日本歯周病学会会誌
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原著
職域成人の歯周病検診への全顎6点法検査の導入―歯周病検診における評価法の検討―
室田 和成深谷 千絵片山 明彦庵原 英晃森川 暁井原 雄一郎中山 亮平那須 真奈飯島 佑斗奥原 優美宮下 陽子宮下 達郎中川 種昭
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2020 年 62 巻 4 号 p. 209-217

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要旨

歯周病の有病率に関して,産業歯科検診にて全顎6点法検査を用いて横断的に調査した。対象は,某企業の従業員で2017年に歯周病検診を受診した者2,790名で,本研究への協力に同意の得られた者は2,521人(20-69歳)であった。口腔健康行動は自記式質問紙で調べた。検査法の評価のため,4 mm以上の歯周ポケットを有する者の割合,歯肉出血を認めた者の割合に関して,全顎6点法検査とCPIで算出した結果を,χ2検定を用いて比較検討した。また,口腔健康行動と4 mm以上のポケット有無の相関に関してもχ2検定にて評価した。全顎6点法検査を用いた場合,4 mm以上の歯周ポケットを有する者の割合,歯肉出血を認めた者の割合のどちらもCPI方式で算出した結果に対し,4%高い結果となった(p<0.01)。特に,検出率の差は40代と50代において顕著であった(p<0.05)。口腔健康行動と4 mm以上のポケットを有する群との相関はかかりつけ歯科医の有無(p<0.01),メインテナンスの有無(p<0.01),喫煙歴(p<0.01)に認められた。

以上から,歯周病検診に全顎6点法検査を用いることにより歯周疾患患者の見落としが減少する可能性が示唆された。特に,40代,50代での有用性が年代別での統計解析結果から示された。加えて,かかりつけ歯科医やメインテナンス,禁煙指導に関する歯科保健指導の必要性も示された。

緒言

口腔系の健康維持は,摂食や会話などの直接的な機能のみならず,生活の質を維持・向上するうえできわめて重要である。口腔系の健康を損なう要因の一つに歯周病が挙げられ,成人期から高齢期における歯の喪失の最も大きな原因となっている1)。加えて,近年歯周病は糖尿病2),虚血性心疾患3),早産・低体重児出産4)などの全身疾患との関わりが明らかにされ,歯周病予防対策はその重要性を増してきている。歯周病の予防は口腔内の健康にとどまらず,全身の健康増進のためにも重要と考える。

平成28年歯科疾患実態調査5)によると8020運動が推進され,国内での口腔内への意識が高まってきたことも影響し,一人当たりの現在歯数は年々増加傾向にある。各年代での未処置歯保有率も上昇しており,う蝕に対する予防観念も広がっていることが分かる。一方,歯周疾患の割合に着目すると,4 mm以上の歯周ポケット保有者割合が増加傾向を示していた6)。歯科医院を受診する歯周疾患罹患患者は,すでに病状が進行(中等度から重度)している場合が多い。そのため,歯周疾患発症初期(歯肉炎,軽度歯周炎)の診断を受ける患者の割合は少ない。すなわち,歯周疾患の有病者率を導き出すためには,歯科医院を受診するものだけを対象としても実際の歯周疾患の罹患率を示しているとは言い難い。

職域での歯科検診は,歯科医院の受診の有無に限らず疾患の有無を知ることができる。しかし,職域での歯科検診は法定検診ではないため,酸を取り扱う一部の職場での歯科検診を除いて企業に実施義務はなく7),事業主や健康保険組合の努力に任されている。歯科検診が実施されている場合でも強制力のない任意参加方式がほとんどで,参加率は一般に低く,参加者は口腔の健康に関心が高い者である可能性がある8)

そこで本研究は,ほぼすべての従業員を対象に実施された検診結果を用い,より信頼度の高い歯周疾患有病者率を明らかにすることを目的とした。また,一般的に集団における歯周疾患評価のスクリーニングにはWHOのCommunity Periodontal Index(以下CPI)9)(表1)が用いられるが,今回は全顎6点法検査を用いた。全顎にわたり1歯6点法を用いることで,特定の歯牙の評価を用いるよりも正確な有病率データの取得が期待できると考えた。

