点から,歯周病の予防・改善は細菌と生体応答の両面で制御することが重要であると考えられる。
Lactoferrinは乳汁,涙,唾液等の分泌液や好中球内の二次顆粒中に存在している分子量約80 kDaの鉄結合性糖タンパク質である6)。その役割として,抗菌,抗ウイルス,抗酸化,免疫活性化,細胞増殖促進,生物活性物質等の捕捉など,さまざまな作用が報告されている7)。歯周病に関連する作用としては,歯周病原細菌であるPorphyromonas gingivalis(P. gingivalis)やAggregatibacter actinommycetemcomitansに対する抗菌作用やP. gingivalisとPrevotella intermediaからなるバイオフィルム形成抑制作用などが知られている8-11)。また,Lactoferrinは生体の防御反応として産生される抗菌物質としても知られており,歯周炎患者の歯肉溝滲出液(GCF)や唾液中において健常者と比較して多く存在し12),歯周治療を行うことによりその量が減少することも報告されている13)。このようにLactoferrinは多機能性を有するが,歯周病に関しては細菌に対する作用の報告が中心であり,生体側すなわち歯周組織における直接的な作用については不明な点が多い。
そこで本研究では,歯周組織の主な構成細胞である歯肉線維芽細胞を対象にLactoferrinが及ぼす影響について網羅的な遺伝子発現解析手法であるDNAマイクロアレイ解析技術を用いて検討し,Lactoferrinの歯周組織治癒における役割を解明することを目的とした。
ウシLactoferrinはFriesland Campina Domo(The Netherlands)から購入した。Cell Proliferation Reagent WST-1はMerck KGaA(Germany)から購入した。FACE™ ERK1/2 ELISA KitsはActive Motif,Inc.(USA)から購入した。
2. 細胞培養ヒト歯肉線維芽細胞(human gingival fibroblasts:HGFs)は,東京医科歯科大学歯学部附属病院歯周病外来において,同意を得られた3人の患者より歯周外科時に便宜的に取り除かれた歯周組織からそれぞれ分離培養した(東京医科歯科大学歯学部倫理委員会,承認番号:D2017-005)。HGFsは10% fetal bovine serum(FBS,Sigma-Aldrich,USA)および抗生物質ペニシリンG(100 U/ml,Thermo Fisher Scientific,USA)およびストレプトマイシン(100 U/ml,Thermo Fisher Scientific,USA)を添加したα-minimum essential medium(α-MEM,Thermo Fisher Scientific,USA)を用いて37℃,5% CO2インキュベーターで培養し,継代3代から5代のものを実験に供した。また,継代は,0.25% Trypsin-EDTA(Thermo Fisher Scientific,USA)を用いて実施した。
3. DNAマイクロアレイ解析サブコンフルエントに培養した1名の患者由来のHGFsを1% FBS条件下にて300 μg/mLウシLactoferrin添加群,および無添加群で24時間刺激した。ウシLactoferrin溶液は1% FBS含有培地で調製した。RNeasyⓇ Mini Kit(QIAGEN,USA)を用いて細胞からTotal RNAを抽出し,NanoDrop™2000およびAgilent 2100バイオアナライザ(Agilent Technologies,USA)にてRNAの品質検定を行った。続いてGeneChip™ 3'IVT PLUS Reagent Kitを使用してTotal RNAからビオチン標識cRNAを合成した。GeneChip™ Hybridization,Wash and Stain Kitを用いてcRNAを断片化し,45℃,回転数60 rpmに設定したGeneChip™ Hybridization Oven 640中で16時間インキュベートし,GeneChip™ Human Genome U133 Plus 2.0 Arrayにハイブリダイゼーションを行った。その後,GeneChip™ Fluidics Station 450を用いて,アレイの染色および洗浄を行い,GeneChip™ Scanner 3000 7Gを用いて画像を取得した。データの解析には,Affymetrix GeneChip™ Command Console Software 4.0を用いて画像データを数値化した生データを出力した。続いてAffymetrix Expression Console Software 1.4を用いて生データの正規化処理を行い,発現データとして出力した。遺伝子発現変動が認められた遺伝子群の機能解析は,The Database for Annotation,Visualization and Integrated Discovery(DAVID)v6.8(National Cancer Institute,USA)を用いて実施した。なお,DNAマイクロアレイ解析に用いた試薬類で記載のないものは,全てThermo Fisher Scientific(USA)から購入した。
