歯周病と動脈硬化性心血管疾患(atherosclerotic cardiovascular disease;ASCVD)の関連についての研究は1989年のMattilaらによる報告に始まる1)。フィンランドにおける症例対象研究において,さまざまな交絡因子を考慮しても急性心筋梗塞患者は,エイジマッチした健常人と比較して口腔健康状態が有意に悪化していることを報告した。この研究以降,数々の横断研究,コホート研究,介入研究,動物モデルによるメカニズム探索研究が発表され,やがて,複数の論文をメタアナリシス手法により統合解析して,より客観的な証拠とするようになった。2007年のBahekarらによるメタアナリシス報告によると,歯周炎患者は健康な人に比較して,1.59倍,冠動脈疾患になりやすいという結果が示された2)。
多くの論文が発表される中で転機となったのが,2012年のアメリカ心臓病学会(AHA)のScientific Statementである3)。この中で,これまでの観察研究の結果から,歯周病とASCVDには,独立した相関はあるが,一方で因果関係の存在を示す十分なエビデンスはなく,歯周治療が動脈硬化性疾患を予防あるいは改善するかどうかは証明されていない,と述べられた。一部の文言をとって,歯周病とASCVDには関係がないかのようにセンセーショナルに伝えられたが,これは歯周病によるASCVDへの影響を決して否定するものではなく,あくまでも因果関係の断定に足るエビデンスが不足していて,今後の検討が必要であるということであった。
それから10年余りが経過し,どのようなエビデンスがそろい,いまだどのようなエビデンスが不足していて課題はなにかについて,最近の臨床研究ならびにメカニズム研究を紹介し概説する。
なお,ASCVDには心筋梗塞,狭心症を含む冠動脈疾患(coronary artery disease;CAD)と脳梗塞,脳出血を含む脳卒中(stroke),そして末梢動脈疾患(peripheral arterial disease;PAD)が含まれる。一方,心血管疾患(cardiovascular disease;CVD)とは心臓や血管に関連した疾患をさすのでASCVDに含まれる疾患のほか,心筋症,弁膜症,不整脈なども含まれる用語である。動脈硬化性疾患(atherosclerotic vascular disease;ASVD)という表記も用いられるが,ASCVDとASVDはほぼ同義で用いられているようである。また,冠状動脈性心疾患(coronary heart disease;CHD)はCADと同義である。
歯周病と動脈硬化性疾患の相関や因果関係を検討する際に,それぞれの疾患を規定する「指標」を表1に示した。ASCVDは発症が真のエンドポイントで,発症数,発症率がこれに当たる。次いで,心筋梗塞などのイベントには至らないものの,動脈硬化そのものの有無,あるいは程度を表す,いわば発症に代わる代替エンドポイントとして,脈波伝播速度(pulse wave velocity;PWV),頸動脈血管壁の厚さ(carotid intima-media thickness;cIMT)といった動脈硬化度指標や,血流依存性血管拡張反応(flow mediated dilatation;FMD)などの血管機能指標が用いられる。さらにASCVDとの因果関係があり,リスクマーカーとしてコンセンサスが得られているものとして,高感度(hs)CRP,IL-6といった炎症性マーカー,コレステロールなど血清脂質マーカーが用いられる。
一方,歯周病あるいは口腔の健康状態を規定する指標は数多くあるが,報告により統一されていないことが個々の研究を比較することを難しくしている。歯周ポケットの深さやプロービング時の出血(BOP)は炎症のマーカーであり,血清抗体価は歯周病原細菌の感染の程度を示すマーカーである。動揺歯や残存歯の数は歯周病罹患と相関しスクリーニングには適している。研究によっては自己申告で歯周病かどうかを判定しているものもある。

研究におけるエンドポイントと指標
歯周炎とASCVDとの相関の有無は観察研究によって十分に証明されてきた。最近の原著論文には大規模データベースを用いてASCVD発症をエンドポイントとしたものが増加してきた。タイ人1,850人を対象とした13年間の前向きコホート研究(EGATstudy)において,4.4%がCHDを発症し,その発症は重度歯周炎罹患者で有意に高いことが報告された4)。韓国のKNHANESデータを用いた研究では歯周炎とCVDの双方向の相関が認められたとしている5)。
