2024 年 66 巻 2 号 p. 77-84
利き手,利き足,利き眼,利き耳などの側性と同様に,咀嚼においても側性があり,習慣性咀嚼側(噛み癖のある側)と表現されており,健常有歯顎者では多くの場合,大きな影響を与えることなく存在している1)。しかし咀嚼の偏りが顎関節症2)に関連する報告もあり,偏りの程度によっては顎口腔系に大きな影響を与える場合もある。
片側性関節円板前方転位している症例では,転位側が習慣性咀嚼側となり,硬い食品を咀嚼する際にはその傾向が強くなることがRatnasariら3)により報告されている。この関節円板転位は顎関節症で最もよく見られる病態であり,顎関節症患者の約60~70%に認められ,そのほとんどが前方転位あるいは前内方転位となる。また転位側では作業側側方運動時に顆頭の運動範囲が増加する4)ことから,関節円板前方転位側の大臼歯と歯周組織に咬合性ストレスが加わることが考えられる。
顎関節症と咬合性外傷との関連性を研究した荒木ら5)の報告では,顎関節痛障害(II型)と顎関節円板障害(III型)で,顎関節症の患側と咬合性外傷の存在する側との相関性を報告している。著者も顎関節復位性関節円板障害のある側で,すなわち習慣性咀嚼による歯の接触回数の多い側には象牙質知覚過敏症や咬合痛,歯の異常な咬耗,歯髄の失活,度重なる補綴装置の破損や脱離,進行した歯槽骨吸収や歯の病的移動を認める症例を多く経験してきた。
本稿では咬合性ストレスの観点からTooth Contacting Habit(TCH)や関節円板前方転位側に生じる習慣性咀嚼について解説し,咬合性ストレスが歯周炎の修飾因子として加わったと思われる症例を提示する。
歯周組織に炎症がある場合,過度な咬合性ストレスは歯周組織への傷害を増強し,咬合性外傷として歯周炎増悪の一端を担うことは周知の通りである6)。特に重度歯周炎のように付着の喪失が進んだ症例では二次性咬合性外傷が生じやすいことから,受圧サイドの支持力向上を目的として病的移動した歯の歯軸やトゥースポジションの改善,広範囲な連結固定,残存歯保護の観点から可撤性部分床義歯やインプラント補綴などの欠損補綴による口腔機能回復治療が行われてきた。また最近では過重負担としての咬合性ストレスであるTCHや習慣性咀嚼などの報告7)もされるようになってきた。
通常の咀嚼,嚥下,会話で上下の歯の接触時間は積算して1日平均17.5分であると報告8)されている。歯の接触は生理的接触以外にストレスや重たい物を持つときなどの環境変化に対して歯の接触を生じる。このような歯の非生理的接触が繰り返され,癖として常態化したものがTCHである。このTCHでは強いかみしめではなく軽い接触を長時間持続することが多く,弱い力が持続的に作用していても当初その疲労感に気が付くことがなく,長時間作用した負荷が加わることになり,クレンチングよりも顎口腔系への負荷量は多くなる可能性がある9)と考えられている。顎関節症患者のTCH保有割合は2003年時に80%程度と高い割合となっている。
顎関節症は,顎関節や咀嚼筋の疼痛,関節(雑)音,開口障害ないし顎運動異常を主要症候とする包括診断名であり,その病態は咀嚼筋痛障害(I型),顎関節痛障害(II型),関節円板障害(復位性:IIIa型,非復位性:IIIb型),変形性顎関節症(IV型)10)に分けられる。そして上記症状の1つでも当てはまれば顎関節症となる。また顎関節や咀嚼筋の不調や痛みを自覚しても,自然に症状の回復するセルフリミテッドディジーズといわれる特徴をもっているために,顎関節に生じた異常症状に自覚のないまま経過したと思われる症例も多いと感じる。
現在「咬合は顎関節症の原因としての関連性が少ない」という見解が一般的となってる。しかし顎関節治療と咬合を切り離すことができるかというと不可能であり,顎関節症状発現と同時に咬合の不調和が生じ,非生理的咬合となる11)。
関節円板前方転位で経過の短い症例では保存的治療により生理的咬合を回復できる症例も少なくはない。しかし転位後の経過が長い症例(顎関節に生じた異常症状に自覚のないまま経過したと思われる症例)では,習慣性咀嚼側で歯や歯周組織が長期間にわたり咬合性ストレスを受けて,進行した咬耗や歯冠破折,垂直性骨吸収や歯の病的移動などにより咬合高径の低下を生じている場合もあり,そのような症例では顎関節の保存的治療により顎位の改善が得られた結果,下顎は前下方に移動し臼歯部では咬合接触が失われ咬合の不調和が生じることになる。そのような症例では,咀嚼機能改善のために治療介入により治療的咬合を獲得する必要性が生じる(図1)。

