抄録
目的: 結核罹患率の減少鈍化の観察に関する, 従来の方法の問題点を明らかにし, 本来の概念に沿った観察方法により, 今後必要な対策を明らかにする.
対象: 本邦の1962-1998年の年齢階級別全結核・新登録患者数に基づく罹患率.
方法: 罹患率の減少鈍化を, 前年に対する罹患率の減少割合をARR (Annual Rate of Reduction) ARRt=1-罹患率t/罹患率t-1とし, この変動が長期的に減少傾向にあるかどうかという視点から判断した. また, 近年, 罹患率の増加が見られた70歳以上および20歳代は, 変動を詳細に観察するため, ARRの年次間の差△ARRt=ARRt ARRt-1を求め, 時系列プロットし, 短期的な変動の要因を分析した. 長期的な変動は, 短期的な変動を捨象するため, 1960年代から1990年代の各時代別の平均ARRを年齢階級別にプロットし, それらの変化を比較した.
結果: 1) 年齢階級別のARRは, 70歳以上と60歳代では, 1960年代からほぼ10%以内の変動で留まり, 1996年以降に連続して低下した. 一方, 1960年代以降, 長期的には明確な低下傾向は認められなかった. 50-20歳代は, 1980年代以降, 若い年齢ほどARRが低く, 上下の変動が目立ち, 負の値をとった年次は40歳代で1回, 30歳代と20歳代で2回観察された. 長期的には, 若い年齢階級ほどARRの水準が低下する傾向が顕著になった. 未成年は, 短期的には上下方向の振幅が激しく, ARRが負の値を示した年次が何度も観察された. 長期的には, いずれの年齢階級も鈍化傾向が見られた. 2) 平均ARRの年齢間比較によれば, 1970年代以降は, 50歳以上の年齢階級では長期的な罹患率の減少鈍化は緩やかであり, 若年者ほど低下傾向が大きかった.
結論: 1) 罹患率の短期的な変動には, 結核対策の変化など人為的な要因や, 罹患率の水準低下による偶然の変動が反映していると考えられた. 2) 罹患率の減少鈍化を議論する方法としては, 罹患率の前年比の減少割合を, 長期的に観察するのが妥当であることが示された. 3) 罹患率の減少鈍化は, 高齢者ではごく僅かしか認められず, 若年齢になるほど観察されており, 若年者の結核を予防する対策を, より充実する必要があると考えた.