4. 免疫染色チャンバースライドに10% FBS条件下にて3名の患者由来のHGFsをそれぞれ播種し培養した。15時間後に培養液を除去し,4% paraformaldehyde(FUJIFILM Wako Pure Chemical,Osaka)で20分間固定し,0.1% Tween-20含有phosphate buffered saline(PBST)で洗浄し0.1% Triton X-100(Sigma-Aldrich,USA)で5分間透過処理した。PBSTで洗浄した後,10% goat serum(Abcam plc,UK)で60分間ブロッキングを行った。続いて希釈濃度1:100のanti-low density lipoprotein(LDL)receptor-related protein 1(LRP1)rabbit antibody(Abcam plc,UK)もしくは5% goat serumで4℃で一晩処置した。翌日,PBSTで洗浄した後,希釈濃度1:100のgoat anti-rabbit IgG H&L,Alexa FlourⓇ 488(Abcam plc,UK)を添加し,暗室で45分処置した。PBSTで洗浄後,NucBlue™ Fixed Cell ReadyProbes™ Reagent(DAPI)(Thermo Fisher Scientific,USA)で5分処置して核染色を行い,蛍光顕微鏡BZ-9000(KEYENCE,Osaka)で画像撮影をした。
5. 細胞増殖能の測定HGFsを5×103 cells/wellとなるように96-wellプレートに播種し,1% FBS含有培地で培養した。15時間後,各ウェルを培地で1回洗浄し,ウシLactoferrin終濃度が0,300,1000 μg/mLとなるように1% FBS含有培地で調製した各溶液をそれぞれ添加し,2日間培養した。その後,Cell Proliferation Reagent WST-1を10 μL/wellとなるように添加し,2時間培養後にinfinite 200Pro(Tecan,Switzerland)を用いて440 nm(対照600 nm)の吸光度を測定した。細胞増殖率は,コントロールとなるLactoferrin無添加群の吸光度の平均値を1としたときの相対値として算出した。試験は3名の患者由来のHGFsを用いて各群n=4で実施した。
6. 創傷治癒能の測定HGFsを3×105 cells/wellとなるように6-wellプレートに播種し,1% FBS含有α-MEMで培養した。15時間後に既報のプロトコル14)を参考に,200 μLのイエローチップを用いて単層培養部に直線を引き,傷を模した細胞の掻き取り面を作製した。続いて,各ウェルをFBS非含有のα-MEMで1回洗浄した後,FBS非含有条件下にて300 μg/mLウシLactoferrin添加群,および無添加群で20時間培養を行った。ウシLactoferrin溶液はFBS非含有培地で調製した。Lactoferrin添加開始直後ならびに20時間後の画像を培養顕微鏡CKX41(Olympus,Tokyo)とデジタルカメラDP21(Olympus,Tokyo)を用いて撮影し,画像解析ソフトImage J(NIH,USA)を用いて細胞掻き取り基準線から最も離れた細胞までの創傷閉鎖距離を算出した。試験は3名の患者由来のHGFsを用いて各群n=5で実施した。
7. リン酸化ERK1/2測定HGFsを5×103 cells/wellとなるように96-wellプレートに播種し,1% FBS条件下にて300 μg/mLウシLactoferrin添加群,および無添加群で培養した。ウシLactoferrin溶液は1% FBS含有培地で調製した。30分後,FACE™ ERK1/2 ELISA Kitsを用いて添付のプロトコルに従ってリン酸化ERK1/2量を測定した。すなわち,HGFsを4% paraformaldehyde(FUJIFILM Wako Pure Chemical,Osaka,Japan)で20分間固定した。wash bufferで洗浄後,quenching bufferで20分間処置し,再度wash bufferで洗浄し,antibody blocking bufferで1時間処置した。その後,wash bufferで洗浄し,1次抗体であるphospho-ERK antibodyもしくはtotal ERK antibodyで4℃で一晩処置した。