抄録
手を伸ばして物をつかむという到達運動は運動全体での力の変化が小さく滑らかなるようにほぼ最適化されている1) 2). 小脳が障害されると, 運動の滑らかさは失われる3)ので運動の最適化に小脳が重要な役割を果たしていることは確かであるが, 具体的なメカニズムは手つかずの問題として残されてきた. 最近の理論的研究4)で, 運動制御信号に内在するノイズの影響を考慮に入れると, 運動終点の誤差分散を小さくすることによって運動の滑らかさが得られることが示された. 一方, 運動学習の教師と言われてきた小脳の登上線維信号が確かに運動終点の誤差を表現していることも定量的に示された5). それらの成果を踏まえてわれわれは, 登上線維が伝える終点誤差の情報が, ランダムウォークに似た過程によって終点の誤差分散を減少させ滑らかな制御を実現するという仮説を提案し, ランダムウォーク仮説と名づけた. 「滑らかさの原理」を取り入れた「人工小脳」を作ってランダムウォーク仮説を検証するとともに, 臨床応用の方向を探りたい.