表1

CPI INDEX(WHO)

材料および方法

1. 対象

調査対象者は某企業(製造業)の従業員約2,970名である。これらの事業所従業員は有害物質に曝露されるなどの有害業務の影響は受けていない者である。当該企業では2017年度から一般定期健康診断の一項目に歯科検診を実施している。ただし,歯科の治療中や,かかりつけの歯科医院で定期管理を行っている者に限っては参加の強制はしていない。加えて,検査項目で不足項目のある対象者は除外した。

2017年度の一般定期健診受診者2,970人のうち,本研究への参加に同意が得られた者は20~69歳の2,521人(参加率84.9%)であった。

2. 方法

1) 歯科質問票調査

歯科検診の受診前に歯科質問票(図1)に記載してもらい,口腔内の健康行動に関する調査を実施した。口腔衛生習慣については1日の歯磨き回数を,歯科医院の受診については,かかりつけ歯科医院の有無,定期的メインテナンスの有無を調査した。また,喫煙歴についても調査を行なった。

図1

口腔内の健康行動に関する質問票

2) 歯周病検査

診査は日本歯周病学会専門医,認定医の歯科医師10名が実施し,歯周組織の状態はペリオプローブ#6(YDM)を用いた全顎6点法検査による歯周ポケット深さの測定とプロービング時の出血(BOP)判定,ならびにMillerの歯の動揺度分類を用いて評価した。診査者間誤差が小さくなるように,事前に歯科医師間でプロービング圧を統一した。それぞれのばらつき程度を確認後,偏りが認められた場合は診査者間同士で検討し,一致するようにすり合わせを行った。

診査時は,人工照明下でリクライニングチェアを用い水平位の状態で行った。そして,全顎6点法検査での結果を基に,CPI方式で用いる該当歯の歯周ポケット深さ,歯肉出血の有無を確認し,スコアを算出することでそのデータを今回のCPIデータとして算出した。

3. 統計解析

検査法の評価のため,4 mm以上の歯周ポケットを有する者の割合,歯肉出血を認めた者の割合に関して,全顎6点法検査とCPI方式で算出した結果を,χ2検定を用いて比較検討した。さらに,今回の歯周疾患有病者率の比較のため,本研究のCPI方式による結果を,同じくCPI方式を採用して実施された平成28年度歯科疾患実態調査の結果と比較した。

また,歯科質問票調査から口腔内健康行動と4 mm以上のポケット有無との関連をχ2検定にて調査した。統計解析は有意水準を5%とし,SPSS Statistics24(IBM,東京,日本)を用いて行った。

4. 倫理的配慮

本研究は,慶應義塾大学医学部倫理委員会の承認を得て実施した(承認番号20200106)。検診受診者に対し,調査趣旨について十分な説明を行い,参加は自由意思によるもので,途中で参加を拒否して同意を撤回しても不利益にならないこと,取得したデータは個人が特定できないように匿名化されたうえで使用することを伝え,同意が得られた者に対し調査を実施した。

結果

1. 対象者の特性(表2

対象者2,521名のうち男性は2,173名,女性は348名であった。平均年齢は42.9±10.6歳,平均現在歯数は28.0±2.5本,平均歯周ポケット深さは3.0±0.4 mm,平均BOP陽性率は13.0±0.3%であった。

表2

対象者の特性

2. 歯周疾患の有病者率(表3

本研究において,全顎6点法検査を用いた場合,4 mm以上の歯周ポケットを有する者の割合は61.9%であったが,CPI方式で算出した割合は57.9%と全顎6点法検査より4%低い値を示した。どちらもCPI方式で算出されている平成28年歯科疾患実態調査での結果(49.4%)より高い値を示した。

歯肉出血の割合も同様に,全顎6点法検査の割合(86.2%)がCPI方式で算出した値(82.2%)より4%高い結果となった。どちらも平成28年歯科疾患実態調査での結果(42.3%)より高い値となった。