従来の手法に加え,新しい手法,指標も登場している。Van Dykeらは,F18-FDG-PET(F18フルオロデオキシグルコース陽電子断層撮影)検査を用いた前向きコホート研究において,304人の被験者のうち13人が平均4.1年後に主要心血管イベント(major adverse cardiovascular events;MACE)を発症し,歯周組織における炎症とMACEは独立した相関があったが,歯槽骨吸収とMACEには相関がなかったと報告した6)。この研究では歯周ポケット深さやBOPといった歯周炎指標ではなく,F18-FDG-PET画像で歯周組織の炎症と歯槽骨吸収を評価している。
2) 代替エンドポイントを用いた観察研究米国の12,402名を対象とした横断研究(第3回米国全国健康・栄養調査National Health and Nutrition Examination Survey;NNANES III, 1988-1994)によると,歯周炎罹患はASCVDリスクスコアがハイリスクとなるオッズ比が5~7倍高く,歯周炎罹患はASCVDスコアを7%上昇させていた7)。ASCVDスコアとはこの先10年間のASCVD発症の確率であり,年齢,性別,人種,血圧,血清脂質レベル,糖尿病の有無,喫煙の有無,降圧治療の有無,スタチン治療の有無,アスピリン治療の有無といった項目から計算される。このスコアを用いることで,真のエンドポイントを用いずコホート研究でもないながら,歯周炎罹患とASCVD発症との相関があることを示した研究といえる。
3) 介入研究歯周炎治療がASCVDを改善させるのか,予防するのかというのが臨床家にとってもっとも気になるところであるとともに,因果関係を証明するために必須である。論議を呼んだAHAのScientific Statement3)では,歯周治療は短期的には全身の炎症を軽減し,血管内皮細胞の機能を改善するが,実際にASCVDを予防,改善するかは未証明であるとされた。最近5年間に報告された介入研究においても,ポジティブな結果をうたうもの,ネガティブな結果をうたうものが混在しており,決着はついていない。
Santos-Paulらは,腎臓移植待機中の透析患者206名を対象とし,歯周治療介入群では治療後2年間においてCVD発症が減少したと報告している8)。この研究では未治療群の歯周炎重症度が不明である点に問題が残る。Loboらは心筋梗塞発症後の患者を対象として歯周治療介入を行い,6か月後に代替マーカーのFMDには改善を認めたが,CVDイベントの再発には有意差を認めなかった9)。SeinostらはPAD患者90名を3群に分けて歯周治療介入を行い,3か月後のCVDの発症にも代替マーカーである血管の炎症レベルにも差はなかったと報告している10)が3か月という短期間の結果であることに注意が必要である。代替マーカーのFMDをアウトカムとして69名に歯周治療介入を行ったSaffiらの研究によると,3か月後に治療群でのFMD改善は認められなかったものの,非治療群でFMDの悪化が見られたため両群間での有意差を認めた11)。Pedrosoらは血清中hsCRPをアウトカムとして48名の糖尿病患者を対象に歯周治療介入し,3か月後に有意な改善を認めた12)。血圧を指標とした研究もあるが,高血圧はCVDのリスク因子ではあるがマーカーではないことから解釈が難しい13)。米国の民間医療会社の患者医療情報データベースを用いた後ろ向きコホート研究から,歯周治療はCAD,脳血管疾患,II型糖尿病の入院を減らすが,発症率減少,総医療費減少への効果は認められないことが示された14)。