翌日,wash bufferで洗浄後,HRP-conjugated secondary antibodyで1時間処置した。続いてwash bufferとPBSで洗浄し,develop solutionを添加して20分後にstop solutionを添加し,infinite 200Pro(Tecan,Switzerland)を用いて450 nmの吸光度を測定した。続いてwash bufferとPBSでウェルを洗浄後にcrystal violet solutionを添加して30分間処置した後,PBSで洗浄し,1% SDS solutionを添加してから1時間後の595 nmの吸光度を測定した。同一細胞数あたりのERK1/2リン酸化率は,リン酸化もしくはtotal ERK1/2量に相当する450 nmの吸光度を,それぞれの細胞数に相当する595 nmの吸光度で割り,同一細胞数あたりに換算されたリン酸化ERK1/2量をtotal ERK1/2量で割ることにより算出した。またコントロールに対するERK1/2リン酸化率は,上述の方法で算出されたLactoferrin群のERK1/2リン酸化率をコントロール群のERK1/2リン酸化率で割ることにより算出した。試験は3名の患者由来のHGFsを用いて各群n=4で実施した。
8. 統計解析DNAマイクロアレイ解析におけるDAVIDによる機能解析の統計学的分析は,Fisher's exact testで実施した。細胞増殖試験,創傷治癒試験,リン酸化ERK1/2測定は平均値と標準偏差で表した。細胞増殖試験の統計学的分析は,Dunnett検定を用いて実施した。創傷治癒試験ならびにリン酸化ERK1/2測定の統計学的分析はStudent t-testで実施した。統計解析ソフトはJMP version 10.0.2 software(SAS Institute,USA)を使用し,有意水準はp<0.05とした。
DNAマイクロアレイ解析の結果,全54613遺伝子のうち,コントロール群(Lactoferrin無添加群)と比較してLactoferrin群で1.5倍以上の発現変動が認められたものは,1881遺伝子であった。そのうち発現が増加したものは1034遺伝子,減少したものは847遺伝子であった。
続いて,1.5倍以上の遺伝子発現変動の増減が認められた遺伝子がどのような機能を有するかについて,DAVIDを用いてGeneOntology Enrichment解析(GO解析)を実施した。その結果,表1に示す機能を有する遺伝子群が有意に変動していることが明らかになり,animal organ development(GO:0048513),positive regulation of macromolecule metabolic process(GO:0010604),cell development(GO:0048468),positive regulation of cellular biosynthetic process(GO:0031328),cell migration(GO:0016477)など,細胞の発生,形態形成,代謝,生合成,遊走に関連する遺伝子群の発現変動にLactoferrinが寄与することが示唆された。
さらに,遺伝子発現変動が認められたcell migration(GO:0016477)関連遺伝子について詳細な解析を実施した。その結果,表2に示すようにepidermal growth factor receptor(EGFR)やfibroblast growth factor receptor 1(FGFR1)などの細胞増殖因子の受容体群,tropomyosin 1(TPM1)やcortactin(CTTN)などのアクチン・ミオシン系因子,fibronectin 1(FN1)やcollagen triple helix repeat containing 1(CTHRC1)などの細胞外マトリックス(ECM)系因子,cyclin-dependent kinase 1(CDK1)などの遺伝子の発現が上昇していることが明らかとなった。
HGFsでLactoferrinにより1.5倍以上の発現変動が認められた遺伝子群の生物学的機能の特徴(上位10位)
GO ID:GeneOntology ID,GO term:Biological Process に分類されるGO機能の名称,Count:各GO機能に含まれる1.5倍以上の発現変動遺伝子の数,%:1.5倍以上の発現変動遺伝子群全体に対する各GO機能に含まれる遺伝子群の割合,P-Value:Fisher’s exact testを示す。
HGFsでLactoferrinにより1.5倍以上の発現変動が認められた遺伝子群でGO機能「cell migration」に含まれる代表的な遺伝子
