2021 年 63 巻 3 号 p. 113-118
歯周治療における口腔機能回復治療の選択肢のひとつとして,インプラント治療は欠かせないものとなりつつある。しかし,歯周炎はインプラント周囲炎のリスク因子のひとつであり1),歯周炎の既往があり,歯周治療後にインプラント治療をおこなった患者では,歯周炎の既往がない患者と比較して,インプラント周囲炎を発症するリスクは2.21倍,インプラント喪失のリスクは1.87倍と有意に高いことが示されている2)。インプラント周囲組織に生じる炎症性疾患はインプラント周囲疾患と呼ばれ,インプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎に分けられている1,3)。インプラント周囲粘膜炎は,炎症がインプラント周囲粘膜に限局するものであり,プラークコントロールにより治療が可能である。一方,インプラント周囲炎は,インプラント周囲軟組織の炎症に加えて,周囲骨の吸収を伴い,重症化した場合,現時点では確立された治療法はない。したがって,歯周治療後のインプラント治療においては,インプラント周囲疾患に対して,より慎重な対応が求められている。
インプラント周囲炎の予防という観点から,インプラント周囲の角化粘膜の必要性については長く議論されているが,角化粘膜の欠如あるいは不足がインプラント周囲炎のリスクファクターになり得るという根拠はまだ限定的である1)。インプラント周囲に角化粘膜を増大することは,遊離歯肉移植術など,いわゆるソフトティッシュマネジメントを行うことにより可能である4)。しかし,角化粘膜の必要性の有無,そして,必要だとすれば,その組織学的,形態学的要件はどのようなものなのかを明確にしなければ,インプラント二次手術の術式を選択することができない。インプラント治療において上顎前歯部と臼歯部では,周囲軟組織に求められる条件が異なる。上顎前歯部のインプラント治療においては,審美性の回復が最優先されるが,臼歯部では,インプラント周囲疾患が生じない安定した粘膜組織が求められる。歯周治療後のインプラント治療の多くは臼歯部に対するものである。本稿では,臼歯部インプラントに求められる軟組織の条件について考えてみたい。
明海大学歯学部付属明海大学病院歯周病科においては,1999年から歯周治療における口腔機能回復治療の一方法としてインプラント治療を行っており,その予後について様々な調査をおこなってきた5,6)。インプラント周囲軟組織とインプラント周囲疾患との関連性については,まず,インプラント周囲軟組織の状態が,インプラント周囲の骨吸収に及ぼす影響について分析を行った7)。歯周治療後にインプラント治療による機能回復が終了し,3年以上メインテナンスを継続している患者109名を被験者とした。また,この研究では臼歯部に埋入されたインプラントのみを対象とし,上部構造がオーバーデンチャーのケースは除外した。インプラント周囲において3 mm以上の骨吸収に関連する因子について,ロジスティック回帰分析を行ったところ,インプラント周囲粘膜に可動性が認められたインプラントでは,インプラント周囲に骨吸収が起こるリスクが6.76倍になることが示された7)。インプラント周囲粘膜の可動性の診査は,インプラント周囲の辺縁軟組織にプローブを押し当てて,歯冠―根尖側方向に揺さぶり,辺縁粘膜が動くか否かによって判定した(図1)。
インプラント周囲粘膜の可動性の診査。インプラント周囲の辺縁軟組織が頬粘膜の牽引によって動くか否かによって判定する。
インプラント周囲粘膜炎の診断基準は,インプラント周囲のBOPが陽性であることと,骨吸収が認められないことである8)。インプラント周囲炎の診断基準は,BOPが陽性または排膿があることと,骨吸収が生じていることであるが,骨吸収量についての基準は様々である8)。プロービングデプス(PD)については基準を設定していない論文も多い。このようにインプラント周囲粘膜炎とインプラント周囲炎の診断基準は各論文によって異なるが,インプラント周囲組織が健康であるかインプラント周囲疾患であるかを区別する臨床的指標は,ほとんどの論文においてBOPの有無である。そこで,我々は次にインプラント周囲粘膜の状態とBOPとの関連性について,歯周治療後にインプラント治療を行ったメインテナンス患者129人を対象として検討を行った9)。その結果,インプラント周囲のBOPには,プラークコントロールの不良,可動性のあるインプラント周囲粘膜,そして,深いPDなどが影響していることが示唆された。前述したインプラント周囲骨吸収に関与していることが示された粘膜の可動性が,BOPにおいても関与していることが示された。