4) システマティックレビュー近年原著論文を総括したシステマティックレビューが盛んに報告されている。欧州歯周病学会EFPは2020年と2023年のコンセンサスレポート15,16)において,厳密な介入研究はないものの,複数の大規模な後ろ向きコホート研究などの観察研究の結果から,歯周治療はASCVDの古典的リスクファクターとは独立して,ASCVDの発症,進行に影響しているかもしれないと述べている。ここで引用しているコホートにおける歯周治療の代替指標は,セルフリポートによる歯磨きの回数や歯科医院への受診頻度,健康保険のデータベースから調べた歯周治療歴であるため,エビデンスレベルは低い。一方,ASCVDの発症ではなく血清脂質やCRPを代替エンドポイントとした歯周治療介入研究について18のランダム化比較研究またはシステマティックレビューを総括し,血清中CRPとIL-6の減少とFMDの改善から,歯周治療は全身の低レベル炎症及び血管内皮細胞機能を改善させることに中程度レベルのエビデンスがあるが,血清脂質への効果はなかったとしている。今回調査した中では血圧,PWV,頸動脈IMTへの効果はエビデンスレベルが低い研究しかなかった。
コクランシステマティックレビューでは,研究の選択基準を厳密化している。慢性歯周炎患者におけるCADイベントの初発または再発に対する歯周治療の効果について,2022年までにそれぞれわずか2つの研究がレビューの対象となった17)。初発をエンドポイントとしたものは2012年のLopezらの報告18),再発をエンドポイントとしたものは,2008年のPAVEという研究プログラムからの3本の論文報告である19)。CADの初発,再発のいずれに対しても,歯周治療効果の有無を結論づけるにいたっていない。
システマティックレビューを統合したアンブレラレビューも散見されるようになった。2022年のBotelhoらによるアンブレラレビューでは,歯周炎罹患とCVD発症について,25本のレビューが強弱の差はあるが相関あり,3本が有意な相関なしであった20)。一方,歯周治療介入については,CVD改善に効果ありとするシステマティックレビューが1本,弱い改善効果ありが1本,有意な改善なしが6本とある。カナダ歯科衛生士学会誌に2020年に発表された介入研究を対象としたアンブレラレビューでは,選択基準を満たした7本のレビューのうち,3本はCAD発症と関連なし,2本は関連する可能性あり,そして2本が関連ありという結果であり,歯周病とCAD罹患の相関は確実だが,因果関係には十分なエビデンスがないと結論づけている21)。
5) 日本人を対象とした研究残念ながら,これらのレビューの中で日本人を対象とした研究が含まれているケースは少ない。Larvinらは30のランダム化比較試験とコホート研究を対象としてメタアナリシスを行い,歯周炎罹患はCVD発症のリスクを増大させるととともに,脳卒中の方が冠動脈心疾患よりもよりリスクが高いと結論付けた22)。このシステマティックレビューには日本の研究が1つだけ含まれているが,その報告によると4037名の36~59歳の男性において5年間に17名が心筋梗塞を発症し,そのオッズ比はセルフリポートによる歯周炎群において2.26(95%CI=0.84-6.02)であり,有意水準には達していなかった23)。
本邦に於ける歯周炎とASCVDの相関については,久山町研究24),吹田研究25),岩手県大迫町研究26),長浜研究27)など大規模な横断研究やコホート研究において,代替エンドポイントである血清脂質レベルあるいは頸動脈IMTと歯周炎罹患は関連ありという報告が蓄積されてきている。
筆者らは小規模横断研究ならびに介入研究を行い,歯周炎患者では血清中のhsCRPレベルが健常人に比較して上昇していることを報告した28)。日本人におけるCADの発症リスクとなるCRPレベルは1 mg/Lだが29),全身的に問題のない歯周炎患者の25%では1 mg/Lを超えていてCAD発症リスクが高いこと,そしてその集団においては歯周治療介入によりリスクレベル以下に下がることが確認された。
最近の日本人を対象とした介入研究報告に,COVID-19パンデミックをきっかけとした既往疾患の悪化についての聴き取り研究がある30)。この論文では,歯科治療が中断した群で糖尿病,高血圧,ASCVDの悪化率が有意に高く,歯周治療をはじめとする口腔介入によりASCVDなどの改善につながる可能性が示唆された。対象者の規模は大きいが,歯周炎罹患や歯周治療,歯科治療についてはセルフリポートである。日本人を対象とした,大規模で厳密な歯周治療介入データは現在まで存在しない。
