日本歯周病学会会誌
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症例報告
口唇移動術を用いてガミースマイルの改善が得られた症例の1年経過
飯倉 拓也松田 哲大竹 千尋草間 淳飯塚 奈々小澤 万純河方 知裕堀内 康志齋藤 大嵩長谷川 陽子
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2019 年 61 巻 1 号 p. 57-65

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要旨

概要:今回,上唇可動量の過剰によるガミースマイルに対し,口唇移動術を行い,1年の経過を追い,良好な結果が得られたので報告する。症例は過度な歯肉露出を主訴に来院した24歳の女性である。全身状態は良好,歯肉に炎症を認めなかった。笑った際に上顎前歯部で8 mmの歯肉露出を認め,口腔内検査所見およびX線写真検査所見より上唇可動量の過剰によるガミースマイルと診断した。

治療方針:口唇移動術に先立ち,組織の切除を行わない可逆的試験処置を行った。1週間経過観察を行い,口唇移動術を実施することを決定した。

治療経過:口唇移動術は上唇小帯を保存することにより,術後の左右非対称を防止できる改良型口唇移動術を行った。術後,口唇の運動制限を指導した。1週間後の抜糸時には,疼痛,腫脹,皮下出血を認めた。1ヶ月後には症状は消失し,笑った際の歯肉露出は上顎前歯部で8 mmから1 mmに改善し,口唇の非対称性などの合併症も認めなかった。1年間の経過観察を行い,後戻りも認められず,経過は良好で満足度は高かった。

考察:過度のガミースマイルは審美的な問題となる。ガミースマイルに対する治療法は様々あり,口唇移動術は適応可能な症例や長期予後に関して議論の余地がある。可逆的試験処置を行うことにより予知性を高めることができ,的確な診断のもと行えば,補綴や外科矯正と比較して,治療期間,侵襲の点などで優れた治療法であると考察する。

緒言

過度のガミースマイルは審美的な問題となる。笑顔は第一印象を決定する因子の一つである1)。笑った際に上顎前歯が一部しか見えない場合,リップラインは低位,歯肉が辺縁から1~3 mm露出する場合は中位,歯肉露出が3 mm以上の場合,リップラインは高位(ハイスマイルライン)と定義される1,2)。Tjanら1)は,人口の20.5%はリップラインが低位で,69%が中位,10.5%が高位であると報告している。また,Crispinら3)は,およそ50%の患者が笑った際に,上顎中切歯上部に歯肉露出を認めると報告している。歯肉露出は,病理的に問題はないが,患者の審美的な悩みになり得る。患者は,笑った際の歯肉露出を気にすると,社交性が低下し,心理的な問題を抱える4)

口唇移動術(Lip Repositioning Technique)は,上顎口腔前庭部の粘膜を帯状に除去し,口唇粘膜と歯槽粘膜を縫合することにより,上唇挙上量を制限する術式である4-6)。改良型口唇移動術は,上唇小帯を保存することにより術後の左右非対称を予防できる術式である7)。また,可逆的試験処置は口唇移動術で切除する予定の粘膜を,切除を行わず,内側に折り込み,口唇粘膜と歯槽粘膜を縫合する術式である4)。術前に上唇挙上の制限量と患者自身が制限された状態を許容できるかを確認できる。

今回,上唇可動量の過剰によるガミースマイルに対し,可逆的試験処置を併用した改良型口唇移動術を行った後,1年間の経過観察を行い,良好な結果と患者満足が得られた症例について報告する。

1. 症例

患者:24歳 女性

初診:2016年8月

主訴:歯肉の露出が気になる。

全身的既往歴,家族歴:特記すべき事項なし

現症:中肉中背で栄養状態良好,服薬なし,喫煙10本/日3年間,性格は明るく,精神疾患を疑わせる所見は認められなかった。中学生の頃より上顎前歯部歯肉の露出を気にかけており,口腔領域への審美的欲求は高いと感じられた。

口腔内所見:初診時のパノラマX線写真(図1),側面頭部X線規格写真(図2),初診時口腔内写真(図3),スマイルラインおよび,初診時顔貌写真(図4),歯周基本検査の結果(図5)を示す。

パノラマX線写真,及び口腔内所見より,齲蝕,根尖病巣,歯槽骨の吸収,顎関節の異常は認められなかった。側面頭部X線規格写真分析にはDowns法を用いた。計測項目は全て1 SD以内であり,上顎骨および上顎歯槽突起に過成長は認められなかった。笑った際に正中部で8 mmの歯肉露出を認め,スマイルラインの分類1)のハイスマイルラインであった。歯肉辺縁からCEJまでの距離は全て1 mm以下であり,萌出異常を認めなかった。口唇の幅は20 mmであり,20~24 mmと言われる成人女性の正常範囲内であった8)。上顎前歯部の歯冠形態に長径対幅径の不調和は認めなかった。第三大臼歯を除き,プロービングポケットデプスは3 mm以下であり,歯肉に炎症症状を認めなかった。また,初診時に禁煙指導を行い,現在に至るまで禁煙に成功している。

