日本歯周病学会会誌
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症例報告
43年間歯科治療歴のない結節性硬化症患者の歯周治療経験
秋本 由香利関野 仁小暮 弘子
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2019 年 61 巻 4 号 p. 187-196

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要旨

歯科適応困難な結節性硬化症の重度歯周炎患者に対して,全身麻酔下での全顎のスケーリング・ルートプレーニング(SRP)と静脈内鎮静法下でのサポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)を行い,良好な経過を得た症例について報告する。

患者は43歳男性で,歯が揺れているという主訴で来院した。患者はこれまで歯科治療への拒否が強く,一度も治療を受けていなかった。口腔内は全顎的に著しい歯肉の炎症,深い歯周ポケット,歯の強い動揺を認めた。重度知的能力障害により,患者自身でのブラッシングが困難でブラッシング介助に対しても拒否が強かった。歯周治療は全身麻酔下で抗菌療法を併用した全顎のSRPを行い,1ヶ月間隔のSPTを継続した。その結果,歯周組織は改善しブラッシング介助への受け入れが良くなる,患者の笑顔が増えるなどの生活面の変化も認めた。

障害者は歯周疾患に早期に罹患し,壮年期には重症化することが少なくない。しかし,患者のニーズがあるにもかかわらず,重度障害者を受け入れられる歯科診療所が限られていることや,受診先を検索する際の患者への情報提供不足などから,歯科が介入できていないという実情もある。本症例から,障害者歯科医療の問題を認識し,歯周病リスクの高い障害者においては早期に歯科受診につなげる一次,二次,三次医療機関の連携や歯科と学校,障害者施設など地域とのネットワークの強化が必要であると考えられた。

緒言

障害者は,知的能力や運動機能の遅れ,全身疾患の合併など様々な要因により,プラークコントロールが不良であることが多く1,2),歯周病管理が困難である。障害者の歯周病管理を成功させるには,個々に合わせた歯周治療とホームケアの補完を継続して行っていくことが必要である。しかし,患者のニーズがあっても重度障害者を受け入れられる歯科診療所は限られており,また,在住する地域性や情報不足などから,受け入れ先を探すことも困難という現状がある。さらに,重度障害者を受け入れられる歯科診療所の中でも,より専門性が必要な重度歯周炎患者の治療は困難を要するため,障害者専門の歯科医療機関に通院していたにも関わらず,病状が悪化してしまう場合もある。

本症例は,重度知的能力障害を伴う結節性硬化症(tuberous sclerosis complex:TSC)患者で,保護者が歯周病に気付くも歯科診療への拒否が強く,一度も歯科治療を受けられなかったため病状が悪化してしまった。TSCは全身の血管性線維腫を特徴とする遺伝性の全身疾患で,原因遺伝子として,9番の染色体上のTSC1遺伝子と16番の染色体上のTSC2遺伝子が同定されている。これらの遺伝子変異にともない,脳神経系,腎臓,肝臓,肺,消化管,骨などほぼ全身に血管性線維腫や皮膚の白斑,知的能力障害,てんかん,自閉スペクトラム症などを高頻度で合併する。口腔内は歯肉線維腫やエナメルピット(多発性小腔),抗てんかん薬の副作用による歯肉増殖の発現率が高く,歯周炎のリスクファクターとなる3)

今回は,歯科適応困難なTSCの重度歯周炎患者に対して,全身麻酔下での全顎のスケーリング・ルートプレーニング(SRP)と静脈内鎮静法下でのサポーティブペリオドンタルセラピー(SPT)を行い,良好な経過を得た症例を報告する。

なお,論文掲載については,患者および保護者に十分な説明を行い文書により同意を得ている。

症例

患者:43歳,男性

主訴:歯が揺れている

初診日:2016年 8月

現病歴:9歳頃から,母親が患者の口臭や歯肉からの出血が気になるようになり,15歳時に,上下顎前歯部の歯石沈着に気付く。43歳時に,障害者通所施設から歯の動揺の指摘を受け,母親が歯の揺れに気付く。

