日本歯周病学会会誌
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ミニレビュー
WHO AWaRe分類による新しい抗菌薬適正使用の基準
葛城 啓彰
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2025 年 67 巻 1 号 p. 11-16

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はじめに

1928年にSir Alexander Flemingが,ペニシリンを発見して約100年(実用化は1940年代)になりますが,新しい抗菌薬が次々と発見・開発され,人類が抗菌薬の恩恵を十分に享受した時代は,もはや過去のものとなり,2000年代を超えてメチシリン耐性黄色ブドウ球菌やフルオロキノン耐性大腸菌,多剤耐性緑膿菌などが次々と出現し,薬剤耐性菌(AMR)の問題が病院内でも市中でも深刻化しています。

2015年にWHOが第68回WHO総会で,薬剤耐性菌に対するGlobal action planを採択し,2017年に抗菌薬適正使用を判断するための新たな指標(AWaRe分類)を提案しました(その後2年毎に改定)1,2)。それを受けて,日本でも2016年に厚生労働省が,AMR対策アクションプラン3)を策定し,2017年には厚生労働省の外郭団体であるAMR臨床リファレンスセンターが開設されました。

厚生労働省のAMRアクションプラン(2016-2020)は,①普及啓発・教育 ②動向調査 ③感染予防・管理 ④抗微生物剤の適正使用 ⑤研究開発・創薬 ⑥国際協力の6つの分野からなり,一定の成果はあったものの,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の耐性率やフルオロキノン耐性大腸菌の耐性率は40%を超過しており現状ではAMR対策が十分ではないと考えられます3)

その後,厚生労働省のAMRアクションプランは,新たに2023-2027版では6分野に計画全体を通しての成果指標(数値目標)を設定しており,黄色ブドウ球菌のメチシリン耐性率20%以下,大腸菌のフルオロキノロン耐性率30%以下,緑膿菌のカルバペネム耐性率3%以下にするというところが主な目標値として挙げられています4)。日本では,ワンヘルスアプローチの考えから,ヒトに対する抗菌薬使用だけでなく,動物に対する抗菌薬使用の制限も始まっており,畜産分野の動物用抗菌剤の全使用量を15%減とすること,動物の腸管に常在する大腸菌のテトラサイクリン耐性率,第3世代セファロスポリン耐性率,フルオロキノロン耐性率を低下させることが目標として設定されています4)

WHO AWaRe分類

2023年4月6日にWHOは,WHOモデル必須医薬品リストとWHOモデル小児用必須医薬品リストを補完する「The WHO AWaRe(Access, Watch, Reserveの3分類)antibiotic book」5)を発表しました。これは,一般的な感染症に対する抗生物質の適切な使用に関するガイダンスが,多くの場面で欠如しているために作成したと説明しています。

AWaReとは,,“Access”“Watch”“Reserve”の頭文字を取って作られた略語であり,「認知している」という英単語“aware”とも掛けています。2017年以降,WHOからのサーベイランスレポート6),国家間で抗菌薬適正使用の比較論文7),英国NHSからquality improvement8)が発表されるなど,徐々に世界に広がりを見せました。

The WHO AWaRe antibiotic book5)によれば,Access, Watch, Reserveの3分類とは,

•“Access”に分類される抗菌薬は,一般的な感染症の第一選択薬または第二選択薬として用いられる耐性化の懸念の少ない抗菌薬。

•“Watch”に分類される抗菌薬は,耐性化が懸念されるため,限られた疾患や適応にのみ使用すべき抗菌薬。

•“Reserve”に分類される抗菌薬は,AMRのために他の手段が使用できなくなったときにのみ使用される,最後の手段(last resort)として取り扱うべき抗菌薬。

以上のように定義されています。それに基づきWHOのEssential Medicine作業部会が258種類の抗菌薬を分類した結果を示します(図1)。

従来の化学分子構造に基づく抗菌薬の分類では,同じ系統の抗菌薬でも,違うカテゴリーに属する場合があります。また,結核に対する抗菌薬投与は,一般の感染症とは異なっており,“Access”に分類される薬剤では治療できない疾患もありますので,常にAccessの抗菌薬を使用することが適切とは限りません。

