2024 年 36 巻 1 号 p. 27-30
植物は,光・水・温度・栄養素など,自身を取り巻く環境要因の状態や変化を把握しながら成長する向きや速度などを調節している.それら環境要因のなかでも重力は,根を地中に潜らせ,茎や枝葉を地上に展開するための情報であることがよく知られている.植物を横に倒すなどして重力の方向を変化させると,植物はその変化を感じとり再び根は下方向に,地上部は上方向に速やかに成長を修正する.これは重力屈性と呼ばれ,重力感受が制御する植物の生理現象として広く知られている.植物は,動物に見られる “ 目や耳 ” の様な感覚器官や神経系を持たないが,それでは植物はどの様にして重力の方向を認識しているのであろうか?今年,シロイヌナズナの LAZY1-Like (LZY) は,アミロプラストの沈降を認識し,重力方向の情報を伝達するプロセスにおいて決定的な役割を果たすことが示された.本稿では,まず重力感受の歴史的背景を説明し,次にシロイヌナズナ LZYが示す重力方向認識の仕組みについて解説する.
Plants regulate the direction of their growth in responding to the state and changes in the environmental factors, such as light, water, temperature, and nutrients. It is well known that gravity is the signal that allows roots to grow toward underground and stems and leaves to develop above the ground. When the direction of gravity is changed by turning the plant on its side, the plant senses the change of the direction of gravity and quickly corrects its growth, with the roots moving downward and the shoots moving upward. This is called gravitropism, and is widely known as a physiological event of plants regulated by gravity signaling. Plants do not have sensory organs like the “eyes and ears” found in animals, so how do they recognize the direction of gravity? This year, it was shown that Arabidopsis LAZY1-Like (LZY) plays a crucial role in the process of recognizing amyloplast sedimentation and transmitting information on the direction of gravity. In this paper, we first explain the historical background of gravity sensing in plants, and then describe the mechanism of gravity direction recognition exhibited by Arabidopsis LZY.
実験から得られた証拠にもとづいて植物が重力の方向を頼りに成長すると考えられ始めたのは, 150~200年程前からだ (Knight 1806, Sachs 1879).当時,クリノスタットと呼ばれる,とても緩やかに二次元あるいは三次元に回転する小型の植物生育台が創作され,植物体をその装置に載せて生育させることで重力の方向を錯乱させることに成功した (Sachs 1879).そして,この疑似的な無重力状態(微小重力と表すこともある)では,茎や根は様々な方向に向かって伸びること,つまり成長方向が攪乱されることを見出し,重力が成長の方向に深く関与すると考えられるようになった.
根冠が重力感受を担うことが示されたのは今から70年程前だが,それよりも以前に,コルメラ細胞には沈殿性のアミロプラストと呼ばれるプラスチドの一種が数個存在し,重力方向の変化に応答して細胞内を容易に沈む様子が観察されていた (Haberlandt 1900).当時,クラゲの平衡胞ではカルシウムを主成分とする“平衡石”が重力方向に沈むことで胞壁の感覚毛を刺激し,神経系を介して運動を制御することが示されていた.そこで研究者は(その当時はまだコルメラ細胞が重力感受に必須であることがわかっていなかったが),クラゲのアナロジーから植物の重力感知について「デンプン平衡石仮説」を提唱した.アミロプラストが平衡石の様な働きをすることで重力感受に関わるとするこの仮説は,アミロプラストにデンプンを蓄積出来ないシロイヌナズナpgm (phosphoglucomutase) 変異体は重力屈性に異常を示すなど,これまでに様々な検証を経て概ね受け入れられている (Kiss et al. 1989, Casper and Pickard 1989).それではコルメラ細胞はどの様にしてアミロプラストの沈降を認識しているのであろうか?コルメラ細胞でアミロプラストの沈降が重力方向の認識において重要であることは認められているが,その発見から100年程以上経った現在まで,アミロプラストの沈降という物理的な現象が細胞内で重力情報に変換される仕組みは不明のままであった.