表3

歯周疾患有病者率

3. 歯科質問票調査(表4

歯科質問票による調査(表5)から,かかりつけ歯科医を持つ割合は62.4%(1574/2521)に対し,定期的メインテナンスを受けている者は35.5%(894/2521)とかかりつけ歯科医を持つ割合に対しての乖離が大きい結果となった。歯磨き回数に関しては,2回が57.2%(1442/2521)と最も多く,次に1回が23.3%(587/2521)を示した。喫煙習慣において,25.0%(630/2521)に喫煙歴を認めた。

表4

歯科質問票調査

表5

歯科質問票調査統計解析(χ2検定)

4. 統計解析

検査法の評価のため,本研究での全顎6点法検査とCPI方式で算出した結果をχ2乗検定にて比較した。全顎6点法検査で調べた4 mm以上の歯周ポケットを有する者の割合,ならびに歯肉出血を認めた者の割合は,CPI方式での結果に比し,どちらも有意に高い値を示した(p<0.01)(表3)。同様に,各年代別において全顎6点法とCPI方式で算出した結果をχ2乗検定にて比較した(表6)。その結果,40代と50代において,歯周ポケットスコアと歯肉出血スコアが有意に高い値を示した(p<0.05)。加えて,検出率の差は40代で約4%,50代で約5%と年齢層が高くなるにつれて検査間での有病者率の差は大きくなっていた。

本研究のCPI方式による結果を,同じくCPI方式を採用して実施された平成28年度歯科疾患実態調査の結果と比較した。4 mm以上のポケットを有する割合,歯肉出血を認めた割合に関して,いずれも本研究における職域検診が有意に高値を示した(p<0.01)(表3)。

歯科質問票による健康習慣と4 mm以上のポケットを有する群との相関はかかりつけ歯科医の有無(p=0.01),メインテナンスの有無(p<0.01),喫煙歴に認められた(p<0.01)(表5)。

表6

歯周疾患有病者率(年代別)

考察

今回調査した職域での歯周疾患検診にて,全顎6点法検査でのポケット計測結果がCPI方式で算出した結果と比較し,有意に高い割合を示した。これまで,職域における全員参加方式の歯周疾患有病者率を調査する研究ではCPIを用いることが多く10,11),全顎6点法検査を用いたものは見当たらないことから本研究は国内における潜在的な歯周病罹患率の高さに関する有益な情報を提示できたと考える。

CPIは,大規模集団における歯周疾患の疫学指標として用いられるが,もともとはCPITN(Community Periodontal Index of Treatment Needs)として1982年に考え出された12)。このCPITNは歯周疾患の病態を表す5段階のコードと,それに対応した治療必要度から構成されていたが,CPITNの方法では治療必要度は測れないという考えから1997年にTN(治療必要度)を除いたCPIという名称に変更された13)。この改訂では,歯周組織の診査基準はそれ以前のCPITNと変わらず用いられた。その後,2013年にWHOの口腔診査法第5版9)が公表され,CPIの評価基準が改訂された。プロービング時の歯肉出血スコアと歯周ポケットスコアをそれぞれ別のスコアで記録することとされた(表1)。

CPITNは,集団においても歯周疾患の実態,歯周治療の必要度を簡単に,そしてより正確にスクリーニングできる特性を備えている14)。しかし,ブロック別に症状が表現されることから歯周疾患の詳細な診査や症状の多様性の把握については,CPITNでは十分対応できないことが考えられる。この点については,CPITNを用いて疫学的調査を行った渡辺ら15)が言及している。また,Baelumら16)によるCPITNと全顎6点法検査の比較した報告では,CPITNは歯周病が軽度な場合の識別には適しているが,進行した場合の評価には過少評価してしまう可能性を指摘している。したがって,全顎6点法検査は所要時間がCPITNより長くかかるものの,全顎的に信頼度の高い結果を得られる可能性があるといえる。さらに,本研究での年代別における統計解析結果から,40代以降における検査間での検出率の差が加齢とともに増加する傾向も認め,40代以降での全顎6点法検査を用いる有用性も示唆された。年齢もリスクファクターの一因子であり,平成28年歯科疾患実態調査5)からも年齢が高くなるにつれて4 mm以上の歯周ポケットを有する者の割合,歯肉出血を認めた者の割合の増加を認めた。Monishaら17)も同様に,年齢と歯周疾患の重症度の関連を報告し,40代以降にクリニカルアタッチメントロスが顕著に増加することも指摘している。そのため,40代以降での歯周疾患の見落としを減少させることは,重症化を予防するために重要であろう。

