日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
歯周疾患検診の変遷と現状ならびに国民皆歯科健診の具体的検討
出分 菜々衣吉成 伸夫
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2022 年 64 巻 4 号 p. 129-135

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1. はじめに

令和4(2022)年6月7日,政府は「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2022」を閣議決定し,その中に国民皆歯科健診の具体的検討の推進が盛り込まれた。国民皆歯科健診とは,「すべての世代の国民が生涯にわたり歯科健診を受けられる制度」であり,今後,数年のうちに,国民に毎年の歯科健診が義務づけられる可能性がある1)。また,この目的は,口腔の健康をシームレスに維持して,歯周病と関連する糖尿病,心臓血管疾患,アルツハイマー型認知症,誤嚥性肺炎,関節リウマチ等の発症や進行を抑制し,健康寿命を延ばすことで医療費の抑制を目指すことである。そしてなによりも健やかな生涯を送ることは,国民誰しもの願いであり,今後も我々歯科医療従事者が,歯・口腔の健康維持,中でも歯周組織の健康管理が全身疾患の発症・進行を予防するというエビデンスを持続的に提供することで,「国民皆歯科健診」は将来的に国民の支持を得る政策となるかもしれない。

今回,本ミニレビュー執筆の機会をいただき,歯周病と全身疾患の関わりを追求してきた日本歯周病学会が,責任学会としてその成果を広く社会実装することを念頭に,わが国における歯周疾患検診の現状と受診率,国民皆歯科健診に新しく期待することについて検討することとした。

2. 歯周疾患検診の変遷

歯周疾患検診は平成7(1995)年度より,老人保健事業の総合健康診査の一環として施行され,平成12(2000)年度からは独立した検診として40歳および50歳の者を対象に開始された。その後,平成16(2004)年度からは対象者が60歳および70歳にも拡大された。しかし,毎年受診できる検診ではなく,多くの自治体で国民は40歳から10年に1度検診を受けることができる。平成20(2008)年度からは,健康増進事業の一環として実施されている。また,平成23(2011)年の歯科口腔保健の推進に関する法律の制定や,平成24(2012)年の健康日本21(第二次)の策定,WHOのCommunity Periodontal Indexの審査基準の改定2)によって,平成27(2015)年度には歯周疾患検診のマニュアルが改訂された。歯周病検診マニュアル2015中の歯周病検診票(図13)によると検査内容は,まずは問診にて,自覚症状,歯科健康診査や歯科医療機関等の受診状況,生活習慣や身体的因子を自己記入法あるいは聞き取り法によって調査する。次に,口腔内検査として現在歯の状況,喪失歯の状況,歯周組織の状況はCPIプローブを用いて6分画で施行し,歯肉出血と歯周ポケットについて最大コード値を記入する。さらに口腔清掃状況を評価し,その他に歯(楔状欠損等),歯列,咬合,顎関節,口腔粘膜の状態について,精査が必要な場合は医療機関への受診を勧める。検診の結果は,①異常なし,②要指導,③要精密検査の3段階にて判定される。歯科医療機関にて歯周疾患検診を行う場合は,実施主体の市町村に検診結果を報告する必要があり,歯科保健向上の視点から集計した成績を分析・評価し,今後の目標設定のために活用する。なお,歯周病検診マニュアル2015は作成から時間が経過しているため,現在見直しが検討されている4)

福田の報告5)によると,平成30(2018)年度の歯周疾患検診受診者のうち要精密検査は約7割であり,年齢が進むにつれて割合が高くなる傾向であった。しかし,要精密検査と判定された者のうち,その後の精密検査を受けたものは38.9%で,がん検診の精密検査受診率が約7割以上であることと比較するとかなり低い。したがって,歯科の精密検査受診率を上げる対策が必要である。

健康診断の目的は,疾病および疾病の危険因子を検出し,疾病率および死亡率を減少させることである。2019年に発表されたコクランレビュー6)では,健康診断のメリットとデメリットを定量化することを目的とし,健診が有益である可能性は低いという結論を報告している。しかし,この結果は,健診を実施しても効果がないということを表すのではなく,エビデンスが十分でないことが示唆された,と考えられる。後述するが,健診の仕組みを作ったとしても,必ずしも対象者が受診するとは限らないことが,この結論に影響した可能性がある。その解決ためには,健診受診者を増加させて,未受診者とのランダム化比較試験を行うのが望ましい。