歯科既往歴:15歳時に,一般歯科医院を受診したが,診療室に入れないほど拒否が強く,口腔内診査も困難であった。その後,数ヶ所で歯科受診を試みるが患者の拒否が強い様子に母親が悲観し,治療をあきらめ放置していた。43歳時に,障害者通所施設の歯科検診で歯の動揺を指摘されたため近隣の一般歯科医院を受診するも,治療困難で東京都立心身障害者口腔保健センターを紹介された。

全身既往歴:生後6ヶ月に結節性硬化症とてんかんの診断を受ける。結節性硬化症により顔面に多数の血管性線維腫があり,てんかんは意識消失を伴う発作が週1回の頻度で起こる。抗てんかん薬を生後6ヶ月より服用している。重度知的能力障害があり,発語や発声はなく,靴の着脱など簡単な指示理解は可能だが日常生活動作はほぼ全介助である。

服用薬:スルチアム,バルプロ酸ナトリウム,カルバマゼピン,クロナゼパム,アセタゾラミド。

家族歴:両親ともに69歳。母親は右下肢に運動機能障害がある。両親ともに20代からう蝕や歯周病で臼歯部を喪失し,インプラントや義歯を使用している。

歯科適応:口腔内診査で強い体動,頭振り,開口拒否,著しい嘔吐反射があり,開口器を使用すると嘔吐することがある。

口腔衛生:セルフケアの習慣はない。歯ブラシを渡しても受け取らず,振り払ってしまうなどの拒否がみられる。介助者によるブラッシングは1日3回で,朝と夜は母親,昼は障害者通所施設の職員が実施する。市販のヘッドが小さい歯ブラシを使用し,歯磨剤,補助清掃用具の使用はない。患者は介助に対して拒否が強く,頭振りや嘔吐反射,開口拒否があるため臼歯部まで歯ブラシを挿入できない。母親は,歯周病の知識が乏しく,患者の口腔に対しての意識が低い。

生活環境:両親と3人暮らし。18歳から平日は障害者通所施設に通っている。

1  現症

1) 口腔内所見

全顎的に多量のプラーク付着,歯肉縁上歯石の沈着を認めた。歯肉は全顎的に線維性で著しい発赤,腫脹,出血,排膿を認めた。また,全顎的に歯の動揺,強い口臭を認めた。O'Learyらのプラークコントロールレコード(PCR)は91.1%であった。#12に舌側転位と捻転,#35に舌側転位,#37と#47に舌側傾斜,#48は水平埋伏を認めた。現在歯数は32本であった(図1)。

図1

初診時口腔内写真(2016年9月)

2) エックス線所見

全顎的に歯槽硬線の消失,歯根膜腔の拡大,中等度から重度の水平性骨吸収,多量の歯肉縁下歯石の沈着を認めた。#16,26,36,46に垂直性骨吸収,#44に歯根横破折を認めた(図2)。

図2

初診時エックス線写真(2016年9月)

3) 歯周組織所見

プロービングポケットデプス(PPD)は平均 6.2 mmで,4-6 mmは54.3%,7 mm以上は37.5%,プロービング時の出血(BOP)は100%であった。歯の動揺は全顎的にMillerの分類でIからII度認められ,#36,44,45はIII度であった(図3)。

図3

初診時歯周病検査結果(2016年9月)

2  診断

広汎型重度慢性歯周炎

3  治療計画

1) 歯周基本治療

(1)全身麻酔下で抗菌療法を併用した全顎のSRP,#36,44の抜歯

(2)口腔衛生指導

2) 再評価

3) SPT

薬物的行動調整法(笑気吸入鎮静法,静脈内鎮静法)下で行う

4  治療経過

1) 歯周基本治療(2016年8月から2017年1月)

(1)口腔内診査

初診時,ユニット上で水平位になり,ミラーを使用した口腔内診査は可能だが,プローブなど鋭利な器具に対しては,著しい頭振りと体動,開口拒否がありプロービングやエックス線撮影は行えなかった。

(2)全身麻酔下での歯周病検査,スケーリング,SRP(1ヶ月以内で2回に分けて実施)

・全身麻酔下治療1回目(2016年9月)