Lactoferrinの受容体として,low-density lipoprotein(LDL)receptor-related protein 1(LRP1)が報告されている15)。そこでHGFsにおけるLRP1の発現について検証した。免疫染色法により一次抗体にanti-LRP1 antibodyを用いて検討を行った結果,図1に示す通り,HGFsにおいて細胞膜ならびに核においてLRP1の蛍光が認められた。一方,一次抗体の代わりに抗体希釈バッファーである5% goat serumで処置した場合には,この蛍光が認められないことが明らかとなった。以上のことから,LRP1はHGFsに発現していることを確認した。
HGFsにおけるLRP1の発現
HGFsの免疫染色画像。a)LRP1抗体による染色(緑色)。b)LRP1抗体による染色(緑色)とDAPIによる核染色(青色)の統合画像。Bar=100μm
DNAマイクロアレイ解析の結果で示唆されたLactoferrinによる細胞の発生,形態形成への作用を検証するために,LactoferrinのHGFsの増殖への影響を解析した。サブコンフルエントになるまで培養したHGFsにLactoferrinを添加し,2日後に細胞増殖量を測定した。その結果,図2に示すようにコントロール群の増殖量を1としたものと比較してLactoferrin 300 μg/mLでは1.35倍,1000 μg/mLでは1.43倍の有意な細胞増殖の促進が認められた。以上のことから,LactoferrinはHGFsの細胞増殖を促進することが示唆された。
LactoferrinによるHGFs細胞増殖促進作用
(***p<0.001,Dunnett's test,n=4)
DNAマイクロアレイ解析の結果で示唆されたLactoferrinによる細胞遊走への作用を検証するために,LactoferrinのHGFsの創傷治癒能への影響を解析した。コンフルエントになるまで培養したHGFsに傷を模した直線の細胞掻き取り面を作製し,300 μg/mL Lactoferrin添加もしくは無添加にて20時間培養した。その結果,図3aに示すようにLactoferrin群においてコントロール群と比較して傷を模したエリアへの浸潤が認められた。また,図3bにおける創傷閉鎖距離からControl群250.8 μm,Lactoferrin群541.6 μmと有意な差が認められた。この結果,LactoferrinがHGFsの創傷治癒を促進することが示唆された。
LactoferrinによるHGFs創傷治癒促進作用
a)点線は傷を模した細胞掻き取り面の初期値を表す。Bar=500μm
b)創傷閉鎖距離の比較(**p<0.01,t-test,n=5)
ERKシグナル経路は細胞増殖16)や細胞遊走17)に関与することがさまざまな細胞において報告されている。そこで,HGFsで認められたLactoferrinによる細胞増殖や創傷治癒促進作用についてERKシグナル経路の関与について検証した。HGFsを300 μg/mL Lactoferrin添加もしくは無添加にて培養し,30分後にERK1/2のリン酸化量をELISA法にて測定した。その結果,図4に示すようにLactoferrin群においてコントロール群と比較して1.71倍有意に高いレベルでリン酸化が認められた。以上のことから,LactoferrinがHGFsのERK1/2のリン酸化を亢進し,ERKシグナル経路を活性化することが示唆された。
HGFsにおけるLactoferrinのERK1/2リン酸化への影響
(**p<0.01,t-test,n=4)
本研究では,LactoferrinのHGFsに対する作用を解明するにあたり,網羅的な遺伝子発現解析手法であるDNAマイクロアレイ解析技術を用いて検討を行った。今回使用したマイクロアレイチップは,ほぼ全てのヒト遺伝子を網羅するプローブが搭載されており,細胞全体としてどのような機能の遺伝子に変動が生じたかを全体を俯瞰して考察することが可能である。その結果,LactoferrinはHGFsにおいて特に細胞の発生,形態形成,代謝,生合成,遊走などに関連する遺伝子群の発現変動に寄与することが初めて明らかとなった。また,続いて実施したGO機能「cell migration」関連遺伝子の詳細な解析から,細胞遊走メカニズムの上流に位置するといわれる細胞増殖因子の受容体群17)や細胞遊走に関わるアクチン・ミオシン系因子18),遊走時の足場となるECM系因子や細胞増殖やECMへの接着を担うといわれるCDK119)などで発現上昇が認められ,これらの因子の関与が示唆された。今後,Lactoferrinの短時間処置も含めた継時的な解析により,さらに詳細なメカニズムが解明できるものと考える。
