日本歯周病学会会誌
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症例報告レビュー
限局型侵襲性歯周炎患者に対し包括的治療を行った一症例
佐瀬 聡良
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2019 年 61 巻 1 号 p. 28-36

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緒言

侵襲性歯周炎は,全身的には健康であるが,急速な歯周組織破壊と家族内発症の多いことを特徴とする歯周炎である1)。また,一般的にはプラーク付着量は少なく2),患者は10歳~30歳代が多い。さらに,Aggregatibacter actinomycetemcomitansPorphyromonas gingivalisの存在比率が高いとも述べられている3)。歯周治療においてはリスクファクターの排除,歯周基本治療,歯周外科治療,メインテナンス,SPTが重要とされているが,機械的なブライドメントだけではコントロールが困難であるとの報告もあり4),細菌検査結果に基づいた抗菌療法も推奨されている5)。侵襲性歯周炎の病態は,急速に進行するものの,早期に発見し,適切な治療がなされれば,良好な予後も期待できる。しかし,歯槽骨吸収が進行し,歯の動揺,移動により2次性咬合性外傷が併発するとその進行はさらに加速し,咬合崩壊をきたすことになる。また,発症が若年者に多いことから,長期に渡るSPT期間が必要とされ,叢生部の根面齲蝕や歯周炎の再発の可能性が高くなることが考えられるため,病的移動があれば,矯正治療6)を含めた包括的治療が有効性であるとも報告されている7)

症例

患者:19歳,女性,学生

初診:1994年7月

主訴:歯周治療希望,他院からの紹介

現病歴:2年前から前歯部の動揺を自覚している。3週前に動揺が増し他院を受診,処置なしで当院を紹介された。3日前に22が自然脱落した。

全身的既往歴:特記事項なし

1. 現症

1) 口腔内所見

全顎的な歯肉の発赤腫脹が見られ(図1),4 mm以上のプロービングポケット深さ(Probing pocket depth:PPD)を有した歯は全歯であり,6 mm以上のPPDを有する歯は,26歯中(18,28測定不可で除外)17歯であった。プロービング時の出血(Bleeding on probing:BOP)の割合は94.9%であった(図2)。動揺は,上顎で著しく12は動揺度3を示した。

図1

初診時口腔内写真

図2

初診時エックス線写真とプロービングチャート

2) エックス線所見(図2

12,11,21は根尖まで及ぶ歯槽骨吸収像を認め,14,26,46は歯根の2/3を超える垂直的骨吸収像を認めた。なお,エックス線所見から歯石の沈着は確認できなかった。

2. 診断

家族内集積は認められないものの,年齢,重症度そして,前歯部,第一大臼歯に症状が集中し,プラークの付着量も少ないことから若年性歯周炎(1994年初診時)と診断した(2006年日本歯周病学会の分類では侵襲性歯周炎)8)

3. 治療計画

1)歯周基本治療

口腔清掃指導

SRP

咬合調整・暫間固定

12,21の抜歯

2)再評価

3)歯周外科治療:26,46

4)再評価

5)口腔機能回復治療

6)再評価

7)SPT

4. 治療経過

初診から1週で21の遠心移動を確認したため,15~25までをスーパーボンドにて暫間固定を行い,大臼歯も含めて咬合調整を行った。口腔清掃指導は,歯肉の出血傾向が強かったため軟毛ブラシから始め,歯肉の状態に合わせブラシの硬さを変えた。歯石は下顎前歯部,小臼歯部舌側に乳白色の歯肉縁上歯石が確認されたのみで,歯肉縁下歯石はプロービングでは確認できなかった。SRPは歯肉組織が肉眼的に薄く,脆弱であったため過度な退縮,歯間部歯肉の陥没を防止するために弱い力で根面の滑沢化にとどめた。

1994年10月:再評価

出血を伴う4 mm以上の歯周ポケットは,15,14,12,11,21,24,26,37,36,46であった。同部位は麻酔下にて炎症性の内縁上皮を一層除去することと,徹底した根面の滑沢化のために再SRPを行った。