日本では動脈硬化性疾患ASCVDのうち心筋梗塞などの冠動脈疾患CADの発症は脳梗塞などの脳卒中(Stroke)よりも少ないことが特徴で,世界的には逆にCADが脳卒中を上回っている。それゆえ,日本循環器学会はその冠動脈疾患の一次予防ガイドラインにおいて,循環器疾患全般をエンドポイントとした欧米の疫学研究や臨床研究を解釈する際には,脳卒中に比べてCADが比較的少ない日本人に当てはめるうえで限界があることを念頭に置く必要があると述べている31)。歯周病についても,その罹患状況やセルフケア習慣,歯周治療事情というものは日本と欧米では差異がある。日本人の遺伝的背景,生活習慣,医療事情背景を鑑みて,日本人のデータに基づく歯周炎とASCVDの相関や因果関係研究が必須であると考えられる。
動脈硬化性疾患の正体は,「血管の炎症」であることから,動脈壁に炎症を引き起こす経路が提唱されてきた。歯周ポケットの内壁では炎症により上皮バリアが破壊され潰瘍状態となっており,歯周ポケット内の細菌や炎症性メディエーターは歯肉組織内,そして血管内に侵入して全身循環へと移行する。また,歯周炎の脂質代謝に対する影響への関与も考えられてきた。

歯周炎と動脈硬化性疾患の推定因果メカニズム
歯周病原細菌をはじめとする口腔細菌の遺伝子がヒトの動脈硬化病変部の粥状プラーク中で見つかっていることから,歯周病原細菌もしくは細菌由来のビルレンスファクターが血流に入り,血管壁に作用して炎症を惹起し動脈硬化に至る可能性が示されている。我々が日本人で調べた歯周病原細菌P. gingivalisの動脈組織における検出率は20%程度であるが,菌体成分は,より高い頻度で血中にはいっている可能性がある32)。
また,血管内皮細胞を,P. gingivalisのリポ多糖(LPS)で刺激培養すると接着分子ICAM-1の発現や炎症性サイトカインIL-6の産生が上昇することから,血管壁に到達した細菌の刺激により,血管内皮細胞の動脈硬化関連分子発現が亢進すると考えられる33)。
2) 炎症性メディエーター歯周炎により全身性に上昇した炎症性メディエーターが血管壁に作用する可能性が指摘されている。前述したように,筆者らは,歯周炎患者では血清中のhsCRPレベルが健常人に比較して上昇していること,全身的に問題のない歯周炎患者の25%で日本人のCAD発症リスク閾値の1 mg/L29)を超えており,歯周治療介入によりリスクレベル以下に下がることを明らかにした28)。これらのことは,歯周炎あるいは歯周病原細菌感染が高いリスク要因になっている集団が存在することを示唆する。
一方,CRPにさらされた血管内皮細胞はどうなるかを示した研究がある34)。心筋梗塞など急性心疾患発症直後の患者の血液中には,細胞傷害性のあるT細胞集団が増加している。そのようなT細胞のクローンを心筋梗塞あるいは不安定狭心症の発作直後の患者の血液サンプルから樹立し,血管内皮細胞と共培養すると血管内皮細胞を殺してしまう。このとき,血管内皮細胞をあらかじめCRPにさらしておくと,さらにダメージを受けやすい。歯周病により引き起こされている慢性的な高いCRPレベルは,血管内皮細胞にダメージを与えやすいといえる。
3) 分子相同性細菌感染と動脈硬化症をつなぐ分子の一つに,熱ショックタンパク60(HSP60)がある。P. gingivalisとヒトの細胞にともに発現しているHSP60には,高い分子相同性がある。P. gingivalisに感染している歯周病患者では,P. gingivalisのHSP60(GroEL)に対する抗体産生が上昇している35)。一方,高コレステロールやずり応力により,血管内皮細胞にはHSP60の発現が亢進している。P. gingivalisに対する抗HSP60抗体(抗GroEL抗体)は,自己の血管内皮細胞が発現しているHSP60に対して反応し,血管に炎症を惹起する可能性が言及されている36)。また,同一患者の歯肉と動脈硬化病変部に,HSP60に対して反応する同一のT細胞クローンが存在することが示されており31),因果関係の一端を担っている可能性がある。
4) 樹状細胞樹状細胞は,抗原提示細胞として自然免疫と獲得免疫の間をつなぐ重要な細胞である。健康歯周組織にも存在するが,歯周炎の発症に伴い,その数は増加する。
