2019 年 61 巻 4 号 p. 159-167
歯周炎症表面積(periodontal inflamed surface area:PISA)は,歯周組織の炎症部の面積を表す新たな歯周病の臨床指標である。従来伝わりづらかった歯周病の炎症程度を歯科以外の医療従事者が理解する上で,有用な指標であると考えられる。しかし,歯周病の程度や治療によるPISAの基準は未だ不明である。そこで,本研究は,日本歯周病学会が設ける歯周病専門医・認定医の電子申請書類のデータから各治療フェーズにおけるPISAの値を調べ,歯周病治療に伴う炎症度の基準値を提案することを目的とした。8施設で取得した113症例を用いて,Nesseらの方法によって歯周ポケット深さとプロービング時の出血からPISAを算出した。その結果,PISAの中央値は,初診時1,271.4 mm2,歯周基本治療終了時211.8 mm2,SPT移行時52.1 mm2,そして最新SPT時30.0 mm2であった。また,PISAはBOPと高い相関を示し(p<0.001),BOPよりも鋭敏に治療効果を反映した。以上から,中等度以上の歯周炎においてPISAを用いると,初診時は表面積約1,500 mm2の歯周組織の炎症がSPT時は100 mm2未満(初診時の約7%)に減少することが明らかになった。今後,更なるデータの蓄積および詳細な分析を行いながらPISAの使用を普及させると,PISAは医科歯科連携の際に歯周病炎症を伝える指標になり得ると考える。
歯周病は歯周病原細菌に感染することによって引き起こされる歯周組織の破壊を伴う慢性炎症性疾患である。今日の歯周病の臨床検査は,細菌感染,炎症,組織破壊,そして機能障害の4つの観点から行われている。これらは,エックス線検査に加えて,ポケットプロービングデプス(PPD)やアタッチメントレベル(CAL)の測定,プロービング時の出血(BOP)の有無,そして歯の動揺度の測定が一般的である。しかし,歯周病の診断は,これらの検査結果を総合的に判断されるという特徴のために,歯科関係者以外の医療従事者や患者にとっては分かりにくいという問題がある。
一方,歯周病の炎症が様々な全身疾患に影響を及ぼし,歯周病治療は全身疾患のリスクを低下させる可能性が示唆されている1-5)。しかしながら,歯周病の全身への影響の大きさや歯周病治療の効果を客観的に表現することは難しい。ペリオドンタルメディシン(歯周医学)を広める上で,また医科歯科連携を充実する上で,他の医療従事者も理解して活用できる歯周病の評価指標が求められている。
歯周炎症表面積(periodontal inflamed surface area:PISA)は歯周組織の炎症部面積を定量的に評価できて,歯周病を一臓器の慢性炎症巣として客観的に捉えることができる新たな臨床評価指標として注目されている。PISAは,平均的な歯根長・歯根表面積を基準にしたポケット上皮の表面積(periodontal epithelial surface area:PESA)のうち粘膜下結合組織が歯肉縁下プラークに暴露し得る炎症表面積を意味し6,7),歯周組織の炎症部位の面積を平方ミリメートル(mm2)で示したものである。PISAは,高感度CRP値やHbA1c値との間に正の相関があることが報告されており8-11),炎症の指標として,また医科との情報共有における有用な指標として期待が持てる。しかしながら,未だ十分な基準値は定められておらず,歯周病治療に伴うPISAの基準も不明であるのが現状である。
そこで,本研究は,日本歯周病学会歯周病専門医・認定医の電子申請書類のデータから各治療フェーズにおけるPISAの値を調べ,従来の指標との違いを検討し,歯周病治療に伴う炎症度の基準値を提案することを目的とした。
2010年5月から2016年5月に日本歯周病学会研修施設である8大学(愛知学院大学,岡山大学,神奈川歯科大学,九州歯科大学,昭和大学,東北大学,日本大学,福岡歯科大学)で取得した日本歯周病学会専門医・認定医の申請症例113症例を対象とした。症例は各大学において,10症例以上をランダムに取集した。本研究は,岡山大学医療系部局研究倫理審査専門委員会の承認を得て実施した(2016年2月23日承認,研1602-040:歯周病臨床データベースパイロットモデルの構築)。また,この承認を基に他施設においても,各施設の倫理審査専門委員会の承認を受けて実施した。