上記の検査項目より,上唇可動量の過剰によるガミースマイルと診断し,口唇移動術が適応可能であると判断した。治療法を患者に説明,同意を得た後,可逆的試験処置4)を行うことを決定した。

図1

初診時パノラマX線写真

図2

側面頭部X線規格写真

図3

初診時口腔内写真

図4

初診時顔貌写真(スマイル時)

正中で8 mmの歯肉露出を認める。

スマイルラインの分類1)のハイスマイルラインであった。

図5

初診時歯周基本検査

2. 治療経過

口唇移動術に先立ち,スケーリング,口腔衛生指導,禁煙指導を行い,初診時に55%あったPCRは15%まで低下した。禁煙開始3週間後,組織の切除を行わず口唇粘膜と歯槽粘膜を縫合する可逆的口唇移動術4)を行った。局所麻酔下で両側第一大臼歯近心部間を9箇所,絹糸(3-0 角針 18 mm 3/8エルプ糸付縫合針ブレードシルク 株式会社秋山製作所 東京)にて縫合し,上唇の可動量を制限した(図6)。縫合した状態でのスマイルラインを確認,縫合する位置を修正しながら患者に確認してもらい,患者満足が得られるまで繰り返した。可逆的口唇移動術を行った状態で1週間経過観察を行い,上唇挙上が制限された状態を患者自身が許容できるか確認,口唇移動術を行うことを決定した。

術式は上唇小帯を保存することにより,術後の左右非対称などの合併症を予防できる改良型口唇移動術7)を選択した。術前に疼痛管理のためロキソプロフェンナトリウム水和物60 mgを投与した。5万分の1エピネフリン含有2%キシロカインにて局所麻酔を行い,試験的処置を参考に切除範囲を決定,上顎右側より部分層にて剥離を行い,上皮を除去,結合組織を露出させた(図7)。Rosenblattらは口唇移動術後の粘液嚢胞を報告しており6),小唾液腺は可能な限り除去した(図7)。内側を吸収性の縫合糸(4-0 丸針 17 mm 1/2 VICRYL RAPIDEジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社 USA)にて縫合を行った。歯肉と歯槽粘膜を合わせ,絹糸(3-0 角針 18 mm 3/8 エルプ糸付縫合針ブレードシルク 株式会社秋山製作所 東京)にて,連続かがり縫合を行った(図7)。

反対側は試験的処置および右側切除組織片を参考に切除範囲を決定した。その後,部分層にて剥離,上皮の切除を行い,右側と同様に縫合を行った(図7)。縫合後,左右の対称性を確認した。切除した上皮組織を示す(図7)。アモキシシリン水和物250 mg3T分3,4日分とロキソプロフェンナトリウム水和物60 mg頓服を投与し,術後は氷嚢などで冷却するよう指示した。また,術後1週間は術野に機械的な刺激が加わらないよう会話や笑うことなど口唇の運動を制限,軟食を摂取するように指示を行った。

術後1週後に表層の絹糸を抜糸した。患者は腫脹,疼痛を訴え,皮下出血を認めた。この時点では運動制限の継続を指示した(図8)。術後1ヶ月時には腫脹,疼痛,皮下出血は消失していた。患者は喋りづらさを訴えた。笑ったときの歯肉の露出は認められず,口唇の非対称性などの合併症も認めなかった(図9)。術後3ヶ月時には,喋りづらさなどの不快症状は感じなくなっていた(図10)。術後6ヶ月時,正中部で1 mmの歯肉露出を認めた。患者の満足度は非常に高く,自分の笑顔に自信をもてるようになったと報告した(図11)。現在,術後1年が経過したが,後戻りは認められず,正中部で1 mmの歯肉露出を維持した。現在に至るまで禁煙を継続しており,歯周組織にも変化を認めない(図12)。歯肉メラニン色素沈着を認めるため,歯肉漂白の説明も行ったが,患者が希望せず,行わなかった。