P. gingivalisなどの抗原を取り込んだ樹状細胞は粘膜固有層で成熟し,ケモカインレセプターを発現して遊走能を獲得する。P. gingivalisは細胞内での殺菌機構に抵抗し,細胞内で生き続けることが知られており,歯周炎患者や歯周炎に罹患した不安定狭心症や急性心筋梗塞といった急性冠症候群の患者の歯周ポケット内のP. gingivalis量は樹状細胞内のそれと相関することも明らかになっている。抗原を取り込んで血管に移行した樹状細胞は,動脈硬化病変部に移行して歯周病原細菌の拡散に関与する。マクロファージでも同様の現象がおこることが知られている。さらにTh1,Th17細胞を活性化して炎症性サイトカインIFN-γ,IL-17の産生を誘導し病変の悪化に関与する37)。
5) 脂質代謝への影響動脈硬化性疾患の発症には,血中脂質プロファイルのバランスの乱れが関与している。血清脂質レベルと歯周炎の関連を調べたメタ解析によると,慢性歯周炎の患者では健常者と比較してLDLコレステロール,中性脂肪の上昇,HDLコレステロールの低下が認められた38)。
血中LDLコレステロールレベルに関与する遺伝子のPCSK9(proprotein convertase subtilisin/kexin type 9)は,家族性高コレステロール血症の原因遺伝子の1つであり,機能獲得変異は冠動脈疾患の早期発症に関連することが報告されている。PCSK9阻害薬は,既存治療薬で効果不十分であった患者の心血管イベントを抑制する薬剤として,すでに我が国でも使用されている。筆者らは,中等度から重度慢性歯周炎患者40名を対象とし,血清中のPCSK9ならびにLDLコレステロールレベルを測定したところ,対照群に比べ歯周炎群で優位に上昇していることを報告した39)。マウスのP. gingivalis感染モデルにおいては肝臓におけるPCSK9遺伝子発現上昇とLDLレセプター発現の低下,血清中のPCSK9とLDLコレステロールレベルの上昇を認めた40)。
脳卒中,心血管疾患を対象としたコホート研究である久山町研究のデータによると歯周ポケット深さの平均が2 mmを超える集団においては,2 mm未満の集団と比較してHDLコレステロールの値が有意に低いことを示している24)。フィンランドにおける調査では,歯周炎患者の治療前後でHDLコレステロールの値を比較したところ,治療により上昇するのみならず,コレステロール排出能も改善することが明らかにされた41)。我々も歯周炎患者群では,健常者群と比較してHDLコレステロール値が有意に低いことを報告している42)。
歯周炎が脂質代謝に悪影響を与えることにより,間接的に動脈硬化性疾患のリスクを高めることが考えられる。
6) 腸内細菌近年,腸内細菌が動脈硬化性疾患を含む,実にさまざまな疾患と関連することが報告され,関心を集めている43,44)。腸内細菌の生体機能に対する影響は,腸管バリア機能,腸管免疫,代謝物を介することが知られている。
これまで述べてきた因果メカニズムは,歯周病の病態を考えると合理的であると考えられる。しかしながら,研究結果を見てみると血管からの歯周病原細菌遺伝子の検出頻度は比較的高いものの,DNAコピー数は概して少なく,歯周病原細菌以外の口腔細菌や腸内細菌科細菌の検出率・相対頻度の方がはるかに高いとの報告もある。また歯周病罹患による血清中のサイトカイン濃度の上昇が,全身疾患の発症や進行を引き起こす量に足りるというエビデンスは不足している。さらに,血中CRPの上昇が歯周組織に由来する炎症性サイトカインの直接的影響によるものかは明らかになっていない。このように従来の因果メカニズムで歯周病と動脈硬化性疾患の関連を説明しようとすると矛盾する点も出てくる。
重度歯周炎患者の唾液中には,代表的な歯周病原細菌であるP. gingivalisが,1 mLに106オーダーで含まれているといわれてる。ヒトは1日に1~1.5 Lもの唾液を産生していることから,重度歯周炎患者においてはP. gingivalisだけでも109~1010,口腔細菌全体では1012~1013の細菌を毎日飲み込んでいることになる45)。しかも,人口胃液を使って調べてみると,バイオフィルム状に培養したP. gingivalisの耐酸性はかなり高い46)。
歯周炎によりディスバイオーシスを来した口腔細菌を毎日大量に飲み込むことで腸内細菌のバランスが崩れ,細菌代謝物の変化,腸管バリア機能の低下,免疫系の異常が生じる可能性は十分に考えられる。これにより,歯周炎によって発症リスクが増大する疾患が腸内細菌のディスバイオーシス関連疾患とオーバーラップすることも合理的に説明できる。