図1

歯周病検診票の一例

厚生労働省,歯周病検診マニュアル 2015。文献3)より引用。

3. 我が国の歯科検診の現状

日本人が生涯のうちで受診できる歯科検診をまとめたものを図2に示す7)。現在,歯科健診が義務づけられている年代は,母子保健法に基づく1歳半と3歳児,学校保健安全法に基づく幼稚園児,小中高等学校の児童生徒,および労働安全衛生法では酸蝕症関連物質を扱う労働者に限られている。一方で,成人期の歯周病予防に関しては従前より,歯科疾患予防のための定期的な歯科健診受診者を増やす目的で,「歯周疾患検診」を実施している。対象年齢は,40歳,50歳,60歳,および70歳の節目で受診することができる。しかし,以前より歯周疾患健診の受診率の低さが課題となっていた。また,30歳代は歯周炎が発症しやすい年齢であり,それ以前の若年期からの予防的メインテナンスが重要である。しかし,高校卒業時から40歳までの約20年間に義務付けられた歯科検診は現在のところ存在しない(図3)。また,職域においても歯科検診は法定検診ではないため,企業に実施義務はなく,事業主や健康保険組合の努力に任されている8)。歯科検診が実施されている場合でも強制力のない任意参加形式がほとんどで,受診率は一般に低く,参加者は口腔の健康に関心が高い者のみである可能性がある9)

さて,ここで「健診」と「検診」の違いについて説明を加えさせていただく。前者の「健診」は健康診断の略であり,会社で行う定期健診や,特定健康診査(特定健診)が主になり,予防医学では一次予防の検査ということになる。一方で,「検診」は検査することを目的にしているため,がん検診(胃がん,大腸がん,肺がん,子宮がん,乳がん等)や,歯科検診など,特定の臓器を検査することを目的とする。よって,早期発見が目的なので,二次予防の検査になる。本文においては出典を確認して健診および検診を使用している。

図2

現在の歯科健診の制度

日本歯科医師会,2040年を見据えた歯科ビジョン―令和における歯科医療の姿―P33,2020。文献7)より引用。

図3

20歳以上で過去1年間に歯科検診を受けた者の割合の年次推移

2009年から過去1年間に歯科検診を受けた者の割合は,2016年まで年々増加した。

厚生労働省,平成28年 国民健康・栄養調査結果の概要。文献17)より改変。

4. 歯周疾患検診の受診率と検診者の自己負担金,通知方法

歯周疾患検診が国民皆歯科健診に取り込まれるにあたり受診率が重要であるが,平成27(2015)年度における歯周疾患検診の受診率の試算は,約4.3%であった10)。矢田部らの政令指定都市における報告10)から,40,50,60,70歳の対象者数を合計した受診率が高い都市は,広島市:11.17%(自己負担金500円),名古屋市:10.49%(無料)であったが,受診率が低い都市は1%未満であった。また,70歳のみ無料にする都市が多く,他の年代より受診率が高く,2倍になる都市もあった。自己負担金を40歳以上のすべての年齢で無料にしたのは名古屋市のみで,その他の政令指定都市では500円が最も多く,料金の範囲は500円~1000円が多かった。この自己負担金は受診率にも一部影響を与えることが考察されており,負担金が少ない都市は受診率も高かった。さらに検診の個別通知の有無も影響する因子と考えられている。

米国では,The Guide to Community Preventive Services(The Community Guide)において,The Community Preventive Services Task Force(CPSTF)がまとめた健康に関するトピックについてエビデンスに基づく知見を提供している。すなわち,The Community Guideによると,受診率向上のためにはどのような勧奨方法が有効かについて以下のように示している。乳がん検診の受診者を増加させるために行うマスメディアの介入,集団教育の有効性には十分なエビデンスがなく,大腸がん,乳がん,子宮頸がんにおいては再勧奨(リコール)を推奨している11)。再勧奨では,受診者に対して,検診を受診すべき時期が過ぎたことをカルテや電子メールなどを用い,さまざまな方法で提供することができる12)