図6

可逆的口唇移動術後の口腔内,口唇写真

図7

口唇移動術時の術中写真

a:可逆的口唇移動術を参考に切除範囲を決定。部分層にて剥離を行った。

b:小唾液腺を可能な限り除去した。

c:内側を吸収性の縫合糸にて縫合を行った。

d:外側に連続かがり縫合を行った。

e:右側の切除組織を参考に左側の切除範囲を決定。左側の剥離,縫合を行った。

f:切除した上皮組織を示す。

図8

口唇移動術後1週抜糸時の顔貌,口腔内写真

図9

口唇移動術後1ヶ月時の顔貌,口腔内写真

図10

口唇移動術後3ヶ月時の顔貌,口腔内写真

図11

口唇移動術後6ヶ月時の顔貌写真

図12

口唇移動術後1年時の顔貌,口腔内写真

3. 考察

ガミースマイルは,歯肉増殖,受動的萌出異常,上顎骨歯槽突起の挺出,上顎骨の垂直的な過成長,上唇の幅の異常,上唇可動量の過剰の要因が,複合して成立する9,10)。これらの要因に対する予防法は確立されていない。

ガミースマイルの治療法はさまざまある11-13)。上唇可動量の過剰が認められる症例に対しては,口唇移動術,口唇筋の分離14),筋切除術や筋部分的切除15),鼻形成術による口唇の進展16),およびボツリヌス菌の応用17,18)が治療法として報告されている。治療法の選択の際,ガミースマイルの原因を明らかにすることは必須である7)。歯槽部の挺出に対しては,矯正的な圧下が適応となり,垂直的な上顎骨の過成長に対しては,外科的な矯正治療が第一選択となるため19-21),頭部X線規格写真分析を行い,上顎骨の過成長や上顎歯槽突起の挺出の有無,顎顔面領域が対称性をもって調和しているかを評価する必要がある22)。口唇の幅が異常に短い場合,歯肉露出を呈するため,口唇の幅の評価も考慮する必要がある。Mariaら23)は口唇が短い際には,口唇移動術が適応可能と述べている。受動的萌出異常を認める場合では歯周外科が第一選択となる10,23-26)。歯肉辺縁からCEJまでの理想的な距離は1.5 mm未満といわれており,1.5 mm以上の距離が認められる場合では歯肉が歯冠を過度に被覆していると考えられる24)。また,上顎前歯部歯冠形態に問題がある場合は補綴処置の適応を考慮する必要があるため,歯冠の長径と幅径の関係の評価も必要である7)。de Castroら28)によると,上顎中切歯の幅径は長径の約80%が望ましいとされ,65~85%が許容範囲といわれており,上顎側切歯では約70%といわれている。長径幅径を計測するだけでなく,歯冠形態をよく観察し,調和がとれているか判断することが重要である。また,Garberら2)は,正常な場合,笑った際,口唇は6~8 mm挙上し,上唇可動量の過剰が認められる場合では,1.5倍~2倍挙上すると報告されている。今回の症例では,上唇挙上量は正中部で15 mmあり,上記の診断基準を満たすため,ガミースマイルの原因が上唇可動量の過剰のみと判断し,口唇移動術を適応した。

口唇移動術は,1973年RubinsteinとKostinavoskyによって初めて紹介された術式である5)。その後,多くの症例報告がされてきた。Noé Vitalら7)は歯肉切除と口唇移動術を併用した症例を報告しており,Monicaら9)は多因子が重複するガミースマイルに対し,口唇移動術,歯周外科,歯冠補綴を併用した症例を報告している。Aarthiら29)は外科矯正適応の患者に対し口唇移動術を適応した症例を報告しており,上顎骨の垂直的な過成長が認められても歯肉露出が2~4 mmならば口唇移動術が適応可能であると述べている。しかしMariaら23)は論文の中で,口唇移動術は上唇挙上量の過剰と口唇の幅が短い症例に適応可能であり,骨格性の異常および萌出異常に対しては非適応であると論じている。

今回,上唇可動量の過剰によるガミースマイルに対し可逆的試験処置4)を含めた改良型口唇移動術7)を行った。Simonら30)によると,切除する組織の幅は,意図する口唇の移動量の1/2が推奨されているが,組織の切除量と上唇可動量の減少に相関はないとされている7)。そこで,より高い予知性を得るため術前に可逆的試験処置4)を行った。試験処置を行うことにより,上唇可動量減少の確認ができ,術後の状態を患者が許容できるか確認することができる。また,切除範囲決定の指標となるため,口唇移動術の予知性を高めることができ,筆者は全ての症例において行うべきと考えている。

可逆的試験処置,口唇移動術ともに縫合糸は,Adityaら31-33)の口唇移動術の症例報告に準じて絹糸を用いた。

正確な検査,診断を行い,可逆的試験処置と上唇小帯の保存を併用することにより,口唇移動術は,上唇可動量の過剰に由来するガミースマイルに対して第一選択になり得ると考察する。

今回,日本歯周病学会の学会誌で症例報告を行うことに関して患者の同意を得た。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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