2. 方法歯周病専門医申請書の様式8のチャート(図1)を用いて,歯周病治療の期間,現在歯数,平均PPD,そして平均BOP陽性率を確認した。治療期間は,初診(first visit:FV)から歯周基本治療(initial preparation:IP)終了まで,FVから安定期治療(supportive periodontal therapy:SPT)への移行まで,そしてSPT期間をSPT移行時から最新SPT時までの年月で求めた。PISAおよびPESAは,様式8に記載されているPPDとBOPの記録からNesseらの方法6)を参考に自動計算出力できるエクセルフォーム7)を用いて算出した。すなわち,PPDは6点法で行い,1歯単位のBOP陽性数を反映させることによって,1口腔単位のPISAを求めた。
歯周病専門医申請書様式8(改訂前)
得られた現在歯数,PPD,BOP,PESAそしてPISAのデータについて,4時点の治療フェーズの間の比較は,分布に正規性がみられなかったためFriedman検定で行った。その後,多重比較検定(4時点のすべての組み合わせ6組)をBonferroniの補正を行ったWilcoxon検定で検討し,有意水準を0.05/6の0.0083とした。また,PISAの意味合いを考察するために,各治療フェーズにおいてPISAに対する現在歯数,PPD,BOPそしてPESAとの相関をSpearmanの順位相関係数を用いて評価した。統計処理には,JMP9.0.2(SAS Institute Inc., Japan)のソフトウエアを使用した。
本研究の対象となった症例の歯周病治療の期間は,FV時からIP終了時までが平均1年3ヵ月(最短3ヵ月,最長4年10ヵ月),SPT移行時までが平均3年(最短7ヵ月,最長6年10ヵ月),SPT期間は平均2年(最短6ヵ月,最長8年10ヵ月)であった(表1)。
歯周病治療の期間
歯周治療の経過に伴い,臨床指標の値はすべて減少し,4時点の治療フェーズで有意な差を認めた(p<0.001)(表2)。
現在歯数は多くの症例で減少し,FV時の中央値27.0本から最新SPTの中央値25.0本まで減少した。FV時から最新SPT時まで不変であったものは25例,10歯以上減少したものは4例あった。なかでも,FV時とIP終了時,SPT移行時そして最新SPT時の間で有意な差があった(p<0.0001)。
主に歯周組織破壊の指標であるPPDの数値は,FV時からSPT時で113症例すべてにおいて減少した。平均PPD値は,FV時に中央値3.7 mm(最大値6.9 mm,最小値2.7 mm),IP終了時に中央値2.7 mm(最大値4.5 mm,最小値1.5 mm),SPT移行時に中央値2.2 mm(最大値3.0 mm,最小値1.4 mm),そして最新SPT時に中央値2.3 mm(最大値3.1 mm,最小値1.6 mm)であった。SPT移行時と最新SPT時の間を除く,FV時とIP終了時,FV時とSPT移行時,FV時と最新SPT時,IP終了時とSPT移行時,IP終了時と最新SPT時の2時点の治療フェーズ間で有意な差があった(p<0.0001)。
炎症の指標であるBOPの陽性率は,FV時からSPT時で113症例すべてにおいて減少した。FV時の中央値52.0 %(最大値100 %,最小値9.0 %)からIP終了時に中央値14.2 %(最大値53.6 %,最小値2.5 %)に減少し,さらに,SPT移行時の中央値4.4 %(最大値44.0 %,最小値0.0 %)から最新SPT時に中央値2.7 %(最大値23.2 %,最小値0.0 %)に減少した。2時点間の比較検定の結果は,SPT移行時と最新SPT時の間を除いて有意な差があった(p<0.0001)。
ポケット上皮の表面積を表すPESAの数値も,同様に減少し,SPT移行時と最新SPT時の間を除く2時点間で有意差を示した(p<0.0001)。PESAは,FV時の中央値2,154.0 mm2(最大値4,195.8 mm2,最小値1,201.4 mm2)からIP終了時に中央値1,306.6 mm2(最大値2,855.9 mm2,最小値624.2 mm2)へと減少した。SPT期間の中央値は,移行時1,012.3 mm2(最大値1,599.2 mm2,最小値514.4 mm2)から最新時1,009.7 mm2(最大値1,718.7 mm2,最小値480.8 mm2)へと変化した。
歯周病の炎症部表面積を表すPISAの数値は,113症例すべてにおいて減少し,2時点間の比較結果は同様に,SPT移行時と最新SPT時の間を除いて有意な差があった(p<0.0001)。PISAは,FV時の中央値1,271.4 mm2(最大値4,190.2 mm2,最小値185.6 mm2)からIP終了時に中央値211.8 mm2(最大値1,470.7 mm2,最小値0.0 mm2)へと減少した。SPT期間においては,移行時の中央値52.1 mm2(最大値502.5 mm2,最小値0.0 mm2)から最新時に中央値30.0 mm2(最大値357.8 mm2,最小値0.0 mm2)へと減少した。