抗菌薬アジスロマイシン(ジスロマックSR成人用ドライシロップ2 g)を施術日の2日前に経口投与した。

全身麻酔はプロポフォールで急速導入し,笑気,酸素,セボフルランで維持した。

術中は,口腔内写真撮影,歯周病検査,エックス線撮影(デンタル10枚法)後,全顎のスケーリングを行った。歯肉縁上は超音波スケーラー(スプラソンP-MAX2)にてスケーリングチップ#1を使用した。歯周ポケット内はスケーリングチップ#1,1Sを使用し,チップが到達できる範囲までの歯肉縁下スケーリングを行った。#18,28,36,44は抜歯した。麻酔時間は3時間53分であった。

・全身麻酔下治療2回目(2016年10月)

抗菌薬は投与しなかった。全身麻酔はプロポフォールで急速導入し,笑気,酸素,セボフルランで維持した。

術中は,全身麻酔下治療1回目でチップが到達していない深い歯周ポケットや根分岐部に対して超音波スケーラー(スプラソンP-MAX2)のペリオチップH3,HY1,TK1-1S,TK2-1R,TK2-1 Lにて全顎のSRPを行った。歯石の取り残しが確認できる部位は,グレーシーキュレットを使用した。麻酔時間は4時間5分であった。

(3)全身麻酔下での治療後,再評価までの期間(2016年10月から2017年2月)

2回の全身麻酔下治療後ともに,発熱などの偶発症は認められなかった。

口腔衛生指導は,まず,母親に歯周病の原因,症状,患者の口腔内状況と治療方針について伝え,プラークコントロールの重要性と定期的な通院の重要性を説明した。患者は母親によるブラッシングへの拒否がみられたため,歯肉に痛みを与えないよう軟毛の歯ブラシERAC 541Sを選択し弱い力で,歯頸部を磨くよう指導した。また,ブラッシング介助時,母親と患者にとって無理のない姿勢や,歯ブラシを動かすスペースを確保するため,指で口唇と頬を排除する方法を指導した。頭振りへの対応は,母親から無理やり患者を抑えたくないとの要望があったため,頭振りが出た場合は一度歯ブラシを口腔外に取り出し患者の様子が落ち着いてから再開するようにした。嘔吐反射への対応は,嘔吐反射が出にくい前歯部唇舌側面や臼歯部頬側面から磨き,臼歯部舌口蓋側面は少しずつ奥へ移動させていき,嘔吐反射が出たらすぐに歯ブラシを口腔外に取り出し,嘔吐反射が落ち着いてから再開するようにした。補助清掃用具の指導は,母親が高齢であるため負担を考慮し,現段階では行わないこととした。歯磨剤は,根面カリエスと知覚過敏予防のため,フッ化物の応用としてLION チェックアップジェルを処方した。

口腔衛生指導2回目には,母親のホームケアへのモチベーションが向上し,患者の受け入れもやや向上した。セルフケアは,指導を試みたが初診時と同様に,歯ブラシを渡しても振り払ってしまい困難であったため指導は行わないこととした。母親から,口臭がなくなり周囲からも言われるようになった,笑顔が増えたなど,患者の変化について報告があった。

全身麻酔治療後のプロフェッショナルケアは,3週間間隔で3回の歯肉縁上スケーリングとProfessional mechanical tooth cleaning(PMTC)を,レストレイナーを使用した体動コントロール下で実施した。系統的脱感作やオペラント条件付けなどの行動療法や笑気吸入鎮静法を併用したが,特に舌,口蓋側の処置に対して頭振り,嘔吐反射が著しく,明らかな患者の行動変容は認めなかった。

2) 再評価(2017年2月),SPT移行時

口腔内写真撮影,歯周病検査,エックス線撮影は静脈内鎮静法下で行った。静脈内鎮静法は,ミタゾラムで導入し,プロポフォールで維持した。鎮静時間は1時間であった。

PCR 81.5%,PPD平均 2.6 mm,4-6 mm 14.8%,7 mm以上 0%,BOP 37.7%でPCRは高値だが,全顎的にプラーク付着量が減少し,PPDとBOPは大幅な改善を認めた(図4, 5)。欠損補綴は患者の歯科適応や口腔清掃の困難性から行わないこととした。部分的に歯周ポケットは残存するが,歯周外科治療は行わず1ヶ月間隔のSPTに移行した。