本研究において,職域での歯周疾患有病者の割合が歯科疾患実態調査よりも高い値を示す結果となった。この結果は,潜在的に歯周病を有する者の存在と,歯周病予防に関する意識が浸透していない可能性を示唆している。一方,今回の調査対象の喫煙率は25.0%であり,平成28年国民健康・栄養調査結果18)の喫煙率(18.3%)を上回っていた。かつ,男女比に関して,平成28年歯科疾患実態調査5)では女性数が男性数に対し1.3倍であったが,本研究での男女比は男性数が女性数に対し7倍であり,調査間での相違が認められた。本研究と歯科疾患実態調査の母集団において,歯周疾患のリスクファクターである喫煙率19)や性別20,21)の割合の違いが,有病者率の増加,重症化に関わったのではないかと考えられた。それから,歯科疾患実態調査では対象者を無作為に抽出しているが,本研究は大企業1社での結果であり,国民に一般化するには注意が必要であると考えられる。

本研究の歯肉出血割合に関して,ポケットの深さを問わず多く認められた。今回,WHOプローブを用いなかったため,通常のプローブによる歯周組織への侵襲での出血も要因の一つと考えられるが,基本的にプロービング後の歯肉出血は歯周疾患の初期段階の指標として用いることが多い22)。歯周炎は歯肉炎が慢性化して歯周ポケットが形成され,歯周病原因菌の増殖などにより歯周組織の破壊が生じて起こる23)。歯周炎に移行する前の歯肉炎は,歯肉に限局した炎症で,歯肉炎の段階では患者は自覚症状を訴えることが少ない。その初期の歯肉炎の段階でプラークコントロールなどによって健康な歯肉を保持増進し,歯周炎に進行させないことが歯周病予防対策として重要となる24)。本調査の対象者にも,歯周疾患の初期段階の者が多く含まれており,かかりつけ歯科医での適切な定期検診やブラッシング指導などが必要と考えられた。かかりつけ歯科医を持つ者では歯みがき習慣が良好で,歯間清掃用具の使用が多かったとの報告25)もあり,健康行動や口腔内状態を良好に保つ上で歯科医師や歯科衛生士の専門家による指導の影響は大きいと推察される。

歯科質問票調査から,ブラッシングを1日2回行うものが,57.5%と半数以上を占め,平成28年歯科疾患実態調査5)の結果である49.8%と比較しても,頻度が高いことを示していた。また,かかりつけ歯科医を持っている割合は62.8%と高かったが,定期的なメインテナンスの割合が35.7%と低い結果となった。したがって,症状が出現してから来院する歯科医院をかかりつけと誤って認識している可能性が示唆された。このような認識の改善を図ると同時に,無症状でも定期検診に通い,ブラッシング指導を受けることの重要性を理解してもらう必要がある。そのためにも,今後,産業医,産業保健スタッフ,事業主などとの連携をさらに強化し,歯科保健指導を充実させることが必要と考えられた。

本研究は歯周病検診を全員参加で実施した初年度の断面調査であり,歯周病の因果関係までは明らかになっていないため,今後,コホート調査により因果関係などを明らかにしていくことが必要である。また,全顎6点法検査を用いることにより40代以降での検出率が4~5%向上することで,どの程度歯周病の重症化を予防できるかを検証する必要もある。加えて,かかりつけ歯科医院や定期検診などの歯科保健指導効果を調査する必要があると考えられる。

結論

産業歯科検診における全顎6点法検査,CPIの両方法の結果を比較することで,全顎6点法検査における歯周病患者の見落としが減少する可能性が示唆された。特に,40代,50代での有用性が年代別での統計解析結果から示された。

加えて,今回の高い歯周疾患有病率から,かかりつけ歯科医やメインテナンス,禁煙指導に関する歯科保健指導の必要性が示唆された。

本論文の要旨は,日本歯周病学会60周年記念京都大会(京都,2017年12月16日)において発表した。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

References
 
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