2020 年 62 巻 4 号 p. 218-224
令和元年において日本人の死因で最も多くを占めるのは悪性新生物〈悪性腫瘍〉(以下がんと表記する)1)で,死亡総数に占める割合は28.2%である。また,平成29年の罹患データに基づく推計2)によると日本人が生涯の間にがんに罹患する確率(累積罹患リスク)は男性,女性それぞれ65.5%,50.2%である。一方,歯科疾患実態調査3)によれば,4 mm以上の歯周ポケットを有する者の割合は,55~64歳の年齢階級において53.7%,65~74歳のそれにおいて57.5%,75歳以上において50.6%である。がんと歯周病はいずれも,身近な病気と言える。
しかしながら,歯周病ががんにどのような影響を与えるのかというペリオドンタルメディシンの中心課題に明確な答えはなかなか出なかった。たとえば,2000年に発行された「Periodontal Medicine」4)のがんと歯周病の章5)では,抗がん剤や放射線によるがん治療が歯周病の病態や歯周管理に及ぼす影響(図1下段の点線による囲み領域)に重きをおいて詳述され,歯周病ががんにおよぼす影響についての記載がほとんどない。
本年出版されたNwizuらの展望論文6)では,歯周病患者のがん罹患リスクの疫学的研究の成果が集大成されており,全身としても部位別としてもがんのリスクは歯周病によって,ごくわずかながら有意に上昇すると要約している。その上昇の原因については,ペリオドンタルメディシンの標準的なメカニズム(歯周ポケット細菌の代謝産物の変異原性物質,歯周炎局所で産生されるサイトカイン類,そして菌血症などによってがん組織近傍に運ばれた歯周ポケット細菌が引き起こす炎症など)に沿った考察が展開されている。
しかしながら,常時細菌バイオフィルムに近接してそれらの変異性物質に曝露され続ける歯周ポケット内縁上皮層を原発巣とするがん症例の報告は,日本歯周病学会誌においてもほとんど見つけられないくらいまれである。近接していてもその程度の作用しかないとすれば,遠隔臓器のがんに対する作用はさらに弱く,ほとんど無視できるくらいではないかと予想される。ところが,最近の口腔がん,大腸がんや膵がんの微生物叢を調べた研究では,微生物叢の細菌種の構成バランスの変化(以下dysbiosisと略す)の主役としてFusobacterium nucleatum,Porphyromonas gingivalis,Treponema denticolaといった歯周病原細菌のオレンジまたはレッドコンプレックス菌種が登場し,しかも歯周炎の病因論とは違った役割で病原因子となることが論じられている。
本ミニレビューは,歯周病のがんへの関わりを考えるヒントとして,がんの生物学的プロセスの理解の枠組み,歯周病とがんにおける炎症性因子や微生物叢の関連から歯周病が与える影響をどう評価すればよいかを紹介し,がんに対するペリオドンタルメディシンのあり方について考察することを目的とした。

次世代のがんのペリオドンタルメディシンのイメージ
本ミニレビューでは,歯周病ががんに与える影響を,2つの面から論じた。1つはがんの特徴的な形質の分子的基盤やシグナル伝達に,歯周炎局所で産生される炎症性因子がクロストークする可能性(下の半円弧)である。
もう1つは歯周病微生物叢の細菌が,運び屋となって持ち込んだ耐性遺伝子ががんの治療耐性獲得に寄与しているという視点(上の半円弧)である。
次世代のがんのペリオドンタルメディシンによって,近未来の歯周病専門医は,がん主治医から送られてきた腸内微生物叢やがん微生物叢のメタゲノムデータ(矢印BおよびC)と歯肉縁下微生物叢のそれとを比較し,歯肉縁下微生物叢細菌の持つ治療抵抗遺伝子の伝播を阻止(矢印A)するとともに,メインテナンス中の歯周病患者の歯周病関連細菌の血清抗体価の変動からがん微生物叢をともなうがんを早期に発見するような歯科医科連携を通して,‘precision medicine’の重要な担い手になると予想した。