米国における乳がんおよび子宮頸がん検診受診率(2015年)が約8割 13)であったのと比較して,日本では受診率が5割未満であった。また,伊藤ら14)によると受診勧奨と再勧奨を実施している自治体は少ないと報告されている。一方,平成21(2009)年度に大阪府池田市で再勧奨についての調査が実施された。子宮頸がん検診および乳がんマンモグラフィ検診の無料クーポン券の配布後に受診率がさほど向上しなかったため,未受診者に対して再勧奨を行った。その結果,無料クーポンによる受診率向上の効果は20%,再勧奨による上乗せ効果は8%と推定された。この調査結果は,対象年齢や頻度を明確にした上での無料化や受診勧奨,再勧奨のシステムの有用性を示した。このように検診の受診率には多くの要因が関連する。

5. 定期的に歯科健診を受けている者

わが国においては,自治体が実施する歯周疾患検診とは別に,自主的に歯科医院を受診し,歯科健診を受けている者が一定数存在する。2020年に日本歯科医師会が実施した調査15,16)では,定期的に歯のチェックを受けている人は33.8%であり,2018年の同調査と比較すると上昇していたが,10,20歳代では定期チェックを受けている者が少なかった。さらに,歯の定期チェックを受ける者のうち約76%が「半年に1回以上」の頻度でチェックを受けていると回答した。2016年国民健康・栄養調査17)では「20歳以上で過去1年間に歯科検診を受けた者の割合」は52.9%で,年次推移をみると増加していた(図3)。また,年齢別では,年齢が高くなると過去1年間に歯科検診を受けた者の割合が高くなっていた(図4)。なお,健康日本21(第二次)では「20歳以上で過去1年間に歯科検診を受けた者の割合」の2022年目標値を65%としている18)

しかし,2020年に始まった新型コロナウイルス感染症の流行により,歯科受診控えによる定期的な歯科受診を中断した日本人サラリーマンは28.7%であり,定期歯科受診の中断は歯周炎の悪化に関与する可能性が示唆された19)。2022年現在,新型コロナウイルス感染症の収束が未だ見えない中で,歯科定期受診や歯科健診への影響も懸念される。

図4

年代別における過去1年間に歯科検診を受けた者の割合(2016年)

20-29歳では最も受診率が低く,年齢が高くなると受診率が上り,60-69歳が最も高かった。

厚生労働省,平成28年 国民健康・栄養調査結果の概要。文献17)より改変。

6. がん検診と歯周疾患検診

近年になり,歯科疾患についてマスメディア等でも取り上げられるようになった。しかし,未だに多くの国民にとっては,がんよりも歯科疾患は,「生命の危機」に直結するというイメージが弱いと思われる。また,令和元(2019)年の男女別がん検診受診率の推移は2010年と比較すると増加しているが,胃がん検診(40~69歳)では男性48.0%,女性37.1% ,大腸がん検診(40~69歳)では男性47.8%,女性40.9%,乳がん検診(40~69歳)は47.4%,子宮頚がん検診(20~69歳)は43.7%であった20)。そこで,「がん対策推進基本計画(平成30(2018)年,第3期)」において50%以上の達成が個別目標の1つに掲げられている21)。また,がんや歯周病は,働きざかり世代が罹患しやすく,検診対象者も仕事,家事,育児,介護等で多忙な生活を送っている。したがって,働きざかり世代にとっての歯科検診の優先度は,日常生活において高いとは言えないかもしれない。特に,口腔内に痛みや不快感,口腔機能低下を感じない者にとっては後回しになる可能性がある。その意識改革に必要不可欠な条件は,口腔疾患を予防しないことで起こる全身疾患についての知識を国民が得ることである。そして,国民にその情報を簡便に伝達する手段,方法が明確であることが重要であろう。また,歯科の情報について,歯科医師以外の歯科医療スタッフや医師,看護師,管理栄養士等の医療スタッフにも周知して,より広い連携を図る必要がある。連携と言葉で言うのは容易だが,それが実現するには,関係者に熱心に説明し,その必要性を説く努力を続けることが必須であり,さらに,人とのつながりや環境にも配慮が必要である。