天然歯におけるBOPとPDの関連性については多くの報告があり,PDが大きくなるとBOP陽性率が上昇することが示されている10,11)。最近,インプラントにおいてもBOPはPDと関連していることが報告されている12)。我々の研究からもBOP陽性であるPDの方がBOP陰性であるPDに比較し,有意に大きいことが示され,BOP陽性に対するPDのオッズ比は2.48倍という結果が得られている9)。これは,天然歯と同様に13),PDが増加するとインプラント周囲溝で嫌気性菌が増加し,インプラント周囲組織に炎症が生じるためにBOP陽性率が上昇するものと考えられる。
2) 健康なインプラントのPDは約2 mmインプラント周囲組織が健康であるかインプラント周囲疾患であるかを区別する臨床的指標はBOPであることから,健康なインプラントのPDを明らかにすることを目的として,我々が収集したデータのうち,BOP陽性であるインプラントを排除し,BOP陰性のインプラントのPDを分析した。その結果,PDは,臼歯部よりも前歯部で,下顎よりも上顎で有意に大きいことが示され,天然歯とは異なり,インプラントのPDは埋入部位に影響を受けていることが示唆された14)。また,PDは頬側面と舌側面ともに近遠心面と比較して中央部で小さく,頬側面と舌側面を比較すると,頬側面で小さかった。つまり,6点法で計測すると最もPDが小さいのは頬側中央部であり,その平均値は2.14 mm,約2 mmであった。
3) 健康な粘膜の厚さは約3 mm健康なインプラント周囲組織でプロービング圧0.2Nでプロービングを行った場合,プローブの先端は内縁上皮の最根尖側かつ骨頂部から1.04 mmの位置であることがイヌを用いた動物実験で示されている15)。したがって,健康なインプラント周囲組織における粘膜の厚さは,健康なインプラントのPD 2 mmプラス1 mmで約3 mmであることが導かれる。粘膜が3 mmより厚い場合には,上述したようにPDが深くなり炎症が起きやすい(BOP陽性になりやすい)環境になる。一方,インプラントの粘膜厚さがインプラント周囲の辺縁骨の吸収に及ぼす影響について分析した研究のシステマティックレビュー16)によると,インプラント埋入時の粘膜厚さが2 mm未満では,2 mm以上の部位と比較して骨吸収が0.80 mm大きいということが示されている。これは,インプラントにおいても生体が生物学的幅径(骨縁上組織付着)を維持しようとするためであると説明されている。したがって,インプラント周囲に炎症や骨吸収を生じさせないためには,インプラント周囲の粘膜の厚さは,厚過ぎることがなく薄過ぎることがない約3 mmが適正であると推察される。
我々の研究から,インプラント周囲の骨吸収およびBOPにはインプラント周囲粘膜の可動性が関与していることが示されている7,9)。逆説的に考えれば,インプラント周囲粘膜が動かない状態であれば,インプラント周囲組織の健康は維持されやすいといえる。天然歯においては,角化歯肉の幅が2 mm以上あれば,歯周組織に炎症がおきにくく健康が維持されるという仮説が長年議論されてきた。最初に2 mmという数字を提唱したのは,Langら17)であり,論文の考察の中で,彼らは健康な歯周組織では,歯肉溝の深さが約1 mmあり,さらにその根尖側には幅1 mmの上皮性付着が存在する。したがって,角化歯肉の幅が2 mmあれば歯周組織は動かず,プラークコントロールも行いやすいので,歯肉の健康が維持されると記している(図2)。一方,健康なインプラント周囲組織においては,前述したようにインプラント周囲溝の深さ(PD)は約2 mmであり14),インプラント周囲上皮のインプラント体への付着は弱いことが示されている18)。さらに,インプラントにはセメント質が存在しないため,天然歯のような結合組織性の付着がみられない。したがって,角化粘膜の幅が3 mmであってもインプラントへの付着がほとんどないと推察される。動かない軟組織であるためには,骨膜を介して骨と付着している軟組織が必要なのではないかと考えられる。その幅を臨床的に1 mm以上とすると,必要となる角化粘膜の幅は4 mm以上ということになる(図2)。
天然歯(右)およびインプラント(左)周囲における軟組織の付着(文献4より転載)。