図4

SPT移行時口腔内写真(2017年2月)

図5

SPT移行時歯周病検査結果(2017年2月)

3) SPT中(2017年3月から)

1ヶ月間隔の静脈内鎮静法下でのSPTを継続した。処置時は体動や頭振り,開口困難,嘔吐反射がみられたため,レストレイナーによる身体抑制下で体動をコントロールしながら,生体情報モニターでの全身状態の観察,気道閉鎖,舌根沈下に注意して処置を行った。また,開口器を挿入している時間が長くなると嘔吐反射が誘発される傾向にあったため,頻回に開口器を外して休ませるなどの配慮をしながら処置を行った。

SPTは,口腔衛生指導,PMTC,歯肉縁上スケーリング,歯肉縁下デブライドメントを行った。口腔衛生指導は,歯肉の炎症が軽減されたため,短時間で効率よくプラーク除去することを目的に,ヘッドが大きく広範囲を磨ける歯ブラシGC Grappo B-30に変更した。また,歯間ブラシの清掃効果と重要性を母親に説明し,SPT移行時から歯間ブラシの導入を開始した。Tepeオリジナル歯間ブラシLLサイズを処方したが,臼歯部は嘔吐反射があり困難であった。そのため,前歯部から慣らしていき,臼歯部は可能な範囲で行うよう指導した。その結果,前歯部の歯間ブラシの使用が習慣化し,プラーク付着量が減少した。

4) SPT時(2018年2月)

再評価は静脈内鎮静法下で行った。PCR 86.1%,PPD平均 2.6 mm,4-6 mm 17.3%,7 mm以上 0.6%,BOP 58.6%であった(図6, 7)。エックス線所見では,明らかな歯石の沈着はなく,歯槽骨の吸収が進行した部位は認めなかった(図8)。PPDは維持しているがPCRとBOPは高いため,1ヶ月間隔の静脈内鎮静法下でのSPTを継続することとした。

口腔衛生指導は,歯間ブラシの使用の重要性を再度説明し,習慣化の継続を促した。また,施設職員への協力を依頼することを母親に提案し,施設職員への指導を開始した。方法は,母親を介して書面でやりとりをすることとした。施設でのブラッシング状況に関する情報収集後,プラークが付着しやすい部位と磨き方を記載した視覚的媒体を作成した。その結果,プラーク付着量が軽減し,施設職員から患者の口腔内に関する質問が出たり,歯石がなくなり口腔内がきれいになったとの報告をもらうことができた。

図6

SPT時口腔内写真(2018年2月)

図7

SPT時歯周病検査結果(2018年2月)

図8

SPT時エックス線写真(2018年2月)

考察

本症例は重度知的能力障害者で歯科治療に対して非協力のため,長期間歯科が介入できずに歯周病が重度に進行してしまった。現病歴より,若い年齢から歯周病が発症していたと思われるが,重篤化した主な病因は,局所因子としてプラークコントロール不良が挙げられる。小笠原ら4)は,重度障害者の口腔清掃状態の値(OHI-S)は高く,その要因としてセルフケアの困難さや介助者によるブラッシングの負担が大きいことを報告している。本症例においても重度知的能力障害によりセルフケアを全く行えないことや,母親によるブラッシング介助に対しても拒否や嘔吐反射が強いことで長期間のプラーク感染状態が継続してしまった。また,歯科受診ができなかったという環境因子も本症例においては非常に重要であった。これには患者側と医療者側,双方に問題があり,患者側では,重度知的能力障害や歯科治療未経験による著しい体動や開口維持困難などの不適応行動や,歯科通院するも治療ができなかったという母親の失敗体験の繰り返しによる落胆やあきらめという否定的感情が通院中断につながったことが挙げられる。医療者側では,当時の受診先が一般開業医であり,歯科治療への拒否の強い本症例に対応ができなかったことや高次医療機関との連携がなかったことが挙げられる。また,患者が居住している地区にも障害者歯科における二次医療機関と位置づけられる口腔保健センターが設置されていたにもかかわらず,患者側に認知されていないという医療者側の情報提供不足も間接的に患者の口腔内状況を悪化させる要因であると考えられた。