“Access”に分類される抗菌薬は,ペニシリン系抗菌薬,第一世代セフェム系抗菌薬が中心です。骨への移行性が良いクリンダマイシンもここに分類されており,ペニシリン系抗菌薬にアレルギーのある患者様にはよく使用されます。アミカシン,ゲンタマイシンなどのアミノグリコシド系抗菌薬は,単独使用ではなく,敗血症や髄膜炎などでアンピシリン やベンジルペニシリンと併用する意味合いでここに分類されています。歯周病領域で話題となるメトロニダゾールもここに分類されていますが,嫌気性菌に対する殺菌力が強く組織移行性が良いことから腹腔内感染症に第一選択薬となることがあるためと考えられます。

“Watch”に分類される抗菌薬は,アジスロマイシンをはじめとしたマクロライド系,フルオロキノロン系がここに入ります。第二世代,第三世代,第四世代セフェム系抗菌薬もここに分類されます。イミペネムなどカルバペネム系抗菌薬の一部,ミノサイクリンをはじめとしたテトラサイクリン系抗菌薬もここに分類されています。これらの抗菌薬は,第二選択薬として使用されることが多いと思いますが,用量・用法に慎重な配慮が必要になると考えられます。抗MRSA薬であるグリコペプチド系の抗菌薬のバンコマイシンやテイコプラニンはここに分類されています。

“Reserve”に分類される抗菌薬には,ポリミキシンBやコリスチンなどの環状ペプチド,セフトロザン・タゾバクタムなどの第5世代セフェムが分類されており,他の抗菌薬が無効な場合の切り札として準備されています。グリコサイクリン系のチゲサイクリンもここに分類されます。抗MRSA薬としてはダブトマイシンがリストに挙がっています。多剤耐性菌に対して現在最も有効と考えられているメロペネムなどの広域抗菌薬のカルバペネム系抗菌薬もここに分類されています。

もちろん,日本で使用されているすべての抗菌薬がこのリストに収載されているわけではないのですが,今後擦り合わせが進んでいくものと考えられます。

また,The WHO AWaRe antibiotic bookでは,これらの抗菌薬をプライマリヘルスケアにおける一般的な感染症の治療に使用する例として表1のような症例が提示されています。この中で 歯性感染症:に対してはアモキシシリン またはフェノキシメチルペニシリン が,第一選択薬として推奨されており,これは,2023年版JAID/JSC 感染症治療ガイド9)とも一致しております。成人でペニシリンアレルギーのある場合にはクリンダマイシンが第一選択として推奨されており,これはAWaRe分類でも“Access”に該当します。

さらに,The WHO AWaRe antibiotic book5)には,病院でよく遭遇する感染症の治療に推奨されている第一選択の抗生物質 のリストも掲載されています(表2)。歯科領域と関連が深いところですと,発熱性好中殿球減少症で重篤な感染症のリスクが低い場合にはアモキシシリン+クラブラン酸とシプロフロキサシンの併用が推奨されています。また,同じ発熱性好中球減少症でも重篤な感染症のリスクが高い場合には,ピペラシリン+タゾバクタムの併用が推奨されています。

また,抗生物質治療が適切な第一選択治療ではない感染症として表3のようなリストも掲載されており,一般的に歯科感染症では,歯科感染症の管理においては,抗菌薬投与でなく歯科治療が適切と記載されています。ただし,JAID/JSC 感染症治療ガイド9)にも記載されていますように,全身疾患を有する患者様の歯科口腔外科手技に際し,感染性心内膜炎の予防として抗菌薬の予防投与は必要であり,経口投与可能ならアモキシリン,静脈投与ならアンピシリンが推奨されており,これもAWaRe分類でも“Access”に該当します。

以上のように,歯科で頻繁に使用されている抗菌薬の第一選択薬の多くは,AWaRe分類でも“Access”に該当すると考えて良いかと思いますが,歯周病領域で用いられているアジスロマイシン10)などのマクロライド系抗菌薬は,AWaRe分類で“Watch”に分類されています。局所投与で使用されているミノサイクリン11)もAWaRe分類で“Watch”に分類されています。

それゆえ,これらの薬剤を使用する際には,十分な症例の検討と投与期間の厳格化が求められてくると思われます。もちろん,個々の症例において抗菌薬の選択には,病原体の種類,薬剤感受性,薬力学的なパラメーターや,患者の全身状態,アレルギーなど複雑な要素が存在し,WHOのAWaRe分類が絶対というわけではありませんが,抗菌薬の使用にあたり,基本的な考え方として意識しておくことが重要かと思われます。

図1

WHO AWaRe分類(2023)(文献5より改変)