インプラント周囲における角化粘膜幅,プロービング深さ,粘膜可動性,縁下プラークの形成,およびインプラントの予後の関連性についての仮説を図3に示す。角化粘膜がまったく存在しない(角化粘膜幅が0 mm)と,インプラントの上部構造と周囲粘膜の境界部には直接頬粘膜が接するため,可動性のある粘膜になることは理解し易いであろう。角化粘膜が完全に欠損しているインプラントは,プラークが付着しやすく,粘膜の退縮および周囲骨の吸収が生じるリスクが高いことが示されている19)。インプラント周囲粘膜の可動性をメインテナンスの診査項目のひとつとしてルーティーンに確認していると,幅2 mm以上の角化粘膜が存在していても,動く粘膜があるということに気が付く。それは,上述した粘膜厚さとの関連性から考えると理解できる。角化粘膜幅が2 mmであっても,それは遊離した粘膜でありインプラントには付着していない。角化粘膜幅が4 mmでプロービング深さが2 mmであれば,粘膜は骨膜を介して骨に付着しているため,動かない安定した粘膜となる。しかし,角化粘膜幅が4 mmであっても,プロービング深さが4 mmであれば,軟組織はインプラントに付着していないため可動性の粘膜になる。さらに,プロービング深さが深くなることにより粘膜縁下にプラークが形成され,炎症が生じやすくなると考えられる。プロービング深さが4 mmであっても,角化粘膜幅が6 mmあれば粘膜は動かないが,やはり炎症は生じやすくなると考えられる。
インプラント周囲における角化粘膜幅,プロービング深さ,粘膜可動性,縁下プラークの形成,およびインプラントの予後の関連性(文献4より転載)。赤色は角化粘膜を示す。
上述したように,骨吸収や炎症が生じにくい粘膜の適正な厚さは3 mmである。粘膜の厚さが3 mmで角化粘膜の幅が4 mm以上あれば,粘膜は動かず安定する。したがって,インプラント周囲の健康を維持するために必要な粘膜の条件は,頬側中央部において粘膜の厚さが3 mmで角化粘膜幅は4 mm以上である(図4)。しかし,これらの条件は,まだ仮説であり,直接的なエビデンスはないため,今後検証が必要である。
インプラント周囲組織の健康を維持するためには,角化粘膜が必要であるとする論文20-22)がある一方,角化粘膜は必ずしも必要ではないとする論文23,24)もあり,インプラント周囲における角化粘膜の必要性について,まだ明確な結論は得られていない。しかし,これらの論文のほとんどでは,角化粘膜の幅が2 mm以上のものを角化粘膜有りとし,2 mm未満のものを角化粘膜無しとして比較している。しかし,上述したように,インプラント周囲組織において角化粘膜幅が2 mmあっても,PD(周囲溝の深さ)が2 mmあれば,動く粘膜は多く存在する。これまでの角化粘膜の必要性に関する研究で一致した結論が得られないのは,この辺りにも一因があるのではないかと推察される。
角化粘膜の幅ではなく,口腔前庭の深さという視点から,インプラント周囲のパラメーターとの関連性について検討をおこなった研究によると,口腔前庭の深さが4 mm以下の部位では,4 mmより深い部位よりも,角化粘膜幅が有意に小さく,粘膜の退縮量,付着の喪失,骨吸収が有意に大きかったことが報告されている25)。角化粘膜幅と口腔前庭の深さは同じではないが,角化粘膜幅が4 mm以上あれば口腔前庭の深さも4 mm以上であるため,上述した仮説を裏付けるものかもしれない。
インプラント埋入後6か月以上経過後に粘膜が退縮し,角化組織が喪失したケースで遊離歯肉移植術を行った群と行わなかった群を比較した研究によると,角化粘膜がないまま放置した対照群ではインプラント周囲の骨が吸収したのに対して,遊離歯肉移植術をおこなった群では骨吸収はほとんど進行していなかったことが示されている26)。つまり,角化粘膜を喪失したインプラントでは遊離歯肉移植術は,粘膜の炎症を抑制するとともに骨のレベルを維持するために有効であったことが示唆されている。
臼歯部インプラントに必要な粘膜の条件(仮説)(文献4より転載)。粘膜の厚さ3 mmで角化粘膜幅4 mm以上であれば,インプラント周囲の粘膜は動かず安定し,骨吸収や炎症が生じにくくなると考えられる。
臼歯部インプラント周囲の角化粘膜の必要性やその条件については,今後も議論されるであろうが,十分なエビデンスが得られるには,まだかなり時間を要すると思われる。まずは現時点で得られている知見にもとづいて,合理的に考え,個々の患者においてリスクとベネフィットを勘案して,対処する必要がある4)。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。