一般的な歯周治療の流れでは,プラークコントロールを改善するため口腔衛生指導を優先して行うが,本症例ではSRPを行った後に口腔衛生指導を開始した。これは,重度知的能力障害者は社会性やコミュニケーション能力が劣るため,症状や痛みに対する訴えが言葉ではなく行動に表れやすく,口腔内に問題があるとブラッシング拒否や,開口拒否などの不適応行動につながりやすい5,6)ことを考慮した。また,患者は言葉で症状や痛みを訴えることはないが,母親や歯科衛生士によるブラッシング介助に対して,頭振り,開口拒否などの非常に強い不適応行動を示した。専門家でも適切なブラッシングが困難な状況で,ホームケアでプラークコントロールを向上させることはできないと判断し,まずはプロフェッショナルケアを優先して行い,歯周組織の改善を図ることで痛みや不快症状のない口腔内をつくる方針とした。

歯周治療では,アジスロマイシンの経口投与による抗菌療法を併用した全身麻酔下の全顎SRPを実施した。八島ら7)やGomiら8)はアジスロマイシンを術前投与した全顎のSRPは,抗菌療法を併用せず分割して行った場合と比較して,歯周ポケットの深さとBOPの改善率が高く,黒色色素産生グラム陰性桿菌群の後戻りがないこと,また,one-stage full-mouth disinfectionで高頻度に発生する術後の発熱9)を抑制できることを報告している。抗菌療法を併用することで,より高い治療効果が期待できることや,全身的リスクの多い障害者の治療において術後の偶発症のリスクを軽減できることは非常に有用である。本症例であれば,術後の発熱等の体調不良がてんかんの重積発作を誘発するなどの重篤な偶発症に移行する可能性もある。また,障害者の服薬ではアドヒアランスが難しいことがあるが,ジスロマックのドライシロップタイプは1回のみの服用で1週間の効果が持続するため使用しやすい。歯周治療における抗菌療法は,細菌学的観点からだけではなく,患者の口腔内状態や全身状態など,多角的に使用の必要性を考慮する必要があると思われる。

全身麻酔下での全顎SRPでは,超音波スケーラーを主に使用した。HallmonとRees10)やWennströmら11)は,超音波スケーラーと手用スケーラーの効果を比較し,根面粗造性の差は臨床的に影響がなく,超音波スケーラーは治療時間の短縮や術後の痛みが少ないことを報告している。特に重度知的能力障害者は痛みや不快症状が日常生活に影響を及ぼす6)可能性があるため,知覚過敏,術後の痛みや不快症状を最小限にする必要があり,SRPは慎重に行わなければならない。本症例では超音波スケーラーを主体とした結果,プラークコントロール不良な状態であったにもかかわらず歯周ポケットやBOPは著しく改善し,術後の不快症状の出現も認めなかった。

歯周基本治療後は,歯周外科治療を選択することもあるが,プラークコントロール不良の状態での歯周外科治療は,経時的に歯周ポケットの増加とアタッチメントロスが生じる12)ことや長期的にみるとSRPと歯周外科治療後の歯周ポケットの変化の差は少ない13,14)という報告がある。本症例の歯科治療への協力性の問題から,歯周外科治療は全身麻酔が必要なことや術後の口腔内管理も困難であると考えられ,これらのことから総合的に判断して歯周外科治療ではなく,短期間でのSPTに移行することとした。SPT移行後は,母親や施設職員のブラッシング介助が習慣化し,モチベーションも向上した。この理由として,1回で全顎のSRPを行ったことで,症状が短期間で劇的に改善し,その状況を介助者も実感しやすかったことがある。介助者からは,非常に強かった口臭の消失,ブラッシング時の歯肉からの出血の消失,歯肉の色の改善や歯石がなくなるなどの視覚的な変化が聴取された。また,歯周組織が改善したことにより,痛みや不快症状が軽減し,ブラッシング介助に対する患者の拒否が減少したことも介助者の行動変容につながった要因と考えられた。介助者によるブラッシングは,その動きや圧力が適切でなければ拒否につながる可能性があり,磨く側の日々の負担を可及的に低減しなければ継続的な効果を得られにくい15)。今回,母親は高齢で右下肢の運動機能に一部障害があることから,身体的負担を考慮し,清掃効率の高い清掃用具の選択16)や,ブラッシング介助時の姿勢,口唇・頬粘膜の排除方法など段階を踏んで支援を行った。また,Elmerら17)は改善した口腔衛生状態を保つには,繰り返し指導を行い強化していくことの重要性を述べており,本症例においても来院時に繰り返し指導を行った結果,母親のモチベーションを維持することができたと考えられた。さらに,プラークコントロールの向上と母親の負担軽減を目的に,患者が通所する施設職員にも口腔衛生指導を行ったことで,ホームケアにおけるプラーク付着量の減少につながったと考えられた。