表1

プライマリヘルスケアにおける一般的な感染症の治療に推奨されている第一選択の抗生物質((A)Access,(W)Watch,(R)Reserve)

表2

病院でよく遭遇する感染症の治療に推奨されている第一選択の抗生物質((A)Access,(W)Watch,(R)Reserve)

表3

抗生物質治療が適切な第一選択治療ではない感染症

おわりに

WHOは,2024年6月14日の最新レポート12)で,世界で臨床開発中および前臨床開発中の抗生物質を含む抗菌薬に関する最新報告書を発表しました。この年次報告書は,現在の抗菌薬の研究開発が,人の健康を脅かす薬剤耐性菌による感染症に適切に対処しているかどうかを評価したものです。

抗菌薬耐性は悪化する一方ですが,最も危険で致命的な細菌に対抗できる画期的な新製品の開発が十分な速さで進んでいないことが報告されています。これだけ生成AIが発展する今日でも革新的な抗菌薬が創薬できていないのが現状なのかもしれません。

現在開発中にある抗菌薬の数は,2021年の80種類から2023年には97種類に増加したとされていますが,重篤な感染症に対する新しい革新的な薬剤や,広く使用されているために効果がなくなってきている薬剤に代わる薬剤の開発が急務となっています。

BPPL(Bacterial Priority Pathogens List,細菌優先病原体リスト)感染症13)に対処するために開発中の32種類の抗生物質のうち,革新的といえるのはわずか12種類です。さらに,この12種類のうち,少なくとも1種類のWHOの「重要な」病原体に対して有効なものはわずか4種類しかないと報告されています。

英国のJ. O'Neillらは,2050年には世界において耐性菌感染症で亡くなる人の数が癌で亡くなる人の数を超えると警告しています14)。WHOや米国CDCが多剤耐性菌のなかでとくに注目しているのが,カルバペネム耐性腸内細菌(CRE)15)です。こちらは,広域スペクトラム抗菌薬の代表である「カルバペネム系抗菌薬」が効かない多剤耐性菌です。すでに“Reserve”リストの中にある抗菌薬に対しても耐性菌が出現していることは注目に値します。

そのような状況下で,2023年版のAWaRe分類で“Reserve”に分類されているセフィデロコル(フェトロージャ)(図2)という新規抗菌薬があります。この「フェト」は鉄を意味する言葉で,細菌が鉄を菌体内に取り込む鉄輸送系を利用して能動的にセフィデロコル分子が菌体に取り込まれるという今までにない作用機序で効果を発揮するといわれています。ラクトフェリンが鉄を奪うことで細菌の増殖を阻害することを考えると細菌の増殖に鉄は必須であり,その能動輸送を利用するというアイデアは,画期的であると言えます。セフィデロコルの構造特性はセフタジジムとセフェピムの両方に類似しており,これによりセフィデロコルはβ-ラクタマーゼによる加水分解に耐えることが可能であると言われています。セフィデロコル独自の化学成分は,C-3側鎖にカテコール部分が追加されていること(図2)で,これが鉄をキレート化し,鉄トランスポーターチャネルを介して細菌細胞の外膜を通過してペリプラズム空間に能動的に輸送されます。その結果,セフィデロコル分子は,細菌のペリプラズム内に取り込まれ,細胞壁合成を阻害します16)

グラム陰性の多剤耐性菌のカルバペネムへの耐性獲得には,βラクタマーゼによる抗菌薬の不活化,ポーリンチャネルの変異による膜透過性低下,排出ポンプの過剰産生による薬剤の細菌細胞外への排出関連する3つの主な機序によるとされています17)が,セフィデロコルはその影響を受けにくいと考えられています。そのため,抗菌薬の系統としての基本骨格はセファロスポリン系ですが,「シデロフォアセファロスポリン系」抗菌薬という新規クラスの抗菌薬であるとされ,WHOのAWaRe分類でもOther-cephalosporinsという名称で扱われています。

この新規抗菌薬が,人類の新たな光となるのか,カルバペネム系抗菌薬のような運命をたどるのかは,今後の推移を見守る必要があるとは思いますが,そのような観点からも,WHOのAWaRe分類は,注目されていくと考えられます。

図2

セフィデロコルの化学分子構造(文献16より改変)

今回の論文に関連して,開示すべき利益相反状態は以下の通りです。

受託研究費/アサヒグループ食品会社

References
 
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