1994年12月:38抜歯

1995年2月:再評価

出血を伴う4 mm以上の歯周ポケットは,14,12,21,26,36,46であった。審美的問題を含め,歯肉の退縮を極力回避するため,歯周外科治療ではなくミノマイシンの局所投与を併用した再々SRPを行った。

1995年8月:再評価

出血を伴う4 mm以上の歯周ポケットは14,12,26,46であり,6 mm以上の歯周ポケットは,12,26,46であった。12は抜歯予定であり,26は再評価時のプロービンでは遠心からの分岐部病変I度であったものの,浸潤麻酔下でのSRP時に明らかに遠心の歯槽骨の喪失を確認し,エックス線所見および補綴処置との関連から,長期的予後に不安を残すため抜歯予定とした。また,48の抜歯と同時に46にアクセスフラップにてデブライドメントと不良肉芽の除去を行った。なお,根面に歯石は確認できなかった。

1996年7月:再評価(図3

BOP陽性部位は残存しているものの,歯肉所見,エックス線所見から矯正治療と補綴処置の治療計画を作成した。矯正治療による,長期的な咬合安定の獲得のために歯軸の改善,適切な対向関係そして審美的回復の改善を目的とし,上顎欠損部に対する補綴治療は,臼歯部に及ぶ一次固定を説明した。問診時,矯正治療の受入れを拒否していたが,治療が進み炎症が消退すると矯正治療を積極的に受け入れるようになった。抜歯は,12,21,26に加え,矯正治療のための35の便宜抜歯を行った。13,23は,頬側に角化歯肉がなく,矯正治療,補綴治療による歯肉退縮を予防するため歯周形成手術を追加した。

1996年8月:23遊離歯肉移植術

1996年9月:13結合組織移植術

1997年3月

歯周形成外科手術の安定後(図4),14の歯槽骨のレベリングを目的とした矯正治療を開始した(図5)。

2000年6月:矯正治療終了(図6, 7

左右第一大臼歯までの咬合の長期的安定化と矯正後の後戻り防止を考慮し,16~27(27は26相当部に移動したため以後26とする。)を連結固定とした。なお,プロビジョナルレストレーション作成時,前歯部に審美的問題が確認されたために,11の遠心移動を行った。

2000年10月

プロビジョナルレストレーションにて,顎位,咬合の安定,審美性を確認した。矯正後36が僅かに頬側に傾斜していたために舌側咬頭が干渉し,咬合調整では回避できなかったために,便宜的な修復処置により咬合の回復を図った。

2001年12月:補綴治療終了SPT移行時(図810

SPTの間隔は,初回は1か月,2回目は2か月とし,SPT期では病状が安定していたため,主に咬合状態の確認を行った。以後は6か月SPTとし,口腔清掃指導とPMTC,根面齲蝕の予防のために下顎臼歯部舌側の歯根露出部にフッ化物の塗布を行った。

2002年2月

舌に圧痕が顕著に観察されるようになったのでナイトガード作成,装着した。10ヶ月後(図11)の評価にてブラキシズムの危険性が少ないことの確認後,精神的ストレスを自覚した時に装着するように指示した。

2005年11月

初診時,侵襲性歯周炎の特徴の一つである第一大臼歯で隣接面の骨吸収が認められた46より歯肉溝滲出液を採取し細菌検査(PCR-インベーダー法・BML)行ったが,A. actinomycetemcomitansP. gingivalisは検出されなかった。

2008年2月

46修復物破折のために修復処置を行った。

2018年9月:再評価(図1214

2014年出産のため1年半SPTのための来院が途絶えた。その後14,15は3~5 mmの範囲でのPPDを確認しているが,歯肉の発赤腫脹は確認できず,BOPの認められない場合もあった。また,エックス線所見による変化も認められないために,歯間ブラシの使用を中心とした口腔清掃指導とPMTCを行った。今後,BOP検査による陽性を認めた場合,再SRPを行う予定とした。