重力感受の長い研究の歴史から考えると,近年植物科学の分野に限らず分子生物学的手法は著しい技術の発展を遂げており,古くからの野生株を用いた生理実験を主体とした研究から,その現象を担う遺伝子やタンパク質の単離・同定を行い,分子機構を解明する研究へと大きく様変わりした.重力感受の研究においても重力感受を担う遺伝子およびタンパク質,つまり重力シグナル因子を同定する試みがなされてきた (Morita 2010, Nakamura et al. 2019).重力感受から屈曲までの一連の反応は,①アミロプラストの沈降による重力感受,②感受された情報の生物学的・生化学的な細胞内シグナルへの変換,③コルメラ細胞からの情報伝達物質(オーキシン)の分配,④オーキシンによる細胞伸長の制御,のプロセスに細分化でき,①において役割果たすタンパク質が重力シグナル因子として定義される (Morita 2010).これは,植物体の成長速度や形態に関与せず,またアミロプラストの動態は正常であり,そして重力応答にのみ影響を与える因子,と言い換えることができる.重力シグナル因子を見つけ出すプロセスでは,まず重力屈性に異常を示す遺伝子の変異体の探索から始まる.そして候補となる変異体を集めたら,上記の条件を満たすことを確認し,重力シグナル因子の候補遺伝子とする.これまでに多く研究により重力シグナル因子の探索が行われてきたが,候補の多くは重力感受細胞に異常がみられるものや,オーキシンに関わるものが大部分を占め,条件を満たす候補遺伝子はそれほど多く見出されていない.
近年,これまでに得られた重力シグナル因子の候補の中で,LZYファミリータンパク質が多くの研究者の興味を引いている.(本稿ではLAZY遺伝子ファミリーを便宜上LZYと表す.) これまでに古くから,lazy変異体は様々な植物種で茎などの伸長方向に異常が生じる変異体として報告されていた.Abe ら (Abe et al. 1994) はイネlazy-Kamenooではアミロプラストが正常に沈降するにもかかわらず重力屈性に異常が生じることを見出し,この報告がlazy変異体の表現型は重力応答に関連したものであることを示唆した最初の報告である.その後,Yoshihara と Iino (Yoshihara and Iino 2007) がlazy-Kamenooの原因遺伝子を同定し,LAZY1として報告した.これを皮切りに,イネ,シロイヌナズナなどでLZYファミリーの遺伝学的・分子生物学的研究が積極的に展開されたが (Yoshihara et al. 2013, Uga et al. 2013),特にタルウマゴヤシのngr (lzy) 多重変異体の根は上方向に成長する(負の重力屈性を示す)という報告はインパクトがあり,以降LZYは地上部と根の両方で機能する重力シグナル因子としてより注目を集めることになった (Ge and Chen 2016).
タルウマゴヤシNGR (LZY)の報告に続いてほぼ同時期に,3つの独立したグループからシロイヌナズナLZYの遺伝学的解析の報告がなされた (Guseman et al. 2017, Taniguchi et al. 2017, Yoshihara and Spalding 2017).シロイヌナズナのLZYファミリー遺伝子は,ファミリー間でアミノ酸配列の保存は低いものの,6つの遺伝子から構成される (Nakamura et al. 2019).それらの内,LZY1~4が重力屈性に関与することが示されている.LZY1は地上部でのみ,LZY2, 3は地上部と根の両方,LZY4は根のみで働くとされており (図1),それぞれ重力感受細胞である地上部の内皮細胞と根のコルメラ細胞で顕著に発現する.また,LZYはアミロプラストの形成や動態変化に影響を与えることなく重力屈性に関与し,アミロプラストの沈降とオーキシン輸送制御を繋ぐ因子であることが示されている (Taniguchi et al. 2017).
図1 シロイヌナズナlzy 変異体の根および花茎における重力屈性異常.(A) 野生型の根と比べ,lzy2; 3 変異体の主根は微弱ながら”wavy”な表現型を示す.lzy2; 3; 4 変異体の主根は著しい重力屈性異常を示し、上向きに伸長する傾向がある.(B) 野生型の花茎と比べ、lzy1; 2; 3 変異体の花茎は重力屈性異常により垂れ下がった表現型を示す.この姿がlazy変異体の名の由来となっている。
今年,3つの独立したグループが,LZYタンパク質はコルメラ細胞でアミロプラストの沈降を重力シグナルに変換する役割を果たすことを報告した (Nishimura et al. 2023, Chen et al. 2023, Kulich et al. 2023).LZYはアミロプラスト周縁部と重力側の細胞膜に局在するが,重力刺激を与えるとアミロプラストの沈降に伴い細胞膜上のLZYは新たな重力方向に移動する (図2).興味深いことに,LZYはアミロプラストから近接した細胞膜上に移動する.つまり,アミロプラストの位置情報がLZYの極性局在を制御していることになる.このことは,pgm変異体では発達不全のアミロプラストが細胞内を漂い,その際LZYは重力方向への極性局在を示さないことからも支持される (Nishimura et al. 2023).これらの発見は,「デンプン平衡石仮説」が提唱されて以来100年近く以上不明であった,細胞がアミロプラストの沈降を認識する仕組みの重要な一端を示すものである.LZYは膜交通の制御因子RCC1-Like Domain (RLD)を細胞膜上に呼び込み,そのRLDがオーキシン極性輸送を制御することで偏差成長に必要なオーキシン分布の形成を行うと示唆されている (図2, Furutani et al. 2020).