SPTの実施間隔は,高齢である保護者のホームケアの負担軽減や,プラークリテンションファクターとなるエナメルピット,著しい歯肉退縮,歯の強い動揺などからホームケアによるプラークコントロールが困難であることを考慮して1ヶ月に設定した。Magnussonら18)は,SRP後のプラークコントロールが十分に行われていないと細菌学的には4週から8週で歯肉縁下細菌叢の後戻りが起こると報告している。そこで石井ら19)は,健康な口腔内を維持するためには,歯肉縁下細菌叢が後戻りを起こす前の1ヶ月間隔のSPTが重要であると述べている。本症例もPCRが高値であったが,SPT毎にPPD4 mm以上の部位に対して超音波スケーラーによる歯肉縁下デブライドメントと全顎の歯肉縁上のデプラーキングを行ったことにより,歯周組織が安定して維持されたと考えられた。また,患者の歯科適応から,SPTは静脈内鎮静法下で行った。静脈内鎮静法の頻度に関する指標は特にないが,術前は患者の体調や服薬内容の変更を情報収集し,術中のバイタルサインに異常が観察されれば,血液検査や医科への対診を行うなど,適宜静脈内鎮静法の適応を判断する必要がある。また,プロポフォールの使用が長期間になると,薬物耐性が起こり20),鎮静深度の調整が難しくなることがあるため,偶発症の発生に十分注意することが大切である。

本症例で応用した歯周基本治療とSPTの術式により,ホームケアが困難でプラークコントロール不良な状態であっても,歯周組織は大幅に改善し維持することができた。この結果は,非外科的な集中治療と短期間のSPTの継続により,歯周ポケット内の細菌叢をコントロールできる可能性を示唆している。さらに,本法は何らかの理由でプラークコントロールが行えない,習慣化しない対象者や,高血圧症や糖尿病などの基礎疾患のある有病者や高齢者など,外科的侵襲にリスクのある対象者においても有効であると考えられる。

本症例を通して,障害者の口腔健康管理には,早期の歯科介入と長期的な管理が重要であることを実感した。障害者は健常者と比べて早期に歯周疾患に罹患しやすく重症化しやすい。これは器質的障害や機能的制約,生活環境など様々な要因が関わっている21)。玄ら22)は,障害者歯科医療の実態調査による障害者の要望分析にて,歯科受診未経験者が全体の11.1%を占め,その理由として歯科的に問題がなかった人が65.3%,治療や通院が困難,受診可能な医療機関がわからないなどが26.6%であった。また,治療だけではなく定期健診や専門的な口腔衛生指導を希望する者が69.9%を占めており,重度障害者にその割合が高かったと報告している。これらの結果から,患者には歯科治療や予防のニーズがあるにもかかわらず,医療者側の受け入れ体制が十分ではないという障害者歯科の課題が明らかになっている。障害者の歯科へのニーズが高くなっていることからも,特に歯周病リスクの高い対象者の口腔健康管理には,早期の歯科受診と長期的な管理につなげる一次,二次,三次医療機関の連携や学校,障害者施設など地域とのネットワーク,医科歯科連携の体制の強化が重要であると考えられた。

なお,本症例報告の要旨は,第61回春季日本歯周病学会学術大会(2018年6月2日)においてポスター発表した内容に一部追加,改変して掲載した。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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