各治療フェーズにおける臨床指標
各治療フェーズにおいて,PISAとその他の臨床指標との順位相関を検討したところ,PESAとPPDはFV時ではPISAと相関が強かったが,SPT期になると弱くなった。それに対して,BOPはどのフェーズでも一貫して強い相関となった(表3)。さらに,FV時を基準とした各臨床指標の治療フェーズ毎の割合を比較すると,PISAはBOPよりも割合(率)が小さく,歯周治療に感度よく反応していた(表4)。
各治療フェーズにおけるPISAと他の臨床指標との相関
各治療フェーズにおけるFV時を基準とした各臨床指標の割合
FV:初診時,IP:歯周基本治療終了時,SPT1:SPT移行時,SPT2:最新SPT時
我々は今回,日本歯周病学会研修施設における歯周病専門医・認定医の電子申請書類を用いて,臨床データの解析を行った。電子化された情報を利用して,歯周病の治療指針として反映できる臨床データベースを構築することは,今後の新たな研究のみならず医科歯科連携時の歯周病状態の理解にも活用できるため,高い意義があると考えられる。歯周病専門医・認定医申請症例は,すべて歯周病治療に成功した改善症例であるという前提があり,実際に表2に示すとおり,臨床指標が十分に改善している。本研究の目的は各治療フェーズにおけるPISAの基準値を提案することであるため,治療が進み歯周病の改善した状態で基準となる数値を求めるには,適していると考える。基準値が明らかになることは,歯周治療の効果を客観的に評価する上でも有用である。今後,通常の治療にうまく反応しない症例などのPISAを検討することにもつながる。さらに,申請症例は,SPT時に適正に機能している残存歯が10本以上存在していることが条件になっているため,咬合が崩壊した症例や無歯顎に近くPESAがゼロに近いような症例も除外されている。PESAおよびPISAは現在歯数によって影響を受ける値であり,現在歯数は咀嚼機能や咬合状態にも影響する。現在歯数が少ない症例の基準を求められない点は,専門医申請症例を用いる限界の一つではあると考えられる。
本研究結果から,中等度以上の歯周病患者の治療指標としてPISAを用いると,初診時は表面積にして約1,500 mm2だった炎症がSPT期には約100 mm2未満に減少することが明らかになった。すなわち,1辺が約40 mmの正方形の面積分から約10 mmの正方形の面積分に変化することを意味する。このように,PISAはこれまで歯科以外の医療従事者に伝わりづらかった歯周病の炎症程度を一つの項目で示すことができ,理解されやすい指標と思われる。PPDやBOPなど,従来の歯周病の状態を示す指標と比較しても,治療に対して最も鋭敏に反応する(表4)ため,変化が分かりやすいという利点がある。
分かりやすさだけでなく,全身疾患,とりわけ糖尿病との関連が既に報告されている。2型糖尿病患者においてPISAが高いほどHbA1cの値は高く,PISAが333 mm2増加するごとにHbA1c値が1.0%増加したという報告9)や,2型糖尿病患者において歯周炎の有無に関わらず,HbA1c値とPISAの間に線形関連があったとする報告10)がある。一方で,2型糖尿病の治療を受けている軽度歯周病患者においてはPISAとHbA1c値の間に関連がないという報告11)もある。そこで一般的に歯周病が関連すると考えられる疾患においては,医科―歯科連携時に歯周あるいは全身の炎症状態の共有や関連する全身疾患のスクリーニングの依頼時にPISAを用いることを想定すると,歯肉増殖や免疫抑制をもたらすような疾患の状態や治療の影響によってはPISAの値が変動する可能性を考慮する必要がある。
その他の疾患では,Leiraら12)が,ラクナ梗塞患者においてPISAが727 mm2以上では脳梗塞の予後不良が予想されると報告している。また動脈硬化症に関するものとして,重度の歯周炎患者に対して歯周治療を12ヵ月施すと,PISAの変化量が脈波伝播速度(PWV),脈波増大係数(AIx),中央脈圧(PPao)そして周辺収縮期圧(RRsys)の変化量と相関を有することから,歯周炎症の改善は血管の健康に有益であるかもしれないとも報告13)されている。さらには認知症に関するものとして,5年間の追跡調査から,PISAの増加と軽度認知障害の発症との間に有意な関連が認められるという報告14)もある。以上のことから,PISAは医科歯科共通の歯周病炎症の指標として有用と言える。