ちょうど「Periodontal Medicine」4)が刊行された2000年に,HanahanとWeinbergは,多種の腫瘍細胞が共通に獲得している6つの特徴的な形質(the hallmark of cancer)を取り上げ,細胞のがん化の過程でこれらが段階的に獲得される仮説を提唱した7)。2011年には,研究の進歩を反映させて4つの特徴形質が追加された次世代(next generation)版に改訂された(表1)8)。ここで注目したいのは,彼らの示したがんの形質を理解する枠組みが,単にタガの外れた増殖シグナルの暴走(増殖シグナルの維持,無制限な複製能力)の面だけではない点である。さらに,わざと炎症を起こして周囲組織の細胞から産生されるサイトカインやケモカインなどを利用したり(炎症の促進),時には死んだふり(休眠,代謝のリプログラミング)をして免疫細胞による攻撃排除をやりすごし(免疫による攻撃の回避)たりするような,自らの増殖のために周囲の細胞をとことん利用するという狡賢さまでを含んでいることである。
がんの特徴的な形質を,シグナル伝達経路に分解し,構成分子の構造や機能の異常へと理解を深めていく例を2つあげたい。
1つ目は,Iraniらの行った,口腔がんの特徴的な形質と歯周炎由来の炎症性因子との関連についての網羅的な文献調査である9)。歯周炎組織で産生されるサイトカイン・ケモカインが,近接した歯肉組織において「増殖シグナルの維持」,「無制限な複製能力」,「組織浸潤および転移」,「細胞死の回避」,「血管新生の持続」に関与し,産生されるmicroRNAが「免疫による攻撃の回避」に,また歯周病細菌の惹き起こすオートファジーが「ゲノムの不安定化と変異」に関与するとまとめている。
2つ目は,がんの転移巣での成長モデルである。がんの転移10-13),休眠14)(dormancy),休眠状態からの回復(覚醒)15)に関わる最近の総説をまとめると,まず原発巣のがん細胞が,エクソソーム16)を分泌して遠隔臓器の間質細胞を操り,転移のためのniche形成をあらかじめ行わせておいたところに末梢血中のがん細胞が乗り込む。次に転移したがん細胞は,代謝不活発な休眠状態となって,免疫細胞による排除をやりすごして潜伏し,やがて炎症性サイトカインなどのシグナルで覚醒して,再び増殖サイクルに復帰して,転移巣が成長していくというものである。
身体中にすでにばらまかれて休眠している転移がん細胞が炎症性因子で覚醒するという考え方には,底知れぬ不気味さがある。また,その覚醒に歯周炎病巣で産生されるサイトカインや成長因子がどのように関わるかというペリオドンタルメディシンの問いへの答えは,われわれが転移がんの発生の回避17)にどのくらい貢献できるかをも教えてくれる。しかしこのことに関する総説は,まだ書かれていないと考えられる。Neophytouら17)のまとめたがん細胞の休眠維持または覚醒に関わる34の因子の表と,Iraniら9)のまとめた炎症歯周組織で産生されている因子とを比較してみると,クロストークが確認できたのはいくつかのケモカイン(Interleukin-8/Monocyte Chemotactic Peptide(MCP)-1,C-X-C-motif-chemokine ligand(CXCL)12/C-X-C-motif chemokine receptor(CXCR)4,CXCL5/CXCR2)だけにとどまっている(結果の詳細は示さない)。しかしながら,がんの種類や転移部位によって異なる覚醒シグナルが用いられる14)ことや歯周炎組織で産生された因子ががん細胞に対する有効な濃度を保って遠隔臓器に到達するかどうかを含め,遠隔臓器での転移休眠がん細胞の覚醒のために歯周炎の果たす役割の全貌をとらえるためには,休眠がん細胞,歯周炎組織の両方の網羅的な遺伝子発現(トランスクリプトーム)およびプロテオームを組み合わせての検討が必要となると考えられる(図1下向きの半円弧)。

がんの特徴的な形質
生体の常在微生物叢の群集構造が16S rRNA塩基配列にもとづいて解析されるようになり,2001年にPasterらの歯周炎患者の歯肉縁下プラーク微生物叢の多様性18)の論文が発表された。その後242人の健常者の15または18部位の生体微生物叢を網羅的に解析するHuman Microbiome Project19)の進展によって,個体の生体微生物叢の多様性や部位ごとの微生物叢相互の関係が明らかにされるようになった。
なお,このプロジェクト名で使われている「microbiome」という単語は,微生物叢のすべての微生物集団という意味で使われる場合と,微生物叢のすべての微生物のゲノム(遺伝子)の総和を指す場合がある。プロジェクトの場合には前者の意味で使われている。混乱を避けるために,以下ではmicrobiomeを微生物叢細菌と表記する。