左側非復位性関節円板障害(左側関節円板前方転位)治療前後
関節円板前方転位症例では関節円板の復位により,下顎は下前方へ移動する。このため患側臼歯部に開咬が生じる。(参考文献26 p32の図を転用)
関節円板転位は顎関節症の各病態の中で最も発生頻度が高く,顎関節症患者の約60~70%を占め,その大部分が関節円板の前方あるいは前内方に転位しているといわれている。片側性の関節円板前方転位の症例では,転位側と習慣性咀嚼側に一致性があり,とくに硬性食品の咀嚼時にその傾向があることが報告3)されている。そして習慣性咀嚼側では歯根膜触・圧閾値が非習慣性咀嚼側に比較して高い値を示すことが報告12)されている。このため習慣性咀嚼側について患者自身が認識できないことがほとんどであると思われる。また習慣性咀嚼側では非習慣性咀嚼側に対して,咬合力や咬合接触面積に有意差はないが側方運動の咬頭嵌合位から最大側方位までの移動距離が大きいという報告13)や,閉口路角が大きくなるという報告14),主咀嚼側咀嚼では閉口路角と接触滑走距離との相関を認めたという報告15)がある。このことから習慣性咀嚼側では非習慣性咀嚼側に比べ接触滑走距離が長くなることが推察され習慣性咀嚼側ではGrinding typeとなる傾向が強まる14)と考えられている。このため習慣性咀嚼側では非習慣性咀嚼側に比べ,歯の接触回数が多く,接触時間も長く,歯に対してジグリングフォースが加わることが推察される。咬合力や臼歯部の咬合接触面積については顎関節症状を伴う患者は伴わない患者と比較して小さいが,第一・第二大臼歯で平均咬合圧が高いと報告16)されている。このことは転位側では作業側側方運動時に顆頭の運動範囲が増加する4)ことにより,関節円板前方転位側の大臼歯と歯周組織に咬合性ストレスが加わることが考えられることとも矛盾しないと思われる。特にグループファンクションではGrinding typeのパラファンクションにより最後臼歯が過大な咬合性ストレスを受ける17)ことになる(図2)。