特筆すべきことに,PISAは従来の歯周組織検査で得られるデータを用いて求められるため,新たな検査方法や手技などは必要なく,歯科医療従事者にとっても導入しやすいということがある。電子カルテ上で検査結果を入力すれば,自動でPISAも表示されるような歯周組織検査のプラットフォームがあれば,より普及しやすいだろう。実際に,日本歯周病学会の専門医・認定医申請のフォームには取り入れられるようになった(図2)。一方で,PISAは術者の検査手技による影響を受けるという欠点がある。PISAは歯周組織検査で得られるPPDおよびBOPの数値を用いて求められるが,歯周組織検査精度は術者の手技によるところが大きく,結果に差が出る可能性がある。また,PISAの算出方法に着眼すると,広く引用されているNesseの論文6)の原法では,PPDではなくCALと歯肉退縮量の測定値を用いているが,日常保険診療で一般的に使用しているPPDではなくCALを使用することは従来の診療への負担である。そこでparsprototo.infoのWebサイト7)に別法としてCalculate PISA using Probing Pocket Depthという自動計算可能なエクセルフォームが掲載されているので,本研究においてこれを利用した。
歯周病の重症度によるPISAの基準値に関しては,専門医申請症例が中等度以上の歯周病を対象としているため,本研究からは不明であった。最近,歯周炎の重症度ごとに分類した各20人の群を比較し,PISAの平均値を求めた報告15)がなされた。重度歯周炎患者の平均値は2,309.42 mm2,中等度歯周炎では645.66 mm2と報告されているため,これらを合わせると中等度以上歯周炎患者40人の平均値は1,477.54 mm2になる。この値は,本研究結果から得られた初診時PISAの平均値1,459.0 mm2および中央値1,271.4 mm2と近似していて,中等度以上の歯周炎患者においてPISAが約1,500 mm2という基準値は妥当であると考えられる。また,健常者の平均値は34.30 mm2という報告に対し,本研究においてSPT期にはPISAの平均値69.8および59.3 mm2,中央値52.1および30.0 mm2であった。一方で,SPT期のPISAの最大値は,502.5および357.8 mm2であった。これらのことから,理想的に治癒した場合は,健常者と近い2桁の値,すなわち100 mm2未満になるといえる。しかしながら,依然として報告数は少ないため,今後の課題として,患者背景等を含めた情報のさらなる蓄積およびデータベース化を進め,歯周病の分類や重症度も加味したPISAの明確な基準値を求めることが挙げられる。
また,PISAを歯周病細菌に対する血清IgG抗体価や咀嚼能率といった感染や口腔機能の臨床指標と併せて医科歯科共通の臨床検査指標とするためには,まずは歯科医療従事者にとって一般的な指標となるよう,より簡便に値が求められるような工夫と啓発活動が今後必要である。
歯周病専門医申請書様式8(改訂後)
日本歯周病学会の歯周病専門医・認定医申請に用いられた8施設113症例の電子申請書類データから各治療フェーズにおけるPISAの値を調べた結果,中等度歯周炎におけるPISAは,初診時には約1,500 mm2であり,SPT期には100 mm2未満(初診時の約7%に相当)まで減少することが示された。また,炎症の指標であるBOPと高い相関を示したが,BOPよりも鋭敏に治療効果を反映した。
本研究班は,日本歯周病学会の臨床研究ワーキンググループの一つである。
解析症例の収集では,共同研究施設の医局員の皆様に申請症例をご提供頂き,協力を得た。また,データの集計では,岡山大学大学院医歯薬学総合研究科歯周病態学分野医局員の皆様に協力を得た。
本論文の要旨は,第61回春季日本歯周病学会学術大会(東京,2018年6月2日)および第25回日本未病システム学会学術大会(東京,2018年10月27日)において発表した。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態は以下の通りです。
著者の三辺正人,山本松男,佐藤秀一,三谷章雄,中島啓介,高柴正悟はPISAの利用普及を図る日本歯周病学会の理事である。また,著者の漆原譲治は「日本歯周病学会の専門医・認定医申請のフォーム」の開発者であり,同フォームを日本歯周病学会へ納品している。しかし,他の著者は,本研究の遂行および本論文の作成にあたり,開示すべき一切の利益相反はない。