図3

再評価時の口腔内写真,エックス線写真,プロービングチャート

図4

13術後3ヵ月

23術後4ヶ月

図5

矯正治療開始

図6

矯正終了

図7

矯正装置除去後のエックス線写真

図8

SPT移行時の口腔内写真 2001.12

図9

SPT移行時のプロービングチャート 2001.12

図10

SPT移行時のX線写真 2001.12

図11

10カ月後のナイトガードクレンチング,ブラキシズムの形跡はわずかに認められる。

図12

SPT移行から17年9ヶ月 口腔内写真 2018.09

図13

SPT移行から17年9ヶ月 プロービングチャート 2018.09

図14

SPT移行から17年9ヶ月 エックス線写真 2018.09

5. 考察

侵襲性歯周炎は,全身的には健康,急速な歯周組織破壊,家族内集積を特徴とし2次的には細菌性プラークの付着が少なく,10歳~30歳,A. actinomycetemcomitansの存在比率が高く生体防御機能,免疫応答に異常が認められるとされている9)。本症例では,初診時は開業医レベルでの細菌検査は一般的ではないためA. actinomycetemcomitansの存在は確認されていない。しかしながら,19歳であることと,口腔内所見,エックス線所見から歯槽骨吸収が上顎切歯,26,46の隣接面の垂直的骨吸収に限局されていることから限局型侵襲性歯周炎(若年性歯周炎:当時)と診断した。

治療計画として,2次性咬合性外傷の回避,歯の移動防止,咬合の安定のため早期に15~25まで,スーパーボンドによる暫間固定を行った。同部位には抜歯予定歯が含まれており,早期に抜歯を行った場合,可撤式暫間義歯による2次固定,もしくは暫間被覆冠による1次固定が選択肢となる。治療計画として,口腔機能回復治療までの期間が長期化することが予想され,2次固定では咬合性外傷の回避に対する確実性の欠如,さらには最終補綴形態が決定していない段階での暫間被覆冠は推奨できないために,暫間固定を矯正治療開始まで継続した。結果的に再評価時のエックス線所見(図3)が示す通り歯槽骨は安定し良好な結果となった。しかし,深いポケットを有する歯が再評価時まで残存していたことが,口腔内の歯周病原細菌を減少させる妨げとなり,歯周基本治療の長期化につながった可能性が示唆された。今回,再SRPと併用したミノマイシンの局所投与に加えて,歯周病原細菌の減少を図る抗菌薬の全身投与の併用が,治療期間を短縮できると考えられた。

歯周病患者の矯正治療は,矯正開始前に感染源の徹底除去が必要であるが,明確な基準は示されていない10)。再評価時に抜歯予定歯以外にもBOPを認める部位が存在したものの,エックス線所見における歯槽骨の状態は安定し,質の高い口腔清掃に裏付けられた歯肉所見も良好であるため,矯正治療を開始した。また,矯正治療中も頻繁なSPTにより,歯周組織の病状安定が図られた。

最終補綴は,⑯⑮⑭⑬12⑪2122㉓㉔㉕㉖の架橋義歯とした。歯周補綴では,連結範囲の明確な基準は示されていない。本症例は若年者であることから,長期的な咬合の安定が必要となり,矯正治療をしたことから歯の後戻りによるわずかな移動が考えられたため,広範囲の連結とした。咬合接触の変化を図15にて示すが,SPT期間において特に問題は生じていないと考えている。なお,プラークコントロールの困難により28の早期抜歯を行った。

SPT移行から4年後にA. actinomycetemcomitansP. gingivalisの細菌検査を行なったが,共に検出されなかった。そのため,検査時の29才という年齢を考慮すれば侵襲性歯周炎の再発リスクは非常に少ないと考える。しかし,侵襲性歯周炎は若年者に発症することから,メインテナンス・SPTが長期間に渡る。そのために,炎症のコントロールという観点から,メインテナンス・SPTが行いやすい環境の構築と,補綴治療が必要な場合は,安定した咬合の付与に加えて審美性の回復と維持が重要である。

以上の考察から,本症例では,歯の挺出による歯槽骨の平坦化,歯肉移植により歯肉退縮の予防と審美性の持続,さらには一次固定による咬合の安定が良好な結果につながったと考える。

図15

本症例報告においては患者の同意を得た。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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