健常な生体微生物叢とがんの周囲の微生物叢の細菌群集構成を比較して,増えている菌種,減っている菌種をdysbiosis菌種として取り上げることができるようになった。これまでの消化管ならびに膵がん患者の,口腔あるいは直腸の微生物叢のdysbiosisを調べた研究の総説として,口腔・咽頭がんと口腔微生物叢のdysbiosis菌種についてPorphyromonas gingivalis,Fusobacterium,Treponema denticolaの存在を指摘したFitzimondsら20),大腸がんと腸内微生物叢についてF. nucleatumをはじめとする多くのdysbiosis菌種を見出したKitamotoら21),また膵臓腺がんと口腔微生物叢のdysbiosisについてのKissら22)の報告をご参照いただきたい。また,消化管とは異なり,血行性に到達するしかない遠隔臓器のがんに関わる可能性についても,前立腺がん患者の尿中の細菌群集が歯周ポケットから菌血症によって伝播したことを推測した研究23)がある(図1上向きの半円弧)。
dysbiosis菌種が,発がんにどう関わるかを調べる研究について,Barrosらの総説24)では,F. nucleatumやP. gingivalisの菌体成分が作用した結果,細胞内に伝達されるシグナルが,β-catenin,NF-κB(nuclear factor-kappa B)活性化による増殖シグナル伝達にクロストークして「増殖シグナル維持」にあずかり,一方Toll-like receptor(以下TLRと略す)1-TLR2からJANUS kinese 1(Jak1),signal transducer and activator of transduction 3(STAT3)を介して「細胞死の回避」シグナルが伝達されるほか,細胞内に侵入した両菌がp38,microRNA-203(miR-203),p53などを活性化することで「細胞死の回避」や「無制限な複製能力」につながる可能性が説明されている。これらの菌種が大腸がんのリスク因子と捉えられていることを心に留めながら,大腸がんのエキスパートは,がん組織周囲の微生物叢が,発がんにどのくらい寄与すると考えているのか,2019年にGut誌に発表された,Internal Cancer Microbiome Consortiumのコンセンサスステートメントを見てみたい。微生物叢と発がんの専門家18名からなるパネルでヒトの細菌群集の発がんにおける役割についての5つの質問項目についての座談会形式の討論をまとめたもの25)の要旨を表2に示した。いずれの見解に対しても,参加者全員の意見が一致していないところに,今後の研究の余地があると考えられるが,その中でも微生物叢の「dysbiosisの定義が明確でない(そもそも健常な状態すら定義できていない)」という指摘や,「今後の鍵になるのは微生物叢の群集構造の経時的変化の追跡だろう」という意見は,大いに参考にしたいところである。「研究報告の標準化と研究成果の透明性確保」にも関連して,F. nucleatumには5つのsubspeciesがあり,それぞれの食道26),腸管27),肺炎肺胞28)における分布は異なっている29)。著者は研究横断的にがん関連微生物叢の16S rRNA遺伝子断片の塩基配列データベースからsubspeciesレベルで配列を探してメタ解析すると,dysbiosisの本質が整理できると予想している。
さて,がん組織内部に形成された微生物叢30)(以後がん微生物叢と呼ぶ)は,がん組織の未熟で脆弱な血管壁から酸素分圧の低い組織に漏出した菌血症細菌が生育したものと考えられている。
歯周ポケットがなく,歯周組織での感作を受けるはずがないのに,歯周病原細菌に対して高い血清抗体価を示す症例の一部では,消化管や肺の常在微生物叢に生息する歯周病原細菌が感作源となる可能性がある29)が,がん微生物叢に生息する細菌も血清抗体価を上昇させる31)とすれば,がんの早期発見に利用できる可能性がある。
前述のコンセンサスステートメントではほとんど言及されていないが,最近のがんの化学療法の進歩とともに,がん微生物叢が薬剤耐性32)に関わっていることが注目されている。たとえば,動物実験でF. nucleatumに特異的に結合するM13ファージと銀ナノ粒子の結合体を用いて腸管微生物叢からF. nucleatumだけを排除すると,抗がん剤(免疫チェックポイント阻害薬(α-PD1)や化学療法剤(5-fluorouracil,Leukovorin,Irinotecanの併用療法))の治療効果が増強する33)ことが知られており,この場合にはF. nucleatumが耐性遺伝子のキャリアで発現体となっていると考えられる。