強いかみしめ時の側方運動
咬耗が進行して側方運動のガイドがグループファンクションとなっている症例では,軽くかみ合わせて側方運動した時の作業側顆頭の移動量が0.3~1.2 mmなのに対して最大にかみしめた時の移動量はその2~3倍(1.0~2.5 mm)に増大する。このため,軽くかみ合わせて側方運動した時に,作業側で犬歯から第二大臼歯まで均等にガイドしているグループファンクションでは,睡眠時のパラファンクションでグラインディングを行うと,顎関節に近接する最後臼歯ほど著しいジグリングが起こる。このため第二大臼歯に過重負担が生じる。(参考文献26 p33の図を転用)
ブラッシング停止による実験的歯肉炎の報告18)以降,歯周炎の初発因子はプラークであり,咬合性ストレスは歯周組織破壊の修飾因子として「共同破壊理論」19,20)が提唱されるようになったが,進行した歯周炎の治療において咬合性ストレスのコントロールはプラークコントロールと同様に重要である。咬合力という点では歯周炎患者は健常者と比較して低く21),動揺度が大きくなるほど咬合力は小さくなる22)。歯周炎の進行により支持能力の減少した歯では加わる咬合力により動揺を生じるために低い計測値を示したと思われる。歯や歯周組織に加わる咬合性ストレスは可視化・数値化というような観察が現状では困難なものと思われるが,健常者と軽度歯周炎患者群と中等度または重度歯周炎患者群とで咬筋筋活動を比較した研究では,食事と会話を除く最大かみしめ時の20%を超える咬筋筋活動時間は睡眠時も覚醒時も中等度または重度歯周炎患者群で長く,睡眠時より覚醒時の筋活動時間が長いことや,最大かみしめ時の5%筋活動が覚醒時に30分も持続していることを報告23)している。
「水滴石穿(すいてきせきせん)」
という言葉は小さい力でも積み重なれば強大になることのたとえで,一滴の水が石に加える力はごくわずかであっても,繰り返し加えられるわずかな「力」が長期的には岩に穴を開ける程の外傷力として作用している。小さな外傷力でも,長期的に繰り返し加わることで歯周組織を外傷的に損傷させ得ると考える蓋然性は高いと高橋ら24)は述べている。
今後睡眠時ブラキシズム時に発生する瞬発的な大きな咬合力以外にも,弱い力ではあるが持続的に作用している歯の非生理的接触にも配慮した歯周組織に加わる咬合性ストレスの大きさを示す指標の作成が望まれる25)。
患者は54歳の女性,全身的既往歴に特記事項のない非喫煙者,右側上下顎歯肉の違和感や腫脹とブラッシング時の出血を主訴とし,歯周病専門医のセカンドオピニオンを希望して来院された。今までかかりつけ医での定期的な検診を受けていたが,2ヵ月前の検診時に17,16,46,47は予後不良と判定,抜歯後にインプラント補綴を提案された。当院へは前医に予後不良の判定を受けた歯の保存を希望して来院された。また右側顎関節の間欠的クリックを20年以上前から自覚しており,3年前には咬合不調和のために25,26の補綴処置を受けた。その頃より17,16,46,47に咬合性外傷の影響と思われる動揺を自覚し始めた。初診時PCR46.2%,BOP38.5%,4 mm以上の歯周ポケット48.8%,6 mm以上の歯周ポケット13.5%,17,16,46,47には10 mm以上の歯周ポケットが存在し,17,16,46には動揺度I度を認めた。プロービングデータとデンタルX線写真から17,16,46,47は根尖部付近までアタッチメントロスが進行しており予後不良の診断は妥当と思われた。また15,14,13,44,45には5 mm以上の歯周ポケットが存在するのに対して,左側では37に7 mmの歯周ポケットが存在していたがそれ以外の歯に深い歯周ポケットはなく,右側に歯周組織の破壊が局在していた(図3)。
本症例では右側関節円板前方転位があり右側が習慣性咀嚼側となっていた。そのため右側臼歯に局在する歯周組織破壊の進行は歯周炎と咬合性外傷の合併症と診断し,歯周基本治療時にマニピュレーションとスプリント治療による顎位の是正を行った(図4)後に,17,16にはエムドゲンⓇを使用した意図的再植を,47,46にはエムドゲンⓇを使用した歯周組織再生療法を行った。その後口腔機能回復治療へと移行し,現在SPT開始から11年が経過した。17には9 mm,16には6 mmの歯周ポケットが存在するが動揺は改善され,PCR5.8%,BOP2.7%と炎症のコントロールされた歯周組織と安定した咬合が維持されている(図5)。

右側関節円板前方転位により右側習慣性咀嚼側の影響で咬合性外傷を合併した16,17,46,47重度歯周炎患者の初診時の所見。
17には12 mmの歯周ポケット遠心根分岐部病変II度,動揺度I度。16には8 mmの歯周ポケット近遠心根分岐部病変III度,動揺度I度。36には10 mmの歯周ポケット頬舌側根分岐部病変III度,動揺度I度。37には10 mmの歯周ポケットが存在した。

マニピュレーションとスプリント治療による顎位置の是正

SPT開始11年経過時の所見
前医に16,17,46,47は抜歯後にインプラントの提案を受けて初診来院したが口腔機能回復治療後のSPTを継続することで,17には9 mm,16には6 mmの歯周ポケットが存在するが動揺は改善され,PCR5.8%,BOP2.7%と炎症のコントロールされた歯周組織と安定した咬合が維持されている
咬合性ストレスは,歯周炎を生じている歯の歯周組織破壊の修飾因子として作用すること以外にも,象牙質知覚過敏や咬合痛,歯髄壊死,著しい咬耗,歯の動揺の増加,セメント質剥離や歯根破折などにも関与していると考えられる。この咬合性ストレスの原因として,早期接触や平衡側の咬頭干渉,臼歯部に加わる側方圧,ブラキシズム,舌の悪習癖などが考えられてきた。本稿では歯や歯周組織に加わる咬合性ストレスの咬合力の大きさだけでなく,時間や回数の影響も考慮し,歯科の3大疾患の一つである顎関節症に関連する習慣性咀嚼側について取り上げた。歯周組織破壊が細菌感染よる炎症により生じ,咬合性ストレスにより憎悪されることは言うまでもないが,その臨床症状の原因が何に由来するのかを見つけることが正しい診断と治療には不可欠である。今後咬合性ストレス以外の修飾因子についても,その質や作用時間を含めた,定量化可能な検査法の確立が望まれる。
なお,本症例報告に際し,口頭と文章にて患者の同意を得ている。
今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態はありません。