Lactoferrinの受容体は,組織によって異なる分子がその機能を担っているといわれている。小腸ではインテレクチン,骨や脳ではLDL受容体ファミリーであるLRP,肝臓ではLRPとアシアロ糖タンパク質レセプター(asialoglycoprotein receptor:ASGP-R)が受容体であると考えられており,その分子量もさまざまである20)。また線維芽細胞の受容体については,ヒトの肺由来の線維芽細胞を用いた研究からLRP1であるといわれている15,21)。そこで本研究ではLRP1に着目し,同じく線維芽細胞の一種であるHGFsにおける発現を検証したところ,HGFsにおいてもLRP1が発現していることが明らかとなった。
また本研究では,LactoferrinはHGFsの細胞増殖を促進することが明らかとなった。Lactoferrinによる細胞増殖作用は,表皮ケラチノサイト22),皮膚線維芽細胞23),骨芽細胞24-26),T細胞27)などにおいて報告されているが,本研究でも同様な作用が認められた。
さらに本研究では,LactoferrinはHGFsの創傷治癒を促進することを明らかにした。組織修復における過程では,早期の創傷部への細胞遊走が治癒を早める点でも重要である28)。Bournazouらは,Lactoferrinは単球やマクロファージの遊走を促進するが好中球や好酸球の遊走は阻害すると報告している29,30)。これらのことから,歯周病により歯周組織破壊が生じた際には,LactoferrinがHGFsの創傷治癒を促進する一方で,好中球などの免疫系の細胞の遊走を阻害することにより,持続的かつ過剰な炎症反応を抑制し,組織修復を早める方向に作用している可能性がある。本研究では,HGFsの創傷治癒作用における細胞増殖と細胞遊走の役割が未だ不明である。今後の課題としては,DNA合成阻害剤を用いて細胞増殖を抑制した条件下で再検証することにより,Lactoferrinが及ぼすHGFsの細胞遊走への影響の詳細が明らかになるものと考えられる。
上述のLactoferrinの作用メカニズムとして,HGFsにおいて有意にERK1/2のリン酸化が亢進することが示された。Lactoferrinによる細胞増殖や細胞遊走に関わる情報伝達系については,Grayらの骨芽細胞を用いた研究から,ERK1/2を介するmitogen-activated protein kinase(MAPK)カスケードの活性化が関与することが報告されている24)。本研究からHGFsにおけるLactoferrinの作用も同様にERK1/2を介するMAPKカスケードの活性化による可能性が考えられる。今後,ERK阻害剤を用いた細胞増殖および創傷治癒の抑制検証により,本仮説の妥当性がより明らかになるものと考えられる。
以上のことから,LactoferrinによるHGFs増殖作用ならびに創傷治癒作用のメカニズム仮説として,HGFsの受容体LRP1に結合したLactoferrinによりERK1/2を介するMAPKカスケードが活性化されることにより,細胞増殖と創傷治癒が促進することが示唆された。
Lactoferrinの歯周病に対する有用性を示す報告として,これまで歯周病原細菌に対する抗菌・殺菌作用8-10),13)が報告されている。本研究では新たにHGFsにおいて細胞増殖作用や創傷治癒作用が認められ,従来知られていた歯周病原細菌に対する作用に加え,歯周組織に対して細胞増殖と創傷治癒を亢進させる可能性があることが初めて明らかとなった。
Lactoferrinは多機能タンパク質としても知られ,全身の健康の視点では脂質代謝異常に対する有用性などが報告されており31-40),近年では機能性食品素材としても注目されている。また,歯周病と脂質代謝異常などの全身疾患は,相互に関連があるとの報告41-47)もあることから,将来的な応用としてLactoferrinの口腔内の局所投与や内服の併用などにより,歯周病と全身疾患を同時かつ効果的に予防・改善できる素材としても有用であると考える。
本研究からLactoferrinがHGFsにおいてERK1/2を介して細胞増殖や創傷治癒を亢進させることが示唆された。Lactoferrinは歯周組織構成細胞である歯肉線維芽細胞の組織修復機能を強化する有用な素材であると考えられる。
本研究にあたり,多大なるご指導を賜りました東京医科歯科大学名誉教授,和泉雄一先生に感謝申し上げます。また,本研究の遂行に際し,歯周組織のご提供をはじめ,終始ご助力,ご指導およびご校閲を賜りました東京医科歯科大学,小林宏明先生に感謝申し上げます。また,DNAマイクロアレイ解析に際し,ご助言を頂きましたライオン株式会社の村越倫明氏,小野知二氏,森下聡氏,関(生駒)桂子氏に心より厚く御礼申し上げます。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態は以下の通りです。
鈴木苗穂はライオン株式会社の社員である。本研究の一部はライオン株式会社の研究資金で行われた。