Nejmanらはコンタミネーションについて慎重な検証を行ないながら,がん組織とがん微生物叢を調べてがん細胞に細胞内寄生している細菌を証明し,がんの種類によって菌種に異なる傾向がある34)と報告している。乳がん,大腸がんなどではF. nucleatumが見られるという。Actinobacillus actinomycetemcomitansが培養上皮細胞内に侵入して抗菌薬の作用を回避するというFives-Taylorらのグループの報告35)では,もっぱら細菌の生き残り戦略の一環で,宿主細胞は何のメリットもない片利共生関係が想定されていた。ところが,がん細胞と薬剤耐性のある細菌に関しては,相利共生関係となる可能性がある。すなわち,化学療法を受けるがん患者では,生体内常在微生物叢も抗がん剤にさらされ,薬剤耐性のある細菌が選択され36),耐性遺伝子が他種の細菌に伝達37,38)されたりし,末梢血中で比較的に生き残りやすい菌種に乗ってがん微生物叢に運ばれると,がん細胞にとっては薬剤耐性を獲得するまたとないチャンスとなるためである(図1上向き半円弧)。
Nejmanらの発見した細胞内寄生細菌がコンタミネーションでないなら,これは「がん細胞が微生物叢の遺伝資源を取り込む」ために,細菌を細胞内寄生させるリスクも厭わないという11番目の特徴的な形質(the hallmark of cancer)になるのかもしれない(が,これは現時点では未公認である)。

Internal Cancer Microbiome Consortiumで話し合われた発がんと微生物叢との関わりに関する18人のエキスパートの見解(抜粋)25)
本ミニレビューでは歯周病とがんとの関係に焦点を絞って,最新の知見を紹介した。特に化学療法剤耐性の獲得に,がん組織内の微生物叢が寄与することは今後ますます重要な問題になるものと予想する。がんの治療に,がん細胞のゲノム変異の情報を利用する‘precision medicine’が進んでいるが,さらにそこに微生物叢との相互作用を考慮した,より‘precise’ながん治療への試みが始まっている。次世代のがんのペリオドンタルメディシンでは,周術期口腔機能管理を越える医科歯科連携の進化が起こるに違いないと予想する。
その一つが,口腔微生物叢の薬剤耐性遺伝子の伝播阻止である(図1矢印A)。がん主治医から情報提供を受けた腸内微生物叢やがん微生物叢などのメタゲノム解析の結果(図1矢印B,矢印C)を歯肉縁下微生物叢のそれと網羅的に比較し,口腔内の薬剤耐性遺伝子のがん微生物叢への伝播を阻止するための歯周治療が化学療法前処置として必要になるに違いない。現在でも末梢血中のがん細胞を分離して診断するliquid biopsyと同時に末梢血中の菌血症細菌の検出を実施している施設もある39)ので,これはすでに実現しているかもしれない。歯肉縁下微生物叢の細菌の有する薬剤耐性遺伝子が運び屋細菌に乗ったまま血行性に伝播する危険性を考えると,単なる口腔ケアでの対処は難しく,歯周病専門医の独壇場となると考えられる。また,外科手術後の化学療法で最大限の効果を得るために切除がん組織の微生物叢の情報は有効活用されるべきであろう(図1矢印C)。
また,メインテナンス中の患者に歯周病原細菌の血清抗体価の予想外の変動が認められた場合には,これをがん微生物叢からのシグナルと疑い早期発見のための検査につなぐという連携も可能になることであろう(図1矢印D)。
歯周炎組織からの炎症性因子血症の抑制については,現在のところ確認できるエビデンスは,歯周組織でのケモカイン産生と,それが休眠がん細胞の覚醒を促進することにとどまっているが,今後の研究によってエビデンスが充実していくことで,歯周治療をがんの進行抑制のための治療に位置づけられることが期待される(図1矢印E)。
近未来の歯周病専門医ががんの主治医とともに微生物叢が耐性遺伝子を持っていない抗がん剤を選択したり,口腔内の耐性遺伝子保有菌を菌血症に乗せないように除去するための歯周治療を編み出したりしながら,‘precision medicine’の本道を進むことを期待しつつ,本稿を閉じたい。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。