我々は,マウスにP. gingivalisを口腔から投与すると,腸内細菌叢のディスバイオーシスが誘導されることを世界で初めて報告した47)。細菌叢の変化に加え,腸管組織ではバリア機能に重要な役割を担うタイト結合タンパクの遺伝子発現の低下,炎症性サイトカイン遺伝子の発現上昇が見られ,血中内毒素レベルも上昇することが明らかになった。以来,口腔細菌が腸内細菌叢への影響を介して様々な疾患のリスクを高めることが次々と報告されており,動脈硬化性疾患も例外ではない。
腸内細菌は食品中に含まれるホスファチジルコリン(phosphathydilcholine)をトリメチルアミンN(trimethyamine N:TMA)に代謝し,TMAはさらに肝臓においてフラビン・モノオキシゲナーゼ3(flavin-containing monooxygenase 3:FMO3)酵素によりTMAO(trimethylamine-N-oxide)へと代謝される。このTMAOがマクロファージを泡沫化させることなどによってアテローム性動脈硬化を進展させ,心血管疾患を惹起することが明らかにされている48)。高脂血症を自然発症するApoE遺伝子欠損・変異マウスにP. gingivalisを経口投与すると動脈硬化病変が悪化することが知られているが,このモデルでも同様に腸内細菌の変化による代謝の変化と肝臓におけるFMO3の増加がこれに関わっていることが報告されている49)。
P. gingivalis投与実験では,腸内細菌叢の構成変化だけでなく,機能的な変化も誘導し,芳香族アミノ酸(フェニルアラニン,チロシン,トリプトファン)代謝経路に関する遺伝子が優勢になるとともに,これらアミノ酸の血中レベルも有意な上昇を示すことが明らかになった50)。血中の芳香族アミノ酸レベルは,心血管疾患発症の予測マーカーとなることが報告されている51)。こうした変化はまさに,腸内細菌のディスバイオーシスとさまざまな疾患を関連付けると考えられるメカニズムそのものであり,歯周炎と動脈硬化性疾患の関連に腸内細菌が関わっていることを示唆するものである。
歯周炎とASCVDとの因果関係確立が困難である理由は,ASCVD発症をエンドポイントとした質の高い歯周治療介入研究の実施が著しく困難だからである。ASCVD発症をエンドポイントとするためには長期間の観察期間が必要となる。さらに,質の高い二重盲検ランダム化比較試験を行う最大の障壁は倫理的な問題である。長期間にわたって歯周治療を行わないことは今や選択肢にはなりえない。
新しい切り口として,介入研究ではなく観察研究から因果関係の有無を明らかにしようと試みた報告がある。Bellらは,イギリスBiobankの脳卒中と冠動脈疾患データベースを用いてメンデルランダム化解析を試みた52)。メンデルランダム化解析とは,曝露因子(リスク因子)と因果関係を有し,なおかつ交絡因子とは因果関係のない遺伝子多型を用いて,曝露群と非曝露群とで疑似的なランダム化を実現することにより,観察研究でありながら,交絡因子を除外して因果関係を明らかにできるというものである。その結果,歯周炎罹患と脳卒中,冠動脈疾患には因果関係を見出すことはできなかった。
多くのシステマティックレビューは,因果関係証明のためには,歯周組織状態を含めた口腔の健康に関する項目を十分に備えた大規模コホートデータベースを構築する必要性があると結論している。PISA(periodontal inflamed surface area)は,炎症のある,具体的にはBOP陽性の歯周ポケットの表面積を表す数値であり,1つの値で歯周炎の重症度のみならず歯周組織の炎症レベルを表すことができるので,今後有用な指標となるだろう。炎症以外のメカニズムも想定されているので,それ以外の指標も排除はできない。歯周治療については,セルフケアだけや看護・介護者による口腔ケアレベルの口腔清掃と,歯科医師,歯科衛生士が介入する歯肉縁上スケーリング,PMTC,歯肉縁下のスケーリング・ルートプレーニング(SRP)を区別しないと,歯周治療効果を判定できないだろう。こういった歯周検査記録,歯周治療記録を正確にデータベースに残すためのシステム構築が望まれる。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。