図2 LZYがアミロプラストの沈降を認識して重力方向を伝達するメカニズムの模式図.植物の上下を逆転させると,アミロプラストが沈み始めると共に,LZYは細胞膜から消失する.そして,アミロプラストが沈降して細胞膜に隣接すると,LZYはアミロプラストから細胞膜上に移行し,新たに極性局在を獲得する.細胞膜上に極性局在したLZYはRLDを相互作用により呼び込み,オーキシン輸送の制御が行われると示唆されている.図はNishimura et al. Science (2023) のプレスリリースを引用・改変した。
LZYのアミノ酸配列には機能を推定する既知の機能ドメインは見られないが,5つの高度に保存された配列が見られる(図3,ドメインⅠ~Ⅴ,LZY4はドメインⅢを欠く) (Nakamura et al. 2019).ドメインⅠを欠失したLZYはアミロプラストへの局在を示さないことから,詳細な局在のメカニズムは不明であるものの,LZYのアミロプラスト局在に関わると考えらる (Nishimura et al. 2023, Chen et al. 2023).このドメインⅠ欠失LZYは,lzy多重変異体が示す根の重力屈性異常を相補しない.このことは,LZYがアミロプラストから細胞膜上に移行することと併せて,アミロプラスト局在が機能を果たす上で重要であることを示唆している.C端に位置するドメインⅤは,RLDのBRXドメインとの相互作用を担うことが示されている (Furutani et al. 2020).ドメインⅤを欠失したLZYはRLDを細胞膜上に呼び込むことが出来ず,またlzy多重変異体が示す根の重力屈性異常を相補できない (Taniguchi et al. 2017, Furutani et al. 2020).このことは,LZYがドメインⅤを介してRLDを細胞膜上に呼び込むことが重力シグナル伝達におけるキーイベントであることを示している.LZYは膜貫通ドメインなどの膜局在配列を持たない.その代わりに,1~2個所の塩基性アミノ酸(K, R)が集中する領域が存在し,PtdInsなどのリン脂質と電気的に相互作用することで細胞膜に局在すると考えられる.実際,この領域のKとRをQに置換すると細胞膜への局在を示さず,また重力屈性異常を回復することができない (Nishimura et al. 2023、Kulich et al. 2023).さらに,タンパク質の細胞膜局在制御に関わるとされるS-PalmitoylationもまたLZYの細胞膜局在に重要な役割を果たすことも併せて報告されている (Kulich et al. 2023).
LZYはアミロプラストの沈降に伴って細胞膜上を移行するが,移動前のLZYがどの様に消失するかについてはわかっていない.膜輸送やタンパク質分解など,様々な可能性を視野に検討する必要があるだろう.また,ドメインⅡにはIGTモチーフと名付けられた高度に保存された配列があり,LZYの機能に何かしらの役割を果たしていることが示唆されているが,詳細なメカニズムは明らかにされていない (Guseman et al. 2017, Yoshihara and Spalding 2020).今後は,機能未知であるドメインⅢ,Ⅳの機能解析と併せて,より研究が進展することが期待される.
図3 LZYタンパク質に見られる高度に保存された配列.LZYタンパク質ファミリーに見られる保存された領域を,LZY1を代表として記す.N端から5か所のそれぞれ10~15アミノ酸からなる領域が見られる.(LZY4はドメインⅢを欠いている.) ドメインⅡ内にIGTモチーフが見られ,塩基性アミノ酸に富んだ領域 (BH score ≥ 0.6)は細胞膜局在に必要であると示唆されている.
沈降したアミロプラストを細胞内で感受する仕組みの分子は長年にわたる謎であったが,LZYがアミロプラストから細胞膜上に移行することがその実態であると示されたのは大きな成果であった.しかし,LZYの極性局在とオーキシン極性輸送を繋ぐ分子メカニズムには不明な点が多い.RLDはArf-GEFであるGNOMと相互作用するから (Wang et al. 2022),タンパク質の輸送に関わると考えられるが,そのターゲットがPINなのか,それとも他の因子なのか示されていない.近年,PINの活性制御に関わるAGC-KinaseのD6PKがLZY依存的に重力側に局在するという報告がなされた (Kulich et al. 2023).このことは,重力方向の変化に応じたオーキシン輸送方向の決定は,PINの局在制御よりむしろ活性制御が重要な役割を果たす可能性を提起している.今後は,RLD-GNOMの相互作用が示す膜交通の制御の解明を軸に,コルメラ細胞でどの様にオーキシン輸送方向が決定されるかの解明が期待される.