7. 国民皆歯科健診の具体的検討

国民皆歯科健診の内容を歯周病の健診に絞ってみると,周知のとおり歯周病は口腔という局所の感染症と捉えるだけでなく,全身に対する歯周ポケットからの持続的な慢性炎症の病巣としても捉えられる。歯周病と全身疾患に関する最新のレビュー22)では,歯周病と関連する疾患は併存症と呼ばれるようになっており,心臓血管疾患,2型糖尿病,関節リウマチ,炎症性腸疾患,アルツハイマー病,非アルコール性脂肪性肝疾患,特定の癌などの慢性疾患と関連していることが報告されている。また,歯周病原細菌の口腔咽頭または消化器への移動による腸内細菌叢の異常と腸を介した全身性炎症と関連していることが動物実験にて示唆されている23)。歯周病と併存症を結びつけるメカニズムは,臨床的には局所の歯周病治療による全身性炎症マーカーの減少と,サロゲートマーカーとして併存症の活動性改善の臨床観察として推察することができる。現在まで,歯周病治療により,2型糖尿病に対する血糖値やHbA1cが減少,脂質異常症に対するLDLの減少とHDLの上昇,心臓血管疾患に対する動脈内膜肥厚の減少,非アルコール性脂肪性肝炎に対する肝機能値の低下,高血圧に対する血管内皮機能の改善などが報告されている。

我々の研究でも,心臓血管疾患の主要な原因である動脈硬化症に対して,歯周病治療により,血管の硬さを表す心臓足首血管指数が有意に低下することを確認した24)。さらに,歯槽骨吸収率と頚動脈石灰化程度に関連がみられ,歯周病による歯槽骨吸収率が頚動脈石灰化25)や2型糖尿病(図526)のスクリーニング指標として有用である可能性を報告した。

このような観点から,従来のプローブを用いた歯周組織検査より,コ・メディカルも含めた多職種が理解できる簡便な検査方法が望まれる。これまで,口腔と全身の関連についての知識が普及・啓発されてきたが,特に健康な若年者に歯周病予防の重要性を伝えることは簡単ではなく,国民皆歯科健診の導入が具体化すれば,全世代が対象となるので,スマートフォンのアプリケーションなどを使用した,これまでとは異なる新たな啓発活動が必要となるかもしれない。また,AI(人工知能)を活用し,口腔内写真やエックス線画像から歯周病重症度を推定するツールを国民が簡便で安価に使用できること等が期待される。

図5

2型糖尿病スクリーニング因子の検討

ROC(Receiver Operating Characteristic)解析を行った結果,ROC曲線下面積は歯槽骨吸収率(緑線)において0.76,高感度CRP(青線)において0.71となった。歯槽骨吸収率は2型糖尿病を予測する因子となる可能性が示唆された。文献26)より改変。

8. まとめ

国民皆歯科健診の「義務化」の可能性や,国民皆歯科健診が予防目的での定期的な歯科健診を指すのか,または歯周疾患検診のようなスクリーニング検査としての実施を目指すのか,今後検討されていく点であると思われる。この国民皆歯科健診にて受診を推奨される,「真のターゲット」は,これまで歯科に定期受診しておらず,過去1年間に歯科検診を受けていない者である。よって,これらの対象をどのように検診に導くかという問題は,将来的に国民皆歯科健診が義務化された後も残る課題かもしれない。先述したように,わが国では,自主的に歯科医院を受診し,歯科検診を受けている者が一定数存在し,さらに医療や検診の受診については,選択の自由があり,個人が責任を持つものである。よって受診率100%を目指すことが歯科検診の最終目標ではない。しかし,正しい知識を得た後に歯科検診を受けるか否かを決定することで,自分の選択に責任を持つことができる。よって,我々歯科医療従事者は,歯科の知識や情報を国民に正しく伝える責務があると考える。近い将来に国民皆歯科健診が実現し,すべての世代に対して口腔内に気づきを与え,自身の健康のために歯科健診を受診し,それにより健康寿命が延伸する未来を期待する。

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。

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